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猥褻物陳列罪





 なあお前達。俺は敬虔なシスター様だ。神の教えには従順に従ってきたし、聖歌を歌う際は神への感謝の念で涙だって流せる。俺に後ろ暗いことなんて何もない。


 ……だというのに、周囲のやつらは根も葉もないことをあげつらっては俺を誹謗するのだ。全く、お前達。世界とは残酷だ。


   

「シスター、……いやイゾット・バイゼンバーン司祭。

 貴方にはとある嫌疑が掛けられています。

 猥褻物陳列罪。無辜なる民、それも婿入り前の女性に男の象徴を見せつけた、と。」



 イゾット・バイゼンバーン。


 つまり俺のこと。


 なあお前達。絶賛ただいま、俺の担当教会に中央都市からの監査官が訪問にきていた。単なる監査なら形だけですぐに終わるもんなんだが、今回はどうも趣きが違うらしい。美女のような監査官の詰問を受けて俺は大変遺憾だ。


 猥褻物陳列罪? はて、一体なんのことか。身に覚えがないな。そもそも敬虔なる神の使徒たるこの俺がそんなことをするはずかない。俺は当然否定した。


 

「とある筋からのそれなりに信用のおける情報です。

 嘘をつくのは為になりませんよ?」


「とある筋?」



「そうです。」


「どこからの情報で?」


「当然言えるはずがありません」


 

 お前達。俺は動揺した。馬鹿なッ。確かにモツを露出したことは事実だが、あの場には俺以外に教会関係者はいなかった筈だ。たとえ村人の告げ口だとしてもそれがわざわざ辺鄙な地方から中央まで訴えが届くかというと、残念ながら教会の相談事務署はそこまでマメではない。


 先日の件からまだ数日。あまりにも情報伝達が早すぎる。これは俺を陥れるための陰謀に違いない。俺は即刻決めつけた。



「エリーミア監査官ッ、これは俺を陥れるための陰謀だッ。騙されてはならねえッ」


「はぁ。急に何を言うのです」


「これは教会内部で俺を邪魔に思う連中が俺を陥れようとしているんだッ。間違いないッ。エリーミア監査官!!! 俺の目を見てくれッ。この清兼に満ちた俺の瞳をッ。


 司祭位であるこの俺が愉悦に浸るという愚昧なるために無知蒙昧なる小娘ごときに自らの陰部を見せるなどと、そんなことをするとお思いですかッ!!!!??」



 俺は精一杯、思いの丈をエリーミア監査官に伝えたッ。届く筈だ。この俺の思い。この熱いパトスがあればッ。お前達。エリーミア監査官がじっと俺の瞳を見た。


 俺も熱を込めて見返した。


 間近で見つめ合う俺達。


 沈黙が俺達の間を支配した。


 そして長いようで短いような、一体どれほどの時間がたったか。


 


「……フッ」



 おおっ、ついにはエリーミア監査官が微笑んだッ。


 お前達。俺は勝利を確信したッ。エリーミア監査官はどこのだれだか知らないが迷惑な情報を流しやがった糞やろうよりもこの俺の方をとったのだ。俺は喜びに身震いした。

 ま、当然っちゃ当然だな。この俺の実力を思えば他人の信用を得るなどお茶の子さいさいだ。


 お前達。俺もまたにっこりとエリーミア監査官に微笑みを返し……


 


 


 ……ベロり 


      


 ……微笑んだ俺の顔をエリーミア監査官はべろりと舌で舐めた。

 やつの唾液がべっちょりと俺の頬に残る。


 




「ッギョエエエエエエエエッ!!!!!!????」



 俺はおったまげた。 


「気持ち悪いんじゃッ、このペロ糞やろうがァアアアアッ!!!!!!!」


 俺はあまりの気持ち悪さに反射的にエリーミア監査官を殴り飛ばしたッ。がッ、奴もまた常人なる者ではなく、難なく俺の拳をさらりと避けやがる。


 お前達ッ。俺は頬に残った気色悪い唾液を拭ったッ。でもその唾液が今度は手の甲についてそれはそれで気持ち悪い。最悪である。てか、普通あの場面で急に人様の顔を舐めるか普通ッ。


     

 エリーミア・オールグリーン。

 中央教会所属の特殊監査官。

 奴のその舌で舐めたものは物質、状態の分析に止まらず、果てには表層心理まで見通す力を持つ。これはエリーミア監査官だけに許された神の奇跡。なあお前達。大変気持ち悪いな。


 俺には劣るが類いまれなる美貌を持つ。エリーミア監査官。奴はそのキレイな顔をニッコリとさせると、紫かかった髪を流し、こてんとこちらの顔色を伺うように体を傾けた。


 

