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1:ツレとメシに行ってみたい!

「小関君はホントに、喋らない子だねぇ」

 担任の先生はクラスの発表会か何かで僕のことをそんな風に評価した。

 これが当時の僕には、けっこう絶望的な言葉だった。


 担任が言う通り、僕は口数の少ない子どもだった。

 内気で自分から友達を作りにいった事も無く、喋る事はおろか話しかけられると視線もろくに定まらず、すぐに下を向いて黙り込む。そんな僕には当時、親にも打ち明けたことのない夢があった。ここだけの話、お笑い芸人になりたいと思っていたのだ。

 有名でも無名でもいい。内気で人と喋れない性格を直して舞台の上で堂々と立ち振る舞い、お客さんに何かを届けたい。ずいぶん、漠然としてるだろう? でもしょうがなかった。それが、当時の僕が精一杯考えた、夢のある将来像だったんだから。

 だから先生の言葉は「喋らない子」だからなれないと、何だかその将来像を真っ向から否定されたような気がしたのだ。

 気付いた時には、また下を向いていた。

その後僕はドラマにありがちな大号泣をやらかして周囲を困惑させ、最終的に母を呼んでの面談まで行われた。小学三年生の時のこの経験は未だに鮮明に、平謝りする先生の顔とセットで忘れられないでいる。

 あれから十数年を経て、僕は20歳の大学生になった。

 お笑い芸人はおろか未だに人前では内気なまま。静かで真面目な所が取り柄の、昔日の将来像から最も離れた大人になろうとしていた。

 これは、そんな僕が不真面目になっていく話だ。



「あれ、もしかして小関君?」

 振り向くと、同じ日本文学科に通う北沢君が後ろに立っていた。

 彼は返答も待たず話しかけた相手が僕だとわかると、表情を綻ばせて近づいてきた。左の手首にアニメイトの青い袋をぶら下げており、恐らく特典と思しきファイルのようなものが見えた外に少しはみ出していた。

「やっぱ小関君やん! まじかぁー。なんか買い物とか?」

「えっと。ああ、そう……なんですよ。ちょっとゲームを買いに」

「そうなんや! 今日なんかの発売日だったっけ?」

 北沢は往来の激しい場所であることも気にせず、矢継ぎ早に色々質問をしては嬉しそうに笑った。


 さて、話が進んでいく前にこの出逢いの経緯について少しは説明を加えよう。

 ここは某日夕方の京都市、三条大橋のたもとの広場に僕たちは立っている。

 僕はいつも通り大学の講義が終わった後特に予定もなかったので、自転車漕いで京都一の繁華街――河原町へと赴いた。そこで旅行者と高校生と外国人でごったがえす商店街の中を適当に散策し、いくつかお店に入って興味の惹かれるゲームのソフトを見定めた。3000円弱で中古のものを二つ。これで暫くは退屈も紛れるだろう。意気揚々と三条河原町通りを突っ切ってなんとなく、鴨川の方へ歩いてみようと思った。そしたら、彼とばったり出会った。

「今日は何で来たの? バス?」

「ああ……えっと、じっ自転車……」

「チャリかあ。そっか、小関君もチャリ派かぁ」

 北沢はそう言うと何故かパーカーの両の袖を捲った。

 今思えば、それが彼の“エンジン”がかかった印であったのだろう。そこから世間話をしつつ、僕と北沢は再び繁華街の方へと歩いた。どうやら彼も自転車で買い物に来て、これから飯でも食べようかと思っていたらしい。時刻は既に5時半をまわり、飲食店と飲み屋が活気づく頃合いだった。

「俺今日臨時収入あったし、小関君も一緒にどうやろ? お金なら心配いらんで」

 北沢は笑いながら、ポンと自分の腹を叩いた。ちょうどそんな話をしていた頃に、北沢の自転車を停めた駐輪場に着いた。

 僕はどう答えようか分からず、暫しかける言葉に戸惑った。

 今まで僕は友達と、いや、家族以外の人と食事をした経験が無かった。

 強いてあげるにしても、中学の卒業式後にクラス会に渋々参加したこと程度しかない。

 当初その会に於いても、僕は無口で引っ込み思案な性分を理由に断ったのだが、当時の委員長から猛烈に参加を促され、結局クラス全員が委員長の熱意に同意したのだった。思えば僕が体育祭とか文化祭のような行事以外で、同級生と「共同のイベントに参加する」という経験はこれが最初で最後であった。つまり、唯一の「ツレとメシイベント」も他力本願によって叶ったものといえるだろう。

 小関龍太郎の人生とは即ち、無口無味乾燥という言葉に尽きる。

 実際問題、僕の取り柄なんて真面目にコツコツ何かを成し遂げるくらいしかないし、さっき形式的に友達という言葉を使ったが、単に卒業後もSNSでの付き合いがある人を僕が勝手に「ともだち」と呼んでいるだけなんだ。傍から見たら、この有様は実質友達0人といっても過言じゃない。

 つまり何が言いたいかと言うと、そんな僕が他人から食事に誘われるという事は驚天動地の出来事で、今を逃せばもう二度と起きることのない、人生最後のチャンスなのでは無いか、と。そう思えてならないのだった

 彼の誘いに乗りたくてしょうがない。タダ飯ならば尚更のことだ。

 ただ、初めての誘いに不安も感じている。もしかして、何か高額な商品でも買わされるのでは無いか? 彼の誘いに乗ったが最後、レストランの片隅で口の上手い人らに囲まれて、何かを買うまで……あるいは入信でもしない限り永遠に返してくれない勧誘が始まるのではないか……と。そんな経験はまっぴらゴメンだ。僕の口なら言い返すことも出来ず、陥落までずっと俯くくらいしか出来ないだろう。

 ここで「じゃあ、別の駐輪場に自転車を停めてるから」と言えば、彼から離れるのは簡単だった。

「……もしかしてこれから用事とかある? それなら、無理に合わせる必要もないよ」

 僕の沈黙に何かを察したのか北沢が優しく尋ねた。

 その心配そうな表情を見て、何となくだが彼の本心を垣間見たような気がした。

 僕は照れくさいが少し赤らんだ顔のまま、北沢の顔を見据えて首を縦に振った。

「……ん? ……行ける?」

 もう一度首を振ると、北沢は嬉しそうに「そっかあ」と言って笑った。

 その、何も考えていない表情を見て、僕もつい笑ってしまった。

 こうして僕はこの日、初めて友達(ツレ)と飯を食いにいった。


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