第4話 |蚕《かいこ》
「んじゃまぁ、軽く手ほどきしてやるとするかな」
軽く腕慣らしをするジジイ。
「うっす。よろしく頼みます。」
「急に敬語を使うなぁ。」
「いや、人から習うときは敬語を使うって感覚なんで」
「・・・習い事の癖か?」
「ええ。色々と」
といってもスポーツを一通りやってただけだが。
「一応聞いておこう。何やったことある?」
「バスケとサッカーっす。バスケはあんまりでしたが、サッカーは長いことやってました」
軽く手首と足首をコキコキ鳴らしながら慣らす。全体的に準備運動...というほどではないが体の筋を伸ばす。
「んじゃ、お願いします」
「うむ。」
と、一言言ってから
「すまん」
「え?何?」
「お前考えてもみろ。人殴ったことないだろ。あっても喧嘩程度だし、殺し合いには程遠い。異能もまともに顕現できない。そんなわけだから...」
説明しながら、近づいてくる。不信感を持ちながらも、一応の理屈は通っているため、そのまま聞き続ける。
直後、
「死にかけな」
その一言を言い終わるや否や、高速の掌底を打ち込む。
「ッハ」
鳩尾や水月といわれる人体急所へ超人的な速度で、死にかけには到底見えないほどの威力で、放つ。当然暁人は一般人、喧嘩もほとんどしたこともなければ、武道についてはからっきし。運動神経の一点を取ればクラスの中でもトップクラスだが、それでも人類規模でみれば、平均値より少し高いくらいのレベルではその掌底を見ることは到底かなわないし、何をされたのかも吹き飛ばされ、尻餅をつきながら無様に後ろへ吹っ飛ばされているときに残った手の形を見て、漸く理解が及んだレベルであった。
「ウエェ。ケホッ。」
息がまともにできない。呼吸しているはずなのに肺に酸素が取り込まれている気がしない。口に血の味がする気さえする。
「さすがに一撃では足りねえか。」
拳を握りすさまじい速度で近づいてくる。っていうか消え
「フンッ!」
「なっ」
とっさに足が崩れた。かわそうとしたわけではない。膝が崩れたのだ。力が入らなくなったといってもいい。だが、その行為は幸か不幸か、鳩尾を狙っていたその拳を、がっしりとした胸骨に打ち込ませ、
「ガァッ」
ひびが入る。あまりの痛みに声が漏れる。だが、先ほど掌底でのダメージのせいでうまく声が出ない。
出せない。
(やべえ、死ぬ)
「さて、と...ハァ!」
「・・・!?」
ジジイの足が動いて、あごの下を、掠...め......て.........
どこか遠いところで、どさり、と何かが倒れ落ちる音がした気がした。
「さーて、次起きた時には、もう使えるかなぁ。さすがに無理か」
と、わけのわからないことを口走りながら少し距離を取ったところに暁人を仰向けで寝かせ、寝かせたばよからかなり離れ、座禅を組み瞑想を始めた。
(...くそジジイめ)
夢の中で夢は見ないし、死んだら夢が途切れるって言ってたはず。ということは...
(夢の中で夢を見てるってことか?それはまたずいぶん作為的な)
確かに、暁人は感じていた。
熱い。うるさい。ただただ、苦痛に満ちているはずの、だけど、
どこか懐かしく、優しく感じる場所を。
(誰かが鉄を打っている?だけじゃない。誰かがミシンをかけてる?いや、なんか違う。)
漸く、体を起こし、ゆっくりと周りを見渡す。
見渡す限りの赤。どうやら自分は部屋の中にいたようで、一応の仕切りになっているふすま。向かい側には、大きな工房一つに一人ずついる男女。かたや鉄を打ち、かたや炎を縫う。
壁を見れば見渡す限りの装備品がかかっていたり、おいていたり。装備品とはいっても、異様である。真っ赤に染まった拳銃。刀。槍。鎧。薙刀。武装ばかりかと思えば、ドレス。鎖。振袖。ブーツ。
(なんだこれ?よろずやっていったてもう少し、こう...)
