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6話「よりを戻してやるとか喧嘩売ってますわよね? よーし買います!」


 ――さて、舞踏会の日までわたくしたちは王都で大人しく過ごすことにした。わたくしは侯爵令嬢から騎士爵の妻へ。そして騎士爵の旦那様は王女の寵愛から逃げる人間として、それぞれ奇異の目で見られている。

 それなら別邸でのんびりするのが吉と言えるだろう。

 もちろん、その間にやるべきことは色々とあるのですが……。


 そんな折り、突然に会いたくもない人間がわたくしのところへやってきた。

 元婚約者、ユーリ・ハルパーである。


 使用人が困惑しながらユーリ・ハルパー様がいらっしゃいました、と告げた。しかも図々しくも応接室で既にわたくしを待っている、という。

「用向きが何であるかは告げました?」

「いえ。話そうとはいたしませんでした。いかがいたしますか?」

 追い出すのは簡単だが、今のわたくしたちには一つの懸念がある。当然ながら、王女の一件だ。

 どんな用があるにせよ、ひとまずそれを聞いてみなければ対策は取れない。

 さて……。


「騎士爵の妻だって? 落ちぶれた……失礼、いや、気の毒なことだ」

 開口一番、笑いながらそう言う彼に、わたくしは玄関の扉を示した。

「そうですか、お帰りください、出口はあちらですよ」

 よーしもういいですわ終わりましたわとっとと追い出しましょう。

「おいおい。騎士爵の妻如きが、次期伯爵である僕に何か言う権利があると思うのかい?」

 それはそれは愉快なことを言い出しましたわね、この方。


 ちらりと、気付かれないようわたくしはユーリ様の姿を観察した。

 髭の剃りが甘い。服装もどこかよれている。元から美形ではあったので、街を歩けばすれ違った人の目を惹く可能性は高いが、令嬢を相手にするほどの整った美しさは消え失せていました。


 分かりやすく言いますと、『落ちぶれた』が適切でしょうか。

「……継承権は剥奪されたとお伺いしましたが」

 理由は当然、これですね。ユーリ様はわたくしとの婚約破棄(しかも一方的、かつユーリ様有責)によって、ハルパー家の継承権を剥奪されました。

 恋人であった子爵令嬢も事情を理解してあっさり彼から身を引き、学生時代に親交のあった方々とも疎遠になっているはずです。

 一応、かろうじて絶縁されていないというだけで、何かあれば完全に伯爵家とのつながりは断たれることでしょう。

「それでも僕は、ハルパー家の人間だ!」

「それを言い出せば、わたくしも実家はフォクシーズ侯爵家でございますよ」

 呆れたように言葉を返す。身分を言い合っても意味がないというのに。

 それにしても、彼がわざわざわたくしに会いに来た理由が分からない。

 まさかよりを戻そう、などという魂胆なのか?

 ……いやいや、まさか。いくらユーリ様がアホ……無謀だからといって、そこまでは考えないだろう。

「――あの、いい加減用向きを言ってくださらないと」

「君が望むなら、よりを戻してもいい」


 まさかと思ったが、やはりよりを戻しに来たのか……。

 ……ん? 何か違いますわね?


「よりを戻そう、ではなく戻してもいい……とは?」

「だって君、騎士爵の妻だなんて落ちぶれただろう? 暮らしも苦しいはずだ。田舎なんて耐えられないだろう? それなら、僕とよりを戻す方がずっといいと思わないかな?」

 思いませんわ。

 これっぽっちも、まったく、全然、金輪際、よりを戻すなど有り得ませんわ。

「お断りします」

「そうだろうそうだろう。よし早速父上に――はい?」

「お断り、いたしますが」

「何だと貴様!!」

 激昂するユーリ様、もといユーリをよそに、わたくしは紅茶を一口飲んでから、冷然と告げた。

「ユーリ様が上手くいっていないこと、わたくしも存じ上げております。キーノ様に継承権が譲られ、伯爵家からも放逐寸前ですものね」

「……!」

 なぜ知っている、という顔をするユーリ。知っているに決まっていますわ、そんな程度の情報。

「それで、わたくしとよりを戻せば継承権が戻ってくると思ったのでしょう?」

「違……! 僕は……!」

 なるほど、わたくしはユーリの愚かさ加減を見誤っていた。

 と同時にもう一つのポイントにも気付く。恐らく、ユーリはわたくしが不幸で、だからこそ提案に乗ると思ったのだ。騎士爵の、それも王命による半強制的な結婚。さぞや不幸だろう、と。