「嘘つきの味がしますね」


 


 お前達。こいつもまた男だ。


 



    ###


 

 斯くして、俺の嘘はバレたがエリーミア監査官の寄行により猥褻事件はうやむやになった。というよりだ、お前達。エリーミア監査官としてもどうでもいいことだったらしい。ネタが手に入ったから取り敢えず嫌がらせで詰問してきたようだ。全くムカつくやつだなおい。


 ちなみにネタの提供者を問い詰めたがそこは全く口を割らなかった。一体誰なんだ。


 

「まあ、そんなことはどうでもよろしいのです、イゾット司祭。

 主要の件について話をしましょう」


「ちっ、じゃあ最初からそうしろ」  


 

 全くもって今までの流れが無駄だろ。俺は切れ気味に舌打ちを飛ばしたが、エリーミア監査官は涼しげな顔だ。

 お前達。暖簾に腕押しとはこのことだな。


 ことの概要はこうだ。


 都市部の方で暴れまわっていた魔物を中央教会の奴らは討伐寸前まで追い詰めるも最後の最後で取り逃がしてしまったらしい。


 追跡の結果、俺の担当する区域に入り込んだから、別動隊として俺も捜索任務に加われとのお達しのようだ。その任務の伝達係としてエリーミア監査官が抜擢された。


 なるほど、お前達。俺はエリーミア監査官の話に頷いた。


 別に任務を命じられれば断るつもりはないし、そもそも上の命令は絶対だから断れない。ただ、中央教会はなにやってんだと思わないでもないが、こういうこともあるであろう。それはいい。


 俺は納得だ。お前達。……ただな?


     


「じゃあお前、抜き打ち監査なんてやってる場合じゃなくね?」


 

 これ緊急だよな?

 絶対やってる場合じゃないよな?


 

「勿論、抜き打ち監査なんて冗談ですよ。

 単なる出任せ。

 貴方の慌てる顔が見たかっただけです」


 

 エリーミア監査官はふふりと笑った。


 ははは。

 お前達。俺もまた奴につられて笑みを返した。ああ面白い、なんてユニークな奴なんだ。なあお前達。冗談といいながらその監査ぶりは中々の時間を使ったものだった。


 ……この緊急時にだ。あり得ないよなあ?


 俺はハラワタが煮えくり返る思いを堪えたものの、額に青筋が浮かぶのは止められなかったようだ。笑顔のままに俺は鞘から剣を抜き取った。


 


「魔物は貴様だ。

 捜索任務の前に貴様から殺してやろう」


「貴方にできますか?」


「ほざけ」


 

 斯くして、俺とエリーミア監査官の無駄な戦いが幕を開けた。


 


      ###



 まあ決着はつかなかったがな。


 お前達。戦いは終わった。一応本気で殺しにかかってみたが、回避に徹されたエリーミア監査官を仕留めるのは中々に困難だ。できないことはないと思うが、入念な準備を要する。


 準備が出来ていない以上、敗北はないにしても俺に勝利もなかった。


 全く無駄な戦いだ。じゃあするなよという話だが、それが出来ないのが人間というものだ。 



「チッ。もういいッ。さっさと中央が逃がしたとかいう魔物の捜索にいくぞ!!!」



 時間が惜しい。

 俺は颯爽と教会の扉を開け放ち外へ出た。


「お待ち下さい、イゾット司祭」


 

 エリーミア監査官が俺を止める。


「なんだ?早くしないといらん犠牲者が出るぞ!!?」



 苛立ちと焦りを見せる俺に、しかしエリーミア監査官は呆れたようにやれやれとため息をついた。なんだこいつ?やっべ、本当にムカつくやつだなこいつ。お前達。無駄に時間を奪って焦らせてる原因が、まるで俺が悪いかのような態度なんだぜ?殺していい?


 しかし、エリーミア監査官は俺の股間を指差すと呆れたように首を振った。


 

「まずはその不潔で卑猥なものを仕舞いなさい。本当に猥褻物陳列罪でしょっぴかせる気ですか?」


 俺は自らの股間を見た。……そう。お前達。俺の股間部は覆うものが何もなく、局所的に生まれたままの姿になっていた。つまりはモツが露出していた。


 恐らく先の無駄な戦闘だろう。回避に徹していたとしても、エリーミア監査官も剣を抜き防御のための剣閃は振っていたのだから。その内のどれかが知らぬ間に俺の下衣を裂いた。そしてモツを露出させた。


 お前達、これはそういう話だ。



「うっせえ!!!糞が!!!つか不潔じゃねえしッ」


 

 俺は踵を返した。






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