第62話 |神の祝福《Last》
今、ファフニールと真正面から向き合う形で暁人と志島、浩也が肩を並べている。
志島は暁人に対して、指示を仰ぐ。
「・・・で、暁人。俺は何をすればいい?」
「え?何もしなくていいよ。別に。」
・・・今なんて言った?
「えー...別に何かをしてもらわなきゃあいけない、ってこたぁ無いし。そこにいてもいいんだけど。」
クソ野郎。何のためにあんなふうに格好をつけたと思ってんだよ。
「まぁ、なんだ。することがあるってんなら、ブリュンヒルデを少しだけ離しておけ。無差別なのか意図的なのかは知らんが、わざわざブリュンヒルデのとこに跳んできたんだ。志島かブリュンヒルデか、どっち跳んだのかはわかんねえが…わかんねえならわかんねえなりにやるしかねえからな。それ以外は任せる。好きにやれ。」
何じゃそりゃ。でもまぁ、サンキュー。お陰で…まだ少しだけ未練を引きずれそうだわ。
志島は痛む身体に鞭打ってブリュンヒルデをとても紳士的に抱える。そうしてある程度距離を取る。
すると、ブリュンヒルデが尋ねた。
「ねぇ…彼は・・・八束暁人は何者なの?」
「わかんない。君にわからないなら俺にもわかんない。だけど…。」
だけど、あいつは。俺のほんの少し先を歩いてて、俺の遥か上に居るから。
大丈夫。それだけは信じられる。
ファフニールと相対している暁人と浩也。この状況下で策を練っていた。
「なぁ、暁人。確認なんだが、空間ごと割く技って防げねえのか?」
「知らん…が、多分魔力次第だと思うぜ。」
確認をしながらも、二人は大振りな爪での一撃を冷静に見切り一歩退く。
空間系の技とは何なのかだがニュアンスで言うところ空間ごと割く技である。よって守っても「意味がない」のである。
どこぞの二足歩行する神話の龍が空間を割く技がある。ほとんどそんな感じの技。
だがしかし、ファフニールのそれは...その射程は爪に限られる。
故に明確に、喰らわない方法などはたったの二つしかない。
躱すか、空間を裂かせないかのどちらかしかない。
その中で、ただ浩也は...一撃を避けながらその爪をへし折る術を考える。
(空間ごと割く...どうすれば防げる?空間を切るっていう斬撃を防ぐ理論・・・ないか?いや、否定はいつでもできる。もっと冷静に考えろ。物体が物体を切るとき、ある一定以上の...。)
思考は冷静...それ故に答えへと近づいている...気はする。だが、時間はどれほど望もうと止まることはない。
闘いは加速し続ける。
そこに留まった浩也に対し、暁人は横に加速する。
常に視線は上へ、思考は大きなものを倒さんと続ける。
「篝!」
その声に反応するように、篝は影を伸ばす。
荒野であっても伸びる影は、暁人を呑み、さながら瞬間移動の如く暁人を篝の後ろへと導く。
「もういいんだよな?で、策は?」
「時間作って!ただし俺にだからな!」
たった二言、それだけで十二分。
そのまま暁人は一歩下がる。
息を吐きながらゆっくりと目を瞑り、右手に魔力を集める。
ゆっくり、ゆっくり...気を整え、全身に滾る魔力を集め出す。
さしもの龍とて、その脅威を感じ取ったようだった。
だが、その脅威よりも早く、その勝機を理解している篝はここぞとばかりにありったけの魔力で大地を包む。
(さっきも少し感じたがちょっとこの場所は影を伸ばしにくい。だが...ここが正念場...ありったけを広げろ!)
