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心より神に感謝した


 


 エリーミア監査官。奴への心証としては、胡散臭い。ただその一言に尽きる。


 いつも薄っぺらい微笑みを張り付けては無害を装い、裏では策謀を図って自らの障害を是が非でも排除せんと邁進する。お前達、奴はそういう奴だ。


 エリーミア監査官は準備はあらかたできていると。確かにそう答えた。

 詳しい説明を求めるも、今は時間がありませんと煙に巻くばかりだ。

 歯がゆい限りである。しかし、これはとても遺憾なことだが奴は有能だ。今はエリーミア監査官の策に掛けるしかないだろう。


 


「今は時間を稼いで下さい。

 あと、この畑から出ないようにお願いしますよ」


 奴はそう言うと、自身の愛剣を地面突き刺し、手印を組んでは祝文を唄い出した。


 

「♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎♪︎……」


 

 エリーミア監査官の祈祷が始まった。


 お前達。これは結界系の祝文か。広い範囲に渡って奇跡の効果をもたらす場合、通常の方法とは異なり、奇跡の発動に当たって何かしらの工程が必要となってくる。


 今回の場合は、奴のあの愛剣と長い祝文だ。エリーミア監査官を中心に翡翠色の光が球体状に発光し、徐々にその光度を上げていく。

 お前達。神聖な気質がジリジリと強まっていくことを肌で実感した。


 これはまずいッ。祈祷中その祝文の詠唱を途中でやめれば、当然奇跡は発動しないし始めからやり直しとなる。


 つまりエリーミア監査官は今がら空きの状態なのだ。


 そしてこの強まっていく聖域。

 お前達。

 聖域とは魔物が最も嫌悪し憎悪する対象だ。

 ならどうなるかわかるか?


 ああそうだ、当然こうなる。


 

「聖なる壁を建造する奇跡(ホーリー・バリア)ッ」


 


 防御の奇跡を発動ッ。

 キンキンッ

 連なる跳弾音。


 ギリギリ間に合ったか。

 瞬時に発動した奇跡により、エリーミア監査官を守るべく囲うように光の壁が出現。その直後の爪の銃撃だ。


 お前達。聖域を見てその攻撃性を抑えられる魔物は存在しない。今回の俺は本当に運がいい。

 しかし、これもその場しのぎに過ぎない。爪の銃撃により俺の出した光の防御壁は瞬く間にひび割れて壊れ去った。



 防御の奇跡は扱いが難しく、消耗が激しいのだ。そう何度も作ってられるか。


    

「はぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」



 お前達。俺は咆哮した。

 これは単なる気合いの叫び声ではない。いや、勿論気合いの声ではあるが、いわゆるウォークライ。戦士の雄叫びという奴だ。


 ただ、俺の雄叫びにはありったけの神力を乗せて全方向に飛ばしているため、魔物のヘイトは俺に向かう。


 見ろッお前達。爪の銃撃が連射され俺の身体に当たった。しかし強化された動態視力により寸前のところ何とか回避動作に移行することに成功。俺への怪我は掠り傷で済んだ。

  

 よし、これでなんとか…


 俺は一時の安堵を得た。後は自分が囮となりつつもここら一帯の畑の中を駆け巡り時間を稼げればいいと。


 視野の悪いこの環境。それは程度の差はあれど逃げに徹した際、その不利益さは向こうにも同じことが言える。


 今の俺の身体機能。ああ、今の状態なら可能だ。


  

 ……と、そう思っていたんだがな。


 その案はすぐにお蔵入りとなった。



 お前達。地響きが鳴った。

 突然の揺れに俺は困惑した。


 

 「な、なんだッこの揺れは!!?」



 俺は辺りを見渡した。揺れの発生原因を模索する。

 ……いや、模索するまでもなかった。

 なぜだかわかるか?お前達。 


 そうだ。


 原因はすぐにわかることになったからだ。


   


 


 


 


「「「Chuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!!!」」」


 

