5話「王女、わたくしの旦那様をお舐めにならないでくださいね?」
最初に夫婦という形を整えました。
体裁、見かけ、建前、そういう言葉を並べ立てて、中身は空っぽでも夫婦に見えるように努力したのです。
そこには、愛情も友情もございませんでした。
でも……。
「愛することはない、という訳ではない」
最初、彼が真摯に伝えて戴いた言葉が何より大切でした。
愛そう、と言われれば嘘だと思ったでしょう。愛さない、と言われれば宣戦布告だと考えたでしょう。
そのどちらでもなく、ただ真面目にわたくしたちの関係を案じて出たこの言葉を聞いた時に、もしかしたらいずれこうなると思ったのかも?
わたくしは、多分、生まれて初めて。
親愛ではない、似ているようで少し違う。恋という感情を知ったのかもしれません。
でも、わたくしは変わりません。そしてアーカム様もまた、変わりません。
わたくしたちの結婚は、未だ白い結婚のまま。
……別に怖かったからではありません、本当ですとも。
ただ、折角大事に育ててきたこの関係を大切にしたいと思ったのも、また確かですけれど。
さてさて一方、領地運営は順調です。
わたくしは侯爵令嬢としてのコネクションを使い、村特産の工芸品を上位貴族たちにも広めることにしました。
近くの山で伐採されたスニーカーウッドと呼ばれる、仄かな香りがする木材を加工して製作された箱は、非常に高い評価を得たのです。
これにより、工芸品での納税ではなく工芸品を売り払うことで得た収入の一部を税として納められるようになりました。
村人の生活は安定し、わたくしたちも騎士爵としては異例の収入を得ることになりました。
わたくしたちは当然のように村へ投資、領地の経済は好転していったのです。
少なくとも、騎士爵はおろか男爵、子爵の収入に匹敵する程度には。
王都からアーカム・ベオライト並びにエルテ・ベオライトに召喚命令が下されたのは、そんな風に領地で過ごして三ヶ月ほどが経った頃でした。
結婚生活も、早半年が過ぎたということです。
王家の召喚、ということもあってわたくしたちは『最大限の礼儀を取る』という名目の下、かつて使用人たちが使った上位貴族用の馬車に乗って王都へと向かっていました。
使用人たちも半分以上がこれを機会に戻ることにしています。
留守役はヨナサン。彼ならばしっかりと領地を見てくれるでしょう。
「さて、何用だろうな……」
「国王様による召喚命令です。恐らく、わたくしたちが夫婦としてきちんと過ごしている、という対外向けのアピールでしょう」
その言葉で、アーカム様は得心がいったようだった。
「……なるほど。俺の婚姻が偽装でない証明か」
「ええ。残念ながら、アーカム様にファナリア王女殿下がご執心であったことは、貴族の間でも広く知られてございます」
まあ、あの王女が隠すこともなかったのが一番の理由ですけど。
「貴族たちの間で、俺の婚姻が偽装であるという認識が広まっては困る。なので、舞踏会に参加してアピールするという訳だ」
「その通りです」
あのファナリア様も現状を認識したことでしょう。アーカム様が王都へ戻ってくることはなく、従って彼を手に入れるのは難しい、ということを。
自分の思い通りにならないことが、この世にあっていいはずはない。
そんなことを考えているバ……王女に、侯爵家と対立する人間があの結婚は偽装だと伝えればどうなるか。
当然、誰彼構わず「偽装なんだから無効にしろアーカムよこせ」などとさえずるに決まっています。
……む、いけませんわね。
半年前は何とも思っていなかったファナリア様が、今はどうにも煩わしいというか、不遜な考えばかりが頭に浮かんでしまいます。
「なら大丈夫だろう」
「はい?」
アーカム様はいつも通りの無表情ながら、しっかりとわたくしの目を見て言った。
「俺と君は、偽装でも何でもないのだから」
「……そ、そうですね」
迂闊だった。
わたくしの旦那様は、『氷騎士』の異名を持つ真面目にしていると王女が執心するレベルの美形なのであった……!
