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夫婦ネズミ


 


   

 お前達。何度も繰り返すようだが俺は敬虔な神の下僕とする傾国のシスター様だ。つまり任務には真面目に取り組むタチなのだ。


 神の敵を倒す。これほど分かりやすく、かつ名誉なことは他にあるまい。

 それ故に目的を完遂する為にも事前準備というのはとても大切になる。そうだろ?お前達。


 というわけで俺は捜索の道すがら、隣を歩く目障りな監査官に魔物の情報について話を聞いた。

 中央教会が情けなくもおめおめと取り逃がした獲物だ。さぞ強いに違いねえ。


 俺はとても興味がある。なあお前達。エリーミア監査官は俺の嫌みを含む質問に特に気にした素振りも見せずに一つ、考える仕草をすると、


 

「まあ、そうですね。


 一言でいうなら………」


 

 人差し指を立ててこう言った。



「……ネズミ、ですね」


 

 


     ###



 悲報。中央教会はネズミ一匹捉えることが出来ないらしい。しかもそのネズミとやらは比喩でもなんでもなく、ガチの動物のネズミだ。

 お前達。中央教会はいつの間にかとんでもなく落ちぶれたらしいな。俺は深い悲しみを負った。


 ネズミ一匹にてんやわんやと騒動を起こすとは。天下の中央教会が聞いて呆れるぜ。


 

「イゾット司祭。イゾット司祭」


 頭を痛める俺にエリーミア監査官が呑気そうに俺の肩をチョンチョンとつついた。



「具体的にはネズミ一匹ではなく二匹です。彼らはペアで行動してるようで」


「じゃかましいわッ!!! 

 そんなことどうだっていいわッ」


 お前達。俺はもうガチ切れだッ。馬鹿な突っ込みを入れるエリーミア監査官に俺はもう怒りで目が飛び出しそうだった。

 俺が言いたいことはそうじゃねえッ。ネズミごときに手を焼いてる中央どもは一体何をやってるんだと、そういう話だ。


 そうだろお前達。俺は小一時間問い詰めたい気持ちになった。


 しかしそんな俺をエリーミア監査官は涼しげな顔で流し、諭すように微笑むと


 

「ふふ、イゾット司祭」


 

 こいつはとんでもない爆弾発言をかましやがるのだった。


 

「怒る気持ちは分からないでもないですが、たかがネズミと油断なされませんように。

 そのたかがネズミに中央教会は二等級エクソシストが二人殺られています」


 


「……は?」


 

 穏やかな顔も、発言後半に至ってはとてもシリアスな顔をしやがるエリーミア監査官。

 当然俺はびっくり仰天した。なあお前達。こいつなんて言った? エクソシストが二人?開いた口がふさがらないとはまさにこの事だ。


 マジかよ。エリーミア監査官。なんて内容をさらりと語ってくれやがるッ。


 エクソシスト、それも二等級が二人もなんて尋常ではないぞ。

 当然、プロ意識を自覚する俺は動揺する内心を抑えて極めて冷静に問いただした。



「馬鹿なッ、何かの間違いないだろッ!!?」


「いえいえ、確かな事実ですよ。私もこの目で遺体は確認しております。」


「馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!!?……ネズミごときに二等級エクソシストが二人もだと?


 ………あ、あり得んッ……」




 認めたくない。いや、あまりにも認められない。しかしこのエリーミア監査官が言うのだ。認めざるを得ない。

 こいつは下らない冗談や嘘をつくムカつく糞野郎だが、それでも任務には忠実な男だ。これは嘘ではない。


 お前達。認めざるを得ないその事実に俺は歯を食い縛った。


 この事件、俺が思ったよりも大分深刻な問題のようだ。中央が取り逃がした案件なだけはある。

 なあお前達。全くもって最高で最ッ低な気分だな。


    


      ###


 


 都市部にて暴れまわったそのネズミの魔物は通常確認される魔鼠とは区別し、「夫婦ネズミ(マリード・ラット)」と呼称された。


 特殊個体。いわゆるネームドというやつだ。


 お前達。通常の魔鼠はその異常な繁殖能力と数の力を持って人や農作物を襲う。教会が掲げる危険基準に照らせばそこまで討伐難度は高くはないものの、放置すれば凄まじい獣害になることは想像に難くない。


 故に確認され次第、即殲滅対象なのだが、なあお前達。今回のネームドの奴らはそれに加えてさらなる殺傷能力を獲得しているしい。

 なんだか分かるか?

