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第3話「他人の力になるって難しい」

「空、綺麗だね」

「……本当ですね」


 青空がかすかに残る砂浜に、河原くんと一緒に降り立つ。

 まだ夏が始まっていないのに、空が高く見えるような気がする。

 去年の今頃は、そんなことすら知らなかったような気がする。


「綺麗すぎて、少し怖いかもしれません」


 茜色に近づく空に、きらきらとした光の粒子が飛び交って見えるような気がする。

 太陽の光とは違う、目に入れても痛くない優しさを放つ光の粒子が世界を彩ってくれているような。

 あくまで感覚的なことだけど、今まで感じたことのない世界の美しさに心が感動している。


「まるで、初めて空を見たみたいな言い方」

「受験のとき、空、見上げました?」

「言われてみると、そんな余裕なかったかも」


 空を綺麗だと感じるのも、受験が終わってからのことかもしれない。

 空の美しさに感動したのも、受験が終わってからのことかもしれない。


(教職を目指している人間が、空の美しさに気づかなかったなんて……)


 自然の美しさに感動する人と、自然を見たところで何も感じない人が、高校生くらいの年齢になるとはっきりとしてくる。

 自然に対して無だった私は、将来ちゃんと教師をやれているのか不安になる。


「第二の人生開幕……」

「羽澤さん?」

「私を必要としてくれる人のために、頑張っていきたいなと思っていたところです」


 血の繋がりがある父を亡くしたときは、理想を生きることができなかった。

 そんな私が何を言っているんだって、天国の父には笑われてしまうかもしれない。

 今は誰の導きにもなれないピアサポート部員でも、今を生きることが許されているのなら、少しは変わりたいと思ってしまう。


「羽澤さんの頑張り、応援してもいい?」

「励みになります」

「じゃあ、遠慮なく」

「ありがとうございます」


 お気に入りのスマートフォンを手に、夕陽と海を背景に写真を撮り合うシャッター音が響いた。

 これがいかにも青春っぽい空気で、この流れる空気感をめいっぱい体で感じたいと思った。


「羽澤さんたちも、ビーチバレーするー?」

「見学してます」

「了解っ」


 青春という時間が、いつまで続くのか。

 そんな定義的なものは分からないけど、この、みんなが笑い合っている一瞬一瞬を記憶に残しておきたい。


「って、百合宮さんは駄目ですよ!」

「審判だよー」


 放課後に勉強することを選択しなかった自分に、少しだけ不安を抱いているのは事実。

 海に遊びにくる暇があったら、周囲に追いつくための勉強をするべきだと思う。


(でも、河原くんの傍にいたかった)


 頑張って、頑張って、自分のための時間を作り出していく。

 それは高校生に限った話ではなく、この世界を生きる人たちはみんな時間を作るために苦労している。

 河原くんだって、本当は家族の傍にいたいかもしれない。本当は、みんなと混ざって青春を楽しみたいかもしれない。

 彼の気持ちは見えないけれど、海に行くことを選択した彼の傍にいたいという自分の気持ちに従った。


「梓那は、どうするー?」

「羽澤さんと見学してる」


 他人の力になるって、本当に難しいことだと思った。

 結局、他人は他人のままで終わるかもしれないっていう不安はある。

 今も未来も未練だらけかもしれないけど、私と出会ってくれた河原くんには幸せになってほしいという願いは絶えない。


「丁寧な喋り方をしてる羽澤さん」

「私の話題ですか?」

「なんか、先生みたい」

「……将来、ちゃんとやれていることを願います」


 ビーチバレーをやっている人たちの中には、河原くんと仲のいい友達もいるらしい。

 でも、河原くんはビーチバレーの輪に入らず相変わらず私の隣にいる。

 私たちは砂塗れにならないような適当な場所を探して、私と河原くんは飛び交うボールに目を向ける。


「できるよ、羽澤さんなら」


 でも、私はときどき河原くんの方を見た。

 気づかれないように、そっと。


(本当に、河原くんが隣にいる……)


 当たり前。

 当たり前のことを、何度も何度も確認する。

 単純に、怖いと思うから。

 彼が、いつか私の隣からいなくなってしまうのかって怖くなるから。


「羽澤さん」

「ほかに何か話したいこと見つかりました?」

「いや……あの……ちらちらと、こっちを見てるの気づいてるから」

「え……」


 笑顔を失ってしまった河原くんのことを気にかけていたから、彼をずっと視界に映し続けたいと思っていた。

 感傷的な想いに浸っていたはずなのに、河原くんの一言は私の心を現実へと帰す。


「そんなに見つめなくても、俺はここにいるよ」

「見つめてないです……!」

「羽澤さんこそ、何かあったら話しかけて」

「……すみませんでした」


 河原くんを気にかけてるのは私の方なのに、結局は彼に気遣われてしまうのはいつものパターン。

 早速ピアサポート部員らしくないことをしでかしてしまい、私は返す言葉もなくなってしまう。


(河原くんのこと、知りたい……けど)


 今のままでは、駄目な同級生として河原くんの記憶に残ってしまう。

 でも、無理に彼の事情に立ち入りたいというわけでもない。


(他人には話せないこと、誰もが抱えているはずだから)


 自分も幼い頃に父を亡くしたことは話すことができても、そのあとにお父さん候補の人が何人も現れていること。

 ほとんどが不倫関係だったことは、多分、これから先の人生で誰にも話すことがないと思う。

 他人に他人の事情を受け入れてもらう難しさを知っているからこそ、無理に河原くんの口を割りたいという気持ちは湧かない。

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