普段は「この館の掃除をしようと思う。だが、万が一があると危険だ」といって、騎士甲冑の上にエプロンをつけるような人間なのだけど。
(そして本当に腐食していた階段から落下し、落ちた先が腐食した木材だったものの、鎧のお陰で無傷で済むような人間である)
だが、真面目にしていると美形なのだ。
なので直視されると、正直全身にぞくりとしたものが走る。
悪寒ではなく、高揚のような興奮のようなもので。
「どうした、大丈夫か? もしや馬車に酔ったか? ……いざとなれば、これで受けるが」
そしてアーカム様は、恭しくこちらに騎士甲冑の兜を差し出した。
よし、さすが旦那様。ボケもキレッキレでいらっしゃる。
わたくしは冷静さを取り戻したものの、とりあえずお説教することにした。
◆
……という訳で久方ぶりの王都である。わたくしと旦那様は、以前住んでいた屋敷に戻ることにした。
当然ながら、屋敷の掃除は行き届いている。領地のように、わたくしも腕まくりして掃除をするという訳ではない。
少し寂しいような、安心するような、そんな気持ちである。
アーカム様は騎士団に挨拶する、と言って戻ってきてすぐに出立した。そしてその入れ違いに、わたくしの招待した二人が来訪を知らせた。
「姉上。おかえりなさい」
「マリケス、いらっしゃい」
予めマリケスには帰還と頼みたいことを伝えていた。マリケスの方からは快諾を得ている。わたくしが望んだゲストも連れてきてくれていた。
「お久しぶりです。エルテ様」
「こちらこそお久しぶりです。最近は手紙だけのやりとりでしたね。カーラ様」
カーラ・トラストリア伯爵令嬢。マリケスの婚約者であり、わたくしにとっては義理の妹のような存在である。
「早速ですけどカーラ様。わたくしが不在の間に、社交界で何があったのか教えてくださらないかしら」
「夜会にご出席なされるのですか?」
「ええ、王家の舞踏会です。恐らく欠席はほぼいないかと」
「わたくしたちも当然出席しますものね。では、まず王妃様の情報から……」
わたくしはカーラ様から現在の社交界の情報を可能な限り仕入れることにした。こればかりはマリケスには難しい。
「でも姉上。王家の夜会に騎士爵が招待されるのかな?」
「ええ。通常は有り得ませんけど、今回は例外ね」
「ああ……王家としては、ベオライト家のご夫婦の仲睦まじい様子をアピールしたいからですね」
さすがにカーラ様も伯爵令嬢として長年社交界を生き抜いてきただけあり、すぐに意図を察知したようだ。
「問題はファナリア王女なのだけど……」
「国王陛下が直々に叱責なさったようですよ。でも、一向に懲りた様子は見られないとのことです」
「なら、夜会に出席するのは確定かしら。取り巻きの方々もついてくるでしょうね……」
「王女殿下に乞われれば否とは言えないかと」
遭遇は不可避か。それならどう対応するべきか。
わたくしはカーラ様と話し、夜会での対策を練り上げることにした。
「こんなものかしら。ありがとう、カーラ様。助かったわ」
「いえいえ、この程度ならば」
「さて……マリケス。わたくしの願いは叶ったわ。それで、あなたが尋ねたいこととは?」
マリケスに目をやる。彼は少し迷うような表情を浮かべていたが、やがて咳払いして、ハッキリした目で告げた。
「姉上。アーカム・ベオライトと離縁するおつもりは?」
「あら、離縁の理由は何故かしら?」
「言うまでもなく、格の違いです。姉上は騎士爵には勿体ないと思うのですが。より良縁を探す、というのはフォクシーズ家として当然かと」
実に貴族らしい言葉ではあるが。
実にマリケスらしからぬ言葉でもある。そして、彼の言葉の裏にあるものが理解できないほど、わたくしは愚かではありません。
「マリケス。……ありがとう」
「……!」
「確認したかったのはわたくしが不幸かどうか、でしょう? 不幸であるならば、良縁を探す。だから、安心して欲しいということよね?」
「うう……」
ばつが悪そうに頭をかくマリケス。
上位貴族らしい非情さを強調しようとしたところで、相手はわたくしである。
「エルテ様。わたくしからも質問があります。今、お幸せなのですか?」
