遠距離ラーメン
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(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)
「好きです」
そう言った俺の目を見て、駒井くんはちょっとおもしろい顔をした。驚いたのだと思う。きれいな顔立ちの人がふいを突かれて驚くと、こんなにも無防備なのかと俺はどこか冷静な感想を抱いてしまう。
「なんだよそれ、罰ゲーム?」
駒井くんは顔をもとに戻して、少し上擦ったような声でそう言った。
「違うよ」
俺は首を横に振る。春休みを目前にした修了式後、中庭の百葉箱の前でのベタな告白だ。だけど、告白しているのもされているのも男なので、罰ゲームだと思われても仕方がない。その上、告白しているほうはイケメンというわけでもなく、かわいくもなければ美しくもない、教室の隅のほうにひっそりと生息しているような、なんのとりえもないごく普通の男子高校生なのだ。
「罰ゲームじゃないし、ドッキリでもないよ。俺は、駒井くんが好き」
開き直っているので、俺は強い。そうきっぱりと言い放つと、
「あー、そう」
駒井くんはそう呟いて、口もとを片手で覆って俯いてしまった。きっと気持ちが悪いと思われたのだろう。おえっとなるのを我慢しているのかもしれない。だけど、それも覚悟していたことだ。俺は今日、きっぱりと振られるつもりで、こうして告白をしているのだ。
「うん」
顔を上げて、駒井くんは頷いた。いつもどおり、見惚れてしまうくらいの整った顔だけど、それがどことなく強張っている。
「うん、わかった」
駒井くんはもう一度言った。俺の気持ちをちゃんと理解はしてくれたようだ。本当は、きっぱりとした言葉で振ってくれたらよかったのだけど、これが駒井くんのやさしさなのだろう。駒井くんは素っ気なくて口は悪いけれど、とても親切だ。俺は、駒井くんのそういうところを好きになったのだ。実際、教室で友だちに囲まれていた駒井くんに、「ちょっと話があるんだけど、いい?」と声をかけると、なんの疑いもなく、友だちを置いてまで中庭までついてきてくれた。
「それで、ついでにお願いがあるんだけど」
「なんだよ」
駒井くんは言う。言葉はぶっきらぼうだけど、俺のお願いを聞いてくれるつもりがあるらしい。
「いまから、いっしょにラーメンを食べに行ってほしい」
「は? なんだそれ。別にいいけど」
駒井くんは素っ気なくそう言った。俺はほっとして、頬の緊張を解いた。親切な駒井くんなら、なんだかんだ言っても付き合ってくれそうなギリギリのラインを選んだつもりだ。うまくいってよかった。
「じゃあ、俺カバン取ってくるわ」
駒井くんはそう言って走って行こうとするので、
「裏門で待ってるから、ゆっくりでいいよ」
その後ろ姿に声をかける。駒井くんは振り返り、わかった、という感じに軽く手を振って校舎へ走って行った。明るい青空と、つぼみの膨らみ始めた桜の木と、駒井くんの後姿。その景色を見て、俺はくらくらとせつなくなった。
ここまでは、ちゃんとできた。告白の言葉も噛まずに言えたし、ラーメン屋にも誘うことができた。内心、ばくばくと跳ねあがっていた心臓を落ち着かせるように、俺は深く息を吸い、吐く。きっとこれが、駒井くんとの最初で最後の時間だ。楽しい思い出にしなくては。そう思いながら、俺は校舎を見上げる。この一年ですっかり見慣れたこの校舎も、今日で見納めだ。
父親の仕事の都合で、この春から家族で引っ越すことになった。抗いようもなく転校することになった俺は、妙に攻撃的な気持ちになり、最後に好きな人に自分の気持ちを伝えることを決めたのだ。好きな人、つまり駒井くんだ。その駒井くんの都合は考えず、ただ自分の心残りをなくしてすっきりするためだけの利己的な行動だということは重々承知の上だ。だけど、どうか許してほしい。この春休みが明けて二年生になったときには、俺はもうこの学校にはいない。そこにいない人間なんて、きっと忘れられるのも早い。やさしい駒井くんも、俺を振ったことをそれほど気に病まずに済むだろう。