そうこうするうちに、つい形状に見入ってしまう。
「ようやく起きたか。」
「!?」
暁人が声のした方を見ると、シャツ一枚に分厚いズボンの男がこちらを見て立っていた。ぱっと見ただのジジイだが、奇妙な足の形をしている...ように見える。なんというか、死ぬほど歩きずらそうな、朽ちている?ねじれている?いや違う。なんかこう。正直奇妙としか言いようのない足である。
「少し話さねばな」
「手を貸しますわ」
「すまぬ」
さらりと声をかけ、手を貸したのは初めて見たほどのドレス姿の美女。絶世の美女どころではないほどに。絶世どころで済まない次元の。そんな美女に手を借りながらこちらの座敷に向かってくる。
いつもの暁人なら手を貸そうとか少なくとも何かしようとしただろう。先ほどのジジイの攻撃のことを考えてなら警戒していただろう。だが、暁人はどちらもせず。ただ不用心に。
胡坐をかいて、待っていた。
「ふむ、リラックスはしているな。よしよし。」
美女に連れられ、足の悪いジジイは座敷に上がり、足を何とか組み、座る。
「して、貴様がここに来るとはな。何があった?」
「え?あ、いや。」
少し戸惑ったけど、なぜか暁人は素直に答えた。
「腹を思いっきり掌底で打たれた。胸骨を思いっきり殴られた。後多分、顎を蹴られた。」
「あらあら。大丈夫です?」
「ハッハッハ。やられっぱなしじゃなぁ」
満面の笑みでジジイは笑う。心配する美女。
「そら、薬でも塗ってやれ。」
「はぁい。」
ジジイは美女にそう言うと、美女は腰に下げていた瓢箪のようなものを手に持ち、暁人に近づく。
「上の服だけ脱いでくださいね?」
「え?あ、はい」
わりと戸惑ったけど、さらりとブレザーを脱ぎ、他の上の服を脱いでいく。
...今更だけど、俺ら学生服だったな。そういえば。違和感なさ過ぎて忘れてた。
「にしてもお前、ちと弱すぎるだろ」
「うええ、マジか。あの速度に対応すんのは無理だって」
服を脱ぎながら言葉を返すが、完全に脱ぎ切ったとき、美女とジジイの表情が少し曇る。それはそうだろう。紫に腫れ上がるような、ひどい変色の仕方をしている鳩尾と胸にある、衝撃を物語るのに十二分な跡を見れば。
「・・・お前、使わなかったのか?」
「使う?何を?」
「灼装を、だ。」
「その方法がわからなかった。それ教える時間がねえから死にかけろって言われた」
「「うわぁ」」
本気で二人して引いてる。めっちゃわかる。
そうこうしているうちに、瓢箪から液体をてにかけ軽く粘性を出してから大きなあざの位置に美女のほうが塗り始めた。冷たく、ぬるりとしている液状のものがあざに塗られる。
「・・・っていうか、さっき灼装って言ったよね?ってことは」
「使い方がわからねえって言われて傷ついた。名前もわかってないんだろうし。」
「何?何の話?」
ぷいっと、年甲斐もなく一度顔をそらしたがすぐに向き直り
「まぁいい。とりあえずはな。」
「え?あぁ、ならいいんだけど」
正直この二人が俺の能力なら、うれしいけど複雑な気がする。
「さて、しょうがねえから基礎の基礎から教えてやろう」
「基礎の基礎?」
「私から説明するよ」
薬を塗り終え、手を洗っていた...と思われる美女がふすまの方へ戻ってきながら話に加わってきた。
「まず、異能をどうやって使うかってことからね。」
「異能をどうやって使う...MP的な?」
「うん。確かにゲーム的に言えばそれであってると思うわ。ただ。」
「うん?」
「本質的に違うのは、それが内から湧き出るもの、ということかしら」
「うん?MPって内から湧き出るものじゃないの?」
「いいえ。違うわよ。」
断言する美女。ゲームの設定に関して言えば諸説あると思うんだけど。そんなに言い切ってしまって大丈夫なんだろうか?困惑しながら暁人は聞く。
「それって公式的な見解と異なったりしない?」
「異なるかもね。でもそもそもそれでも納得がいかないことってあるでしょ?」
「例えば?」
「職業を変えるとMPが下がったり代わりに筋力が上がったりするでしょ?」
「うん。あれって不思議だし、なんでだよ、ってなるね」
「あれは付加価値だからよ。魔法使いや賢者という、肩書き、悪く言えば風評やレッテル...要は評価といったところかしら。まぁ思い込みも含まれるんだけど。あぁ言ったものが、本人に力を与えているのね。」
「いや、まぁ、納得はできるけど」
「少なくとも、この夢の世界とこの世界においてはそういうものよ。小難しい話になるけど、並行世界でどんな説が採用されてるかはわからないわ」
「そうか...そうか...」
地味に納得してしまった。なんか誇らしげだなこの美人。ちょっとかわいい。
「んじゃ、一個気になるんだけど」
「うん?何かしら?」