「ええ」
キッパリと、迷いなく断言した。
愛しているか、愛されているか。それはまだ、理解できていないと思う。
でも、幸福かそうでないかは分かる。
小さくとも領地運営はやり応えがある。社交界には顔を出せなくなったけれど、それ以上に充実した時間がある。
そしてアーカム様は、優しい人だ。全力で頑張る人だ。わたくしに対して、誠実であろうとする人だ。
貴族としての裏表はなく、ただただ真っ直ぐであろうとする様は好ましい。
でも真っ直ぐであろうとしているからと言って、立ち回るタイプのわたくしを忌避するような人間でもないのです。
正直、そこが一番好きなのかもしれません。
「はいはいもういいです分かりましたご馳走様!」
マリケスが音を上げた。
カーラ様はくすくすと笑う。
「ありがとうございます。これだけ聞くことができれば充分ですね」
「そうですか?」
「ええ。私も王都の社交界を潜り抜けた身。エルテ様が本当のことを言っているかどうかくらい、すぐに分かりますわ」
――だって、こんなに幸せそうなんですもの。
カーラ様の言葉にわたくしの頬は多分、紅に染まったことだろう。
◆
翌日。
王家に召喚されていたわたくしとアーカム様は、揃って王城に到着していた。
巨大な城門を警備する門衛たちに名を告げてから、戴いた召喚状を提示する。
「エルテ様。どうぞ、お通り下さい……あと、お連れの方は兜を外していただけると……」
「すまん、忘れてた」
わたくしもうっかり忘れておりました。ごめんなさい……。
そして兜を脱ぐ我が夫。銀に煌めく髪、精悍で鋭利な顔立ちが露わになる。
「うお、アーカム・ベオライト……!」
門衛が変な声を発した。
「む。すまん、どなただろうか。騎士団の同僚ではない、と思うのだが」
「ああ、すまない。ザイガードの戦場で一度、貴殿の姿を見かけただけだ。部隊も異なるし、知らないのは当然だ」
ザイガードの戦場はわたくしでも知っている。アーカム様の名が上がるきっかけとなった、第二王子エリオット様を救い出した戦いだ。
「一度、礼を言いたかった。貴殿の奮戦で、追い詰められていた私の部隊は救われた。感謝する」
門衛が拳を握り締め、鼻にくっつけると軽く頭を下げた。
それを見たわたくしは思わず目を見開く。今の動作は兵士たちにとって最大限の感謝(それこそ彼のお陰で命が救われた、という程度の)を示す挨拶のはずだ。
「騎士として任務を果たしたまで。貴殿こそ、生きて戻られて何よりだ」
「ああ。では、武運を祈る」
「互いに」
アーカム様は歩き出し、わたくしもその横に並ぶ。
……普段はおとぼけなのに、こういう時は何と申しましょうか。何とも素敵だな、と思ってしまいましたわ。
「では、ここからはわたくし一人です」
「了解した」
玉座の間に入る手前で、わたくしはアーカム様を呼び止めた。夫婦として召喚されてはいるが、騎士爵であるアーカム様は国王陛下の呼びかけがない限り、玉座の間へ入ってはならない。
呼びかけがあるかどうかが不明だったので、彼にはここまでついてきてもらったが、予想通り国王陛下からの呼びかけはなかった。
「時間はどのくらいかかるのだろう?」
「短いと思います。あくまで挨拶と舞踏会への招待、その承諾ですから……恐らく、三十分程度ではないでしょうか?」
この国では爵位の高さによって、陛下との謁見の時間が定められる。わたくしの身分は騎士爵の夫人であるが、同時に有力な侯爵令嬢でもある。
そうなると騎士爵の二分は短すぎる。かといって侯爵の一時間も長い。となれば中間の三十分というところが妥当だろう。
「その程度なら玉座の間の外で待っているとしよう。よろしく頼む」
「ええ、お任せください。旦那様」
玉座の間で、わたくしは最上位の礼を取って頭を垂れた。
「久しいな、エルテ・フォクシーズ。頭を上げよ」
許可が取れたので、ようやく頭を上げる。バリアント・セラフィール第十七代国王は、王に任じられて二十年。変わらず覇者の風格を身に纏っている。
さて……ここから先は、貴族的なやり合いとなる。
「不敬ですが訂正させていただきます。わたくしの名はエルテ・フォクシーズからエルテ・ベオライトとなりました、国王陛下」