 それは魔鼠の大群であった。奴らは突如として穀物畑の草根の分け目から津波のように飛び出してきやがった。


 ハッ、お前達。運の尽きとはまさにこのことだな。

 俺は絶望した。    


 

 


     ###



 魔鼠は本来、集団で行動する生物だ。その繁殖力と数の暴力こそが彼らの力といえる。


 お前達。今回のネームド魔鼠、夫婦ネズミ(マリード・ラット)はその特異な魔法によりたった二匹によるペアでの行動しかしないという特殊な背景があった。


 故に、本来の魔鼠としての特性を忘れ、特殊な2つの魔法のみへの対処に囚われすぎていたのは大きな失態と言えよう。


 この短期間にここまで繁殖するとは……俺は自らの考えの浅はかさを恥じた。


 お前達。突如発生した魔鼠の大群による襲撃に俺は身体強化の奇跡を用いて対応を図ったが、その四方八方から襲いくる数の力になす術もなかった。

 なあお前達。体格がとてもちっちゃく、かつ、夥しい数の個体。通常の予測される複数の魔物への対処とは訳が違ったのだ。


 いくら魔鼠を叩き潰して薙ぎ払おうが、次から次へと新たな個体が俺に噛みついて来やがった。噛み跡が増え、出血も増える。キリがねぇ。

 満身創痍の状態だ。消耗していく体力にさすがにまずいと思ったぜ。


 


「いでででででッ、クッソッ。

 エリーミアのやつ、一体いつになったら準備ができやがんだッ!!!」


 

 ふとエリーミア監査官の方へと視線をやる。同じ畑内でもやや離れた位置から祈りの祝文が聞こえる。

 徐々に高まっていく光度。まだ祈祷中か。


 お前達。光度が高まるにつれて聖域の質も上がる以上、魔物どものヘイトが向こうに行きかねない。

 だから魔鼠の大群に襲われつつも、こちらももま新たに質を高めた神力を全身より無理繰り放出した。


 それに乗せて独楽のように全身を回転させ、纏わりつく魔鼠どもを薙ぎ払う。

 チッ、一体いつまで時間を稼げばいいのか。

 俺は舌打ちを飛ばした。 



 しかしその胸中で愚痴が、一瞬の隙となってしまったらしい。

 ……気づけば、俺の頬には2つの銃跡が出来た。  


 吹き出す血液。

 走る激痛。横から撃たれた。

 見れば離れた位置からこちらを狙撃した夫婦ネズミ(マリード・ラット)が確認できた。


 お前達。俺は当然の対応として自らに頑強性を上げる奇跡も既に行使していた。だというのに、皮膚を貫通してのこの傷だ。


 これがもし頭蓋に当たっていたどうなっていたか。考えたくもないぜ。


 


「いっテぇえええええええええええええええッ!!!!!!!」


「「chuuuuuッchuchuchuchuchuchuッ笑」」


 

 見ろ、夫婦ネズミ(マリード・ラット)どもは俺に損傷を負わせたことに愉悦を覚えたらしい。

 不気味にその赤い瞳を歪め、笑い声のような獣声を上げた。

 ハッ、お前達。ネズミでも笑うんだな。初めて聞いたぜ。

 ダラダラと溢れる出血を手で抑え、俺は悔しさに歯噛みした。


 

「こンの、鼠風情がァ……」



 しかしやはり、所詮は魔物だ。魔物という特質故に、通常動物のネズミ以上の知能を携えるが、その他にも憎悪を覚えたり愉悦を感じたりと自我や感情も併せ持つ。


 だからこそ出来る隙。俺の視界内に入っておきながらこちらを嘲笑するなど愚の骨頂ッ。


 お前達ッ、俺は地を蹴り上げ接近した。

 身体強化に伴う超人的な加速。次は逃がさんッ。

 抜剣し、神力をまとわせた剣撃を見舞いした。


 横一閃ッ。


 しかし外したッ。夫婦ネズミ(マリード・ラット)はその通常の魔鼠以上の身体機能を発揮して上空へと高く跳躍して回避したのだ。    

 しかし、馬鹿めッ、上空で俺の剣から逃れられると思ってんのかッ。


 俺はギョロりと奴らを視線で追った。かなり宙空まで跳んで滞空していたが予想通り。鼠は空を飛べねえ。身動きがとれず落下下降しつつある。


 いけるッ。お前達、俺は勝利を確信したッ。俺は跳躍し、奴らの元までひとっ飛びすると、追撃の一閃を食らわせたッ。

 もはや回避不能。避ける術はネえッ。



「死ねエえええええええックソ鼠どもがああァあああああああッ!!!!!!」


 