 ……なるほど。よりによってこの方……コイツにそう思われるとか、滅茶苦茶腹が立ちますわね……。


「ユーリ様。あなたにとっては残念かもしれませんが、わたくしは全く不幸ではありませんの。わたくしの夫は、大変良い方です。結婚して良かったと思うほどには。ええ、そうですわね。そういう意味ではお礼を言わなければなりませんわ」

「お礼……?」

 わたくしは満面の笑みを浮かべて、こう言い放った。

「婚約破棄していただいて、本当にありがとうございます。お陰で、今の旦那様と出会えましたから」

 ちなみに十割本心であり、プラス三割で嫌がらせである。

「……ッ!」

 ユーリの顔が怒りと悔しさで醜く歪む。


 もういい、とわたくしは使用人に手を振って合図を送りました。

「お客様はお帰りです。案内してあげて」

「畏まりました、奥様」

 別邸の使用人は、当然わたくしたちの事情を知っている。父にもわたくしにも忠誠を誓っているし、伯爵ではない彼を排除することに躊躇いはない。

 使用人たちがずい、とユーリの前に出る。ユーリは狼狽しながら叫んだ。

「この……貴様……この……クソ女! 陰気なお前をあれだけ、かまってやったのに……!」

 かまってやった、とは浮気放題だった学園での生活でしょうか? ああ、もう……とため息をついて、彼を睨もうとして……。


「覚えていろ、このクソ……なんだ!」

 とんとん、とんとんとん。

 ユーリの肩を、しつこく指で叩く人間がいる。最初は見もせずに振り払うだけだった彼も、苛立ったのかようやく彼に顔を向けた。

 ユーリの視界には、ドアップの旦那様が映っていたことでしょう。

「え? ……え?」

「我が国はこういう諺がある。騎士たるもの、妻への侮辱は三倍返し、と」

「そんな諺、ありましたかしら?」

「今作った」

 わたくしの指摘も受け流しつつ、夫であるアーカム様は真面目腐った顔で、ユーリの肩を掴み……掴み?

「とうっ」

 持ち上げた。呆気に取られていたユーリは、抵抗もできずにアーカム様の両肩に担ぎ上げられ――そして顎と両腿を掴まれ、思い切り背中を弓反りにされたのです!

「ギャアアアアアアアアアア!?」

「うるさい」

「モガガガガ!?」

 顎を強制的に閉じられ、ユーリは悶絶しくぐもった悲鳴を上げる。そしてメキメキと音が鳴る背骨!

 無意識にガッツポーズを取りたくなりましたが、わたくしは淑女なので堪えました。拳は握り締めましたが。


「遅れてしまった。ただいま。ところで彼は?」

 旦那様の質問に、わたくしは答えます。

「モガガガガ!!」

「おかえりなさい、アーカム様。ところで彼は、ユーリ・ハルパー。元、ハルパー家の継承者でしたが、色々あって継承権を奪われてただの平民となる予定の御方です」

「なるほど。ユーリ・ハルパー……む? どこかで名前を聞いたことがあるような……」

「わたくしの元婚約者ですわ」

「モガモガモガ……!」

「ほう。元婚約者といえば、君に対して一方的に婚約破棄を通知した、あの」

「はい、あの元婚約者でございます」

「モーーーガーーー!」

「何故、君に会いに来たのだ?」

「呆れたことに。わたくしに対して『君が望むならよりを戻してやってもいい』などという申し出をしてきまして」

「……ほう」

「ゴッ、ガッ……」

「もちろんわたくし、お断りして帰っていただこうとしたのですが。乱暴な口ぶりでクソ女、などと呼ばれましたの」


「了解した。では、情け容赦を掛ける必要はないな」

「ええ、ありませんわ」

「では、彼のおしおきも兼ねて走ってくる」

 成人男性を担いでいるにもかかわらず、わたくしの旦那様は平然とした表情でお告げになりました。

 そんな……とわたくしは慄然とした。この状態で走れば、既に半泣きのユーリは今でさえ激痛が走る背中に、更なる衝撃が走るに違いありません。それはまさに生き地獄。

 いくらユーリが自分から婚約破棄しておきながら、身勝手な理由でよりを戻そうとか言い出す輩でも、あまりといえばあまりに惨い仕打ちですわ……!

