第7話 |手暁《しゅぎょう》
こと戦闘に関して言えば、ジジイは怪物であった。そもそもの話、この世界を構築しているのはヒュプノスに他ならないわけだし、たとえ目の前にいるのが死にかけのおいぼれクソジジイの分身体程度であったとしてもスペックや経験値でははるか高みに位置しているのは確かだろう。
そんな怪物に挑むのは、例え遍く全ての才能に溢れ出んばかりの暁人だったとしても。無限に成長を続ける未完成の男だったとしても、戦いの経験値からして、相当無理に等しい。そんなことは暁人にもわかっていた。だからこそ、自分がもし勝てるなら、勝つための方策があるのなら。それは、自分自身の才能の塊、すなわち『灼装』以外に打つ手がないと考えていた。
(分身体が全く同じだけの出力で夢の世界を回す力があるわけない。それは単純な話、普通一つのものを切り分けるのが分身なのだから。うちのクラスメイト20人分に等分して、仮に戦闘向きとか、すでに開花しているからなんて事情を入れたって20分の2,5前後、ここいらが最大値だろうよ。ってことは、俺が勝つためにはこの力を、果てがないとされる力を覚醒させるしか方法がないっつー話とほぼ同義ってわけになる...んだよな?)
この男は、逃げるということを一切考えていなかった。それは確かに苛立ちという感情の助けや、たかだか喧嘩程度で命を奪われる恐れはないという慢心があったからだろうか?もしくは修行だから逃げることができないという諦めがあったからなのだろうか?
実際のところは全く違う。この男は、現実世界の命が保証されているとはいえ、夢の世界で確かに「痛み」をうけてはいた。なんなら夢の世界で殺されかけてすらいたのだから、そんなことないわけがない。苛立ちがなかったかといえば確かに嘘だ。だが、一番の理由は怒り、ではなく。
己が心の中での、異能との約束のためである。かの異能は、彼にこう告げた。
「信じてみろよ。てめえの才能ってやつをさ。」
信じるとは、そのすべてに命を預けることに他ならない。暁人はそう考えた。だから。だから、挑むのである。たとえ相手が、格において遥か彼方の神だったとしたって。
・・・見た目は神様とは程遠いが。
「オラぁ!」
ジジイから繰り出されるのはすさまじい速度の「武」。恐らくは幾多もの戦いを越えてきたのだろうことを言葉で語らず、その右の拳骨で雄弁に語らんと、真正面から暁人を打たんとする、そんな怪物の武を相手に、暁人は
「フンッ!!!」
右手を外側に払い、拳骨の軌道を曲げることで自身の肉体を守った。この戦い方は、このスタイルは、誰かから習ったものではない。このじじいとの極限の戦いとセンスのみで導いたものだった。
(よし、なんとか一撃防げた...だけど、まだだ。こっからだ。気張れ!俺!)
「まだまだぁ!」
前のめりになった身体を引きながらジジイは左の拳で暁人の顎へ一撃ぶち込まんと振り抜く。
「っぶねえ!」
ドンピシャで顎を狙ってきていたジジイの左拳を後ろに身体を反らすことで躱した...だけではなかった。
「!?」
急激に上を向いた視線と口のあたりに感じた鈍い衝撃にヒュプノスは驚いた。暁人は身体を後ろに反らしたのではなかった。正確に言うなら、背中から倒れこみ攻撃を避け、加えてその勢いのままムーンサルト...には一歩及ばないが空中に浮いた状態で右足を跳ね上げ、顎を蹴り上げた。
・・・その代わりに背中から地面に落ちて情けない声が出てしまったが。
(うえぇ。背中から落ちるんだったな。立て直し考えないと...それはそれと結構威力出るようにしてたはずだけどな。俺の感覚が正しければ。)
暁人はこの攻防の中で魔力を操る感覚はつかみ始めていた。元々の飲み込みも無茶苦茶速い暁人が極限状態に立たされれば、急成長を遂げても全くおかしな話ではない。顕現のコツに関して言えばまだつかみきれてはいないのが難点だが。
「ふむぅ。なかなかやるじゃねえか。クソガキの割にはよ。」