 さらなる殺傷能力。分からないよなあ?

 俺だってわからん。



高速で爪を飛ばす魔法(ガン・ネイル)です」


   


 質問を飛ばす俺に、エリーミア監査官はそう答えた。  


 お前達。俺はエリーミア監査官のその答えに一定の納得を得た。……魔法。それは魔物のなかでも一部の奴らが行使する謎の力だ。

 少なくともそれは「魔の原理」によって構成される現象とされている。


 しかしこれだけじゃない。たかが爪を飛ばすだけでエクソシストが2名も殺られるばずがない。そうだろ?お前達。


 エリーミア監査官は端から俺の疑問にわかっているように言葉を続けた。



「彼らはペアで動いていますからね。魔法も当然一つではありません。」


「魔法は2つか」   


「ええ。特に注意すべきはこちらかも知れませんね」


「ほう。……で、もう一つは何だ?」



 エリーミア監査官はフフと笑って腹の立つ笑みをこちらにわざわざ向けやがると、人差し指を立ててこう続けた。


    


音を消す魔法(サイレント)です」


 

 


     ###



 


「ここのようですね」


「間違いないのか?」


「ええ。私のこの奇跡の舌がそう確信つけています。」


 

 這いつくばって地面をペロペロと舐めながらエリーミア監査官は真面目腐って言った。

 お前達、斯くして俺とエリーミア監査官の追跡はとある村へとたどり着いた。

 農作が盛んな村だ。広大な黄金色に染まるイネ科の穀物畑が視界を納めた。


 しかしその前にだ。そうだ、お前達。聞こえたな? 地面をペロペロと舐めるエリーミア監査官。大変気持ち悪い。つうかバッチィわ。

 俺は衛生的にも見た目的にも悪いから控えろと言ったんだが、不調はありませんと言って聞きやしねぇ。


 こいつのペロペロ奇跡は応用がかなり効きやすく、地面を舐めるだけで一定範囲の地表にある全物質を擬似的な肌と捉え、情報を調べることができる。故に追跡にも便利だ。


 だから舐めるのも仕方ないのはわかるんだが……


 いや、やはりダメだ。お前達。近くを通りすぎた村人達が奴の奇行にドン引きした。

 しかし当のエリーミア監査官は全く気にした素振りはなく、なんならわざわざ地面を舐めながら気さくに挨拶をするまである。

 ……さらに引く村人達。

 舐めてんのかこいつ?


 


「やめろやッ!!!」


     


 俺は堪らず奴の頭をはたきツッコミを入れた。

 エリーミア監査官の非常識さを諌める。


 しかし奴は、



「はて? 私、何か悪いことをしましたか?」




 食中毒に当たって死ねばいいのに。


    


    


     


 


「ぐはっ!!!??」


 


 エリーミア監査官が突然吐血したッ。


 お前達、俺は仰天したッ。何ッ!!?馬鹿なッ。まさか本当に毒にあたったとでも言うのか?


 いや違うようだ。俺は奴の傍に駆け寄るとすぐにわかった。銃撃されている。エリーミア監査官の脇腹には銃撃跡を認め出血も認めた。

 俺はすぐに治療に取り掛かり、回復の奇跡をエリーミア監査官に施した。


 同時に周囲を警戒した。エリーミア監査官の立ち位置、銃撃跡の角度、方向。それらを考慮し敵の索敵にも神経を尖らせる。



「第三級静動体視力強化の奇跡(サード・サイト)



 翡翠色の紋様が俺の瞳孔を絡めるように覆ったッ。


 通常の何倍もの視力を得た俺の目なら、距離、大きさに関わらず、視界圏内にいるなら必ず敵を捉えることが出来るッ。


 なぁお前達。奇襲とはやってくれるよなぁ。敵は殺す。俺はギョロギョロと目玉を動かした。



「そこかッ!!!!