「ポーションってどういう扱いになってるの?プラシーボ効果?」
「あぁ、薬の思い込み効果のことね。それでもいいんだけど...どちらかというとあれ自体にはMP自体がこもっていると思うわよ?」
「え?ってなるとMPを外部から取り込むこともできるってことにならない?」
「ええ。そうね。でも元はMPなんてものないわけでしょ?それは薬草や液体、調合や錬金術といった素材や過程を得る段階で付随された価値というだけよ。」
「じゃあ、それを例えば肉弾戦派のやつが飲んだらMPの獲得が」
「できないわ。そもそもストックできる器がないもの」
...器ですか。なるほど。
「つまり飲んだ時点で。」
「まったくの無駄になって、価値が消滅しますわ」
暁人の質問に対し満面の笑みで無駄を宣言する美人。美人が敬語で断言するときって、なんか怖いよね。
とりあえず納得はできたから、話を少しずつ戻していく。
「...ちなみにこの世界において、異能を使うときに使う何らかのMPの代わりとなるエネルギーって名前付いてるの?」
「ないわね。魔力とかマナとかでいいんじゃないかしら。無自覚で使ってる人と書いたら、その人たちは魔力以外の呼び方してると思うわよ?」
「異能自体には?」
「個別に名前こそあれど、共通した名前はないわ。それこそ異能でも超能力でも問題はないわね」
「はぁ、ちなみに固有の名前っていうのは」
「そもそも、能力の形がみんな同じなわけないでしょ。あなたの能力と、夢の世界を作ったジジイの能力が全く同じだなんて思える?」
「いや、さすがに思わない。灼装っていう能力が世界を作れるとは思わないし。」
「・・・そうね」
「なんか含みのある返事をされた気がする。作れるの?」
「さぁね。あなた次第じゃない?」
「教えてくれてもいいのに」
いじけたように言う暁人。そんな暁人に対し、
「ダーメ。自分で見つけるの。」
と。たしなめるように起こる美人。まぁ、美人で眼福だしいいか。暁人はふと考えて、質問をする。
「ふーむ。じゃあ、しょうがないか…じゃあ、肝心なところを進めていかないとだな。」
「内から湧き出ることについて…かな?」
「うん。湧き出る…って言うんだからそれってつまり。何もないところから作り出せるってことだよな。」
「本来の湧水とかで考えるとちょっと違うかもだけどね。そう。無から生まれるのよ。」
「じゃ、どうやって?」
「それは簡単よ。あなたの中に眠るのは灼装。異能力が眠っていると、本気で信じなさい。」
「本気で...信じる?」
「ええ。空を飛ぶ鳥は、自分が飛べることを疑問に思うわけないわ。大事なのは、意志の力。成し遂げようとする心の力。それは、現実世界でも、この世界でも変わらないわ。言ってしまえば魔力は精神力と同義であるといっても過言ではないわ。だからこそ、信じなければ魔力が湧き出てくるはずもないでしょう。」
「それって実質的な精神論じゃないか。そうはいっても...」
「あら?信じることはできない...かしら。なら、別の言い方をするわ。思い込みなさい。自身が最強であると。自身にできないことは何一つとしてないと。それも一つの形よ。」
...結局精神論な気がする。能力が存在することは多分本当なんだろうし、魔力の生み出し方っていうのがそれっていうのもなんか納得できるけど。すごくインチキ宗教臭い。
「なんか釈然としないって顔してるわね」
「表情に出てたなら申し訳ないけど...」
「まぁ、気持ちはわからなくもないわ。私だってあなたの一部だし。」
「こんな美人が俺の一部...ね」
それならもう少し、美形に生まれたかった。
「美人っていうのはうれしいけど、正直当たり前なのよ。」
「なんで?女神様とかそういう理由?」
「ええ。そうよ」
「俺の心に女神さまが住み着いてるとは。これなんて借りぐらし?」
「・・・言いえて妙ね。」
「ん?なんで?」
「何でもないわよ。それより、あなたのことだから余計宗教臭くなったとか思ってるんじゃないのかしら」
あ。バレテーラ。なんか悔しいな畜生。
「はぁ。バレてる。困ったな。さすがの心の借りぐらし」
「まだ言うのね。そうね...」
「別のアプローチが必要か?」
ついに、男が口を開く。
「・・・そうしてくれると、信じやすいし思い込みやすいんだけど」
「そうか。わかった」
そう言って男は立ち上がる。
「お傍に」
「大丈夫だ。だが、代わりに暁人。お前が来い」
「・・・わかった」
美人が支えようと動き出しかけるが男が制止し、逆に暁人を名指しで呼び、肩を貸させる。
そうして話は次の段階に進んでいく。
戦闘なんてなかった...申し訳ねぇ...時機に進むからもう少しだけお待ち下せえ。
あと、21時にもう一本上がるんで、よかったら見たやってくだせえ。