「はっ。舐めてるからだクソジジイ。そろそろこっちから攻めて、てめえの骨の何本かはもらわねえと気が済まねえからな!」
「ほざけ...だがまぁ、なんだ。防ぐことは一級品にはなってきたじゃねえか。攻撃にしても、躊躇がなくなってきたことだし、わるくはねえな。」
「あぁ?躊躇?てめえに胸骨にひび入れられてから、そんなものはなくなったぜ!」
「あー...そりゃ済まなかったな」
「謝らなくていいぜ?てめえの骨もおるからよ。」
「全く血の気が多いのう」
「やかましいわ!」
よく考えてみれば戦いの中で、半分くらい本能とはいえ、頭を使いながら戦っていた。ならそろそろ冷静になっているだろう。そう思っていたジジイは、全く持って冷静になってない暁人を見て心から疲れた様子を見せた。
それに対して、暁人は反応的にはキレてはいるものの、そこまでヒートアップしていた訳ではなかった。ぶっちゃけ噛みつかなくてもよかったのだが、戦いの経験値が低いことを自身でも自覚していた為、此処で戦うことこそ自身の進化、及び鍛錬だと本能で感じ取っていたのだろう。
それ故に
「ぶちのめす!」
所謂、まっすぐ行ってぶっ飛ばす、と言うが如く。暁人は全速力で突撃をし、フルパワーで右手を固めて、体の捻りを使って右腕を振り抜く。端的に、ぶん殴る。理論も武もなく、ただただ暴力に任せた。その攻撃をジジイは右手の掌で振り抜いてくる腕を流しながら、裏拳を持って暁人の顔面を打った。
「ってえ!」
「甘い!」
加えて、暁人の腹部一撃喰らわせんと左の拳を腹部に打ち込みにかかる。
(やべえ!喰らう!)
一撃を覚悟した暁人は腹部に全力の魔力を集める…イメージをし加えて思いっきり腹筋に力を入れる。
想定以下のインパクトだったために、即座に防御体勢を取ることが出来たが、それ故にジジイの次の攻撃への連携は早かった。
右の掌打を暁人の防御の上からぶち込みにさらにそこから左手での掴み、暁人の防御の腕を崩し腹に右足で蹴り上げを入れ、少し浮いた瞬間に左手を離し、左足を軸に、右足で後ろ回し蹴りを暁人に打ち込んだ。
もろに右足での蹴り上げを腹に受け、一瞬息が詰まった暁人ではあったが、最後の後ろ回し蹴りだけは、かろうじて右手を主として防御の形で受けることが出来たためなんとか命は保てた。
逆にいえば、防御の形を取ることが出来なかったらその命すら後ろ回し蹴りに刈り取られていただろう。
だが、右腕にヒビが入ったのは確実だった。
(ってえな!クソが!)
この男、すさまじいことに本気でキレかけてた。人は普通、骨にひびを入れられたら戦意が萎えるだろう。身体に訴えかける痛みはその次元であるはずなのだ。だがしかし、この男は怒り、ただひたすらに攻め手のことのみを考えていた。ただ単純に、相手の顔面をどう殴るか。どう一撃を決めるか。この一つに専心させたその心の動きは、戦闘の才能なのか、負けず嫌いゆえの精神力なのか。果たしてどちらなのかはわからない。
だが、それでも。そこまでして勝ちたいと思い、越えることのみへの勝利への才能は、夢の支配者たるヒュプノスをして戦慄させた。
(・・・ここまで強い精神力を誇るとは...想定外だが...それ以上に)
ヒュプノスはむしろ危惧した。この怒りが尽きてしまえば、燃え尽きたようになってしまわないかと。
ここで勝てたとしてあまりに成長したその力では、また退屈を呼び起こしてしまわないかと。
そして、なにより。冷静さを欠いた戦いが何よりも危険だということを教えられないのではないかということを。
そんな危惧をされていることには到底気づかない暁人は右腕を痛みごと振り払うように片腕を一、二度振り、握ったり開いたりしている。どうやら魔力で治した様子であった。感覚や直感といった野生じみた方法で魔力を操る技術を、文字通り体得してみせたのだ。すさまじく怪物じみた才能である。
(次はジャブの乱打を打ち込み...ってジャブってどう打つんだ?)
