第61話 |訣別《heavy》
彼らが一様に目にしたもの、それは...膝をついたブリュンヒルデが背中から切り裂かれたその瞬間だった。
大量の出血と、小さな悲鳴...だがブリュンヒルデの肉体は消えることがない。それはまだ生きていることを指し示すが。
「クッ...ゥゥ...ァァア・・・。」
痛苦に悶え苦しむブリュンヒルデを眼にして、志島は動かない訳には行かなかった。
乗っていた留目の背中から飛び降りようとする志島を制止しようとする二人。
「おい志島!?あぶねえぞ!?」
「乗ってろって!もう少し様子見しねえと!?」
その言葉と制止を振り切って志島は飛び出す。
...ただ、当然かなりの高さ。勢いあまって飛んだゆえに着地のことも...邪龍のことも完全に忘れていた。
実際、着地は最悪何とかできるかもしれない。だが、邪龍の炎撃は情け容赦なく。
志島を狙った炎が放たれて。そこへと留目が飛び込む間もなく。
直撃する。灰も残らない。見ていたものはそう確信するその瞬間。
それを覆す黒が、伸びていた。
『影喰』
立体的に、生物の頭部の形状を模して伸びた影が志島を喰らう。
その瞬間にその頭部に近づいた炎が、影の伸びる方向を強制的にずらす...が。
一瞬だけ食う方が速く、繋がった影が、立体的に作られた空間が滑り台のように志島を篝の位置へと誘った。
「ふぃー...危ない危ない。もっと慎重に動けよい。」
飄々として見せる篝だが、眉根が寄っている。その様子を見る限り、焦りや苛立ちのようなものを感じているのだろう。
その篝に対して志島は少し焦ったように、抗議をする。
「ブリュンヒルデを助けないと!!」
「・・・わーってるよ。こっちも聞きてえことはたくさんあるからな。」
既に手をうっている...と、もう一本。篝から伸びた影はブリュンヒルデを呑んでいたようですぐそばにまでブリュンヒルデを連れてくる。
篝と暁人は並び立ちながらも一歩篝が前に出ることで、そのヘイトを買って出ているようにも見える。
加えて暁人も志島とブリュンヒルデを庇うように一歩龍側にいるため、何とか二人に時間を作る形である。
「・・・わりい。二人とも。しばらく」
「さっさと済ませな。それまでは時間稼ぎだ。」
「・・・あぁ。できる限り早めに済ませる。」
何のことかをあえて暁人は省く。
それを口にすることは、とても無粋なことだから。
二人はそのまま、雨月と留目に合流する。
四人で雑に役回りを定めながら、攻撃を捌き、時間を稼ごうとし始める。
その間に、志島はブリュンヒルデと話を始める。
「・・・なぁ、先に確認してもいいか?」
「・・・何...かしら...?」
息も絶え絶えに、傷の量は確実に致命傷でありながらもまだ、なんとか...と言った様子で声を出す。
「君は...君はそもそも、どうやってあの邪龍を召喚したんだ?」
「どうやってって...あぁ、そうね...少しだけ...語りましょうか。」
私たちの異能は軍に関する物。自身の力によって打ち倒した敵...及び生命体を自身の軍門に下らせる。つまり、自分の部下にすることもできるわ。
それは逆に言えば自身より弱い存在を連れてくることは出来ないとも言えるわけね。
戦乙女達は少し特殊で、私が長姉であるがゆえに、妹たちを呼び出すことができるわけよ。だから本来私よりも格上のはずの、女神のスクルドも呼び出せた...って言っても、本来の力の三割程度だろうし、本人の権能も一切使えなかったとは思うけどね。
自分より弱くしか呼び出せなかったのは...私の不徳ね。まぁ、そういう能力なわけ。だけど...邪龍ファフニールは私より弱くはない。だから気になっていたのでしょう?