「おお、そうであったな。ベオライト、汝の名によく似合っておる」
「光栄です、国王陛下。わたくしもそう思いますわ」
今しがたの挨拶は、
「わたくしはアーカム様と夫婦になりました、全く問題ありませんよ」という宣言のようなものである。
もちろん陛下もご存知の上で、フォクシーズと侯爵の方の家名を持ち出してきたのだ。
「生活はどうだ?」
「まったく問題ございません。アーカム様は、わたくしにひたすら愛を捧げてくださいます。わたくしもまた、アーカム様に愛を捧げております。とても幸福ですわ」
ここでのポイントは、両者が愛を捧げ合っていることである。王家の命によってなされた婚姻である以上、その判断が間違っていなかったことを示すためだ。
つまり、ここでどちらか片方しか愛を捧げていないように言うと王家ポイントが減点になってしまいます。
わたくしは当然、そつなくクリア。
「うむ。それならよし。エルテ・ベオライト。汝は騎士爵に嫁いだ身であるが、特例として夫共々、王家主催の舞踏会への参加を許す」
「光栄至極にございます、国王陛下」
その後、わたくしは陛下から適当な……もとい、ありがたい言葉をいくつかかけられ、わたくしは都度都度アーカム様との円満な仲をアピールした。
このエピソードは大臣たちを通して令嬢へと届けられ、令嬢は更に自身の派閥へと話を触れ回ることになる。
その際、わたくしへの陰口交じりになることは避けられないが、まあ我慢のしどころだし、そもそも聞くこともないから無意味ですわね。
右にいた上級官吏が欠伸を噛み殺すこと三回。
王都へと戻ってきた目的の一つである陛下からの御言葉は、滞りなく終了した。
玉座の間から出たわたくしは、ふっと息を吐き出した。ここが王城でなければ、両腕を伸ばしてうんと背伸びしているところだが、残念ながらそういう訳にもいかない。
ともあれ、後は招待された舞踏会でアーカム様と踊って夫婦円満をアピールすれば、王都での仕事は終わりだ。
そこまで考えたところで、少し笑ってしまった。
わずか三ヶ月、領地で過ごしただけなのに。わたくしは王都を「仕事でやむなく立ち寄るべき場所」と認識して、領地を「帰る場所」と考えてしまっている。
とはいえ、それも仕方ないことか。
ユーリ・ハルパーとの長い婚約関係は、わたくしに一抹の不安を抱かせていた。
要するに「わたくしの婚約者、領地運営とかまったく考えていないのでは?」という疑念だ。
何しろ、領地運営に関する勉強をしている様子が学園時代に見られることはなかった。法律にも疎く、政治運営にも疎く、領地に何が必要なのかを考える様子すらなかった。
そんな婚約者を見ていれば、当然ながら不安要素は高まる一方。なので、わたくしは領地運営に関する勉強もこなしたのだった。
いや、正直に言うと婚約者が不安であろうがなかろうが、領地運営の勉強はしていたかもしれない。
……楽しかったのだ。施政者となるための勉強は。
そして今、わたくしはその道を歩み始めている。恐らくユーリの時以上に、自分の思うがままに。
だからわたくしが考えるのは、次のステップ。つまり、今の騎士爵領を最低でも子爵領くらいには拡大したいものだ。
王家の直轄領は最近、過剰気味であると聞く。それなら、わたくしたちの領地が拡大できる隙間もあるかもしれません。
「もう! なんなのよ、アナタ!」
そんなことを考えながら歩いていると、不意に甲高い声が聞こえた。
以前聞いた事がある。これは第三王女ファナリア様の声だ。
ええと……わたくしの旦那様にご執心の彼女が、旦那様が待っているであろう場所の近くで、不穏な叫び声を上げている?
それはつまり、何かマズい事態が起きているのでは?
廊下を慌てて駆け足で走る。マナーとしてはアウトだが、今は夫の身を確保することが先決ですわね……!
◆
で。
「何やっているのでしょうかアーカム様」
駆け寄ったわたくしは、その光景に呆気に取られていた。
王城の廊下には人より二回りは大きい石柱が並んでいるのだが、その一本に私の夫がしがみついている。
夏の蝉かな?
