第2話 |紡啓《ぼうけい》
「キーンコーンカーンコーン」
正体について話そうとした万術者を遮るように、学校のチャイムが鳴り響く。そして...
「あーあー、マイクテスト。チェック、ワン、ツー」
『!?』
割と舐めた感じの、校内放送、緩いチェック。いくら緩くたって、この後の展開は大体察することができる。首謀者に振り回されることが容易に想像はできる。当然の如く、みんなには緊張が走る。
「・・・」
先ほどの話を急遽やめて、割とシリアスな顔をしているひじりん、瞬、鷲崎。
少なくとも、暁人はここを、地獄であるとは考えていなかった。というのも、そもそも地獄を作りたいのであれば、ここにいる人間に武器を持たせ、殺し合いでもさせれば簡単に地獄は作れる。最初から超能力じみたものを持たせて使い方を解説しないくらいなら、デスゲームの提案は十中八九ない...と、思う。
・・・まぁ、ここから解説アンド殺し合いとかあってもおかしくないから少し眉根を寄せた様子になってしまうのだが、まぁしょうがない。
少なくとも、暁人はこの時点ですでに確信していることが一つだけあった。それは。
この校舎で使うことを前提に考えられてないのだろうということだ。
単純な話である。どれだけの大群を呼べたとしても、道が狭すぎては数が活かせない。鷹の如き視力を得ても、遮蔽物が少ない校舎では意味がない。自身の能力が、超高温の武装をつくって振るおうとも、普通の校舎であれば、燃える。少なくとも、物理的には。まぁ、超能力に物理法則の適用が正しいのか、正直不明だが。
とりあえず、鷲崎のこともあるわけだから、少なくともバトルフィールドは校舎の中にはならない...とは思う。多分。きっと。おそらく。めいびー。
そんな曖昧な仮説に自信をつけようと考え、一応ポーズ的にも眉根を寄せながら次の放送を待った。
「えーっと?聞こえますかー???」
返答を待っている様子ではあった。だがしかし
『・・・』
「・・・?」
あまりに返答がないのに驚いているのだろう。
「そーんなに絶句しないでさぁ、だーれかこたえてくれなーい?]
そんな舐めた様子の放送相手にみなが無言を通していたため、さすがに状況を悪くすると判断し、暁人が返事をする。
「あなたは誰で、どこにいるんですかねえ?」
割と大声で応答する。周りから注目を浴びるがしょうがない。
「・・・はやくこたえてもらっていいですかねぇ?泣いちゃいますよ?」
・・・?みんなが顔を見合わせ、きょとんとする。暁人は半ギレで叫ぶ。
「はぁ?だから応答してんだろうが!」
「あ、これ校内放送だから聞こえねえのか。反応してたらわりい。」
「ファ〇ク!!!」
無駄に恥ずかしい思いをしただけだった。こいつ死ねばいいのに。
「むぅ...困ったなぁ...」
本気で困ってそうだがこっちのセリフである。ってかこいつに直接会いに...
「んじゃまぁ、しょうがない。みんなまとめて一人ずつ同時にお話ししようか」
『は?」
明らかな矛盾。みんなまとめて、はいい。一人ずつ、同時にお話し…ってこいつ何を言って
『夢描、夢渡』
パァン!!!
大きな柏手の音。気体を通り、振動は伝わる。空気を振動し伝わる音、だがしかし。
鳴り響いたときは、すでに別の空間であった。と、いうよりは、まるで、柏手を打とうと動かしあい、手のひらと手のひらの空間が消えゆく瞬間に、そこに教室の風景か集約され、柏手とともに、世界が広がったかのようだった。そうして手をたたいた者は目の前に立つのは見知らぬ男...と思われる人型のようだった。狐面をかぶっているし。かなり細身で、むかつくような笑みを浮かべている...と思う。
「やぁやぁ、驚いたかい?」
「誰だてめえ」
わかりきってるけど、とりあえず知らないふりで対応した。したかった。
「君のことは知ってるよ。確か、『灼装』持ちの八束 暁人君、だったよね?」
「だからてめえは誰だよ」
明らかなる無視に半ギレでもう一度聞き返す。
「いやー、僕ってすごいでしょ?こんなことも簡単にできたしまうn...」
「話をきけぇ!!!」
「うわ、あっぶねえ!」
真正面からドロップキックをかます。かわされて地面を滑る。微妙に痛い
(地面を滑ったときにいたいって感じる程度の高度・・・材質なんだ?)
「NPCって感じじゃねえんだな。もう一度聞くぜ?てめぇは誰で何者だ?」
「・・・想定していたより、よっぽど頭が切れるじゃないか」
うっすらと、感嘆が混ざった様子で、暁人に声をかける。
「想定?随分と引っかかることを言ってくれるね」
「はぁ、切れ者はダ・ヴィンチだけで十分だと思うんだが...あえて答えない方向でいこうか」
探りを入れようと、質問をしようと思った暁人が口を開くよりも先に、狐面の男(仮)が口を開いた。
「さて、自己紹介から始めよう、待望のね。」
「いや、聞こえてたんのかい」
「私の名前は、ヒュプノスとでも名乗っておこうか」
・・・は?
「ヒュプノス?ガチで言ってんの?」
「え?うん」
「自称?」
「そりゃまぁねえ」
「あ、よかった」
「え?もしかして本気で神だと思ったの?」
「いや、これ起こせんのは仮定神でも問題ないし。それ以上のことがあるし。」
「・・・ん?」
一度深呼吸して述べる。
「お前、この世界は、夢の世界だって言ったのか?」
「・・・」
口元をにやり、とゆがめて・・・ゆがめて・・・?