「森田、行くぞ」
走って戻ってきた駒井くんは、息を切らしている。
「ゆっくりでよかったのに」
俺が言うと、
「だって、早く行きたいだろ」
駒井くんが言った。そうか、と俺は思う。自分のことばかりで、浮かれて忘れていたけれど、駒井くんにとっていまから俺とラーメンを食べに行くことは、別に楽しいことでもなんでもない。一方的に自分のことを好きだと言う男とラーメンを食べに行かなくてはならないなんて、むしろ苦痛なイベントだ。早く終わらせたいに決まっている。それなのに、こうして律儀に付き合ってくれるやさしい駒井くんに、俺は感謝しながら言う。
「そうだよね、早く行こう」
俺の案内で、家族といっしょにしか入ったことのなかったラーメン屋にふたりで入った。
「俺、ここ初めて」
駒井くんが言った。
「俺は家族でたまにきてたよ」
「へえ」
こじんまりとした店だが、幼いころから、ここのラーメン屋での外食は俺にとってうれしいごちそうだった。テーブル席に座ってそれぞれに注文する。思い出の店で、これから駒井くんとふたりでラーメンを食べる。人生、なにがどうなるかわからない。父の転勤がなければ、俺は転校することはなかった。だけど、転校することになったからこそ、俺は開き直って駒井くんに告白しようと考えたのだ。つまり、俺がずっとこの学校で過ごしていたならば、こんなふうに駒井くんとラーメンを食べるようなことは一生なかったのかもしれない。
「うまいな、ここ。またこよう」
ラーメンを食べ、ひとりごとのように呟いた駒井くんに、俺は「うん」とだけ頷いた。
実は、緊張で味なんて感じられない。脳が覚えているおいしい味を思い出しながら、俺はラーメンをすすった。食べている間、会話らしい会話はなかった。だけど、駒井くんとこうして同じ空間で、同じ時間を過ごしているというだけで、俺は幸せだった。俺の引っ越し先は、ご当地ラーメンが有名な土地なので、きっとラーメンを食べる機会はたくさんある。その度に、今日、駒井くんとふたりでラーメンを食べたことを思い出して、俺は幸せな気持ちになるだろう。そして、駒井くんがこの店にまたくることがあるならば、少しは俺のことを思い出してくれたらいいな、と思う。
「森田は、いつから俺のこと、その……好きだったんだ?」
ラーメンを食べ終わり、水を飲んで落ち着いた駒井くんが、ふいにそんなことを聞いてきた。
「去年、文化祭実行委員をやったときから」
一年生の秋、俺は文化祭実行委員になった。その集まりで、俺は駒井くんと初めて会ったのだ。
文化祭実行委員は、各クラスから男女一名ずつが選ばれる。俺たちのクラスの実行委員はふたりともくじ引きで決まってしまったので、俺はもちろん、女子の実行委員に決まってしまった村橋さんもあまり気が進まないままに会合に参加していた。俺も村橋さんも、教室の隅で自分と同じように地味な友だちとひっそりと楽しんでいるような、おとなしい部類の生徒だった。大勢に指示を出したりクラスをまとめたりなどということは、お互い苦手だったのだ。そういうリーダーシップとは程遠い俺とは違い、隣のクラスの駒井くんはリーダーシップの権化のような人だった。
会議室で指定された席に座り、村橋さんとふたりで、
「私、こういうクラスの代表みたいなの向いてないのに……」
「でも決まっちゃったんだから、もうしょうがないよ」
「ちゃんとできるかな、不安しかない」
などと話していると、
「できるかなじゃなくて、やるんだよ」
頭上からよく通る声が降ってきた。俺と村橋さんは席に座ったまま、同時にびくっと肩を震わせた。見上げると、駒井くんが立っていたのだ。駒井くんは、そのまま俺の隣の席に座った。当時、駒井くんの名前も知らなかった俺に、