普段、御伽噺は、誰の領地でもない。強いて言うならヒュプノスの領地である。故に、魔力が簡単に浸食をする。
だが、今...明確にヒュプノスの世界ではなく、ファフニールのいたころの世界に放り込まれている。
それは例えるのなら、フェアリーテイルという箱の中に、もう一つ箱を作ったようなものだ。たかが箱だとしても、その箱の支配者はファフニール。その領主に歯向かうのなら、デバフは想定されうるものだった。
世界を構築するメリットは大まかに分けて三つ。
一つ。自身の肉体の存在する...もしくはした自身の肌によくなじむ空間を生み出すことによる自身の絶好調化。
二つ。自身の魔力によって構築する故にその地上、大気、壁面まで自身の魔力が滾っている...場合があること。地面にこもった魔力は篝の使った影の動きをある程度抑制...すなわち妨害として働き、ファフニールが放つ技を強化する。
三つ。その空間に何らかのキラーがかかっている場合。例えば、ヒュプノスが作ったフェアリーテイルは...まぁキラーを持ってるとするのなら、現実殺しといったところだろうか。そういったものである。
世界に関する理解は暁人にはそこまでなかっただろう。聖ならこの場でしたのかもしれない。
そいつらと同等足りうるもう一人、篝は...すでにわかっていた。
様々な技を影で再現、操り繰り出す中ですでに思考した話だったから。
だからその脅威も、その抵抗すらもたったの二度の技。その試行でどれほどのものかを計算しきって影を伸ばす。
その影は、志島に、浩也に、愛に、六花に伸びる。
その影に、浩也、愛、六花は飛び込む。
志島は、一瞬だけ迷ったが、その場で一つ判断をして飛び込む。
そして影から五人、現れる。
「「「「「!!?」」」」」
そこにブリュンヒルデを連れて来た志島に対して、何で!?って、思いながらも、ブリュンヒルデの瀕死っぷりを見て迷いが断ち切れなかったんだろうと思った。
実際は違う。実際は...、影が伸びる前、一瞬だけブリュンヒルデの言の葉を。最期の願いを聞いてしまったからだった。
その願いは。
「最後まで、この戦いの結末を近くで見守っていたい」だったからだ。
その心を、願いを汲み取らないわけにはいかないから。
志島は抱えて飛び込んだ。
次にとった行動は、そのまま暁人の後ろにやさしく寝かせる。
そのままに暁人に語り掛ける。
「このまま負けたら戦犯だな...、俺。」
自身の魔力を集めることに力注いでいた暁人は笑って言う。
「気にすんな。どうせ勝つんだ。願いは出来るだけ叶えた方がいいだろ。叶わねえよか、よっぽど良いんだからよ。」
その言葉に、苦笑して...まぁお前ならそうだよな、と心で思う。
感謝の言葉も心に隠す。それでも、それ以上は、不要だった。
そして、暁人を脅威に感じた龍にとって美味しい状況が整う。
真正面に敵が集まっていて、加えて世界に魔力が満ち満ちている。これ以上に最高の状況はなかった。
龍は、瞬間的に口元に魔力を集める。
その瞬間に愚策だったか、と篝は考える、考えてしまう。結果として指示より後悔が一瞬だけ先に降り立った。
状況としての悪手、瞬間に感じる全身への疲労。
その動揺を無視するかの如く、指示が飛ぶ。
「浩也、盾!炎は何とかする!愛は浩也を支えて!」
たった三言。だけど、その言葉にこもる魔力はあの時の雨月の見せたリーダーシップに近い何かがある。
瞬間的にはじき出されたように動き出す事態。
『型;盾!』
「ソーン・・・ウル・・・ダエグ・・・エオルフ・・・イス...!」
放たれる炎。それを防ぐ盾に結界の加護を与え、直撃を避けさせる。そして、その流れに負けないように。愛は後ろで支えぬく。
ルーンの結界と不動の盾。これらがもたらす結果は川の流れを分岐させる岩の如く炎を一時的に分かれさせて全員を護りきる。
咄嗟に覚醒する、軍師としての才能...否。聖に学び、暁人の戦い方を覚えたからこその、確かな実力。
その様子に、ブリュンヒルデは少し、口元が綻ぶ。
(あぁ、よかった。ちゃんと、残滓はそこにある。)
そう思わせるほどに志島は強くあった。
