第57話 |真実《デンジャー》
その一撃...屍山血河を完全に俯瞰で見れていた一柱は...この時、確信した。
あぁ...自分は間違っていなかった、と。
最初の最初に名乗り上げをして、確実に倒せるようにしておくべきだったのだと心から...本当に心から思わされた。
それほどまでに...その気迫に鬼気迫るものを感じて。
その立ち姿に...小さく、僅かながら感じる...武の、聖へと至る者達の気配...。
納刀をせず、ほんの少し猫背気味になった身体をゆらりと起こす聖に...女神は...。
「あなたを...見誤った気はないのだけれど...。」
そう言いながら、女神は双針剣を構える。
「・・・まぁ、間違ってないよ。君達の言う通り、俺がまともに戦っていたのなら、多分...勝率は三割もないって思ったんだ。だから...。」
だから、君らの戦力を確実に...間違い無く倒せるように分析して、その上でこの状況へと誘い込んだんだから。
「これが俺の…三割の勝率を限りなく高める作戦だからね。」
「…そう。なら、その礼儀にはちゃんと答えましょう。」
一柱の気迫は鬼を超え…神の域まで高まっていく。
(空気が…ここまで…!)
「戦士の礼儀と作法に則って名乗りあげましょう。北欧の運命の女神。三姉妹の三女にして、ワルキューレの一角。その真名をスクルド!」
名乗り上げてみせたスクルドに...聖は。
「・・・なら、俺も戦士の作法に則って名乗り上げよう。俺は...まだ名乗り上げ出来るほど大した男ではないかもしれないが、俺は...英雄予備軍の参謀。名は...相沢聖。」
言い切ると、大きく息を吸って...その心を落ち着けるように、聖は息を吐く。
先程の二人の乙女の強さを思い出しながら...それでも負けぬと...心に一本。誓いを立てて。
「勝負だ!スクルド!!!」
自身の...邪魔くさい白衣を脱ぎ棄てて。
聖の...最初の神殺しの試練が始まる...。
志島とブリュンヒルデが打ち合う速度は異常の一言に尽きる。
軍勢の呼び方も武装の扱い方も、志島は十二分に心得ている。同じように十分に心得ているはずのブリュンヒルデより一枚か二枚か...上手を取れている。
その一重か二重かの紙の厚さを知る志島は圧倒的に優位に立ち回れる...。
筈なのだ。だが、それでも...。
「チッ...!」
いまいち...ほんの少しだけ攻め切れないのは...。
「舐めないでもらえるかしらっ!」
同じように紙一重の重要さを知っていて...戦争での酸いも甘いも全て噛みしめて経験値に変えているからなのだろう。
その鋭い槍捌きは...魔術は...少しずつ、志島に対応していく...。
だが...。
「っるあ!」
瞬間的に槍と剣を顕現してその軌道を自身から逸らしきる。
そのまま金の剣を捨て去って、ファイティングポーズから右手だけを翳すように伸ばす。
「ウィルド・ラグ・ケン・イング!」
ルーン魔術...その中でも特に文字通りの意味で「火力が高い」一撃を放つ。
志島の実力を把握しているブリュンヒルデは自身の消耗を抑えるために、ルーン魔術に込められた魔力を正確に量ってそれに対応しきるつもりで結界を張る。
それでもほんの少し、見誤ったのか...それとも...。
「なっ!?」
志島の炎は、その結界を越えてブリュンヒルデに届く。
その炎に怯えはしない...でも...怯みはする。
その瞬間を正確に掴み取るように拳による連撃が炸裂する。
「あぁあぁぁぁぁあぁああぁぁあああぁぁぁぁ!!!」
志島の咆哮は全ての覚悟を乗せるように...ブリュンヒルデを少しずつ、確かに追い込んでいく...!
一瞬の間に飛ばされたブリュンヒルデは槍を捨てて、自身の知りうる全てのルーン魔術で身体強化をする。
確かに自身の方が優れているはずのルーン魔術...それは間違いない筈なのに。
(追い付けない...!?なんで!?)
自身が一歩引こうと下がれば、そんな隙を与えないと言わんばかりに回り込まれ、力で振り払おうとすれば、読み切っていると言わんばかりに流されるか、それを上回る力で押し込まれる。
凌ぎきることを許さない速度は、パワーは。
明確にブリュンヒルデを追い込んでいく。
(どういうこと...!?ルーン魔術の練度を測り間違えた!?いや...技術...だけじゃない!他にも何か絡繰りが...)
思考は余計なリソースを食い、ブリュンヒルデの対応を遅らせていく。
何度も、何度も、打ち込まれて...気づく。その異変に。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ...!」
明らかに...その魔力が削れて行っている。
そこで漸く気付いた。もう一つの術の存在に。
厳密に何かを知っているわけではない。だけど...魔力の過剰な消費と、その急激な身体能力の向上が表すのは...。
(兵士を呼び出すのが異能なのは絶対。彼がルーン魔術を使えるのも確実。なら...異能ってことはない筈。ってなると汎用性のある技術のようなものがまだあるってことなのかしらね...!)