「隣のクラスの駒井くんだよ」
村橋さんがひそひそと教えてくれた。
「イケメンだから、女子の間で有名なの。でも、ちょっと怖いね」
「うん」
村橋さんの言葉に同意しながら、俺は駒井くんをこっそりと観察する。確かに整った顔立ちをしている。こんな人が実行委員なら、きっとクラスのみんなも素直に言うことを聞くのだろうなと俺は思った。
文化祭実行委員は思ったとおり大変だった。もともとおとなしい性格のふたりだったので、がんばってはいるものの、やはりクラスをまとめるのは難しい。俺も村橋さんも大声を出すのが苦手で、教室内が騒がしいときには、「聞いてくださーい」を何度も繰り返さないといけなかった。
「せめて、もっと大きな声が出せればいいんだけど」
「うん」
あるとき村橋さんが言い、俺もそれに同意した。
「大声の練習しようか」
俺は言い、昼休憩に村橋さんといっしょに体育館へ行くことにした。体育館に誰もいないことを確認し、村橋さんが正面の舞台の真ん中に立ち、俺はその向かいの出入り口付近に立つ。そして、
「聞こえますかー?」
村橋さんがこちらに向かって手を振る。
「聞こえてまーす!」
俺も手を振り返す。
「みなさーん! 聞いてくださーい!」
「なーにー!」
「文化祭の予算が決まりましたー!」
「やったー! いくらー!?」
コールアンドレスポンスのように大声を出し合って練習していると、上の方から、弾けるように笑い声が響いた。
「きみら、なにやってんのー?」
「なんかの練習?」
「めっちゃウケる」
そんな声と共に男子生徒が三人、上部の通路から顔をのぞかせた。彼らはその顔に笑みを浮かべている。笑われた俺と村橋さんは、驚きと羞恥で固まってしまった。誰もいないと思っていたけれど、どうやら数名の男子生徒たちが、ギャラリーで昼ごはんを食べていたらしい。きっと変なことをしていると思われただろう。そう思うと顔が熱くなった。
「がんばってるやつを笑うんじゃねーよ」
体育館に鋭く響いた、顔の見えない四人目の声は、聞き覚えがあった。隣のクラスの駒井くんの声だ。
「怒んなよー。がんばってんのがかわいいから笑ったんじゃーん」
駒井くんの友だちは不服そうにそう言う。村橋さんがこちらに走ってきて、俺の耳もとで、
「撤収」
ぼそっと言った。俺は頷き、村橋さんと共に真顔で体育館を後にした。
「さっき、駒井くんが助けてくれたね。怖そうな人だと思ってたけど……」
体育館から校舎への渡り廊下を並んで歩きながらそう言うと、
「あ、あれって駒井くんだったんだ」
村橋さんは言った。
「よくわかったね」
「声でわかったよ」
「え、すごい。森田くん、もう立派な駒井担じゃん」
村橋さんは笑う。
「そんなんじゃないよ」
村橋さんの言い方がおかしくて、俺も思わず笑ってしまう。
「ちょっと邪魔は入ったけど、でもさ、さっきので私も森田くんも、本気になったら結構大きな声が出せるってわかったよね。私、がんばるよ。いっしょにがんばろう」
「うん」
村橋さんの言葉に俺は頷いた。
「がんばろう」
その日以来、文化祭実行委員の会合や、廊下ですれ違うときなど、駒井くんがよく声をかけてくれるようになった。「準備どこまで進んだ?」「今日なにすんの?」「がんばってんな」そんな何気ない言葉たちに、慣れない雑務で疲労しがちだった俺の心は救われた。