篝は次に、何をするか...冷静に戻り考える...が今は出来ることを考える。
今できる最善を即座に導くためにできること...。
「志島、任せる。俺を含めてうまく使え。」
それを最善手と導いて。
「・・・時間を稼ぐ...にしても。倒す気でやろう。」
志島はほんの一瞬だけ考えて。
「六花!氷壁で龍を牽制!」
その言葉に六花は、大量の水を打ち出す。荒々しくも、大まかでも、その氷壁の一撃は、十二分すぎる程牽制になって、龍を空へと飛翔させることに成功する。
次の瞬間、龍が見たのは...恐らく龍から見ても非人道的な。
『型:大剣』
人間武器...浩也という大剣を両手で構える愛だった。
一見、凄くシュール且つギャグに思えるが、両足から腹にかけてまで金剛化しているのなら...最高位の金属を使った武装なら、どんな武器よりも強い。
・・・まぁ少なくとも、冷凍イカよりはよっぽど現実的かつ恐ろしい狂気で凶器だった。
その武器を、愛はその場で構え振り上げる。
龍が人だったのなら、恐らく完全に大量の疑問符を浮かべたことだろう。
当たらない攻撃に、意味はない。
それが意味するとことは、つまり...。
「ドッ――――セェェェェェエェェェェェイッ!!!!」
大きく振りかぶって振り抜かれた大剣は、その手のコントロールできる範疇を越えて。
要約すれば...ぶん投げた。
怪力×鋼鉄の計算式なんて、考えたくも無ければ言うまでもない。
浩也の体重は65㎏。上に放り投げたとは言っても、校舎を揺らすほどの超威力の怪力で、併せてホブゴブリンを地面に埋める以上の怪力で65㎏を投げればどうなるか。
その硬さは超硬質。言うまでもない。災害に等しいのだ。
しかも...大剣。大剣は、ファフニールにとっては...最悪すぎる程の邪龍特攻だった。
一歩...空中にいるため厳密には一翼...?分くらい後ろに身体を反らしたことでその投擲を避ける。
龍の胴体で身体を反らしたのであれば、想定以上の動きになる。
例えファフニールだからといってその動きを最速で行ったとて、一瞬視線は外れる。
宙へと駆け上る大剣を、見逃してしまう。いや、意図的に視なくなる。
それもそうだ。外れた一撃に、空へと昇る一撃に...天井知らずの世界の空へと走る一撃を気にする必要なんてない。
対空攻撃手段のある、地のみを気にしていればいい。外れた一撃に価値はないのだから。
だから、忘れてしまっていた。何者より恐れるべきは地にいたと...思い込みすぎていた。
龍ゆえに知らなかったのか、知らず知らずにその思考を誤りへと導かせたのか。
古い言葉に「将を射んとする者はまず馬を射よ」という言葉がある。
この場合、馬は誰になるのだろうか...将とは誰になるのか...。
それを考えるのなら、将とは優れたものを表すのかもしれない。
だとするのなら、それは暁人か篝になるのだろう。
だが、もし、その優れたものというのが...味方の力を「最大限引き出すこと」に優れているものだとするのなら。
それは志島か...もしくは...。
留目の背に乗り、バフを撒く雨月かのどちらかだろう。
雨月は空中で、浩也を弾くことで浩也に攻撃手段と、一瞬の対空時間を作り出す。
その瞬間、全バフを浩也に注ぎ込みながら、自身はそのまま真下に降下する。
留目は雨月と別方向に同時に降下。そして、二人の一撃は...ファフニールの両翼を穿つ。
龍の再生能力ならば、確かにその程度の一撃で命を断つ程ではない。
だが、そんなことは百も承知しているのがこの二人。だからこそ、この一撃を放ったといっても過言ではない。
その一瞬で、再生が追い付かないのであれば...むしろ、再生にその魔力リソースを割くのなら。
まぎれもなく、そこに。その刹那に。
留まった動きが表れる。
それは同時に、勝機を表す一瞬となりえる。
自身に作られた一瞬という時間。その意味と、狙うべき場所を浩也は正確に捉える。
(先の俺を投げた一撃も、なんなら...六花の一撃も避けたかったのは、頭部か胸部...心臓か脳みそのどちらかだろう。ってーことはありったけで狙うべきは...!)
