神力
サテンとサナは、深紅の絨毯が敷かれた玉座の脇、来客用の椅子に腰かけていた。静かな時間が流れる中、突然――
♪ ピロロロンッ♪
どこかで聞き覚えのある、懐かしいメロディーがサテンの耳を打った。
「……神チャク?」
そう、それは“神チャク”――神界のメッセージ・通信アプリ。神々の間では常識とも言えるその音が、現世で鳴るなど思ってもいなかった。
光があふれる。次の瞬間、空間がねじれ、サテンの前に金髪の少女が現れる。どこか抜けたような、けれど神聖な気配をまとうその姿――
「やほー!久しぶり!サテス様っ!チュートリアル、お疲れ様ー!」「あ!今はサテン・シンって名乗ってましたね!」
そう叫ぶのは、転生神リュミナ。神界の最高神サテスを転生させた張本人である。
「……チュートリアル?」
サテンは目を丸くする。
「そ!チュートリアル。神力を解放するまでがそれ。解放条件は“崇拝”と“感謝”なんだよ。サナちゃんは感謝してたけど、あとちょっとだったみたい!」
「おいおい!そういう大事なことは先に言えよ!神チャク使えるなら連絡しろよ!」
「えへへ、それがね、神チャクも神力解放しないと使えない仕様だったんだよ。今なら使い放題!」
「……あのな、勝手に転生させたこと、ぜったい許さないからな!」
ぶすっとした顔のサテンに、リュミナは軽く「ごめん♪」とだけ返してぴょこんと頭を下げた。
「でもさ、神力を解放できたってことは――もうこの世界の“構造”も読めるはずだよ?」
リュミナの言葉に促されるように、サテンはそっと目を閉じた。
……静寂の中に、世界の“波動”が流れ込んでくる。
「……大きな反応が七つ。各地に点在してる。どれも世界を左右するほどの強さ……なるほどな。これが、混沌の元凶か」
リュミナは微笑んでいた。
「じゃ、そろそろ時間だから切るね。次の神チャク、楽しみにしてるから!」
光がふわっと消え、サテンは現実に引き戻された。周囲の景色はそのまま、時の流れすら変わっていない。
「……時間の流れが違う、ってやつか」
現実世界
サテンが「サテン教の設立」と「奴隷制度の撤廃」を宣言してから、世界は大きく揺れ始めていた。
各地では「邪神が目覚めた」「異形の怪物が現れた」と噂が広まり、混乱が広がっていく。
その一方で――
「反逆者・サテン、王命により指名手配とする」
リュスティア王国の王、リュスティア八世が、ついに重い腰を上げたのだ。
神に等しき者――その力とカリスマに脅威を感じた王族、貴族、宗教勢力が、こぞって「世界の敵」としてサテンを裁こうと動き出した。
「……よし。世界を導くって言った以上、こっからが本番だな」
指名手配、邪神の噂、各地の混乱――
すべてを背負いながら、サテンは立ち上がる。
一つずつ、混沌を断ち切り、
世界を――正しく導くために。
「まずは……王に会う」
玉座の間で深くため息をついたサテンは、そう呟いて立ち上がった。
反逆者とされてしまった現状を覆すには、リュスティア王国の国王本人に会って、誤解を解くしかない。
「サテン、本当に行くの?」
傍らに立つサナが、不安げに見上げてきた。
まだ幼いが、これまでの旅路で見せた強さと芯の太さは、本物だった。
「ああ。ほっといたら、俺たちが“悪”になっちまう。――だったら、先に話を通す。それが一番だ」
ふうん、と唇を尖らせながらも、サナは頷いた。
「なら、行こっか」
こうして、二人はリュスティア王国の王都へと向けて旅立った。
道中──
王都へ続く街道は整備されていたが、森を抜けるいくつかの区間は危険地帯とされていた。
魔物、盗賊、通行税を騙る偽兵士たち――この国は、美しさの裏に腐敗と混沌を抱えている。
「出せ!その荷物!……お嬢ちゃんも一緒に、ゆっくり楽しもうか!」
ニヤついた盗賊たちが道を塞ぐ。
サテンはため息をひとつ。背中に背負った木の棒を手に握った?
「……こっちは、急いでんだ」
「なに?その棒で何が――ぐわっ!」
ゴキィ、と異様な音が響いた。
サテンが一歩踏み出すと同時に、一人の盗賊が地面に沈んでいた。
「次は……お前らだ」
木の棒が振るわれるたびに、空気が裂けるような音がした。
サナが感心したように呟く。
「サテン、10%でも強いよね」
「強いってか……慣れてるだけだ。神力はまだ10%。これじゃまだ、世界を救うどころか、背中も守れねぇよ」
それでも、サテンは前を向く。
「けどまあ――棒一本でここまで来れたんだ。やるしかねぇだろ?」
小さな勝利の積み重ね
森を抜けるたび、街に着くたび、サテンとサナの名は少しずつ人々に知られ始めた。
悪党を倒し、魔物を払う“旅の神と少女”。
だが、それを面白く思わない勢力もまた、密かに動き出していた。
「サテン……王都まで、あとどれくらい?」
「三日ってとこだな。だけど、ここから先は“見張られてる”。そろそろ……本気で来るぞ」
神力、まだ10%。
だが、それでも彼は神だ。
――この国を正すために。
――サナと共に、新しい世界を作るために。
棒を握りしめ、サテンは王都の光を見据えた。