いつも無愛想な駒井くんだったけど、俺に声をかけてくれるとき、少しだけ笑顔になることがあった。俺は、その笑顔を見るたびにどきどきしていた。そしていつの間にか、校内で駒井くんの姿を探すようになっていた。駒井くんはどこにいても目立つので、俺の目はいつも、その駒井くんの姿に吸い寄せられる。そのころ、駒井くんには他校に彼女がいるという噂があった。そんな噂が耳に入るころには、俺はもう、駒井くんのことを好きになってしまっていた。まさか自分が男性を好きになるとは思っていなかった。普通に考えて、俺が好きになるべきだったのは、村橋さんだ。いま思い返してもそう思うし、そうなりたかった。とはいっても、村橋さんにも選ぶ権利はあるので、ひとまずそこは置いておいて、村橋さんだって、駒井くんに負けず劣らず魅力的な人だったのに。だけど、動かされてしまった気持ちはもう、コントロールすることなんてできなかった。
「そっか、文化祭の……」
駒井くんは呟くように言う。
「駒井くんには彼女がいるって知ってたから、本当はこんなこと言わないつもりだったんだけど」
いいわけがましい俺の言葉に、
「は? なんだそれ」
駒井くんは唐突に語気を荒げた。
「あのころ、そういう噂を聞いたんだよ」
「ああ……あれは、あれだ。いたけど、文化祭の前に別れた」
駒井くんはすごく言いにくそうにそう言った。
「どうして?」
「他に好きなやつできたから」
「そっか」
相槌を打ち、俺は笑顔をつくる。これでもう、心残りはない。駒井くんには、好きな人がいるらしい。駒井くんの言葉は遠回しだったけれど、ちゃんと俺のことを振ってくれた。
ラーメン屋を出て、
「ありがとう。今日もだけど、文化祭のときも」
そう言うと、
「なんだよ、改まって」
駒井くんは少し笑った。
「ありがとう駒井くん」
もう一度、俺は言い駒井くんに手を振った。
「さよなら」
駒井くんは少し不思議そうな表情をして、「ああ、またな」と、困ったような笑顔で手を振ってくれた。
「さよなら」
覚悟していたことなのに、俺は寂しくて、悲しくて、だけど不思議と涙は出なかった。妙にすっきりとした晴れやかな気持ちで、俺は駒井くんの後姿に手を振り続けて、駒井くんが振り返ったところで手を振るのをやめた。だけど、駒井くんが笑って手を振ってくれたので、うれしくなってまた手を振った。
新学期。俺は新しい学校で二年生になった。始業式やホームルームも無事終わり、職員室に寄ってから帰り仕度をする。教室には、もうほとんど生徒は残っていなかった。
「おい、森田!」
校門を出たところで、大きな声で名前を呼ばれて顔を上げた。この学校にはまだ知り合いはいないし、森田なんて全国的に見ても珍しくはない名字なので俺のことではない可能性もあったのだけれど、呼ぶ声が駒井くんの声にすごく似ていたので、思わず反応してしまったのだ。驚いたことに、ちゃんと俺のことだった。目の前に、制服姿の駒井くんが立っていたのだ。
「駒井くん、なんでいるの? 学校は?」
驚いて、そんなどうでもいい質問しか出てこない。
「サボった」
駒井くんは、少し怒ったような表情をしている。そして、
「遠いよ! 新幹線で片道二時間もかかったんだぞ!」
癇癪を起したように、駒井くんは大きな声でそう言った。
「え、うん……」
どうして俺の新しい学校が遠いことを怒られているのかわからない。戸惑いながら頷き、俺の頭の中には、「もしかして」や「まさか」の考えが浮かんでしまい、余計に戸惑って妙にどきどきしてしまう。
「もしかして、俺に会いにきてくれたの?」
まさか。そう思いはしたのだけれど、期待が膨らんでしまった。勇気を出してその期待を口に出すと、
「はあ? 違うわ! ラーメン食いにきただけだ!」
力いっぱい否定されてしまった。だけど、そう言った駒井くんの顔が真っ赤だったので、
「いくらなんでも無理あるよ。金持ちの道楽じゃないんだから」
俺は少し笑ってしまう。見慣れない制服姿の、それも駒井くんみたいなきれいな顔立ちの人物が騒いでいるので、俺たちはいつの間にか周囲の注目を集めてしまっていた。
「ほら、さっさと行くぞ、ラーメン。ここじゃ目立って仕方ないし」
