第71話 七度転んで
暁人は菜月に告げてただ一人…迷宮への階段を降る。
ゆっくり、ゆっくり…その身を研ぎ澄ますためだけに。
第一層に降りて…長いトンネルを越えて…第一層の戦いを思い出しながらもその主の間を越えて…第二層に進んでいく。
その先にいる存在ヘラクレスを目指して…。
暁人はヘラクレスのいる空間…はわからなかったが、前と同じく獅子の間へと足を踏み出す。
そこにいる災害も、今は何も思うことはない。こちらに気づき威嚇し、低く唸っていたって…関係ない。
俺が用があるのはその先なのだから。
飛びかかろうとその四足で駆け出した獅子。
暁人の中には幾つか選択肢があった。
この場で倒し、ある一定程度の優位を確保するものやこの場でいなし続けヘラクレスの到着を待つもの。
その中の選択には一応逃げもあるにはあるのだが…暁人の身体は自然と。
『投げ』を選択していた。
その重さは確かに規格外。だが、冷静な暁人の戦闘能力もまた…規格外である。
普段から、戦闘中は集中をすることによりそれらの行動を選択、意図した行動をする暁人が。
実戦の場において「無心」という境地を習得するに至ったのだ。
まさしく、沙紀の語った「適当」という最善である。
暁人の身体が起こした最善、投げの形は相手の力を生かした投げ。すなわち合気道に通ずるものである。
完全な合気道であれば、もはや相手の力のみで投げを成立させるのやもしれない。
だが、暁人の場合は未だ不完全。故に、打撃を絡めた特殊な投げであった。
顔から飛びかかろうとした獅子の頭に右拳を打ち込み上から下へと顔ごと引っ張ることで向きの変換、すかさずぬるめの蹴りを相手の前脚に入れることでさらに勢いをかける。
本人としては、なんとなく…で選んだ技ではあったがこれが存外効いた。
まぁ本命でもなんでもない相手だったので、一蹴というほどではないが適当に投げたというのはある。
ということでそのまま放置して、暁人は早々に奥の通路へと歩を進める。
嫌な気配とか、分からない場所だからとか恐れが今何もなく。
ただ強くなりたいという無二念でその歩を進ませ続ける。
そうこうするうちに、通路が開けてくる。そこは、獅子のいた洞穴のように薄暗くもなければ、むしろ繁栄を象徴するが如く広く、明るく、豪奢な大理石で出来た空間を思わせるほどに白い神殿のような一間だった。
そしてその中央で仁王立ちする男が一人。
繁栄を象徴するが如き黄金の髪色、しかしそれらを手にした段取りはその腕っ節とわかる肉体。
暁人はヘラクレスに再度会って確信する。
(多分何が起きても、今の俺ではこいつには勝てない。)
いやに冷静な自分が、熱を灯さぬ瞳でヘラクレスを分析する。
その力量差を把握しているヘラクレスも口を開く。
「おや、英雄崩れ。何をしにきた?まさかとは思うが…お前一人で戦いに来た訳ではないだろう?」
そんなにお前の頭は悪くないと思ってんだがなぁ。
そう言葉を続けるヘラクレスに暁人はただ。
「倒せるとは思っちゃいねえ。だが、あの時。お前が命まで仕留めに来なかったのが引っかかった。だから来た。」
あっさりと、分からない問題の答えを聞く子供のように告げた。
その言葉に目を丸くして少し固まるヘラクレス。
だが、程なくして。
「ハハハハハッ!おま、お前マジか!?そんな、そんだけでここまで…ブハハハハッ!!!」
口角を緩ませきって大笑いをかますヘラクレス。暁人としては馬鹿にされてるのかなんなのかよく分からず怪訝な顔をする他なかった。
でもまぁ確かに。普通の人間なら、自分の片腕をズタズタという打撃に使わない表現が似つかわしいような状態にした敵に「殺意」がないとかは思わないだろう。
だが、暁人は少し…いやかなり。普通ではなかった。
普通ではないから、不思議なところに気が付き…それでいてその善性を疑わない。
ヘラクレスはひとしきり笑うと、暁人に言う。
「まぁ確かに、手は抜いてたな。そうしねえと、即殺って次元だったし…初見殺しは俺のすることじゃねえ。」
あれは悪し…だからな。と、自分でウンウン頷きながら続ける。
「だが、それも…今回は初見じゃないんだぜ?」
「・・・。」
当たり前といえば当たり前なのだ。殺し合いにおいて初見殺しをしないという優しさは本来はないもの。
それ以上を望もうとするな。その言葉の意味は当たり前だ。
「ハッ。お前のことだからてっきり不平等とか弱い者いじめは悪しだ!とか言うかと思ったわ。」
暁人は遠回しに盗人猛々しいとでも言うほどの提案をする。
暁人はヘラクレスの善性を疑わない。疑わないと言うことを言い換えるなら…心の底から信じている。
その底無しの善性の象徴を疑わないから。信じているからこそ、強欲に。自身のその言葉が罷り通ると本気で思っている。
悪い言い方をするのなら相手の弱みに付け込むと言うのだろう。だが、それもまた戦略なのである。
その言葉を受けて、ヘラクレスはその表情を曇らせる。
「前とは随分と勝手が違うな…目に生気すらない。何があった?」
確かに暁人らしくはない。英雄らしさ、高潔さを笑いながらも大事にしていた男らしくは確かにない。
暁人の目に宿っていた強さへの野心。英雄への憧憬。それらを全て消し捨てて。
ただ無心に見える。だが暁人の腹の底は。
「別に何もねえよ。ただ強くなりたいだけだ。」
強さのみを渇望し続ける。
ヘラクレスはその目に野心がないことを見て…漸く理解する。その闇の深さに。
(なるほどな…この男、野心を捨ててなどいない。むしろこの男、強さのみを求めるあまりに自分の命や他のものを平気で捨てさるつもりか!)
