6話 珠音の胸
そいや
その場のノリと雰囲気で始めた茶番劇ででかい声出してれば誰かが駆けつけては注意を受けることは予想してたが、実際に見られるとちと、いやかなり恥ずかしいな。主役を務めたバクドーなんか下を向いてるが顔がトマトのように赤く熟してることが見て取れた。まあそんなことはどうでもいいか。格子の向かい側の階段から現れた珠音を観察してみる。右手を腰に当て返事を待ってる彼女、種族はさっきの兵隊やここにくるまで見た野次馬もとい住人のように同じタマネギ族で間違いない。だが身にまとってるものはショルダーアーマー付きの黒色サーコートで胸元には兵隊には無かったキラキラ黄金に輝く三ツ星が頭上に添えられたハンバーグの紋章、腰にはランスを装着していて、気品の高さだけでなく武術も嗜む者であることが窺えた。他の兵隊は魔法は使っても武器を持っていなかったので珍しいなと思った。彼女は魔法を使わないんだろうか。髪は首元で水平に揃えられてる。あとか、あとはそうだな、慎ましやかしかして確かな膨らみも見れるベストサイーズな胸があった。俺が胸にピントを固定させ分析していると、僅かに揺れた。
「ねえ、助けにきたって言ったんだけど」腰に添えた手はそのままに片足を揺すり、目を細めながら呆れた声で問いかけてきた。おい、バクドーはともかく空白の期間作らんようにグイダ、お前が答えてくれよとグイダを探すと腕を組み遅刻した生徒を待つ教師のような面持ちで静かに俺を見据えていた。俺が答えろってことね、わーたよ。
「あー悪い悪い、で助けに来てくれたんだって?」
「そうよ、助けに来たの」
「それは助かるんだが、なんでだ?俺たちを多分この先に進ませたくないから捕まえたんだろ、解放しちゃマズイんじゃないのか?」助っ人参上は嬉しいが、理由が分からない。この場合、同じ人間なら同士を助けるためとかあるだろうし訳を話してくれなくても今は敵じゃないことは確かだから信用できる。しかしこいつはタマネギ族だ。本来なら助けるなんて言葉を俺たちに向けるはずがない、それは仲間を裏切る行為だ。だから、二つ返事ではいと言えねえ。
「それねえ、まあ言わなくちゃだよね。あなた達の立場だったら意味不明だし。でも深い訳はないわ、ただ今の変わらない日常に飽き飽きしてただけ。そんな日常をあなた達にぶっ壊してもらおうって算段なの。」
「日常?」まだ筋が見えないな。俺が?を浮かべると、彼女は腰のランスを抜刀し手前に俺たちに見せるように掲げる。
「わたしね、村長の娘なんだ。だから、村の外に危険な生き物はいないのに、いつ来るかも分からない侵入者をやっつけるために毎日、魔術や武芸の特訓をさせられた。他の皆はやりたいことやればいいけど、私は村の代表として強さを求められたからね。でもわたしは、いやいやでしょうがなかった。だっていつ来るか分からないやつのために鍛えてたって虚無っていうか意味ないじゃんって思ってさ。じゃあどうしようかって考えてね、妙案が生まれたの。その侵入者に付いていけばいいってね。それなら、この鍛えた技を使う場面は沢山あるだろうし、何より楽しそうって思ったの。これで、納得していただけたかしら」言い終わった彼女はランスを元の場所に戻し、真面目で真摯な目で俺を見つめた。さっきは胸に意識が向いてたり人の目を見るのが苦手だから気づかなかったけど、彼女の目は魅惑的で艶めかしいオーラを感じさせる深い紫色で紫電を思わせた。ドキリと心に痛みが走ったね。すぐにどっかに駆けていったから俺もすぐに忘れたけど。一番に返事をしたのはバクドーだった。
