私の自転車
これは寒さが和らぎ布団から出る事も以前より億劫では無くなってきた頃のお話です。
珍しくもない寝坊をしてしまった私は定時に通学する事を諦め、こんがりと焼き上がったトーストの芳ばしく食欲を唆る匂いに溶けたバターの濃厚な匂いを口の中に残し精神的にも肉体的にも満たされた状態になって初めて家を出る決断をしました。
この大遅刻によって先生に呼び出されて怒られる事は確実ですのでアパートの駐輪場に向かう道ですら億劫に感じてしまいます。
自転車置き場に辿り着き私の自転車の横に立つと少し違和感を感じました。
「高すぎひん? イタズラかなぁ?」
私の自転車のサドルは私の腰の位置より遥かに上げられた状態で固定されています。
ですが大規模商業施設からの帰りにサドルが無かった事の衝撃に比べればサドルがそこに存在する分だけマシです。
サドルを下げて固定した私は自転車の鍵を外しスタンドを跳ね上げました。
「もぉーなんでなん?」
出発しようとしていた私はまたサドルが上がっている自転車に苛立ちながら作業をする為にスタンドで自転車を自立させます。
中に溜まった空気圧でしょうか? 少々固定が甘かったのかも知れません。
トーストの幸福感やこれから怒られに学校に向かわなくてはいけない憂鬱な感情は消え去り私の自転車への苛立ちだけが残っています。
再びサドルを下げ今度は動かない様に締め上げ固定しました。
さていよいよスタンドを跳ね上げ出発です。ペダルに足をかけてもう片方の足で自転車を加速させ自転車を跨ぎ座ろうとしたタイミングで腰にサドルが伸びてきました。
「うわぁ……あぶなぁ」
危うく転倒してしまいそうになりました。私はもうコイツとはやっていけない様です。長い様で短い付き合いでしたが粗大ゴミとして捨てようと決意しました。
「お別れやね……。次会う時は缶になったキミかもね……」
自宅アパートの駐輪場に自転車を戻し逃げ出さない様に施錠して私はお小遣いでバスに乗り学校に向かいます。
◆
学校に辿り着いた私は校門で担任と向かい合っています。
「おはよう御座います……? 今日は暖かいですね……?」
「遅刻の理由はなんだ? 寝坊か?」
青筋を浮かべながらも口調だけは冷静な担任は私に問いかけます。正直に担任に話をするなら寝坊が直接の原因ではありますが遅刻した時間の内数十分の遅れは自転車が生み出した物です。責任転嫁をしましょう。
「自転車に乗り遅れました!」
私は元気よく先生に私が出会した不思議な体験を懇切丁寧に説明しましたが責任転嫁は失敗した様です。担任は火山の様に憤怒しキツイ口調で私を罵ります。
担任の怒りが収まるまでココロとカラダをオフにしようとした時に私の視界に私の自転車が前のめりの片輪走行で学校の駐輪場に向かう姿が映ります。
先生が不思議な光景に驚愕し動かなくなった隙に校舎内に逃げ込みます。
もしかしたら捨てると言う発言を気にした自転車が私を救ってくれたのかも知れません。
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