「アーカム様! そんな! おやめくださいませ!」

 いそいそ、がちゃり、ばたん。

 そう言いつつ、両手が塞がったアーカム様のために屋敷の扉を全開にするわたくし。いざ出発ですわ!


「これで、君の屈辱が少しでも晴れることを祈る」

 微笑むアーカム様。ああ、さすが『氷騎士』と讃えられるだけの美しさです。

「まあ、そんな……」

 照れるわたくし。

「~~~~ッ!」

 背骨が弓のように折れ曲がって滅茶苦茶痛そうな元婚約者。

「それでは、また会おう! 就寝までには帰ってくる!」

 そして全力疾走していく、わたくしの旦那様。

「いってらっしゃいませ、アーカム様!」

 見送るわたくし。

 手をぶんぶんと勢いよく振って、満面の笑みで。

「……いいのかな……いいか!」

 そして、見なかったことにしてくれた使用人たち。


 余談ではございますが。

 結局、この日の旦那様は夕暮から夜遅くまでこの状態で市内を駆け巡り。

 王都の謎の怪物譚として名を馳せたようでございます。



 そんな軽い騒動がありつつ、舞踏会当日。

 わたくしとアーカム様は、この日のために何度も打ち合わせを繰り返した。

 原因はもちろん王女殿下です。あれから、元侯爵令嬢としてのコネクションを活かして情報を集めに集めました。


 そして結論。

 第三王女、ファナリア様は未だわたくしの夫を諦めた様子がない、ということでございます。

 わたくしやアーカム様が王女の私兵に尾行されることもありました。まあ、あまりに露骨な尾行だったせいで、旦那様が縄でぐるぐるに縛り付けて騎士団へと放り込みましたが。

 当然、彼らは抗議しましたが伯爵位の次男、三男ともなれば立場は低く、絶縁された方もおられたようです。

 それでも懲りずに、彼らはわたくしたちを尾行します。恐らくは王女殿下のご命令でしょう。


 つまり……あの王女殿下にはストッパーがないのです。何と申しますか、『そんなことをすればいくら王女でもマズい事態に陥る』という自制心めいたものが存在しないのです。


 自分を中心に世界は回っていて、

 自分の思い通りにならないことなど世の中にはない。

 あったとすれば、それは世界が間違っているのよ――。


 継承位があまりに低いために、誰もが彼女を甘やかしたし、親しく付き合った。派閥抗争とは無縁だからです。

 国王陛下もまた、「いずれ他国へ嫁に行く身だから」と多少なりとも甘やかしたことは否めません。

 そしてまあ、本人の気質が何というか……そういうモノだったのでしょう。


 そんな彼女は、まもなく他国へ輿入れいたします。

 不幸になるか幸福になるかは彼女次第ですが、あの様子では正直望み薄。

 国王陛下を含めた重臣たちもそのことは重々承知しているらしく、輿入れする国へ「彼女に何があろうとも、こちらは関知しない」と、言い方は悪いが突き放す算段を整えているようです。


