神力5%
応接間には、地図を前にした三人の影が静かに揺れていた。
サテンは腕を組み、椅子に寄りかかりながら王に問う。
「……まずは、どこに向かうのが得策だ?」
「帝国に接触するのは時期尚早だろうな。あそこは何もかもが読めん」
そう言ってリュスティア国王は、地図上の一地点に指を置いた。
南西に広がる、深緑の領域──《セフィラの杜》。そこがエルフ族の領土だった。
「精霊王との交渉ができれば、自然と他勢力への牽制になる。
ただ、彼らは人族との関係を絶って久しい。門前払いになる可能性もある」
その時、サナが静かに口を開いた。
「……私なら……もしかしたら、話を聞いてもらえるかもしれません」
サテンと王が同時に彼女を見た。
「私は……昔、セフィラの杜の近くで育ちました。母は……あの森の出身です」
「ハーフエルフか?」
サテンが驚きながら尋ねると、サナはうなずいた。
「でも、だからこそ不安なんです。エルフたちは誇り高くて、奴隷制度や人族の“裏切り”に強い不信感を持ってます。
私が……人族と一緒に来たら、それだけで拒まれるかも」
王は顎に手を当てて沈思する。
「ふむ……だが、希望があるなら賭けてみる価値はあるか」
その時だった。
ドンドンッ!!
重厚な扉が激しく叩かれ、応接間に緊張が走る。
「入れ!」と王が命じると、扉が勢いよく開かれ、一人の家来が駆け込んできた。
その顔は青ざめ、息も絶え絶えだった。
「陛下っ……緊急事態です!」
「何があった!?」
「王都の南門に……大量の魔族と魔物が出現! すでに哨戒部隊が壊滅状態です! 民間地区に被害が……!」
場が一気に凍りつく。
王は立ち上がり、厳しい目で命じた。
「ただちに第一騎士団、そして魔法騎士団を出陣させよ! 王都防衛戦だ!」
「はっ!」
家来が走り去っていく。
その直後、王はゆっくりとサテンへと向き直る。
「……サテン。君にも、お願いしたい。
我が国を、民を、どうか助けてくれ」
その言葉に、サテンは一瞬だけ目を閉じた。
「……木の棒で戦ってる神に何を頼むんだか」
苦笑混じりに言うと、静かに立ち上がった。
「でも、いいぜ。神様らしくなくても……今の俺にできることは、戦うことだけだ」
サナも立ち上がり、手に魔術書を構える。
「行きましょう、サテン」
応接間の扉が、再び勢いよく開かれた。
サテンとサナが駆け出し、王都の空に、黒煙が立ち上っていく。
リュスティア王国南門。
午後の陽はもう傾き、戦場を赤く染めていた。空には魔物の咆哮が響き、地には兵の怒号と魔法の轟きが飛び交う。
「前衛、踏ん張れ! 後衛、魔法陣展開急げ!」
指揮を取る騎士団長ユリユス団長の声に、甲冑の音と叫びが重なる。
銀の鎧を身にまとったリュスティア騎士団、そして長衣を纏った魔法騎士団が連携し、迫り来る魔族軍に必死に抗っていた。
だが──。
「くっ……数が多すぎる……!」
押し寄せる魔族と魔物たちの数は、あまりに膨大だった。
その戦いの中、騎士団の隊列が徐々に押し返され、南門は崩壊寸前にまで追い詰められていた。
その時──。
「……ずいぶん派手にやってるじゃねぇか」
静かに、だが場の空気を裂くような声が戦場に響いた。
騎士たちの背後、土煙の向こうから歩いてくる一人の少年。
茶色のローブに、ぼさついた黒髪。そして手にしているのは、どう見てもただの木の棒。
「さ……サテン様!?」
騎士たちが一斉に目を向ける。彼こそ、王自ら助力を願った”神を名乗る少年”だった。
サテンは、眉ひとつ動かさず戦場を見下ろす。
「サナ、少し見てろ」
後ろにいた少女──サナが無言でうなずいた。
彼女の両手には既に魔術の気が満ちていたが、それを振るうことなく、彼女は静かに戦場を見つめる。
サテンはそっと目を閉じ、つぶやく。
「……神力、五パーセント、解放──」
その瞬間、空気が変わった。
風が止み、世界がたった一人の存在に注目するように、音が消える。
彼の足元からゆっくりと光が広がり、木の棒がまるで神具のように淡く光を帯びた。
そして──サテンは動いた。
「──あ」
一歩、また一歩。
迫る魔族の大群。彼はそれに向かって歩いていく。木の棒を構えることもなく、ただ、歩く。
その姿に、誰もが息を呑んだ。
「な、なんだ……あいつは……?」
最前線に立つ魔族たちが戸惑いの声をあげた瞬間。
ズバンッ!!
一本の木の棒が振るわれた。
ただの、横薙ぎの一撃──それだけだった。
だが、その軌道上にいた魔族たちが数十体、吹き飛ぶ。肉体が霧散し、悲鳴すら残さない。
「な、なんだ……この力……」
場が静まり返った。サテンはさらに進む。
そして現れたのは、魔族軍を率いていた幹部格の男。
赤黒い魔力を纏い、全身を鎧で固めたその巨体は、異様な圧を放っていた。
「貴様……何者だ?」
サテンは笑った。
「神様見習いだよ。木の棒でな」
魔族の幹部が雄叫びをあげ、膨大な魔力を放出する。
だが、サテンはひるまない。棒を振るう──たった、それだけ。
ガッ──ン!!
次の瞬間、幹部の体は宙を舞い、彼の背後にあった魔物もろとも吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられた音が、遅れて耳に届く。
沈黙。
誰もがその光景を信じられずにいた。
幹部は一度だけ痙攣し、そのまま動かなくなった。
魔族たちは恐慌を起こした。
「逃げろ!」「奴は何だ……!」
主を失った軍は一斉に崩れ、四散していく。
それを見届け、サテンは軽く木の棒を肩に乗せた。
「終わったな」
サナが駆け寄ってくる。
「すごかった……サテン」
「いや、まだまだ。たったの五パーセントだぜ?」
サテンはニヤリと笑い、崩れた門の向こう──まだ煙の残る王都を見つめた。
「──さ、帰るか。お城にな」
こうして、リュスティア王都初の魔族侵攻は、神棒を持つ少年によって終結した。
魔王城
魔王「今回の侵攻はどうだ?」
幹部「サテンとやらに惨敗したようです」
魔王が笑う
「少しちょっかいをかけたがなかなか面白そうだな。なぁ、勇者」