「信用していんじゃないかな、断ったら退屈で退屈な囚人生活続けなきゃいけなくなるし、それはゴメンだね」こいつは珠音の説明聞く前から賛成してそうだな。
「まあ、そういうことなら一応納得できる」俺も賛成だ。首を縦に振る。グイダさんはどうだ。
「俺も賛成じゃ、手詰まりだったしの」決まりだな。俺は改めて彼女と相対する。
「ていうことだ。珠音、頼む」
「ありがとう、それじゃあ助けてあげるわ」万感の思いが込められた微笑みを露にした後、すぐさま真剣な表情になりいつかの兵隊さんのように両手をタマネギ格子に向け瞑想を始めた。その瞬間タマネギ格子からピキピキと微かだが、音が漏れ出してきた。それもつかの間、漏れる音は爆発的に増大し、ピキピキは視界にも現れ始め遂にはタマネギ格子は砕け散り、霧散した。あっという間だった。頑丈な作りだから、しばらく待つ必要があると思った矢先にこれだからビックリ仰天である。ニュースもつきそう。俺はおずおずと彼女に敬意を表する。
「す、すげえなあ。こんな頑丈なもんをすぐに」
「おおー・・・・・・・(じゅるり)」
「見事なもんじゃ」
バクドーは両目にお星さまを宿し、涎まで垂らして頬は高揚してる。そんなに心躍らせたかよ、俺は戦慄したぜ。グイダは一般人にしてはようやるのおといった感じでそんなに驚いてない。
「まあ、それほどでもあるけどね。ほら、さっさと行きましょ。見張りのやつらには深く眠って貰ってるけど、一応静かにね」用意周到なこって、こいつは頼もしいぜ。珠音は足早に階段を登っていくので、俺たちもそれに追従する。
「俺たちの荷物ってどこにある?」走るの彼女の背に投げかける。
「あのリュックとバックでしょ、ここ登って右手のテーブルに置いてあったわ」
「サンキュー」
視界が開けてきた。ロビーに出た。大きさはさほどなく一般的な一軒家のリビングぐらいだと言えばいいだろうか、そんぐらいだ。確かに右手に六人ぐらいで囲めそうなテーブルがあり、その上に取り上げられた俺とバクドーの荷物があった。駆けつけリュックを背負う。やっぱこいつがいねえとな、なんたって10年一緒に旅した仲だぜ、相棒通り越して家族みたいなもんよ。完全体になったハンジャ様と呼べ。玄関の両扉の前で二人がそれぞれ背負うまで待機してた珠音は言う。
「ここを出たら、私に付いてきて。村の出口に向かうわ」
「あいよー」「うん」「了解じゃ」両扉を開きまた走り出していく彼女の背を追いかける。ふと見張りは?と思い階段の方を見ると両脇に置かれた小さな丸椅子に座った兵隊二人がゼットマークの鼻提灯を出しそうなくらいスヤスヤと寝ていた。お勤めご苦労様でーす。
外はとっくに太陽は沈んでタマネギの形をした月がおはようしていた。外気は昼間より少し冷たかったが、問題視するほどでもなかった。問題は村人だ、と思ったが珠音が通ったルートは人通りが少なかったので心配することなく、出口近くまでやってこれた。ちなみに言うとタマネギ族が住んでいる家は全部大小はあれタマネギの形をしてるぜ。それでもそれぞれのタマネギから発せられるオレンジ色の灯りを見ると生活感があってちゃんと家なんだなって実感したよ。
足をゆったりとし振り返って彼女は言う。
「もうここまでくれば流石に安心だと思うわ。」そんな彼女の言葉を聞いて緊張感が薄れようとしてる時に彼は言う。
「残念でしたな、わたくしがおりますぞ。珠音様」その言葉を発生させたのは俺でもバクドーでも、じゃあグイダかというとまた違う。昼に見た兵士長だ。まあこんな簡単に逃走できる訳ないっすよねえ。
「どいて、ヘバーン」俺たち三人が棒立ちになってる中、珠音は毅然と胸を張り、腕を薙いだ。