ヒュプノスは一つ見誤っていた。暁人は別に本気でキレているわけではない。いや本気でキレてはいるのだけれども。それは冷静さを欠いた怒り方ではないのだ。この男は、無自覚にではあるが、モチベーションの為に。あくまで戦う理由のために。怒りを用いてるだけに過ぎないのだ。言ってしまえば表面上のみの演技である。実際ヒュプノスを騙しているのだから凄まじいが。
しかし見誤っているヒュプノスは気付いていない。それ故に、次の手を格闘から変えた。
「しょうがねえ。こいつを見せてやらあ」
「…あ?」
『夢描 夢想の盾』
柏手をぽんっと叩くと、名前とは違い、盾というより壁のようなものがヒュプノスの前に現れる。とは言っても、パッと見だとかだと何もなく見える。透過率…って表現であってるかはわからないけど、どこからか差し込む光がその空間を仕切る透明なような壁の存在を光の屈折を持って暁人に教えてくれた。
「壊せるか?若造?」
「上等だ。ぶっ飛ばしてやんよ」
暁人は真正面から突っ込んでいき壁を壊さんと突っ込んでいった...が、壁を壊す気など毛頭なく横っ飛びで壁をよけ、そしてその勢いのまま左足を軸とした右足の後ろ回し蹴りを打った。だがしかし、
カンッ!!!
「チッ」
乾いた金属音を立てて夢想の盾に防がれる。確かにかかとでの一撃だったはずだが完璧にスライドしてきた。自動追尾とかでもあるんだと思うんだが、それにしてもスライドのせいでフルパワーの技ですら無力化されるとはさすがに想定外であった。
よろけた際に少し後ろへ飛び、背中から落ち転がることで何とか体勢を立て直す。
「どうじゃ?これを容易にぶち抜けるものならやってみるとよい。」
そういう風に言ってはいるが相手も軽く息が上がっている。恐れく想定以上に魔力を食うのだろう。
(・・・っつーことは多分ただの体術じゃだめだな。魔力込みの蹴りをスライドでいなすってことは、体術とかでもそうは壊せない証拠なんだろうし...なら魔力を扱う感覚を理解し始めている今なら武装の2、3個程度なら何とか作れねえかな?)
「イメージ...次第...か」
「・・・?」
一言つぶやく暁人。その様子を見て何をしてくるか不安になるヒュプノス。
右手を身体から離し、魔力を右手に集める。そして、
(炎のイメージと武器のイメージを俺の手に!!!)
『灼装 自動拳銃』
ゴウッ!と右手から炎が噴き出したかのように見えたが、その炎は右手に収束しよく見る拳銃の形になっていた。
「ッシャア!できた」
そう喜ぶ暁人。このときに漸くヒュプノスは理解した。先ほどの怒りがあくまで形式上のようなものであったことを。実際はすこぶる冷静であったことを。
(・・・ふむ、まったく。この男は...こっちの想定を結構超えてきやがる。確かにこりゃあ楽しいなぁ。今になって気持ちわかるぜ)
「んじゃまぁ、喰らいな!」
構え方など知らない暁人は、無造作に拳銃を向け、とりあえずの撃ち方で撃った。反動のことは当然頭にあったが、まぁ、何とかなるやろ程度にも思っていた。一応魔力纏ってるし。
バゴンッッ!!!!