堕ちゆく龍に自身の力のありったけを。
『型:大槌!!!』
その腕に載せるはその戦いに積み上げられた数多もの切り札たち。
雨月の強化。六花の氷壁。愛の怪力。留目の妨害。浩也の型。それらを志島の策謀という糸で繋ぎ、結ばれた一撃。
それを両腕に載せて、叩きつける。
インパクトの直前に遠心力を加えたスレッジハンマーをファフニールの頭部に...文字通り叩き込む。
その威力は...今まで相手にしてきた怪物たちを確実に粉砕するほどの、最高クラスの一撃であったことは間違いない。
あの邪龍ですら、今まで受けたダメージよりもはるかに大きなダメージだったことは間違いない。
人間で言う頭蓋は、邪龍にもある。当然それは砕けただろう。脳天を大きく揺らしただろう。
反動として、今。浩也の両手を砕きかねないほどの衝撃に浩也は確実すぎる程の手ごたえを感じていた。
・・・だが、それと同時に。浩也の冷静な本能は。直感的に言の葉を導き出す。
「避けろっ!!!!!!!!」
ぐらりと大きく揺らぎ倒れ伏すかのように思われた邪龍の頭は確かに一度、下を向いた。
だが...その頭部はもうすでに炎を吐く寸前。その矛先は...龍自身にとっての最悪の切り札の方向。先ほどまで暁人と志島、篝がいた場所に向かっていた。
篝は逆側に離れていた。だが、志島は...暁人はまだそこにいる。そこに立っている。
邪龍にとっての最大の幸運は恐らく、炎を吐くために頭部に魔力を集中させていたことだ。それ故に本来よりもかなり威力は軽減され、受けたダメージもすぐに回復したことだろう。
放たれる炎撃。そこに立っていた二人は確かに...巻き込まれ。
光の粒子と共に消える。
勝機が消えたこと、友人が消えたこと、それらすべてが全員に重くのしかかる。
殺意の感情、失意の感情、呆然とそれらが各々の胸に訪れる。
邪龍が感じた恐怖以外に感情があるのなら、今の感情は安堵だろうか。歓喜だろうか。
誰もが思い思いに、この後の手を考えようと少ししたとき...ゆっくりと...もう一度。底知れぬ圧がその場に満ちる。
「待たせたな。」
ただ一言。希望という名の切り札を持つ男が、そこにいる。
邪龍は、その気配に振り向く。今までとは遥かに違った、慌てた様子で。
そこには...。
「暁人...!瞬も...!」
六花が言った通り、篝のそばには暁人が、その少し後ろに志島が。その腕の中にはブリュンヒルデがいた。
邪龍にとって最大の不運は、あの瞬間。一瞬でも暁人たちから意識を離し、魔力を探知していなかったことだ。
この空間は魔力で満ちているのだからそれぐらい容易だったはずなのに、眼に届く範囲にいたから、他のやつらの襲撃を警戒に値しないとしたから、全てを炎撃に割り振ったから。幾らでも理由はあるが結果として、志島と篝の合わせ技によって作られた影分身を壊すだけになった。
正確に言うのなら、見た目は志島のマネキンに、暁人そっくりの影を乗せて本物を隠すという技。
はっきり言って、完成するまでは暁人は魔力を練っているだけ。だが、十二分すぎる程の魔力を持っていたのに、それでもその警戒を失わさせるほどの威力の策に、これまでの時間稼ぎ。
それらのせいで、邪龍はまんまと切り札を作り出す時間を暁人に与えてしまった。
ゆっくりと、暁人は笑う。
その右手に握られるは槍。灼熱を纏い、その空間にあまりの熱量故の陽炎を呼び起こすほどの槍。
その威力故に自身の肉体すら焦がす。
だが、暁人はこの一撃を放つために...どれほどの血が、痛みが、苦悩が流れたかを知っているから。
今はもう、熱がったりはしない。
その槍を、眼にしたブリュンヒルデは...この槍がそれほどの神秘を秘めているとも、奇跡を秘めているとも思わなかった。
ただただ、化け物じみた熱量を誇った...それこそ、最強クラスの。
そう、最強...クラスの。
「・・・そ...れは...!?」
振り絞るように、声を漏らす。絞り出せなくても...声にならなかったとしても、言葉を紡がざるを得ない。
だって...それは...。
その立ち姿に...記憶が揺らぐ。
「もういいのか、暁人。」
篝が問いかける。
「あぁ...これで完成だ。だが、志島。俺のこの一撃が外れることはありえない。だから、これで終わる。もう...いいか?」
「十二分だ。もう...もう。めいいっぱいの思いは伝えた。後は...俺が。俺が強くなるだけだ。」
志島はゆっくり口を締め思う。
(これはお前には言わないけど、越えるべき相手を間違えていたから。お前じゃなくて、俺が本当に超えるべきは...今の弱いままの自分だった。それは、精神だけじゃない。全て、強くなって。強くして。)
「俺が...その先で待っててやるんだ。だから...大丈夫だ。」
その言葉にゆっくりと頷く。
その間、邪龍は何を思っただろうか。
逃げる?戦う?いろんな選択肢が浮かぶのか、それは邪龍自身にしかわからない。
だが、そこにある槍だけは。紛れもなく...多分、今回第一層で闘ったすべての敵が自身の死を確実に直感するもので。
必然として、自身の肉体を即座に再生。それと同時に、飛翔。広がったその世界を、急いで...はるか遠くまで...!
