エルフの少女
「――ぐ、うぅ……頭いてぇ……」
気がつくと、目の前に広がっていたのは青空だった。
爽やかな風が草を揺らし、鳥の鳴き声が耳に届く。
美しい光景――なのだが、それを楽しむ余裕はなかった。
「……あれ? ここ、神殿じゃない……?」
体を起こすと、どこまでも広がる草原。
重い身体、神の力の気配がまったくない。
「……まさか……マジで……転生させられたのか?」
手を見る。紋章がない。
力を呼ぼうとするが、神力は一滴も感じられない。
――そう、これはまぎれもなく「人間の体」だった。
「やりやがったな、リュミナ……そしてバッコス……!」
俺は理解した。
あの宴で無理やり飲まされた、妙に甘くて後味の悪い酒――あれが原因だ。
「くそっ……人間にされるとか、神への冒涜にもほどがあるぞ……!」「こういうのは普通、勇者を転生させるとかが定番だろ?」
怒鳴ったところで、天界の誰かが助けに来るはずもない。
俺は今、人間になった。力なき存在――ただの男、最高神サテス改めてサテン・シンである。
途方に暮れながらしばらく歩くと、小さな村のような集落が見えてきた。
だが――その道中で、俺は早速とんでもない光景に遭遇する。
「や、やめてくださいっ!」
エルフの少女が、汚れた鎧を着た男たちに追い詰められていた。
少女の足には縄、明らかに逃げた捕虜という雰囲気だ。
「へっへっへ、逃げたって無駄だっての。お前みたいな亜人種に人権なんてねぇんだよ!」
ああ、そういう世界なのか。
人間と亜人種が対立し、力が支配し、秩序のかけらもない――そんな世界。
「面倒だけど、放っておけんな」
俺は地面に落ちていた棒を拾い、盗賊の前に立った。
「おい、お前ら。神の怒りに触れたいのか?」
「はあ? 誰だてめぇは……人間のくせに、舐めた口きいてんじゃねえよ」
「言っても無駄か。この程度の人間なら拾った木の棒でいけるか」
俺はその男が近づいてくるのを喉元に棒で突いた。
ごぶっ! と呻いて崩れ落ちる盗賊。
「……な、なんだこいつ……!」
周囲の男たちが一斉に剣を抜く。
「元・最高神、なめるなよ」
次の瞬間、俺の体は踊った。
棒で関節を砕き、足で膝を蹴り、振り向きざまに背中を突く。
五対一。だが――十秒後には俺だけが立っていた。
「う、うそ……あんなにいたのに……」
呆然とするエルフの少女。
俺は彼女に手を差し伸べる。
「立てるか? この世界の治安がどれだけ終わってるか、だいたい把握できた」
「あなた、いったい何者……?」
「俺はサテン・シン。……元、最高神だ」
「……は?」
「君の名前はなんていうの?」
「私はサナです」
「親とかはいるの?」
「さっきの盗賊団にみんな殺されちゃった」
「そっか。1人でここに残すより一緒にいる方が安全だし一緒に行くか?」
「うん」
妙に懐かれたエルフと一緒に行動する事になった。
俺はただの人間としてこの世界に降り立った。
だが、俺は知っている。
神の力がなくても、正しさは示せる。信念は、力に勝ることすらある。
「なにより……俺がこの世界を救わなきゃ、誰が救うんだよ」
この世界――《エル=ディザスタ》は、もはや限界だった。
人間、エルフ、獣人、魔族、竜人、ドワーフ、そして人魚族。七種族が対立し、混沌を極めている。
だからこそ、必要なのだ。
かつて世界を治めた“神の意思”が。
「やれやれ……バッコス、リュミナ……勝手に転生させたこと、後悔させてやるよ。俺がこの世界を正しき姿に戻したらな!」
元・最高神サテスの、世直し転生譚――ここに、開幕。