校門の真ん前で騒いでいたのは駒井くん自身のくせにそんなことを言い、駒井くんは俺の腕を掴んでその場を離れるためにぐんぐん歩く。俺はおとなしく腕を引かれ、駒井くんに付いて行く。歩いているうちに、駒井くんの手が徐々に移動して、俺の手を強く握った。手を繋いだ状態で俺たちは無言で歩く。駒井くんの手は汗で湿っていて、すごく熱かった。
「急にいなくなってて、びびった」
そのまま街に出て、目に付いたラーメン屋に入りテーブル席に座る。おしぼりで手を拭きながら駒井くんが言った。
「二年になったら、森田と同じクラスになれるかなとか、またあのラーメン屋いっしょに行こうとか、いろいろ考えてたのに。学校行ったら、おまえ、いねーんだもん」
「うん」
駒井くんが怒ったように話す言葉を、俺は泣きそうな気持ちで聞く。
「おまえと同じクラスだった女子。ほら、ええと、村橋だっけ?」
「うん」
「そいつに聞いたら転校したって言うから、慌てて先生に転校先の学校名聞いて、スマホで住所と地図調べて始業式サボって、そんで、いまここ」
「そっか」
「往復で二万だぞ。今年のお年玉がパーだよ」
「うん」
「ふざけんなよ。言い逃げしてんじゃねーよ」
「ごめん」
転校のことは、連絡事項として同じクラスの人たちには伝えてあったのだけど、さすがに他のクラスの人たちは知らなかったはずだ。駒井くんにも転校のことをあえて伝えていなかった。伝える必要もないと思っていた。駒井くんが、そんなに俺のことを気にしてくれていたなんて思わなかったから。俺がいないということに対して、そんなふうに慌ててくれるなんて思わなかったから。
「それを、怒りにきたの?」
「そうだよ」
「さっきは、ラーメン食べにきただけだって」
「ラーメンのついでだよ」
駒井くんは、俺から目をそらしてむきになったように語気を荒げる。俺はというと、ただ単純に、うれしかった。泣いてしまいそうなのを、必死にこらえていた。だって、駒井くんの話を聞く限り、駒井くんは俺の告白を好意的に受け取ってくれていたのだとわかったからだ。
「うまいな、ここ。またこよう」
ラーメンを食べて、あの日と同じような気軽さで駒井くんが言う。またって、片道二時間もかけて、また食べにくるのだろうか。きてくれるのだろうか。
「駒井くん」
「なんだ」
「また会えて、うれしい」
震える声で俺は言う。
「もう会えないと思ってたから」
「なんだよ、それ」
駒井くんは言う。
「そんなの、勝手に決めんな」
静かに、呟くように言われたその言葉を、俺は大事に大事に受け止める。
駒井くんを駅まで送って、連絡先を交換して、などと、ぐだぐたやっていると離れ難くなってくる。もう少しいっしょにいたい。だけど明日も学校があるので、あまり無理を言ってはいけない。せめて、入場券を買ってホームまで見送ることにする。
「またラーメン食べにくるわ」
新幹線のホームで駒井くんは言った。
「頻繁には、ちょっと無理だけどさ」
「うん」
俺は言葉に詰まって、ただ頷く。アナウンスが流れ、駒井くんの乗る新幹線が入ってきた。
「電話する。メッセージも送る」
駒井くんの声は心なしか、いつもよりやさしい。
「俺も、バイトとかして、お金貯めて遊びに行くね」
そう言った途端に、右目から涙が落ちた。慌てて手で拭っていると、駒井くんが顔を近づけてきた。どきどきしている俺の耳もとで、
「俺も、好きだからな」
駒井くんは念を押すようにそう言った。その瞬間、ほっぺたになにかやわらかいものが触れた。キスをされたのだと気づき、驚いて駒井くんの顔を見ると、顔を真っ赤にして目をそらされてしまった。俺の顔も熱くなる。
そんな駒井くんに、「またね」と俺はきっと真っ赤な顔のまま、手を振る。
「会いにきてくれて、ありがとう」
駒井くんは、さっきみたいに俺の言葉を否定せず、
「ああ、またな」
ぽつりと呟くように言って、やっぱり赤い顔のまま、困ったような笑顔で手を振った。
了
ありがとうございました。