その言葉に志島はゆっくりと頷くと、小さく微笑みを浮かべながら答える。
わかるわよ...ほぼほぼ私だからね。邪龍の召喚方法は超間接的な討伐証明よ。
意味が分からないって顔ね。それもそうよね。
暁人...だったわよね。彼は多分気付いていたと思うわ。私の配下であるシグルド・ジークフリートのような龍殺し達がいるでしょ?彼らが倒してくれた...どちらかといえばジークフリートが倒してくれた邪龍、ファフニールを倒したって功績があると思うんだけど、その功績を拡大解釈することで私の功績でもあるというような形で運用しているってことよ。
ただし...えぇ。ただし。彼らが死んでしまったが故に...その功績という名の手綱が消えてしまったのよ。
それで暴走状態ってことが伝わったかしら?
その言葉に志島は質問を返す。その質問にブリュンヒルデは話す。
あぁ...それでもあの強さは異常って話よね。その話なら大した存在を呼べないはずだし、私以上になることはない...って事よね。えぇ、その通りよ。
だから...だから、あの邪龍は...。
私自身の命とリンクしているのよ。
その言葉は、今この場で。本来死するほどの傷を負いながら、出血をし続けながらも命を永らえているブリュンヒルデの存在と、ブリュンヒルデ以上の実力にならないはずのファフニールがその原初と幻想の力を振るえている理由を十分すぎる程に、伝えていた。
志島はその言葉を聞いて、一つ問いかける。
「君を...もし君をここで殺したのなら、ファフニールは死ぬのかな?」
「・・・いいえ。逆ね。今、命の主導権はファフニールにある。彼が死んだのなら...私も死ぬことになるのだわ。」
「...そっか。」
それ以上に返す言葉もなく、言うべき言葉もなく...何を言おうか、迷う志島。
いつしか、邪龍の方に立ち向かっている人数も増えている。気づかぬうちに増援も来ていたようだ。
「・・・行きなさい。そして邪龍を倒しなさい。」
「...そしたら、そしたら。君は...。」
「えぇ...消滅するでしょうね。間違いなく...奇跡でもなければ...もう二度と会うことは、ないわ。」
暁人が、対応圏内と語りながらも、倒しきる策を動かさず、時間稼ぎにとどめたのは。それらが理由だった。
奇跡を望み、夢で逢えたら...なんて望んでも会えることすら十分すぎる程の奇跡のこの非情な世界で。
願うことも祈ることも価値に変わるこの幻想の世界で別れてしまったのなら、一体何なら。どうすれば、もう一度巡り合えるというのだろうか。
それ故に...。
迷い、惑い、逡巡し、それでもなお、選べない。
その状況下で、突如として世界の様相が変わる。
志島の夢で見た...あの...。
一面に広がる荒野。果て無く広がる空間。それらは彼の、大英雄たちが生きた世界。幻想の龍が存在した世界。
邪龍は世界を広げるまでに至っていた。それは、この戦いにおける邪龍の絶対性を示し得て。
「早く...行きなさい。今なら...総力を合わせればなんとかできるはずよ。」
あぁ、わかってる。死力を尽くしていま全員を束ねれば。多分...勝てる。
でも...。
「・・・でも...選べるわけがないだろ...!今まで一緒に生きてきた半身を切り捨てて!今この絶望に立ち向かったって!これから先の一生を悔いなく生きれるだなんて言いきれるわけねえんだよ!!」
それは、どんな言葉よりも正直だった。功利主義からすれば、未来志向からすれば。簡単に決断できることだろう。
間違いなく...最後にはその選択肢しか残らない。
だが、一切ためらいなく。大切なものを天秤にかけられて、迷わずそのままに選べるのなら、それは多分。最初っからその覚悟か順序を決めている人間か、人でないかだ。
基本的に人は本当に大切なものを失うことを一切考えていない。それが他人か、はたまた自身の命か。