 普通、嫁に行かせる側が「粗略に扱ってください」などと言い出すことはまずありません。

 あるとすれば、彼女が高確率で問題を引き起こすと認識している場合。

 つまり、既にしてファナリア王女は見捨てられているのです。

 愛していたはずの親も、重臣たちからも。既にして『ファナリア王女に道徳を教える』という一番真っ当な解決を放棄してしまったのですから。

 ある意味では、悲劇の人物と言えるのかもしれません。

 しれません、が……。


 未だ彼女はこの国では権力者であり、傍若無人に振る舞っていて。

 そして最悪なことに、わたくしの夫に心を寄せています。

 そんな彼女が、本来は招待されていない彼女の取り巻きを何人も舞踏会に入ることができるように画策している、というのです。


 そしてついでに、彼女は本来王家が使うドレスルームとは別に、もう一部屋を使うと王城の使用人に命じておりました。

 舞踏会の会場からは10分ほど歩かねばならず、着替えて戻るには半端に遠すぎて、使う訳がないというのに。

 なのに、わざわざ彼女はそんな宣言をしたのです。


 ここから導き出せる結論は、わたくしにとっても頭が痛いものでした。

 まさか、とは思うのですけど。

 ファナリア王女は、とんでもなく悪辣なことを考えていらっしゃる……。

「アーカム様、わたくし考えすぎでしょうか……」

「エルテ。たとえ考えすぎだとしても、可能性があるならそれに対処するべきだと思う。そして、俺は……君の考えすぎではない、と思う」

 旦那様は一歩間違えれば誇大妄想であり、王家への誹謗となりかねないようなわたくしの推理を、いつもの真面目な表情で受け止めてくださいました。


 数日前、(不幸にも)再会してしまったユーリが婚約者であった頃を思い出します。わたくしが何か言う度に鬱陶しそうに眺める仕草。

「賢しらぶって」だの「女がそんな事を考えるな」だの、好き勝手に言われていましたっけ。

 その癖、わたくしが指摘した通りに事態が悪化しても「なぜ忠告してくれなかったのか」とか言い出す始末。

 わたくしが「ちゃんとお伝えしましたが」と答えると「もっと強く止めるべきだった」とか言うのです。

 ……まあ、その度に「これは後々、有利な条件で取引できる言動かしら」と考えて、無闇に反論しなかったわたくしもちょっと悪いかもしれませんが。エルテちょっとだけ反省。


 アーカム様は、わたくしがどんな意見を言ってもまず受け止めてくれます。その上で、不明な点は問い質してくれます。唯々諾々と従うでなく、自分なりに意見を告げてくれます。間違っている時もあるし、間違っていない時もあります。

 わたくしの方が間違っている時だってあります。

 さらに言うなら、両方とも間違っている場合すらあるのです。

 でも、話し合ったという事実はそれらを受け入れさせます。わたくしは「どうしてわたくしの言うことを聞いてくださらなかったのか」というユーリと同じ不満を抱くことはありません。

 アーカム様も、失敗に落ち込むことはあっても「この事態を招いたのは、お前のせいだ」などとは言い出しません、決して。

 互いに互いを尊重する、という当たり前のようでいて難しいことを、この方はきちんと行ってくれるのです。


「……」

「どうした?」

「いえ、その、何と申しましょうか……嬉しくて」

「?」

 小首を傾げる旦那様。

 わたくしの考えを、笑って受け流しなどしません。

 真剣に考え、真剣にわたくしの意見に賛同してくださった。そして何より、わたくしの身を案じてくださった。

「何でもありませんわ。ふふ」

「そうか」

 白皙の美貌の『氷騎士』は、頷いて微かに――本当に微かに、その顔を緩ませて、微笑んでくれました。

 その微笑みを見ることができたのは、あるいは気付くことができたのは、きっとわたくしだけに違いない。

 そんなことを、思いました。



 舞踏会、それも王家の舞踏会ともなれば盛大になるのが常です。とはいえ、この舞踏会は年間のスケジュールに組み込まれている定例行事ではなく、むしろ緊急の意味合いが強いものでした。