銃口が爆ぜた。いや、正確に言うなら爆ぜたように見えただけで銃口自体に変形は見られなかった。本来拳銃とは銃弾に内蔵されている火薬をハンマーで打つ、いわゆる撃鉄を起こすことでその衝撃で火薬が混ざり合いその時の化学反応で発生した空気が銃口の方向へ逃げていき、その時の勢いで弾を飛ばすといった仕組みなのである。
が、この拳銃にはそもそも弾など込められていない。いや、厳密にいうなら火薬の入った弾など存在しない。つまり、自前で爆発を起こさなければならない。そのため発射の際の爆炎を自前で用意しただけの話、ただそれだけなのだが。何分、初めて作ったため。内蔵した火薬の量が多すぎた。そんなわけで、本来は銃の内部だけで済むはずだった爆炎が、本来一度のところ、うっかり二度爆ぜさせてしまったのである。
ちなみにこの銃弾(拳銃もだが)、真っ赤に赤熱した鉄でできている。そのせいで回転を加えられ、貫通力の上がっている銃弾は少し脆い。まぁ、そこまでの長距離スナイプをしなければ変形することもないし、魔力の込め方次第では硬質化、及び形状記憶させたままということもできるが、そのような技量は彼にはまだない。
その結果、夢想の盾を相手に運よく直撃。が、割ることはかなわずすさまじい衝撃音を響かせて夢想の盾に張り付いた。そんな状況の中、暁人が最初に言い放った一言は
「いってえ!!!」
反動による痛みだった。魔力纏ってるし、痛みとかそんなもんないやろ、ハハッ、余裕。とかのんきに考えてたその思考ごと、右手は比喩的に、ぶっ飛んだ。
「ろくに構えんからだ、バカが!」
ごもっともであるが、正直一番ビビっていたのはヒュプノスである。さすがに普通の拳銃みたいなもんやろ、そんなんで夢想の盾割られてたまるか、ハハッ、ワロス。ぐらいに思っていた思考は、衝撃音と二段加速にかき消されていた。
「魔力を片手に収束させたことは褒めてやる、が身体全体に魔力を回して踏ん張らなければ反動がすさまじいことになるに決まっておろうが!」
確かにその通りではあるのだが、(以下略
「あと少しで割れそうなんだよなぁ...どうしたものか。」
「そう簡単に割られてたまるか」
「黙れ、ボケ老人」
なんじゃと、と抗議を始めるヒュプノスを無視して思考を始める暁人。
(ってことはイメージだが、普通に魔力で戦うときは魔力の威力は足し算だが、異能だと掛け算ってことで良いのかな?性能がどうなるとかは分からないから、計算式的には、魔力×異能の威力化効率=威力みたいなもんか。これマジで異能の威力上げる方法は魔力量に直結するのか?)
何か難しそうなことを言ってはいるが、この男の言ってることを例えるなら、電気をそのまま使うとそのままの電気エネルギーだけど、なんかの家電にぶっこむと同じエネルギー量でも効率的に使えるよね、なんなら家電の性能差もあるから、やっぱり高性能な家電にぶっこめばぶっこむほど、優秀だよね、いい家電ほしいなぁ。みたいなことである。最後の方はどうなんだ感あるが。
(ただ、魔力量だけだとさっきみたいな想定外の爆炎が起こるんだよなぁ...ってうん?)
「あ?」
「なんだよ、お前突然、あ?じゃねえよ怖えわ」
「独り言だって言ってんだろうるせえんだよクソジジイ」
いや、うるせえのお前じゃね?というセリフは華麗にスルー。これぞ会話のドッジボール。
(・・・想定外の爆炎が起こった理由はなんだ?どうして二回爆炎が起きたんだ?魔力の扱いに慣れてないからか?いや、練度は最初っからわかってることだろ?ならどうして?)
「何を悩んでいるんだかしらんが、そろそろこっちの我慢の限界じゃぞ!?かかってくるならさっさとせんか、小僧!」
「うるせえ!何の限界だか知んねえが、膀胱が限界でトイレが近いならそこらへんでしてやがれ!そんぐらい優しい俺は許容してや...あ?」
「最後まで言い切れや!」
ふと何かに気づいた暁人。別にトイレの話題で気づいたことがあったわけではない。そっちではなく
(限界...許容...そうか魔力の許容限界!拳銃の銃弾として込められる魔力量を越えたのか、もしくは拳銃自体への魔力量が足りなかったのか、それはわからない。だけどそれなら...いや、でも。)
どちらにせよ、拳銃自体に込める魔力量を上げるか、拳銃自体をスナイパーライフルのようなより威力のある銃に変えればいい。それだけなのだが。
(さっきの魔力量は俺が感覚で操れる全魔力量だったはずだが...それでも足りないっていうのかよ。どうすりゃいいんだ?こんなもの、単純な身体能力で破壊できない、能力に頼ったってダメだった。拳銃以上の武装になると正直パッとは思いつけないし、大砲?いやいや質量だけだ。確かに質量は上がる。だけどそうじゃねえ。なんだっけ?破壊力を上げる方法?質量と速度だっけか?でもあれをぶち破りたいなら必要なのは貫通力だろ?一点に力を集めて、いや、それの拳銃以上?容易には思いつかねえ?いや、まだだ。考えろ!考え抜いて作るんだ!絶対に!)
