第50話 |逃走者《ファンタズム》
「で、逃げて来たってわけだね。」
爆速で境界を張って慌てた様子で飛び込み戻ってきた暁人たち。言うほどの時間は立っていなかったはずだがまぁそれでも1時間程度は立っている。
そこまで遠かったとは...想定よりも距離あったな...。
そんなわけで体育館に戻ってきた暁人たちに待ってたのか、それともたまたまいたのかは不明だが聖が待っていた。
「ちげえわ。偵察だって言ってんだろ。」
「そういえばそうだったね。結論から言うと?」
「クソつええわ。しんどいったりゃありゃしねえ。」
暁人のやれやれ感は聖に伝わっているようで、その様子から何かを察しとる。
「そうかい...困ったね。」
「まぁ何とかするしかねえわな。」
「それで?飯にするかい?風呂にしたいかい?」
そんな仕事帰りの旦那を迎えるテイストで話されてもお前に萌えはない。
ほんの少し思案した後、疲れ果てている4人をそのままに暁人は口を開く。
「いま全員は何している?」
「うーんと。こっちでは五行の属性の確認とルーン魔術の適正割り出しが終わったから、君たち待ちでどうするか考えなきゃいけなかったからな。とりあえず自由時間って感じだ。」
「・・・オーケー。じゃあまずは風呂だ。そのあとに飯行ってくる。」
「ちなみにそのあとは?」
「決戦の時のメンバーを決めたい。」
「ふむぅ...とりあえず了解した。」
報告は飯時に考察と一緒にするってことでいいな?と聖に確認させ、そのまま風呂に向かおうとする。
くたばりかけてる4人はポカンって感じだ。
「・・・話聞いてた?」
コクリ。ブンブン。コクコク。こんな擬音が最適なように4人とも首を縦に振る。
んじゃ何が問題やねん。
とか変な訛りで言いたくなる。そんな暁人に代表としてゆっくりと雨月が聞く。
「勝てるの?あんな化け物たちに。」
数瞬、暁人は考える。
化け物ねぇ...。
「勝つの。あんな化け物たちに。」
勝てる勝てない...じゃ話は進まない。この御伽噺が進まない。
暁人は言い切る。勝たなくちゃいけないんだと。
まぁ雨月の迷いもわかる。ぶっちゃけやべえ敵としか思えないし。
でも...一切手の施しようがないとはとてもとても。
「まぁ何とかする方法を考えつくさ。万策打って1、2個くらい当てるつもりでね。」
「へー...じゃあひじりんにまーかせよ。」
「おいおいフォローしてやったのに全投げかよ。」
なんてもう笑いあっている。
正直な話、この二人を異常者だとでも思いたいほどだ。
その二人に向けて座り込んだままだった雨月を除く面々が腰を上げる。
なんというか、こう...あんなことがあったのに明るい表情で。
その中で志島だけが雨月を振り向いてこう言い放つ。
「生きて、勝つんだろ。」
奇しくもあの時雨月が図書館で言い放ったように。あの時の気持ちを、闘争心を。
消えた薪に火をともすように。
その心は志島の中で何かの呪縛を焼き溶かした。
「・・・そうだね。立たなくちゃ...戦わなくちゃだめだよね。」
「そうそう。怖さ取っ払うのも多分無理だけど...あんときみたいにさ。」
並び立つ。その一念の下で頑張ってきたんだしね。
いつものような軽口調の飄々とした志島の言葉は大体薄っぺらい紙一枚程度の重さしかないのだろう。
だが戦いの中で、それが頭脳戦であれ白兵戦であれ、その紙一重で結末が変わることなんてざらにある。
それを知っている男の紙一重は軽いようでとても重い。
だからこそ、励まされるんだろう。
言葉に手を取られてか、ゆっくろと雨月は腰を上げる。
あの時の気持ちは、形は違えど、並ぶ。足掻く。抗う。
この一つの元に。
突然、旗を顕現させる雨月。その様子に驚く雨月を除く五人。
(・・・もう...迷わない。何があったって乗り越える...。)
ゆっくりと息を吸い込んで。
「この旗に誓って!もう、何があっても挫けない!折れない!」
聖女の誇りにかけて!そう吐いた声は、体育館にこだまして。
五人の前ではっきりと、しっかりと。誓う。
その様子に立った一言。邪悪な笑いと共に暁人は口を開く。
「言ったな?」
その邪悪さに少し引きそうになるが、ゴクリとつばを飲み込むと。
しっかりと、頷いた。
さらに下衆に笑う。
「んじゃま、志島ともども、地獄のような修行をしてもらうからな。覚悟しとけ。」
その台詞に早々と心は折れそうになる雨月と。
なぜ巻き込まれたんだという顔の志島がそこにいた。
まぁとかく、一度風呂に向かって汗を流し、細かい傷を流す。
そして、食堂で暁人と聖はにらめっこしていた。
・・・いや、言葉通りも意味ではなく、暁人が飯を食わずに聖に報告を済ませていた。
「つまり、ボスはブリュンヒルデだったのか...あんだけ考察したのになぁ...。」
「まぁ、あんま無くても構わないタイプの考察だったなぁ...。」
「そりゃひでえな。可能性の考慮って結構重要だろ?」
「否定は出来ねえなぁ...。」
まぁ確かに。可能性があって分かってるってだけで大きなアドは取れる...か?
