王との約束
フェンリルの牙が稲妻を帯び、爪が空を裂くたび、砦の石壁が震えた。
ドルガンは全力で斧を振るい受け止めるが、一撃ごとに腕が痺れ、膝が軋む。
「はぁっ、はぁっ……っ、くそっ……!」
額から血が流れ、視界が揺らぐ。それでも後退する足を止めることはできなかった。
守るべき王族が、この奥に居る。
だが――ここにいる王族もフェンリルも、誰一人として自分の顔を知らない。
その上、約束の紋章を証明するペンダントも今はサテンの手にある。
「……これじゃあ、ただの怪しいドワーフだよな……」
苦い笑みをこぼす暇もない。フェンリルが低く唸り声をあげ、再び飛びかかってきた。
「ドルガン、覚悟ッ!!」
雷撃を纏った巨大な爪が振り下ろされる。
ドルガンは必死で斧を交差し受け止めたが、衝撃で全身の骨が軋み、地面に叩きつけられる。
「ぐっ……がぁぁあああッ!!」
肺から空気が抜け、視界が白く霞む。
フェンリルはそのまま最後の一撃を放とうと跳躍した。
「――やめろぉおおおおッッ!!!」
砦内に大きな声が響いた。
フェンリルの爪が止まる。
その視線の先に、肩で荒い息をしながら立つ一人の青年――サテンがいた。
マイナが必死にサテンを支えていた。
サテンの額には汗が浮かび、まだ動くのも辛そうだが、その瞳だけは強く輝いていた。
「……フェンリル、頼む……そのドワーフを殺すな!!」
フェンリルの瞳が鋭く細まり、低く唸る。
「貴様……何者だ。ここは王族の領域だ。暗殺者でない証を立てられるのか?」
サテンは震える手で首元からペンダントを取り出し、高く掲げた。
それは黄金の鎖に吊るされた、古びた紋章。
フェンリルの首輪に刻まれた意匠と、完全に一致する。
「これを見ろッ!!
これはドルガンが2000年前、王と交わした“約束の紋章”だ!
このドワーフは――その約束を交わした本人だ!!」
フェンリルの瞳がわずかに揺らいだ。
荒々しい呼吸の中に、わずかな迷いが生まれる。
「……紋章……間違いない。
だが……2000年だぞ? 本当に、本人だというのか……?」
ドルガンは血を拭いながら、荒い息で言葉を絞り出した。
「間違いねぇ……俺だ……あの日天使族に呪われた俺と王は交わした約束を忘れた事は一度もねぇ……」
しばしの沈黙の後、フェンリルは攻撃の構えを解き、首を垂れた。
「……ならば、この者こそ約束の来訪者か……」
そして、フェンリルは砦の奥の影に向かって声を張り上げた。
「レオナード様……!
この者が約束の人物であり、呪いを解く方法を持つ者です!」
サテンたちは一瞬ぽかんとした顔でフェンリルを見た。
「……誰に向かって話してるんだ?」
マイナが首をかしげた瞬間、砦の奥の影から足音が近づく。
カツン……カツン……
ゆっくりと現れたのは、黒いマントを纏った一人のドワーフだった。
長い銀髪を後ろで束ね、瞳は蒼く澄んでいる。
その顔立ちは王族特有の気品を帯びており、服の胸元には小さな紋章が輝いていた。
「……なるほど。
そなたがドルガン殿か。
ならば、我が名はレオナード・グランバルド。
我が祖先より受け継ぎし王族の血を継ぐ者である」
突然現れた王族に驚くサテンたち。
マイナがぽつりと呟いた。
「……ほんとにいたんだ、王族……」
サテンは心臓が高鳴るのを感じながら、しっかりと頷いた。