今までのどの動作よりも、何よりも速く、邪龍は動き出す!
「・・・さぁ、幕引きだ。邪龍ファフニール。てめえがいるから、眠れねえ奴がいるんだ。だから...もう、そんな悪夢は太陽と共に消えちまいな。」
その言葉を贈ると同時に、投擲の形を作る。
溜めに溜め、はるか遠くの邪龍を撃ち抜かんとする。
そして。
「喰らえ...!」
『模倣神器 大地震わす主神の大槍!!!』
ありったけの魔力が練りこまれたその槍を、投擲する。
身体の勢い、捻り、バネ。それら全てを載せてその槍は飛ぶ。
その速度は、ただの投擲とは思えないほどの速度で、邪龍を追う。
次の瞬間、邪龍が消える。
邪龍が消えたのは、消滅か...あるいは。
その瞬間、もう一度...全員が一瞬、絶望する。
空間跳躍。無為な足掻きだったとしても、せずにはいられないと...言わんばかりに、邪龍は暁人たちの前に現れる。
暁人と邪龍が真っ向から、眼と眼があったときに...勝負は決着の目を見た。
かの神話は語る。その槍は、必中である...と。
それは、北欧最大の存在。数多の英知と数多の武勇をもって、北欧の主神と成った存在。
かの者を表す二つ名は多く存在する。片眼の英雄...万物の父...戦の狼...etc。それらすべてが、ただ一人...否。ただ一柱を表す言葉なのだ。
それほどの存在。それほどの者である。
北欧神話の主神...すなわち、オーディンである。
かのものは、北欧神話に於いて言えば最強とされることは少ない。大体、トールの方が強いだとか、ロキの方がすごいだとか。何なら、他の神話に比べて神の強さがしょぼいとか。わりと言われがちで在る。
確かに、北欧神話は神話体系の中でも終末論を取る珍しい形である。
それもあって、余計に神自身の強さそのものは、弱い印象を与えることが往々にしてある。
だがしかし、北欧神話は決して惰弱なものではない。
そんな生易しい神話ではない。
そもそも、北欧神話の主神...オーディンは。過去と未来を見通すとされているほどの人物であり、ルーン魔術を司るほどの男が、弱い筈がない。
確かに、最強とされるのは、雷に関する神...トールかもしれない。最凶は、ロキかもしれない。
だが、最高の神はオーディンであるだろう...と、少なくともかの時代にはそのように信仰されていたのだろう。
その最高神...オーディンの有名な神器。かの有名な「グングニール」である。
その一撃は、必殺でも必滅でもどちらでもない。
ただただ...必ず中るだけである。
その一撃は、確実に当たる。それは、闘いの開始に放たれ。確実に当たったとされている。
その能力。「必中」は、確かに当時の防具が今ほど進歩していなかった頃は...十二分に脅威たりえたことだろう。
その能力を...「必中」を暁人は。
自身の形で再現する。
灼装...その中でも...模倣神器という特殊なクラスに分類したその一撃は、基本的に何かの再現で成り立つ。
暁人の再現する必中の形は...「膨張」であった。
それだけ聞くと、訳が分からない...が、実際の手順は簡単である。
まず、其の一。魔力を込めた神器「グングニール」を投擲する。
そして、其の二。そのまま投擲された槍は、対象にめがけて飛んで行く。
そのまま当たればそれでよし。だが当たらなかった場合や、今回のように空間転移で逃げた場合。
其の三。目視できる範囲であれば、その空間でそのままその場で展開。と、同時に。瞬間的に膨張し狙うべき対象へと放出される。
逆に、目視できない位置に移動した場合。その人物の背後に召喚され、そしてそれと同時にその空間で展開。放出される。
そう言う形で、必中を成り立たせているのだが...この能力を防ぐ手立てがいくつかある。
暁人が放つこの必中の一撃を防ぐためには、その攻撃を真っ向から受けて防ぎきるか、もう一つ。
必中の対象に選出させないことである。
暁人の必中は自身の魔力領域内にいる人物の指定をするか、射線を魔力で通すことで、糸を手繰るように槍を導くことである。
今回の場合、見える範囲にいたがためその糸は断ち切られず...そのままに槍は。
ファフニールへと...突き刺さる。
いや、それは…突き刺さるという表現では生易しすぎる。
それではまるで、展開された場所から新たに槍が飛んできたかのようである。
そうではない。その程度ではない。
その場で、確実に、ファフニールを貫くように放たれる一撃は。
音速や光速などの速度の概念を超越していた。
人間が知覚可能なレベルはコンマ1秒だろうか?それとももっと速くコンマ01秒だろうか?
