公爵に天罰
「猫又宿」――その名の通り、猫耳の獣人が経営するという酒場兼宿は、ギルドの受付嬢が言ったとおりだった。
「……うまい」
目の前の皿に盛られた肉と野菜の炙り焼きを見つめ、サテンはしみじみと漏らした。
「ほんとに……こんな美味しいもの、初めて……」
サナもまた、幸せそうに笑う。
その表情には、ようやく人心地ついた少女らしい安心感があった。
「ねえ、サテン……その、ご飯代とか宿代、あるの?」
「ん? ああ、あるある。盗賊から拝借してな」
あっけらかんと答えるサテスに、サナは目を見開いた。
「……それ、いいの?」
「“悪”からの収奪は正義。神的には、ギリ合法だ」
「神なのに……そういうとこ、本当に変な神さまだよね」
「それ、褒め言葉と受け取っておこう」
二人の間に、穏やかな笑いが生まれた。
サナはやがて、ベッドに潜り込みながら小さな声で言った。
「今日、すごく怖かった。でも……サテンが一緒で、安心した」
その声に、サテンは静かに微笑んだ。
「明日は、もっと安心できるようにしてやるさ。――あいつを、改心させてな」
朝。
グレイモアの城は、濃い霧に包まれていた。だが、見張り台の兵士はその霧の中に二つの影を見た。
一人は、木の棒を肩に担ぐ少年。
もう一人は、長い耳の幼い少女。
その歩みは、あまりにも堂々としていた。
「……止まれ、ここは――」
「通してくれ」
「身分を証明しろ!」
「それならある。身分証だ!」「今日は、天罰の日だ。」
サテンは微笑みながら、木の棒を構えた。
その瞬間、門の奥から甲冑を打ち鳴らすようにして騎士団の隊列が現れた。
白銀の鎧を纏い、整列する十数人の騎士たち。
その先頭に立つ、赤いマントの男が言い放った。
「ここを通すわけにはいかぬ。貴様、何者だ」
「元・最高神。今は棒持ちの旅人。名はサテン・シン」
「ふざけているのか?」
「真面目に言ってるんだがな。ま、分からないなら教えるしかない」
騎士たちが剣を抜いた。
「構え!」
「サナ、援護を」
サナは、初級の魔法を使えた。エルフだからこそだった。
「うん! 《風障壁・初式》、展開!」
サナの魔法が風の盾を作る。
その中を、サテンが一歩踏み出した。
そして、走った。
「前衛、止めろ! 槍を下げ――ッ!?」
サテンは一気に距離を詰め、棒を構えて騎士の盾の内側へ。
ドンッ!
一撃。
そのまま騎士の身体が吹き飛ぶ。
「なんだ、その威力は!? 木の棒で……!」
「“木の棒”じゃなく、“俺の棒”だ」
サテンは跳躍。
次々に騎士たちを間合いで圧倒し、剣の死角から棒を叩き込んでいく。
「《風圧弾》!」
サナの補助魔法が敵の動きを封じ、サテンが的確に制圧。
戦うこと五分――
「全員、倒れた……!?」
騎士団、戦闘不能。
「これが……神力なしの、俺の本気だ」
公爵の所に向かっていた。
続いて姿を現したのは、黒衣を纏う一団。
杖を構えた魔法使いたちだった。
「騎士たちがやられたか……だが魔法は違うぞ、旅人!」
サテンは一歩も引かず、サナに言う。
「タイミングを合わせてくれ。俺は走る、隙を突く」
「了解っ、《風操作・加速補助》!」
魔法使いたちは詠唱を始めた。
「《雷槍》!」
「《氷刃》!」
だがサナの風がサテンの脚に纏い、地を滑るような速度で突進する。
雷も氷も、ほんの数ミリの差で回避。
「うわっ!? 避けたっ!? そんな、魔法を……!」
「近距離ならお前らはただの杖持ちだ!」「そして俺は、棒持ちだ!」
一人、また一人と杖をはたき落とされ、顎を撃たれて倒れる。
「詠唱を止めるな! 一発で仕留めろ!!」
「《火陣爆撃》!」
上空から火の柱が降る――
「……サナ!」
「今! 《風障壁・全方展開》ッ!」
全身を覆う風の壁が火を受け止め、サテンはさらに前進。
「最後だ!」
サテンの木の棒が真横に薙がれる。
ガンッ!
魔法使いのリーダーの杖がへし折れ、勝負がついた。
魔法使い隊、壊滅。
「ふぅ……神力なくても、棒と脚があれば充分だな」
サテンとサナが通されたのは、豪華な謁見の間だった。
そこに座っていたのは、太った金髪の男――公爵エルヴァイン・ドルトン。
「ふむ……少年ひとりに、騎士団と魔術師隊が全滅とは。どうやって?」
「自分で考えろ。今日ここに来たのは、お前に“変われ”と言うためだ」
「変われ? 民のために? 馬鹿な……この国は、力で支配するのが正しさだ」
「じゃあ、お前に問う。“誰が”それを正しいと言った?」
「……俺だ。俺が正義だ」
サテンは、棒を床に突いた。
「じゃあその正義、今日限りでやめろ。でなければ――ここで終わりだ」
公爵は笑う。
「君は私を殺すのか?私は公爵だぞ?神に等しい!」
「お前のような神が居てたまるか!俺が神だ」
沈黙。
やがて、公爵は小さく笑った。
「君のような男がほんとうに神だったら面白かったな」
サテンは笑った。
「お前にはわからないか」「とりあえず、天罰だ!」
サテンは、公爵を棒で殴った。
ドン!
公爵は立ち上がり、自ら剣を置いた。
「わかった。今日を境に、税を下げをする。
……だが、君に問う。私がまた、間違えたときは?」
「そのときは、また棒一本で騎士団魔法使い全員を倒して来る」
「一つ質問だ、奴隷はやめろ」
「奴隷は、私が手を引いても奴隷商人がいる限り続く、彼らはあらゆる所に太いパイプを持っている」
「次なる天罰は奴隷商人か」
「君にやられてわかった。改心する。神という君に」
「俺を崇拝しろ、悪いようにはしない」「それから奴隷商人の居場所を探れ」
「わかった。探ってみる」
帰り道。
「……殺さなかったね」
「殺すより、変えたほうがいいこともある。特に“力のある者”はな」
「うん……サテンは、やっぱりすごいよ」
サテンは小さく笑った。
「神力なんかなくても、俺は俺だ。それで十分だろ?」