公爵領地
国王からの謁見を終えると、サテンは思いがけない言葉を告げられた。
「公爵領にある公爵邸を、お前たちの拠点とせよ」
根無し草のように、一つの場所に長く留まらなかったサテンにとって、それは意外にも悪くない知らせだった。
サテンは肩をすくめ、しかし口元には僅かな笑みを浮かべる。
サナも目を輝かせ、
「やっと落ち着ける場所ができたね!」
と喜びをあらわにした。
二人はその足で公爵領へ向かう。
領地に近づくと、街はまるで祭りのような熱気に包まれていた。露店が立ち並び、人々の笑い声や楽器の音色が響く。
門番が彼らに気づき、慌てて敬礼すると、
「サテン様、広場までご案内いたします!」
と先導した。
やがて領地の中心、広場に到着する。
そこで二人の目に飛び込んできたのは——
巨大な石像。
サテンは思わず叫ぶ。
「……なんだこれ!?」
隣のサナは目を丸くし、
「わぁ! 大きなサテンだ!」
と指差した。
そう、それはサテンの姿を精巧に刻んだ石像だった。
今日、ちょうど完成したばかりであり、この祭りはその完成を祝うものだったのだ。
サテンは呆然と石像を見上げたまま、門番に問い詰める。
「おい……これは誰の仕業だ?」
門番は誇らしげに胸を張る。
「領民一同の発案でございます! サテン様がこの地をあの公爵から救ったこと、そして王国とエルフ族を繋いだ偉業を忘れぬため——皆でお金を出し合い、職人を招いて造ったのです」
近くの老婦人がにこやかに近づいてきた。
「サテン様のおかげで、子どもたちも安心して外で遊べるようになったんですよ」
その横で少年が、木刀を振り回しながら
「おれ、大きくなったらサテン様みたいになる!」
と無邪気に叫んだ。
サナは目を細め、サテンの肩を軽く小突く。
「ほら、あんた案外人気者じゃん」
サテンは片眉を上げ、
「……だからって石像はやりすぎだろ」
とぼやくが、その表情はどこか照れくさそうだった。
広場には、完成した石像の足元に花束や果物が捧げられている。領民たちの笑顔と歓声に包まれながら、サテンは胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。
石像の除幕式がひと段落すると、門番がサテンたちに頭を下げた。
「国王陛下より、邸宅へご案内するよう申しつかっております」
広場を抜けると、石畳の道が緩やかに丘へと続いていた。
その頂に建つ公爵邸は、領地を一望できる白亜の大きな屋敷で、正面には広い庭と噴水がある。
門をくぐると、整然と並んだ執事やメイドたちが一斉に頭を下げた。
「サテン様、サナ様。お待ち申し上げておりました」
サテンは少し居心地悪そうに後頭部を掻く。
「……なんか、すごい歓迎されてないか?」
サナはにやりと笑って、
「人気者はつらいねぇ」
と軽く茶化す。
屋敷の中は豪奢な装飾と精巧な家具で満ちており、廊下には歴代公爵の肖像画が飾られていた。しかしそれは不気味だったのですべて外させた。
執事長が一歩前に出て案内を続ける。
「こちらが本日よりお二人の居室となります。何かご入り用の際は、遠慮なくお申し付けください」
サテンはふかふかのソファに腰を下ろし、深く息を吐く。
「……根城、か。悪くないな」
その横でサナは窓の外の庭を眺めながら、
「ここなら、ちょっとは落ち着けそうね」
と小さく呟いた。
すると邸宅の外でサテンを呼ぶ声がした。そこには多くの領地民が集まって居た。
誰が「サテン様、最後に広場で演説してください!」と叫ぶ。サテンは嫌がって居たが、この声に勝手にサナがOKを出す。
広場の中央。
石像を背に、壇上に立つサテンが群衆を見渡す。
提灯と焚き火の光に照らされた顔は、少し照れくさそうだが、その瞳はまっすぐだった。
「……えーと、まずは……今日こうして、こんなにも多くの人に集まってもらえて、本当に嬉しい」
ざわついていた人々が、静かに耳を傾ける。
サテンは一呼吸置き、声を張った。
「この土地は、かつて公爵の蛮行によって多くの人が苦しめられていた。
俺は、ただそれを見過ごせなかっただけだ。
剣を振るい、仲間と共に戦い……そして、みんなと一緒に、この土地を取り戻した」
拍手が湧く。だが、サテンは手を上げて制し、少しだけ微笑む。
「奇跡なんて、俺ひとりじゃ起こせない。
この場にいる一人ひとりの勇気と願いがあったからこそ、神様だって手を貸してくれたんだと思う」
群衆の目に光が宿る。老人はうなずき、子どもたちは息を呑んで見つめている。
「これからは……俺たちの手で、この土地を守っていこう。
どんな権力にも、どんな悪意にも負けないように!」
最後の言葉と同時に、夜空に花火が打ち上がった。
色とりどりの光が闇を裂き、歓声が広がる。
サテンはその中で小さく息をつき、
(……根城か。悪くないかもな)
と、心の中で呟いた。
お祭りが終わり、領地は静けさを取り戻していた。
灯りの消えた広場には、昼間の喧騒が嘘のように涼しい夜風だけが吹き抜けている。
公爵邸の玄関前に立ったサナが、にやりと笑った。
「ねぇサテン、今は公爵邸って呼んでるけど……いずれ“サテン邸”にしちゃおうよ」
「サテン邸?」サテンは片眉を上げたが、すぐに口元をほころばせる。
「……いいな、それ」
その一言で、ただの仮住まいだったこの場所が、本当の根城に変わっていくような気がした。
夜も更け、二人はそれぞれの部屋へ向かう。
ふかふかのベッドに体を沈め、サテンは深く息をついた。久しぶりに戦いも移動もない、落ち着いた夜だ。
まぶたが落ちかけたとき、ふと体に柔らかくて温かい感触が伝わってきた。
「……ん?」目を開けると、サナがいつの間にか隣に潜り込み、ぴったりと身を寄せている。
「おい、何してんだよ」
「……別に。ちょっと寒かっただけ」
サテンは苦笑し、軽くため息をついた。サナは妹のような存在で、恋心は抱いていない。
だが、この温もりが不思議と心地よく、悪くないと思った。
「……しょうがねぇな」
そう呟き、サテンはサナの頭を優しく撫でた。サナは目を閉じ、微かに笑みを浮かべる。
やがて、二人は穏やかな眠りへと落ちていった。