どれほど下限があろうとも、どこかしらでその実数は0から1へと切り替わる。
だが、それらの下限の遥か下。限りなく0に近く、もはや0といっても差し支えないその刹那にも満たぬ「1」に切り替わるその瞬間に。
極めて機械的に放たれるその一刺しは。
全ての警戒や、全ての回避への努力を嘲笑うように。
その心臓を貫き通した。
目まぐるしく変わる戦況に。誰もが言葉を失う。
その中で、主神の槍を知るもの。それを放ったもの。この二人だけは、違った。
暁人は自身のあまりの魔力消費に眩みながらも、言葉を結ぶ。
「見たか。本物には及ばない、ただの。ただの人間が背伸びして足掻いた…神に至る一撃を。」
「ええ...もう...貰いすぎる程の祝福を私はこの手に受けきった。だから...だからっ...」
その先に続く言葉は、まだ一緒に生きたいだろうか。それとも、もう大丈夫だろうか。
どちらにしても変わらない。その中に篭った本質の意味に変わりはない。
「奇跡を望むしかない。」それ以上のものは...どこにもないのだから。
暁人の一撃に、崩れ落ちていた邪龍が光の泡沫と共にゆっくりと...ゆっくりと崩れていく。
それに呼応するように、ブリュンヒルデとの別れは訪れる。
望まなくても、訪れる。
ゆっくりと...消えながら、ブリュンヒルデは右手を伸ばす。
そのまま優しく、志島の頬に触れて...ほんの少し、ほんの少しだけ撫でると。
ただ一言。
「bless you...あなたに、私に幸あれ。」
小さな言の葉を遺して虚空へ、天へ。光となって消えていった。
その言葉に、志島は。涙を少し...零さざるを得なかった。
「ったく...こっちの、セリフだっての...!」
届かぬ相手へ祈るように。優しく声は手向けられた。
その別れをすぐそばで見守っていた篝は、暁人に問う。
「暁人は、言いたいこととかなかったのか?」
「ねえわけねえだろ。だがよ...。」
言葉を続けない。続かない。
篝だけが知っている、別れも。伝えたかったことも。
小さく笑みを浮かべると。
「だよな。」
とただ肯定だけを返して。
そうして漸く、第一層での戦いに幕が下りたのだった。
やったぁぁぁぁぁぁああああ!!!!
これで漸く第一層が終わるうううううううううううう!!!!!
はい。というわけで湿っぽさと長々しい文字列をぶっ壊していきます。
どうも、作者の銀之丞です。
こっから、物語を少しずつ短縮して書いていきます(n回目)
まぁそれはさておき。
さすがにこの回長いんで、今週は一本だけにしておきますね。
来週は、第一層の章の締めの回とひっさびさの幕間にしようと思います。
長かったね。知ってるか?こいつ、第二章が終わるまでに一年かかってんだぜ?
アニメなら終わってるよね。バカかな。
と内心思ってます。
というわけでいつもの挨拶をば。
いつも読んでくださっている皆様!誠にありがとうございます!
新作書きたいけど、そんなことしたらこれ終わんない...。