 具体的に申し上げますと、ファナリア王女の婚姻を正式に発表し、祝うためのもの――というのが表向き。

 裏では「これを最後の甘やかしとして、後は他国への輿入れまで大人しくさせる」ためのもの。

 そして一番重要なのは「ファナリアに侍ってもいいことはないぞ。我々が重視するのは、騎士(つまりアーカム様ですね)であり軍事力である」という国内貴族向けのアピール。


 貴族に限ったことではありませんが、莫大な国費を投じてそんな建前をアピールしなければいけないのは、何とも愚かしいことかもしれませんわね。

 でも、そんな愚かしさもまた国家を動かすために必要なのでしょう。


 もっとも、大抵の貴族令嬢や継承権を持たない男性はこの舞踏会の意味を理解することなく、ただ楽しむだけでしょう。

 しかし、当事者であるわたくしたちは楽しむどころではありません。

 まさに決戦の日、という訳でございます。


「お似合いです、奥様」

 侍女の言葉にわたくしも鏡を見ながら、納得したように頷いた。

 ドレスのチョイスもかなり大変だった。わたくしは侯爵令嬢であったが、今は騎士爵の妻。

 そして今回は上位貴族が中心となる王家の舞踏会。

 侯爵令嬢であった時のようなドレスを着れば、不遜になってしまう。

 かといって騎士爵らしいドレスでは、今度は王家に対しての不敬になる。

 豊かすぎても貧しすぎてもいけない、そのバランスを考慮しつつ、わたくしに似合うドレスでなければならなかったのだ。


 わたくしは考慮の末、色合いを落ち着いたもの、生地はそれなりに値が張ったものを選ぶことにした。

 色合いが派手になると、目を惹きやすい。そして派手であればあるほど、生地の差(言うまでもなく、高位令嬢と同等の生地を使うのは不遜である)で高位の令嬢たちからは叩かれやすくなる。

 ならば色合いは地味に、生地は最高級とまではいかないがそれに準ずるもの。

 装飾も全て控えめに。このあたりが落とし所だろう。

 異性にアピールする必要性があるならともかく、わたくしはそれがない。

 後は我が夫の礼服も決めなければいけない。

「任せて欲しい。こんなこともあろうかと、秘蔵の甲冑を」

「秘蔵のままにしておきなさいませ旦那様」

 しょんぼりとするアーカム様であるが、ここは譲ってはならない。正直、王家の舞踏会でなければ面白すぎるので採用したいところではあるのですが……!


 さて、アーカム様の礼服。派手にしない、むしろ最高に地味にする。

 何故かというと、そこまでやってようやく「あれがあのアーカム・ベオライト。なるほど、噂に違わぬ美形だ」くらいで済むのだ。

 気合いを入れた服装にすると、下手すると王家への不遜になり得る。何しろ王太子より目に付く美形が派手な服を着て歩いているのだ。不遜不敬の大安売りである。

「美形は……困りますわね……」

「俺もかつてはそう思っていたよ。今は君と会えたから全体的にプラスだが」

 ……突然心臓を跳ねさせるような事を言わない、旦那様。


 そんなこんなで、舞踏会当日。

 偶然に遭遇したという体でフォクシーズ侯爵家の馬車へと、わたくしたちは乗り込みました。

「初めまして、アーカム殿。エルテ・ベオライトの弟、マリケス・フォクシーズといいます」

「……アーカム・ベオライトです。マリケス様。結婚式以来ですね」

 さすがのアーカム様も、一瞬言葉に詰まった。馬車では、異様な光景が広がっていたのだ。

「マリケス様、マリケス様ー? あの、この手をお離しになっていただけるとありがたいのですが……」

 マリケスの婚約者であるカーラ様は途方に暮れているようでした。

 だってマリケスが両手でカーラ様の目を押さえていますからね。挨拶も何もありません。

「いやダメだ。噂には聞いていたが、ちょっと危険過ぎる。アーカム殿。こちらが私の婚約者、カーラ・トラストリア伯爵令嬢だ」

「了解した。カーラ殿、エルテ・ベオライトの夫アーカムです。よろしくお願いいたします」

「カーラと申します。こちらこそよろしくお願いします。……ちょっとマリケス様。いくら何でもコレはないでしょうコレは」

「姉上、どうでしょうか」

「うーーーん……マリケスの気持ちも……分かる……」

「エルテ様までー!?」

 何しろわたくしの旦那様、超絶美貌の『氷騎士』なのである。うっかり間近で見ようものなら、必要もない色香でクラクラさせてくる。

「まあ、でも。マリケス様のお気持ちもちょっと嬉しいので、このままで!」

 カーラ様も割と順応が早いタイプでございました。


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