 血肉を切り裂き胴体を真っ二つとした感触が刃渡りを通して伝わった。

 切り去った俺の後ろで血飛沫を上げて、奴らの醜い最後の断末魔がこの耳に木霊した……



 はずだったが、お前達。

 それは単なる俺の幻覚であり願望でしかなかったようだ。

 事実、残念なことに俺の渾身の一撃は夫婦ネズミ(マリード・ラット)どもに当たってなどいなかったからだ。


 奴らは回避した。

 身動きが取れない筈のその空中で。

 奴らは互いに手を組み合うと投げ合うように回転し、その遠心力をもってアクロバティックな回避性能を発揮し、俺の一撃を紙一重で躱しきったのだ。

 なんつー回避性能。その技はもはや驚きを越えて感動である。軽業師でもここまではしない。



「「chuchuchuchuchuchu!!!!!!!!!!!!!!嘲笑」」


 


 奴らは二匹して不気味にその赤い瞳を歪めると、こちらを指差して嘲笑した。

 いや違うッ。これは単なる嘲りではない。気づいた時には遅かった。

 俺の腹部に複数の小さい風穴が開く。

 爪の銃跡。   


 攻撃の発射音はなかった。当然だ。奴らには音を消す魔法があるのだから。

 回避反応に遅れをとり、自由には動けない空中において、俺に避ける術などないに等しい。


 お前達。俺は無惨に落下し地に落ちた。

 グハッ。

 頭から落ちたせいで地面に頭が埋まる。体力も尽きた。俺は妙な体勢から身動きがとれなくなった。


 夫婦ネズミ(マリード・ラット)は着地に成功したようで、俺の尻にわざわざ着地しやがったのが肌を通してわかった。   


 チュッチュッチュッと奴らは鳴く。

 お前達、これは俺を嘲笑している声音だ。俺を指差して無様な格好の俺を嗤ってやがる声音だ。糞がッ、舐めやがってッ。

 しかし俺の威勢もすぐに尽きることとなった。

 体力がないからとか、そういう意味じゃない。


 夫婦ネズミ(マリード・ラット)は魔物だ。人を執念深く殺す生き物。これは変えようのない永遠の不文律。

 だから奴らは最期に、俺に止めの一撃を与えようと行動に出た。

 無慈悲で残酷で、しかし当然のことでもあった。


 お前達、……俺もここで終わりか。

 俺は無念にも目を閉ざした。


     

 鼠の指が触れた。


 


 


 


 


 


 


 


     


 


 


 


 俺の尻の穴に……


 



 


「……………えッ、そこ!!? そこいっちゃう!!?

 ……え、まじでそこ撃つの!!? そこでいいの!!!?

 ちょ、ちょま、ま、まままてまてまてまてまテまてマてッ!!!!!!

 ちょっとマってッ!!、な!?!?

 一旦落ち着こッ、ちょっと落ち着こッ!!!


 別にそこじゃなくてもいいだろッ、別のところもあるだろッ。


 あッ、指ッ、あっあっ、ああああまてまてまてまてまてッ、ちょっとまって!!!!

 撃つの!?!? ホントまってッねエエちょっとッ」




「「chuッ笑」」


 


 




「あああああああアあああああああああああああああああアああああああッッ!!!!!!!!!!!!泣泣泣」


 


 




「よく、ここまでもたせてくださいました、イゾット・バイゼンバーン司祭。

 お手柄ですよ。」




 お前達。俺はこの日、心より神に感謝した。


 byイゾット・バイゼンバーン


 


 


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