頭の中で色々なもの考え抜いた。日本刀。居合。拳銃。貫通力。槍。あげくに出てきたのはパチンコやスリングショットといわれるゴム式のもの。
(駄目だ!こんなものじゃダメなんだ!質量と速度を!不可能を可能にする圧倒的なまでの力を!決めたんだろう!?この手で、この腕で、この拳で!あいつの顔面に一撃をかますんだと!)
考えた。その経験値を埋める奥義を。自分だけの、最高の、切り札を。
「まだかなぁ?小僧の貧相なその腕と脳みそじゃあ、夢の、理想の壁を、越えることなんてできないのだよ!侮るな!」
「貧相な...ね。」
言ってくれんじゃねえか。確かに俺は筋肉なんてさっぱりねえ。侮っちゃあいねえが、確かに、筋肉も速度も重量も。何もかもが足りない。
(そうだ、何もかも足りねえ。でも、勝ちてえ。超えてえ。だけど、そんな夢の壁という現実を越えるために、どれだけのエネルギーを消費する?それならこのリソースで別の方法を模索して、その方法を、答えを無理やりにでも産み出した方がよっぽど...いいん...じゃ...)
「・・・・・」
「さぁ!あきらめろ少年」
「うるせえ」
小さく、ただ吐き捨てるようにあっさりと吐き捨てた。答えなど、存外簡単なことだった。この世界は所詮、御伽噺の世界。夢がそんな不可能なんて現実に負ける道理はない。
「・・・ほう」
空気が変わったことを敏感に感じ取ったのだろう。少し表情を引き締め真っすぐと暁人を見据える。対する暁人は、真っすぐ夢の壁へと近づいていく。拳を固く握りしめ、体全体から魔力をたぎらせ、その魔力の末端は少しずつ炎になって空気中に散っていっているようだった。
暁人は、夢の壁の前に立ち、ゆっくりと息を吸う。そして。
腰を落とし、右腕全域を覆うように炎を纏う。握られた拳はギチギチと、音がその拳の硬さを正確に伝え、纏った炎は、筋肉のように、筋線維のように、一本一本が外部につけられた筋肉のようだった。
『灼装 外筋肉』
そう唱えると、炎は鉄のようにがっしりとしながら、伸縮する筋肉となった。そして、拳から腕のあたりまで、再度炎で包み。そして。
『灼装 炎籠手』
そう唱えると、炎で包まれた部分は硬く、より硬くとなった超鋼鉄とでもいうべきものとなっていた。
「一応言っておく。本気で防げよ?」
この男が理解した正解はただ一つ。足りないのなら作ればいい。それが叶う万物再現の力なのだから。
相手によっては煽りとしかとらえられない言葉を本気の警告として唱え上半身をひねり拳を放つ体勢を完全に整えた。そして
「さぁ、行くぜ。名付けて、」
『灼装 暁暗照らす烈火の籠手!!!』
その言葉とともにその拳は振り抜かれた。
その一撃は、夢の壁を砕く、ありえないほど奇跡的な現実の力であり、考えうるありとあらゆる力を乗せた一撃だった。言うまでもなく、炎による筋肉の再現での筋力と硬度、及び質量。伸縮によって発生する反発力。腰のひねりによる遠心力。腕を回しながら打ち込む貫通力。
壁に穴をあけ、真っすぐにヒュプノス目掛け振り抜かれた。驚いていたようではあったが、一応臨戦態勢をとっていたヒュプノスは後ろに思いっきり飛ぶことで、何とか躱した。
ように見えた。この一言とこの事実がなければ。
「穿て!」
その一言と一緒に振り抜かれた腕から籠手と筋肉が、外れてヒュプノス目掛けてまっしぐらであった。その様は、さながらロケットパンチであった。
「んなッ!?」
とっさに両手でガードしたが、その質量と勢いに、壁の方まで、吹き飛ばされた。一撃かました、と喜ぶべき場面で、まだ終わらぬと、ポツリと暁人は捨てるように言い放った。
「爆ぜろ」
その一言で、ガードに隣接していた烈火の籠手は。
爆発四散した。
いや、正確に言うなら。爆炎に姿を変えて、ゴウッ!とヒュプノスを焼き払ったのだった。
そうして暁人は一撃を完全に決めたことに満足して、笑顔で背中から倒れこんだ。
遅れて本当にごめんなさい。ちょっと大増量してみました。読んでいただいてくださる方いつもありがとうございます。次は金曜に上がるといいな...。