黒という色は二種類の表れ方をする。ありとあらゆる色を混ぜ合わせ一つになる混沌方式。これはごくごく一般的なものだ。
ありとあらゆる色があるからこそ成り立つ色…だが本当にそれだけか?ありとあらゆる色がなければ成り立たないのか?
否だ。確かにありとあらゆる色が欠ければ白になり得るがそれでは光の当たらぬ宇宙空間は純白でなければならぬ。
そう、光が当たらない空間にあるのは無ではない。闇や純黒と言った深淵である。
暁人はありとあらゆる感情を捨て強さに全て置いたが為に目に闇を宿すに至った。
ヘラクレスは神として…善の存在で有らねばならない。故にこの闇は払うべき。確かにそうなのだ。
だがしかし、その根本が、強さを求める理由が…。
逡巡、そして疑問はそのまま口から溢れる。
「何故…そこまで強さを求める。」
暁人はそれに対してこう答えた。
「英雄でなければならないからだ。神を屠るのが神か英雄で。じゃあその英雄を屠るものも英雄以上の存在でなければならない。その上俺は英雄になれと望まれた。ならもう…求めるものは強さだけでいい。」
何が人を英雄にさせるのかなどよくは知らぬ。だが、強くなければ英雄にはなれないのだから。
暁人の真意にヘラクレスはゆっくりと眉根を寄せて、少し思考が止まって。
それでも英雄であり神として、言葉を紡ぐ。
「・・・なるほど確かに。英雄とは強くなければならない。それだけで成れるものではなくともそれは真実。よかろう…お前を鍛えてやる。だがしかし、それは強さが英雄の格を帯びるまで。英雄の在り方は己で定めよ。よいな?」
英雄の先輩として、人を導く神として、こう答える他なかった。
「あぁ、十二分だ。よろしく頼む。」
こうしてただ一人、強さを求める戦いを始めたのだった。
二人の修業とは全く別に、全員の修業を託された菜月はサクサクと準備を進めていく。
武闘会のルールは殺さないこと。降参及び戦闘不能、もしくは場外で終わりというシンプルかつ死なない範囲で組み上げられることになった。
実際方式としては篝が組んでいた修行とほど近い。だがしかし、全員のスタイルとか実力を見極め各個に成長を促すものであって、総当たりを目標としていた時よりも謎の緊張感があった。
方式としてはトーナメント制。最終で残った面々を基盤に十二の試練を攻略しようという魂胆ではあった。
そのため一人だけ外されている沙紀。本人は超絶不服そうでありフラストレーションが溜まっているように見える。
本音を言えば芽衣は下げておきたかったのだが、まぁ本人が強くなりたいという希望なのでしょうがなく組むことにした。(ただしシードとしてってことにしてある。実際ある一定程度強いしね。)
その一回戦第一試合のカードは...雅也vs浩也。奇しくも最初に喧嘩が強いと暁人が評したカードだった。
城vs金属。そもそも話にならない物量差。
二人が体育館に作られたフィールドに向かい合う。そんな折に雅也が言う。
「大丈夫か?手加減はしねえよ?」
なんて、槍を構えて言う。その言葉に浩也は嗤うでも怒るでもなく、ただただ首を鳴らしながら。
「問題ねえ。」
無骨に。不敵に。いつも通りの浩也だった。
左腕を前に、右腕を腰に。正拳突きの構えを取り...そして。
「始めっ!」
菜月の一言で、闘いの幕は切って落とされた。
先に動き出したのは雅也だった。槍先を地に擦らせながら真っ直ぐに突きを放つ。
槍の一撃。正直な所誰も予想してなかっただろう。
なぜなら、圧倒的な物量があるのなら。それで殴るのが理想形。
それをかなぐり捨てる突きは誰もの予想を裏切る。それは浩也にとっても予想外だったが。
動じぬ男浩也には、関係ない。
型を使うまでもなく。振り抜かれた槍を一歩も引かず、胸で受ける。
その金剛にはヒビ割れなんて起こりえない。
退かない選択に誰もが驚く。でも、それすらも無視するように。浩也は右の拳を振り抜く。
