王国帰還
始源の記録晶を確認したサテンたちは、
精霊王――ルーフェリアと向かい合い、静かに頷き合っていた。
「……我らエルフと、お前たち人族の間に盟約を結ぶ。
互いに背を預け、魔族という脅威に立ち向かうための、共同戦線だ」
そう宣言したルーフェリアの言葉に、サナもユールも深く頷いた。
サテンはただ一言――
「ま、いいんじゃねえの?お前ら……面白そうだしな」
と、相変わらず気だるげな様子だったが、どこか満足げでもあった。
盟約の儀式が静かに終わると、ルーフェリアは柔らかく微笑み、
静かに右手を掲げた。
「では……王国へ戻る道を開こう」
「……え? 歩いて戻るんじゃないの?」
サナが眉をひそめて聞き返すと、ルーフェリアは小さく首を振った。
「これからの戦い、君たちに時間の猶予はない。
精霊たちの力を借りて、**“異次元の帰還門”**を開く。
この“始源の樹”には、次元を繋ぐ古の魔法陣が刻まれているのだ」
「異次元……!?それって、どれくらいの速さで戻れるの?」
ユールが驚いて尋ねると、ルーフェリアは静かに答える。
「……扉が開いた瞬間、王都の神殿に立っているでしょう」
始源の樹の根元――
古びた石の祭壇に、五色の精霊たちが姿を現す。
炎、水、風、大地、そして光。
それぞれの精霊が円陣を描き、祈りの言葉を紡ぐと――
空間が“バリバリッ”と裂けるようにねじれ、
そこに浮かび上がったのは、光の門。
「……マジかよ」
サテンも思わず目を見開いた。
その姿に、サナもユールも息を飲む。
「どうぞ、通られよ。我らエルフ族は、いつでも力を貸そう」
ルーフェリアがそう告げると、サテンは肩をすくめて――
「じゃ、行くか。王様に報告ってやつだな」
と、木の棒を片手に光の門へと一歩踏み出した。
サナとユールもその後を追い、光の中に身を投じていく。
――その瞬間、空間は再び静寂に包まれた。
次の瞬間、王都の神殿――
朝霧の中、突如として光の渦が現れ、
その中からサテンたちが現れた。
周囲にいた神殿騎士たちは目を見開き、武器に手をかけかけて――
「……って、あれ? サテンさんじゃ……」
「ご帰還ですか!? いったい、どこから……!?」
ざわつく神殿内。
サテンはその様子をチラと見ただけで、あくびを一つ。
「まあ……ちょっと裏ルートでな」
そしてそのまま、王の元へ向かうべく、歩き出した。
王都神殿に突如現れた光の門から現れたサテンたちは、そのまま王宮の奥、謁見の間へと通された。
王はすでに応接間にて待っていた。
荘厳な椅子に腰かけた王は、サテンたちの顔を見るなり、口を開く。
「無事に帰還したか。……精霊王との交渉は、どうだった?」
サテンは木の棒を肩にかけながら椅子にもたれ、気だるげに返す。
「ま、なんとかなったよ。向こうも本気みたいだし、こっちも少しは本気出してやらねーとな」
横にいたサナが口を継ぐ。
「精霊王――ルーフェリアとは正式に盟約を結びました。これからは精霊族も我々の味方として動いてくれるはずです」
「それは……大きな成果だな」
王は深く頷き、視線を鋭くする。
「だが……この先はもっと困難な戦いとなる。魔族の本拠地へ攻め込むなら、強力な武具や防具が必要だ」
そこで、ユールが一歩前に出た。
「王よ。私たちは次に、“ドワーフ族の地”へ向かうべきと考えています。
彼らの鍛冶技術は世界最高。もし協力を得られれば、魔族との決戦に備えた武装が可能です」
王は一瞬沈黙した後、静かに息を吐きながら答えた。
「……確かに。だが、今のドワーフたちは閉鎖的だ。
人間と手を組むことに、かつてないほど慎重になっているという報告もある。
話し合いが通じる保証はないぞ?」
その言葉に、サテンがニヤリと笑う。
「いいじゃん。通じなきゃ、通じるまでやる。それだけだ」
サナがあきれたようにため息をついたが、王はその姿を見て笑みを浮かべた。
「……お前が行くなら、少々無茶でも通じるかもしれんな。
よかろう、ドワーフの地への道は開こう。
だが、交渉がこじれれば、最悪戦になる可能性もある。十分に注意しろ」
王は懐から小さな金印を取り出し、サナに手渡す。
「これは“王家の使者”の証。ドワーフ族に見せれば、一応は話を聞くはずだ。……頼んだぞ」
サナがそれを受け取ると、場が静かに引き締まった。
サテンが立ち上がり、ゆっくりと伸びをしながら呟く。
「じゃ、行くか。鉄の国ってやつによ――」
「……愚かな王国が、森の民と手を組んだか」
一方、帝国ではサテンたちとエルフの盟約の噂が皇帝まで届いていた。
帝国ファルゼム
ファルゼム皇帝・カイゼル=レイファーンの言葉に、玉座の間は冷たい静寂に包まれる。
「神の名を持つ少年、サテン……。精霊王を打ち破ったと?
それが事実なら、奴は“人”の枠を超えつつある」
言葉を区切ると、皇帝は指を軽く弾いた。傍に控える近衛魔導師が頷き、魔法水晶に映像を浮かべる。
そこには、精霊王との激闘と、次元を超えて帰還するサテンの姿が克明に映っていた。
「放置はできん。王国とエルフの同盟に、さらにドワーフが加われば……三種族連合。
我ら帝国にとって、もはや脅威だ」
皇帝は玉座から立ち上がると、背後の扉に向けて命じた。
「“勇者”に連絡を入れよ」
扉の奥から現れたのは、隠密を担う情報部の長官。
彼は膝をつくと、静かに尋ねた。
「……直接、ですか?」
「ああ。奴がいる《聖域》へ伝えよ」
皇帝の瞳に、冷たい光が灯る。
「“動く時が来た”と、そう伝えろ。
サテンが“神”の名を背負うのなら……
我らが擁する勇者は、“天”を名乗るにふさわしい存在だとな」
「はっ──」
そしてカイゼルの目が細められた。次の指示が出た。
「……動け、“黒翼団”」
玉座の奥の闇から、一人の人物が歩み出る。仮面をつけた暗殺者だった。
「サテンという少年を監視せよ。必要とあらば、消せ」
「御意――」
その声と共に、帝国の“影”が動き出した。
魔王にも噂は届いていた。
「ふん……やっと動き出したか、森の連中が」
魔王ヴァルトラグは、漆黒の王座に腰を下ろし、深く笑う。
その前には、情報収集を担う魔族の参謀・レクシオンが膝をついていた。
「我らが送り込んだスパイエルフの情報では、王国と精霊族が正式な盟約を結びました。
しかも……例の“神の加護を持つ少年”が、精霊王ルーフェリアを打ち倒したと」
「面白い。実に面白い」
ヴァルトラグは立ち上がると、周囲の魔力が揺れた。空間が歪み、玉座の間の天井が軋む。
「つまり、そろそろ本気を出してやる時が来たということだな……」
レクシオンが静かに言葉を継ぐ。
「我々のスパイもそろそろ動き出す頃合いです。
エルフ族の中に一人、“魔王の意志”に従う者がいるとの報告が――」
「ほう?」
ヴァルトラグはにやりと笑った。
「ならばそいつに告げろ。
“王国と手を組んだ精霊族ごと、焼き尽くせ”と」