志島のガス欠の理由、これらは全てドンピシャである。
それは、剣の技術を磨いた後の話。総合的に磨こうって話になったときに、追加で拳闘技、所謂マーシャルアーツと言われるものを覚えた「だけ」の話である。
その「だけ」が間違いなく、まごうことなくブリュンヒルデを追い詰めたのは言うまでもない。
だが...それでも。
(仕留めきれなかった...!)
志島の体力は...魔力は尽き始める。
膝をつき荒い息を必死に整えようとする志島。
それを見て、自身をここまで追い詰めておいて、とほんの少しの悔しさを感じるブリュンヒルデ。
(・・・この程度...この程度なのに...!)
ブリュンヒルデは苛立ちを思う。それ故に...その恨みを、怒りを、そのままに。全力でぶつけようと志島へと近づく。
(立て!立て!!立て!!!)
無理やりにでも、体を起こそうと...ついた膝を起こそうとしても...上がらない。
覚悟は十二分。その気持ちに身体が...追い付かない。
攻撃へと動こうとする者と、そこへ応じようとも動けぬ者。
その両方の歩みを阻み、止めるように。
雨月が、立ち塞がった。
雨月に対して、ブリュンヒルデが眉根を寄せて怪訝な顔をする。
「・・・割り込まないものだと思っていたのだけれど。」
「それは...うん。本当は、志島だけで闘わせるつもりだったんだけど...それで勝てないのなら、僕だって手を貸すさ。」
長物対長物。雨月も覚悟は十分。そんな雨月に、志島が口を開く。
「待て・・・そいつは...俺が...!」
俺が倒す。その言葉に、前の雨月はキレた。
でも...その大事さも今は分かるから。
ただ、笑って。
「分かってるよ。だから、はやく補充しろよな。」
至って優し気に...言い放った。
「...わかった。」
これ以上の言葉。二の句は必要ない。
ゆっくりと膝を折ると、腰に下げた瓢箪から水を飲む。
作戦解説の時に持たされた簡易魔力供給手段である。
どうせ邪魔だからとほとんどの物資を却下した暁人に対し、水だけは命のカギだと六花が食い下がり結局、瓢箪程度のサイズで水だけは持ち歩いているのである。
(こればっかりは、仕込みの六花に感謝だな...。)
そう思いながら、ゆっくりと魔力を補給してゆく。
立ち塞がる雨月に、槍を連続で繰り出すブリュンヒルデだが...。
「そっちも...流石にだいぶ消耗してくれたみたいだね...。」
「ハァ...ハァ...舐めてんじゃ...無いわよ!」
息を切らしている女王、ブリュンヒルデの連撃を雨月は容易に捌ききる。
ブリュンヒルデは片手を翳して何人かの兵士を呼び出す。
その瞬間、即座に数人の兵士を旗で薙ぐ。
その雨月に真っ直ぐな突きを打ち込むブリュンヒルデ。
それを旗で受け止める。真っすぐな突きをほんの少し角度を変えて、旗と槍の持ち手での押し合いで。真っ向からの力比べをする。
・・・確かに、物語の中でブリュンヒルデは怪力とされた。
ルーン魔術での力の差もあった。たとえそれが彼女の知らない術、五行で埋められたとしたって経験値の差だってあった。
それでも...それでも。
(押し切れない...!?)
真っ向から押せども。
折れず、怯まず、倒れず。
誰もが知る臆病者な雨月はもういない。
そこに立つのは、数多の力と知略を以て立つ聖女のような...。
神の声を聞いた者の立ち姿だった。
「・・・悪いけど...俺も、志島も。地獄を越えてここに来たんだ。ただの力比べに...負けるかよッ!」
全身に滾る力を以て思いっきり...吹き飛ばす!