それはさておき、って感じに聖が口を開く。
「で、逃げた時に彼女が何体か軍団のようなものを使用。その結果、シグルドと何体かの女戦士を確認した…だな?」
「まぁシグルドに関しては最後に逃げる時に出てきたわけじゃないんだけどね。」
「ふーむ。シグルドか…タルンカッペの脅威は減ったが…君にとってはまぁまぁに天敵じゃないか?」
「…なんで?」
「やつがレギンなる鍛治師を殺した話があるからだよ。」
あー…微妙なやりにくさはそれかぁ…。
まぁ雑にいうと森に捨てられたシグルドさんを育てたのがレギンって鍛治師さんで、そこから龍殺しの逸話を背負ったりラジバンダリって感じ。
ただ、龍の元に差し向けたのがレギンさんだったし、その理由もちょっと乱暴者すぎんよってだけだったからって理由で殺されちゃっためうって話だね。
なるほーど?確かに鍛治師として挑むには少し厄介度が高すぎるな。
「どちらにせよ、厄介なことに変わりはないけど…あと乙女。中々に見目うるうるーな奴が三人おってな。ただ敵としてめちゃくちゃ脅威度が高いんだわ。一人だけ。」
「どんなの?一応聞いとくわ。」
「槍を持った乙女と剣を持った乙女。ほんで、特徴って言えるのが二つの針のような双剣を持った乙女の三体。1番最後のやつが1番やばそうだったんじゃよ。」
まぁ全員脅威度は高いけど。軒並み怖いけど。
そう付け加える暁人に対して聖は冷静に返す。
「まぁ、元々敵の脅威度はわかっていた筈だろ?」
「そりゃね。とはいえ…って次元だ。ちなー聖。俺は敢えて乙女と評してるんだがー…どう思う?」
「まぁ少なくともそれ聞く限りだと戦乙女だろうね。考察ミスのこと考えると自信無くすけど。」
まぁ、だよね。正確には把握してないけどワルキューレって確か、ブリュンヒルデに関わり合った筈だし。
でも、なんか、双針の乙女だけは…その次元とかそういう括りで済まないぐらいヤバげだったよな…。
「まぁいいさ。やることは変わらない。そうだろ?」
「まーな。とりあえずー雨月と志島をしごき尽くして、鍛え上げる。その上で勝つってのが理想かな。」
「って言っても、わざわざ二人を出す必要ある?」
「ある。名指しで呼ばれてたんだからな。」
「あぁ…特筆して言ってたもんね。」
まぁ、口頭でだけど大事だからな。
「まぁ、そういう訳であいつら2人は連れて行く。何か関係があるんだろ。」
メイビー。まぁ、関係ないはずはないとは思うしな。
あ、そういや懐かしさの話してないな。
「あ、そうだ。今回のブリュンヒルデの覇気みたいなのに対して志島が懐かしさを感じてたって。俺と同じようなやつだと思う。」
「暁人と同じ…同じなのか…。それは…なるほど?」
「なんか不思議なことでもあったのか?」
何か言いたげな聖に、言及をしていく暁人。
「あぁ、うん。君が言っていた懐かしさと同様なら。君の答えも出るんじゃないかなと思ってね。」
含み笑いで口を開く。そのひじりの様子はまるで…。
「お前さては、答えわかってる?」
「ははっ。確証はないけどね。君に関しては、うん。予想はできてるよ。」
「で、勿体ぶるんだろ?」
「あぁ、うん。というか君が言ったんだよ?他人の精神の奥底はその本人ぐらいしか知らないって。」
「つまり?」
「自分で気づくことに意味があるって話。当事者の口出しはまぁいいと思うけど。」
ふーむ。訳がわからん。でもまぁ、考察の余地はあるってことだけはまぁ、認識したけどな。
「それよりも、この後どうする?」
「あらら?さっき言わなかったっけ?」
言ってねえよ。って顔する聖に首を傾げる暁人。
まぁ厳密には言ってねえか。
「とりあえず、だ。やるべきことはあいつを倒すこと。ただし、今のままじゃ到底無理。とくれば?」
「・・・策を練る。」
「うーん...悪くないんだけど、というよりそれもするんだけどさ。そっちじゃなくて。」
「いや、作戦いるだろ。」
「それって最低限の戦力が揃ってからの話ね。」
「???」
訳が分からんって顔をする聖。
暁人は指を一本立てて、話始める。
「そもそもの話、俺とか聖、篝、まぁあと...芽衣、祥子、沙紀、鳴子、菜月...とまぁ一定以上の技術と戦力の揃ってる面々ならともかく。今の志島と雨月を連れて行って、何の役に立つってんだ。」
「ひでえこと言うな。」
実際。ひどいのは重々承知してるし、悪いとも思ってる。