その型から放たれる技に説明なんていらない。名前なんてわざわざ付ける必要すらない。
シンプル且つ基本の技。
『正拳突き』それだけである。
その初動で後ろに即飛び、簡易ではあれど先の擦った位置から城塞を挟み込む。
だが、鳴子の『無銘』同様に。シンプルな技、シンプルな術理に宿るものは存外バカにならない。
それがただの基礎であっても。磨き抜かれればダイヤの原石は途方もない価値を生み出す。
たったの一歩。間合いは槍のが長い。
でも、摺り足で一気に詰めた距離に乗る速度。拳という凶器に乗る速度は威力に変わる。
挟み込んだ城塞も。後ろっとびしたその回避も小細工と嘲笑うかのようなその威力。
直撃を免れてなお、大きく吹き飛ばされる。
下手を打てば、場外に持っていかれるところをギリギリで凌ぐ雅也。
「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ...。」
ゆっくりと長く息を吐いて雅也は冷や汗を浮かべる。
(まぁ、わかっちゃいたはずなんだがな...嫌になるね。こいつもまた「化け物」ってやつか。)
対人戦闘第二位、東條浩也。その器は未完にして成熟しきった印象すら与える貫禄っぷりである。
ゆっくりと雅也は身体を起こす。想定外だが、想定内。こうやって距離を取れたんだから。
そのことに気づくことが遅れているかのように見える浩也。そこからゆっくりと、ゆっくりと。空手の達人の間合いの詰め方のように、摺り足で進む。
そんな浩也の様子に焦りは見えない。未だ冷静なままである。
槍先を地に擦らせ周囲から城塞を引っ張り出す。そして。
『城塞鉄拳!』
それはかつて、巨人へと振るわれたもの。質量はそれに遠く及ばないものの、その圧倒的気迫はそれに迫る浩也へ拳は打ち出される。
それも一本では済まない。人であれば二つで済むはずのそれは、人でないが故に限りはない。
今回は範囲もあって四本で済んだ・・・腕は。
続く攻撃。それは、始めてみせる技。元来、人に向けて放ってはいけない技。城塞鉄拳と同様のものであった。
『城塞連槍!!!』
降り注ぐ礫の槍。一点に降り注ぎ続ける槍の雨。それは・・・あまりにも、尋常ではない威力であった。
数瞬、その威力に息を吞む面々。その様子を理解して雅也も焦る。仮に今、一瞬の敵だったとしても友人に向けるべき技ではなかったと。
その判断に至ったが故、慌てて城塞による腕で礫を払いのけようと二本を作り、払おうと塔状態で城塞を組み上げる。
その瞬間だった。
ズンッ...。ダンッ...。ドンッ...!
降り注いだ槍も、巨人級の腕も。それらは決して陳腐なものではない。対軍クラスのそれらを...いとも平然と。
その拳は、その脚は、その肉体は打ち砕いていく。
鋼などとは比類にならぬ金剛の肉体。不動にして不滅の肉体。
動けぬと動じぬには、一文字でありながら一重とはいいがたい純然たる差がある。その差を表すかのように...動けずにいた雅也と、動かずにいた浩也には...大きすぎる隔たりがあったのだ。
城塞は...金剛の怪物の前に、陥落をしたのだった...。
はいどうも、作者の銀之丞です。
花粉が飛ぶ季節になったじゃないですか。するとですね、眠くもなりますし鼻もむず痒くなりがちなんですよ。
で、花粉症の薬を飲むじゃないですか。効くときはいいんですけど、効かないときは鼻が死にながら副作用で眠くなるんすよね...。
控えめに言って地獄です。花は咲くために花粉を飛ばし、花がために鼻が死ぬ。そんな毎日ですがどうぞ心と体の健康にお気をつけてお過ごしください。
以上真面目な銀之丞でした。というわけでいつもの挨拶をば。
いつも読んでくださっている皆様!誠にありがとうございます!
あ、別にまじめだったのに深い理由はないです。