「どきません。何をしてるのか分かっておるのですか?珠音様」態度を崩さずにまるでただ姫のいつものご乱心を宥める介添えのようであった。
「分かってるわ、そんなこと。わたしの気持ちなら分かってくれるでしょ?師匠」師匠だったのか。ヘバーンの口調からして従者かなんかだと。
「十分承知です。ですがな、はいそうですかと通す訳にはいかぬのです」
「分かってるわ、そんなこと。あなたのことですもの」互いに腰の得物に手を付ける。珠音の表情はこちらからはうかがい知れないが、ヘバーンの顔からは諦めと決意が混ざった複雑な思いを感じた。
「やるしかないようですね」
「そうね」互いの声は居丈高にしてるようでどこか震えてるような気がした。
珠音の得物を握る強さが増した、そう思った瞬間に攻防は始まった。しかしすぐに静寂が空気を支配した。珠音がもつランスの洗練され破壊力も秘めた先端がヘバーンの得物、ランスをもつ手を突き刺し、ランス諸共彼の手を奪い去った。彼の手の内にあったランスは手からゴトンと地面に落ちる。
ヘバーンは瓦礫が崩壊するように両ひざから地に身を投げる。うつ伏せになった彼は勝者に顔だけ向け
「おみごとです。珠音」愛おしそうに名前を口にする。
「今のわざとでしょ、ヘバーン」ランスからヘバーンの手を抜き取りながら、何かを抑えるように冷静に名前を口にする。
「はは、わたしが珠音と真剣勝負できるわけないじゃないか。妹みたいなもんなんだから」
「・・・・そうだと思った。でもわたしはやったわ。そうでもしないとあなた諦めないでしょ」
「無論です。掟のことを抜きにしても妹を危険な旅に行かせたくない。」
珠音はしゃがみ込みヘバーンに一言告げる。
「ごめんねお兄ちゃん、でも私どうしても行きたいの。これは絶対曲げられない」
「そうですか、なら良いでしょう。折れます、あなたに。それにいつもお願いしても呼んでくれない、お兄ちゃんを聞けましたから。これで私は珠音のお兄さんですね、感激です」涙がコップから溢れるようにジワジワと流れ出す。それを見て珠音は慌てて
「も、もう、そんな泣くほど!?わたしが悪いみたいじゃない」
「すいません、まさか泣いてしまうとは」
「いいからいいから、お兄ちゃん泣き止んでー」
「う、うおおおおおおおおおおおおおお!」お兄ちゃんと呼ばれる度に雄叫びを上げ、泣きわめく機械と化し、その度に兄をあやす珠音であった。ヘバーンさん、そんなにお兄ちゃん呼びされたかったのかよ。とんだシスコン野郎だぜ全く。そんな光景を俺たちは微笑半分呆れ半分で眺めていたが、流石に外の異変に気付いたのか、タマネギ族の皆さんが続々と外に出始めて、なんだなんだとこちらに向かってくる。あーあーそりゃこんなに叫んでりゃな、気にならない方がおかしいすわ。逃げるぞおおおおおおおおおお!俺はしゃがんでお兄ちゃんをあやしてる珠音の肩を叩き
「逃げるぞ!気づかれた」
それを聞いた珠音は村人たちを視認し
「ええ、お兄ちゃん。行ってくるね――――――――――!」活力が充満した右手をお兄ちゃん、ヘバーンへ向けて左右に振る。
「行ってこい!おいそこの男たちい、珠音を泣かせるんじゃねええぞおおおおおおお!!」と叫んできたので、俺はそんな自信微塵も無いけどとガッツポーズをくれてやった。
「豹変ぶりがすごいね、あの人」
「全くじゃ、さっきの紳士然とした姿はどこに行ってしまったんじゃ、俺を見習え俺を」お前にゃ紳士のしも刻まれてねえよ。
「よろしくね、侵入者さん」
そうしてメンバーが一人増えた俺たちは至高のハンバーグへ足をさらに一歩進めるのであった。
そそいや