友情か、富か、名声か。どれでもいい。それを失うことを覚悟しているものは...いない。
特に、失ったことにすら無自覚な半身を、今度は自覚して手放すことが...どれほど恐ろしいかなんて、言うまでもない。
切り離された苦しみを知って、共感して、それでもなおもう一度切り離す。
志島は漸く理解する。戦いとは、非情なもので...闘いとは常に理不尽なものなんだと。
次の瞬間、二人の視覚外から流れ弾の如く、超威力の炎が飛んでくる。
それは確実に二人を狙ったもの。だが...避ける余裕など、一切なく。
志島は眼を背けながらも、ブリュンヒルデを庇う。
直撃する...と、二人は思った。
だが、それを許さない英雄の種がここに一人。
『灼装 火鼠の皮衣』
それは、幻獣の...火を纏うとされる生物の皮衣。
その皮衣は燃えているが故に燃えず。その体術は流すが故に当たらず。
超絶技巧と天下一品の宝をもって、二人を防ぐ。
直後、龍は二人の前に訪れる。
だが、それは飛んだわけでも、歩を進めた訳でもなく。
跳んだのだ。だが、軽い跳躍ではない。
空間の跳躍である。
勢いそのままに、振り下ろされる爪をいつの間にやら現れていた援軍の、浩也が前に飛び出して防ぐ。
『型;盾』
浩也の「極点 金剛魔手」は、的確に右の手のみを強化した技だった。その硬度は確かに最大硬度ではあるのだが、実際使いにくい。というのも、手の固め方によって張り手しかできない...とか、ザラだったりその手で手刀をするとただの鈍器アタックだったり。
やりにくいことがこの上なかったのだ。だから、浩也は裏でやっていた対人戦の中である種の運用方法を思いついていた。
それは、蒼衣と同じ方法。どっちが先なのかは暁人は知らないが、あらかじめの運用に則ってその型を、その瞬間に発動させるというただシンプルなもの。
シンプルだからこそ、厄介。
複雑化された世界は、ほんの少しのイレギュラーで壊れてしまいやすい。シンプルだから壊れにくいというわけではない...が、様々な用途に使えるというだけの話だ。
チェーンソーは木を切ったり...まぁ、物を切るとき程度にしか使えない。やろうと思えば鑢としても使えるけども。
だが、斧であればやろうと思えば殴れる。切れる...まぁこんぐらいしか用途が出てこないが、物によっては髭剃りにもなるし、木を伐採するにもよし。投げて...よくはないがまぁ投げることもできる。
と、このように様々な汎用が存在する...まぁ要は、シンプルに多少の効率の悪さこそあれど汎用の幅が広い。
その中でもさらに、浩也の型は戦闘向けの特化される。簡易的な分類を、用途と部位で分けている。
「型;盾」は腕と足を適度な割合で強化し、踏ん張りと防御に能力値を割り振ったことで、自身を盾として機能させる技である。
その盾...というより武装シリーズは芽衣ですら、ルール無用でやりあったとすると負けると感じる程のものである。
芽衣が勝てた理由としては、相撲の決まり手で言うところの押し出しに近いものだが...ガチ実戦形式だったのなら、対人戦最強格の一角ではある。
それほどの男が、真っ向から...全力で防御をしたのだ。
・・・だが。
「ちっ...。」
それほどの盾を...難なく割く幻想の爪。砕けた様子もなく、滑らかにスルリと傷を入れ出血させる。
割れるような出血は、何度もあった。それは芸術家との戦いでもあったのだ。
だが...まるで太刀傷を負ったかのような傷を、金剛の上から入れられるのは初めてだったのだ。
よく見れば、浩也の上からはかなり血が垂れている。
「・・・浩也、腕が...。」
「なくなっちゃいねえ。使いにくいのと、いてえだけだ。」
志島の心配を大丈夫だ...というように浩也が冗談で返すが、その表情は依然険しい。
暁人はゆっくりと敵に対し、飛び道具で対応し少し思考しながら志島のすぐ側で待機する。