そのあまりのパワーに大きく弾き飛ばされるブリュンヒルデ。
「・・・ごめんね...。君に負けてると、僕らは一生...あいつらに勝てねえんだよ。」
暁人を見ながらそう呟く雨月を忌々しげに睨みつけるブリュンヒルデ。
半ば叫ぶようにブリュンヒルデは、言い放つ。
「あぁ!貴方はいつもいつも!私の邪魔をするんじゃないわよ!!!」
心の底から...吼える。
その様子に、志島は驚きが隠せず、留目も疑問符を浮かべる。
ただ、雨月だけ...淡々と。その言葉を受け止める。
「・・・そうか。そうなのか。なら...多分、そういうことだよね。」
受け止めたうえで納得する。
ゆっくりと...納得してその口から、一つの仮説を言い放つ。
「君は...元だろうけど、『志島の異能』だね。」
『!!!?』
その予想は...その場にいた者たちの思考を凍り付かせた。
動いていたのは、暁人とシグルドにジークフリートの三人だけで。
ほんの少しの時間が、沈黙と一緒に流れて...。
ブリュンヒルデが口を開く。
「・・・いつから気付いていたのかしら?」
「うーん...いつから...か。さっきの一言が確信を確証に変えてくれたのは間違いないとは思うんだけど...それは君が「棄てられた女王」って、名乗ったからかな?」
まぁ、帰るまで気にもしてられなかったんだけど...と雨月は言う。
その言葉は、確かに時間を稼いではいたが、志島にとって大きな意味があるわけではない。
それほどまでにその言葉の持つ意味は、重かった。
「僕は僕の異能『戦旗』に疑問があった。そもそもの話、僕の能力は志島の『軍団』と相性が良すぎる...。と言うよりはむしろ無いと成立しないんだよ。だから...。」
だから、君が「棄てられた女王」の意味を考えたときに...僕の中では符合したんだ。
志島の中で納得しない言葉。「選ばれなかった」のセリフに、どこもかしこも知っているはずなのに、自身の感覚では答えが出ない何か。
志島の異能の夢が突然、彼に訪れた訳。
そして、棄てられた女王の意味と...一部が欠けた異能。
拙い仮説。多分、情報で言うなら本当にこの程度でしかないのに。
自分の中で、何かが嵌ったように『答え』だと確信に変わる手応え。
「そう考えた時に...思ったんだ。だから僕の名前を知っていたんだ...って。もしくは、全員の名前を知っていたとしても、僕だけは特別に敵対視する明確な理由があったんだろう...と。」
そう伝えた雨月の言葉にゆっくりと、首肯をする女王。
「ええ...そうよ。その通りよ。」
正確な真実を...ブリュンヒルデは伝え始める。
「あなたの異能は実際は神格の物。かの偉大なる、ギリシャの軍神の物。『軍神』と呼ばれる、戦争系最強クラスの...それこそ、偉人たちのそれらとは次元を異にするものよ。」
「でも...だからこそ、人の器には収まり切れなかった。そういう子は、多分他にも何人かいるんじゃないかしら?」
「その時に、使い切れずとも、肉体のうちに内包して潜在能力として未だ見えないだけの子も、ある一定以上を肉体に入れて、取れなかった分を捨て去った子もいたのだと思うわ。そして...後者に挙げた棄てられた異能の一部が、あなたの内側に入り込んだ。それが...『軍神』の一部よ。」
それが志島の『軍団』の正確な正体と真実。
その名は、ローマのものなれどローマの軍神、マルスと同一とされるアレス故に名付けられた異能、『軍団』と、神にその軍略を天啓で受け、その絶望的状況を勝利に導いた聖女、『戦旗』。
だがそれらが成ると同時に、失われた異能が唯一つ。それが...『女王』であったのだと。
「分かたれた異能を受け取ったとき。自身が手に持っていたはずのその異能を溢してしまった。握った異能は、軍神の力と私の異能の残滓が混ざった、不純物なのよ。」
なれば...志島がルーン魔術を使えたのも、雨月との異能の相性が完全なのも。そして、ブリュンヒルデが棄てられたと考えたのも。全部...当たり前だったのだ。
「だからこそ...だからこそ、この手で貴方達だけは倒したいの!たとえ...たとえ何に縋ったとしても...!」
その言葉はその場の全員の心を揺さぶって。
志島はゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。
乱れた息も。枯れかけた魔力も。ちゃんと整えて、正して。
息をつくと。志島は、雨月の横に並ぶ。
「・・・悪かったよ。お前は俺の一部だったんだな。なら...ちゃんと、ちゃんと俺が...俺らが倒す。」
「・・・悪いな。留目。もう少し、待ちぼうけしててくれ。」
「いいぜ。待っててやる。だから...ちゃんとけり付けてこい。」
二人が並んで。ブリュンヒルデと対峙をして。
第何ラウンドか不明な戦いが...もう一度、始まる。
はい。一週間くらい投稿を遅らせたクズこと銀之丞です。
イヤー...前回面白かった?今回は?
ってくらい、前の伸びがよかったの。褒めて。
とすり寄っていくスタイル。実質疫病神だと思うんで放置で安定ですね。
と、ここで悲しいお知らせがあります。
僕、この前誤字ってまして、ルーン魔術ですね。雨月使えないですね。
忘れて書いちゃってました。メモにも書いてました。何でだろう?なんか理由があったの思い出したら、そのうち何も言わずに雨月が戻ってるかもですね。ごめんなさい。
と言うわけでいつもの挨拶をば。
いつも読んでくださっている皆様!誠にありがとうございます!