 指より光の熱線を出す奇跡(フィンガー・レイ)ッ」



 敵はやはり魔鼠だった。いや、正確には夫婦ネズミ(マリード・ラット)か。視認した今、確かに奴らは二匹揃って行動していやがる。


 そして生意気にも俺の光の熱線を鼠とは思えないキレイなアクロバットを描いて回避しやがったッ。

 お前達、奴らは低木に登ってエリーミア監査官を狙撃したようだ。


 またもや長距離から奇襲を狙ってくるだろう。そんなことはさせんッ。捕捉から逃れられる前に殺してくれるッ。


       


 指より光の熱線を出す奇跡(フィンガー・レイ)


 指より光の熱線を出す奇跡(フィンガー・レイ)


 指より光の熱線を出す奇跡(フィンガー・レイ)


 指より光の熱線を出す奇跡(フィンガー・レイ)


 指より光の熱線を出す奇跡(フィンガー・レイ)


 


 光の熱線が着弾する毎に爆散し、煙が立ち上る。穀物畑はメチャクチャだ。

 お前達。攻撃音が響き近くにいた村人達は悲鳴を上げて逃げ去っていった。

 これでいい。そうだろ?残念だが村人の安全までは保証できないんだからな。


 畑の損害も今は無視だ。畑主には後で教会の財政部から賠償金を払わせよう。



 しかし、ここまでやっても俺は夫婦ネズミ(マリード・ラット)を仕留めるには至らなかった。


 

 背筋に怖じ気が走るッ。お前達ッ、死の直感だ。死角から高速接近する飛来物を俺は直感で感知したッ。

 腕に嵌めた鋼鉄製の篭手を使って防御を図る。

 キンッ。


 跳弾音。防御に成功した。篭手に何かが刺さる。

 お前達、見てみろ。これは爪だ。


 

「チッ、仕留め損なったか……」



 お前達。俺はとても冷や汗をかいた。


 まずい状況である。今の防御は偶然成功したに過ぎない。そして夫婦ネズミ(マリード・ラット)は穀物畑の茂みの中へと隠れてしまった。


 直感などそう何度も働くものではない。次はないだろう。


 音を消す魔法サイレント。

 お前達。これがまさかここまで脅威的なものとはな。事前情報でわかっていたつもりだが、実戦で体感すると甘く見ていたと言わざるを得ない。


 敵の攻撃への警戒。そこで主に使われる手法としては聴覚感知がエクソシスト内では一般的だ。

 聴覚強化の奇跡に頼る傾向のある俺達にとって、この音を消す魔法は天敵と言ってもいいだろう。


 眼前に広がる穀物畑。なあお前達。この腰近くまでの背丈があるイネ畑の中から、どうやって奴らを見つけ出そうか?

 俺に案はなかった。   


 焦った俺は応急処置を済ませたエリーミア監査官を叩き起した。


 

「おいッ、とっとと起きろ。応急処置は済ませた。早く動かねえとマジで次は止めを刺されるぞッ」


「あいたたた。

 怪我人は優しく扱ってくれませんかねえ」


「馬鹿言ってる場合かッ。

 足手まといを抱えながら戦える訳ねえだろッ」


「まあ、なんて酷い」


 

 およよと泣くエリーミア監査官。よくもまあ、こんなふざけた態度を取れるものだ。

 俺は感心した。ここで死ね。

 俺は怒りが頂点を達したがプロであるため額の血管が切れる程度で済ますことができた。


 

 お前達。俺は回復の奇跡を使えるが、専門ではない。故に基礎程度の回復の奇跡では応急処置が手一杯だ。


 わかるか?傷の治療は不十分だし、早急に専門家の施術を受けなければ命を落とす可能性は十分にあるということだ。わかるか?エリーミア監査官。


 

 だというのに、この状況。奴らはそう簡単に俺達を逃してくれる筈もないだろう。


 しかしお前達よ。今の危機的状況を懇切丁寧に言い含める俺に対し、エリーミア監査官はあろうことか鼻で笑ったのだ。


 


「ふふ。

 大丈夫ですよ。貴方がいて、私がいる。準備はあらかた完了しています。


 あとはほんのちょっぴりの時間を稼いでもらえれば……全ては神の導きのままに」


    


     

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