篝は影刃や影喰という飛び道具。留目は雨月を背に乗せ、雨月は上からバフを振りまき続ける。
追加で愛・六花が、各方面から近づく算段を整えていたり、五行による攻撃を試みたりしている。
そこに聖の姿はないのは恐らく相応に深手を負っているからなのだろう。
少しだけ...押されている雰囲気のこの中で...氷のような冷静さを持つ者たちがいた。
一人は...。
「・・・あれは...空間系の技か。」
それは、腕を割かれ続けた男。浩也だった。確かに、痛みはあった。だから冷静であったのもあるのかもしれない。
だが...決してそれだけではない。
元々の本人の気質をして冷静沈着。むしろピンチにこそ、彼の気質は熱くなったり、あらぬ方向へと走っていくことの方があるのだ。
受けたダメージと受けた位置、その時の魔力強度。それらから総合して冷静的に相手の能力を見定めていた。
加えて、ここにもう一人。
篝という男がいる。
この男はよく言えば落ち着いていて貫禄がある...が悪く言えばおっさんくさい。それゆえの冷静さ。
冷静に...次に何が起こるかを予測し続けてる。
だからこそ、暁人と浩也の割り込みが間に合う。
やっていることは聖と同じではあるが、その根幹たる部分が異能ではなく地で行くのだから...やはり怪物。
それほどの面々の総力をもってしても、まだ...届かない。
その現状を...何も言わずに庇った面々を見て...ようやく理解する。
理解して...手に取るべきを、心から理解する。
「・・・ブリュンヒルデ。俺は多分、これから先、一生後悔すると思う。」
ゆっくりと、ブリュンヒルデを横たわらせながら、口を開く。
もうブリュンヒルデは一言も発しない。命はあるが...何も応えない。
「もしあの時強くあればって、後悔すると思う。でも、異能が弱かったからって後悔はしない。まして仲間に恵まれなかったらとも後悔はしない。」
自身の弱さへの後悔。一生の悔いは...これから先に強くなるという楔として心に強く撃ち込まれる。
「だから...約束だ。もし、もう一度。もう一度があったなら、俺は君に勝つ。俺だけで勝つ。何を使われたとしても勝つ。自分の軍団で勝つ。そして君を配下に加える。」
だから...今だけは...。
「今だけは...ここでその夢を待っててくれ。」
その言葉を最後に、彼女への最期に...残す。
遺された思いは...もう十二分すぎるほど受け取ったから。
志島は、暁人に近づいて口を開く。
「・・・わりい。待たせすぎた。」
「ん...訣別は済んだかよ。」
「正直気持ちではまだだ。ってか一生ねえ。」
それでも、戦うしかねえだろ。
てめえらと...俺は俺の夢を掴み取る。
暁人の隣に立ち、図らずしも願った通りに横に立つ。
「じゃあ、始めるぜ。」
暁人はゆっくりと小さな花火を打ち上げる。
それを合図と定めていたのだろう。
暁人は笑って、ブリュンヒルデに言う。
「見てろ。てめえへの別れの餞に。お前らへのとっておきの切り札を見せてやる。」
その言葉を皮切りに、邪龍との戦いは一変する。
それが、この第一層での最後の作戦の始まりだった...。
結構早いだろ?頑張ったもん。
というわけでどうも皆さんこんにちは。作者の銀之丞です。
最近めっきり寒いですね。近所とはいえ半袖半ズボンの部屋着で出るのはやめた方がよさそうな時期です。
にしても一つの章が括られるまでに...半年以上っていっつも進捗の話してますね。裏話は、幕間でしたいんだもん。悲しいね。
そう言えばページ単位でどれぐらい書いてたのか見てみたんすよ。そしたらね、この回含めずに36.5万文字...つまり400文字で2ページだから...。
そうして作者は考えるのをやめた。ってなりました。書きすぎなのかもしれぬ。
というわけでいつもの挨拶をば。
いつも読んでくださっている皆様!誠にありがとうございます!