だけど、あれは策以前の問題。
「獣と戦うんわけじゃないんだ。小手先だけの策が通じないことは前提。それ以上の策を積む必要がある。それこそ、タロス討伐用の神を灼く黄昏の巨剣を何個も用意するくらいの。」
「そ...れはしんどすぎるだろ。」
「だね。でも現時点でこの戦力差をひっくり返すには多分それくらいは用意する必要がある。」
全員の戦力を正確に理解しているわけではないけれど、あの手の技量使い相手に真っ向から戦えそうなのって言うのが...芽衣とか、沙紀とかだろう。どっちも超大な役を担うから前線に出すのはそれこそ誰かが死にかけたり、もしくは最終決戦でもなきゃ出せない。まぁ雑魚狩りくらいなら担わせてもいいんだけどさ。
模擬戦のときの浩也の強さってのは多分、硬さにあるって考えろうし、あれほどの手合いを受け止められるかぶち抜かれるかによっての時点で不安材料が多すぎる。
篝の戦闘法は期待できるんだが、影って言うのが少しナンセンス。炎と相性が悪い。
っていうのもルーン魔術には炎のものも存在するわけで。
てなわけで結局のところ、真っ向からあいつを倒すにしても用意すべき戦力が。
・炎に相性が良い。
・槍を流す技量を持つ。
・戦闘経験が豊富(敵が未知数なため)
と、なるので、火力の面とか技術の面で先ほど挙げた五人などが必要になるわけだ。
まぁあとは言わずもがな、能力上怪物じみた手札の聖とか、既にいろんな戦闘法が取れる六花とか動員してもいいんだけど。
どっちにしても、多分それでも今行ったら確実に誰かが欠ける。
そう確信させるほどにはブリュンヒルデは強かった。その上にシグルドもいる。もしかしたら姿を認識できていなかっただけでジークフリートもいたかもしれないし、他の戦乙女だっているかもしれない。
最悪の場合、これより追加のおかわりがあるかもしれないしな...。
「正直、現状の辛さを例えると、超山盛り次郎系ラーメンを何杯も出されてその上でおかわりで大量のご飯がついてくる可能性があるってところかな。しかも、例え人数がいたって上手に分けないと誰かしら限界を迎えるようなもんだ。」
「俺に例えはいらねえけどわかり安くて腹が立つ。」
「減ってくれりゃいいんだがな。」
軽口言う余裕あんのかよ、って顔をするなって聖。
思いっきり深くため息をつくと聖が口を開く。
「んじゃあ聞くけど、結局どうするんだ?」
「簡単だよ。さっきの例えで言えば、食える量を増やす。つまり...。」
限界の底上げ。それの意味するところは...。
「地獄の強化トレーニングだよ。」
「うわぁ...。」
「声に出すなよ。ってか、まず部隊選出するとことから始めるんだからな。そのうえで、最効率で俺流のやり方でトレーニングさせる。」
「大丈夫?筋トレばっかにならない?」
「筋トレじゃねえよ。まぁ、実質筋トレだけどな。」
主に異能の方の。
その言葉を聞いた聖は心底嫌そうな顔をする。
「とりあえず、放送室でこの後会議室来てね、ってするか。」
「んじゃ、よろー。」
雑に振って、暁人は飯を取りに行く。
体の傷を治すために。そして。強くなるために。
その様子を見ていた聖は思う。
(さてはて、何が起きるやら。)
そう思いながらゆっくりと立ち上がり、時刻を確認。その後、放送室で会議の招集をかける。
そうして、作戦会議をすることとなった。
ようやく50話ですね
と言うわけでどうも皆さんこんにちは。作者の銀之丞です。
そういえばもうすぐ異能と迷宮で青春を!が1周年なんですよ。
びっくりだよね。1周年も続いてるよ。
え?それ以上にごく普通であったと思う高校生活をかけって?
・・・はいすいません。もうあっち書く気がないんです。なんか書き方と書く話忘れちゃって。
まぁそれはさておき。1年で50話...まぁ投稿数で59パート...ほぼ60って少なすぎません?
文字数は書いてるつもりだけど...ほぼ一週間に一本だからな...。
毎日投稿は多分無理だし。
でも、もうすぐ一層のボスと決戦しそうですし(遅いって?そんなー)、まぁよくあると思って見逃してほしいですね。
よく(存在し)ないですって?誉め言葉。
メンタル強者かもしれない。
と言うわけでいつもの挨拶をば。
いつも読んでくださっている皆様!誠にありがとうございます!
・・・勉強しなきゃ(ガチトーン)。