「ああ、おかえりエルテ」
そして石柱にしがみついていた夫は、柱から手を離すと私に近寄った。
今しがたの奇行など、忘れたと言わんばかりだ。
わたくしも忘れたい。という訳でもう帰りたい。
「よし、用は済んだ。帰ろうか」
「そうですわね」
そうして、わたくしとアーカム様は二人揃って家路へと――
「あ、あなた、たち、ねぇ……!」
「チッ」
恨みがましいファナリア様の声に、わたくしは渋々と立ち止まりました。さすがにこれをガン無視しては、王家に対して不遜でございますし。
あら、舌打ちなんかしておりませんけど?
「この不敬者、が――」
近寄ってきたファナリア様が、わたくしの顔を見てピタリと止まった。
その背後には、ファナリア様お気に入りの端麗な容貌の若い貴族たち(爵位継承権を持たない、高位貴族の次男や三男たちだ)がいらっしゃいます。
ファナリア様の私兵のようなもの……でしょうか。
彼らは敵意を籠めて、アーカム様を睨み付けていた……が、ほとんどが肩で息をして、汗だくです。
体力がなさそうなのは見た目で理解できますが、それにしても妙に精根尽き果てたという感じですわね。どうしたのでしょう?
そしてファナリア様。
息を切らした彼女は、いつもならきちんと整えられているはずの金の御髪が乱れていらっしゃいます。
「……どうなさったのでしょう?」
「アーカムが逃げるからよ!」
「逃げたが、君とはぐれると困るのでこの柱を中心にぐるぐると回っていた。挟み撃ちにされたので、仕方なく上ることにした」
なるほど納得。
アーカム様の身体能力は、ハッキリ言って桁外れだ。運動もロクにしていない貴族たちなど、赤子も同然だろう。
「あなた……アーカムの……」
「これは失礼いたしました。王女殿下、アーカム・ベオライトの妻、エルテ・ベオライトでございます」
わたくしはそう言って、カーテシーをした。
ファナリア様は嫌悪を隠さず舌打ちしたが、わたくしの名前と侯爵令嬢であることは覚えていたのだろう。
少なくとも、傍若無人に振る舞って良い人間でないことくらいは。
「……結婚したとは聞いたけど、ふぅん。退屈そうな方ね」
前言撤回。割と傍若無人でしたわ王女。
「いえ、エルテは全く退屈ではありません。むしろ面白いという方が適切です」
そして王女の嫌味に律儀に対応するアーカム様。ところでその面白いってどういう意味か後でお伺いしますね旦那様。
アーカム様の真面目腐った様子に、王女の苛立ちが更に募る。
「田舎暮らしも億劫でしょう? 私の部隊に加わるなら、王都での生活ができるわよ」
「いえ、田舎暮らしは全く苦ではないです」
王女の視線が、わたくしに移る。
「あなたは? 元侯爵令嬢にとって、田舎暮らしは過酷でしょう?」
「ふふふ、お気遣いありがとうございます王女殿下。ですが、田舎の新鮮な空気はわたくしと相性が良かったようで。充実しておりますわ」
「ふぅん。田舎臭くなったものね」
「王女殿下。その田舎の土地こそが、王都を育み、豊かにしてくれるのでしてよ?」
「……っ。今度の舞踏会に出られると思わないことね! どうせ参加したくてお父様に懇願しに来たのでしょうけど!」
「あら……でも舞踏会の参加は王命ですわ。王命に逆らうことなど、忠誠を誓うわたくしたちには出来ません。たとえ、王女殿下であっても……国王陛下のご命令には従わなくては。そうでしょう、皆様?」
わたくしは王女殿下ではなく、彼女の取り巻きである貴族のボンボンたちに話題を向けた。
「いや、それは……」「ええと……まあ……」
突然振られた話に、彼らは否応なく顔色を悪くする。
当然ながら、彼らも国王陛下の命令が絶対であることなど百も承知だ。
かといって、ここでそうですね、などと言えば王女の不興を買うことになる。
取り巻きのしどろもどろさにも苛立ったのか、王女は「行くわよ!」と叫んで、どしどしと足音荒く、立ち去っていった。
「……助かった。このままでは必殺の天井張り付きまで行うところだった」
「ええ、凄く光景が想像できるのでなるべくお止めくださいね旦那様」
ヤモリかな?