「お前微笑浮かべている?」
「え?うん。にやりと笑って見せたけど・・・」
「お前の狐面で分かんねえよ!!!!!」
「あ、そっか」
あっさりと狐面を外す、自称ヒュプノスを名乗る男性。実質不審者だろこいつ。
別に見知った顔ではなかった。不健康そうな色の顔をした男だった。笑顔の感じには不審さはないし、なんとなくだが、そんなに嫌いになれない。
「・・・」
「急に沈黙してどうしたんだい?美少女じゃないから期待外れって感じかな?」
「ちげーよ。いろいろ考えることがあるんだよ]
「素顔さらしたとたんにそれかぁ。まだまだ若いねぇ」
「うるせえ。」
そんな風に茶化されるが、考える時間を与えてくれるようだ。ゆっくり、頭を回し始める。・・・物理的に、ではなく、脳みそ的な意味で。
まず、こいつが名乗ったヒュプノスという名前について。確か、ギリシャ神話かなんかの「眠り」の神かなんかだったはず。つまり、夢の世界観、と考えても問題はないということだろう。どうやって、俺の夢とクラスメイト達との夢をつないでいるかは不明だが。
んで?こいつはどういう存在か、も問題なんだけど...夢をつかさどる力を持ってると仮定しておこう。これなら、急にここに移動させられた理由も、結構簡単に説明出来る。ただ、問題なのは。
(・・・こいつ、どっからどう見ても既に死にかけの末期の状態にしか見えねえのも問題なんだけど。)
「さて?そろそろ頭の中では、まとまったかい?」
「え?うん。とりあえず。」
「気が抜けてるねぇ...まぁいいか。先に好きなことを一つ聞く権利を上げよう」
「いや、ゲームマスターとしてなら説明は義務だと思うんだけど」
「ゲームじゃないですしー」
人に気が抜けてるとか言っといて何だこのくそジジイ。自称神を名乗る、危ないタイプでボケが来ているクソ老人ぐらいに思っていいかな。・・・ダメなんだけどさ。
「・・・質問、か。」
「別にしなくてもいいんだよ?」
「・・・よし。俺のききたいことは決まった。」
「ったくシカトかよ。かぁー、最近の若いのは、ったく。」
やれやれといった様子を出すジジイ。やっぱりくそジジイだ。
だが。一瞬で目つきを変えて。鋭き目で。鈍色の、衰えぬと雄弁に語って見せる眼に映る光。すさまじきまでの、気迫とともに、
「聞こう。てめぇの問いはなんだ。」
威厳の塊の如き一言。単純に問いを問うただけとは思えぬ気迫。
暁人といえど、一瞬気圧される。だが、
「ふぅ...」
大きく息を吸って、小さく、長く息を吐き整える。そして、眼に強く、澄み切った光を携えはっきりと聞いた。
「俺は、俺たちは、何と戦うためにここに呼ばれた 」
その一言に、驚嘆の色を少し顔に出す。
「・・・それがてめえの聞きてえことか」
その問いに暁人はこう答えた。
「んなわけねえだろ」
・・・?
「は?」
より呆気にとられる自称ヒュプノス。いや、夢の神。
「この質問と返答は想定外だったのか」
「当たり前だ。質問はまだしも、返答などふざけるのもたいがいにしろと、本気で、本気で...」
怒りが頭に上ってきたのだろう。
「はぁ、ジジイ...じゃねえ、自称ヒュプノス。お前勘違いしているぜ」
「あ?」
まぁ、人間ならば、真意を知らぬのならば、当然な反応だ。聞きたいことを聞け、という問いに対し、この男は自身の聞きたいことを優先しなかったのだ。
「・・・真意を聞こうか。」
「俺がしたかったのは、3つ。」
右手で、手のひら側を向けながら中指・薬指・小指を伸ばしはっきり告げる。
「一つ目。俺らは俺らで、すでに推論を立てていた。それがどこまで正しいか。そこの確認になりえるから。」
そう語り、薬指をたたむ。
「二つ目。仮に正しかったかさておき、自身らの推測能力、および分析能力を第一の試練でしっかり示す必要があったから。」
そういい、小指をたたむ。
「三つ目。それは」
そこで一度切り、ゆっくりと手の甲を翻し、中指を立てたまま、手の甲を向けた。
「てめえの神性を奪い取るためだ!ヒュプノス!」
この問答で一番したかったこと、それは。
夢の神の絶対性を剥奪し、神でないと証明することである。
手を、ギュッと鳴るほど拳を強く握り、神性の存在しなくなったジジイに真っすぐと向けた。そして人差し指で、神を名乗った男を指しながら、
「お前は夢の神を名乗った。ということは、本来、夢で起こったこと、および夢で起きることはお前の思い通りでならねばならない!だが、お前は真意を問うた!それこそが絶対の存在でないことの証明だ!」
力強く言い切った。
「・・・」
眼をつむり、ゆっくりとかみしめるようにしている、自称ヒュプノス。
「・・・」
見ていることしかできない暁人だったが、
「はぁ、まったく。ありがたいな。」
男が言ったその一言は、安堵がこもっていたように感じた。
「・・・?」
指をさしていた手をスッと何でもないがごとく、腕組みをした形に治す。
「あぁ、いいだろう。答えてやる。だが、その前に。もう一つ。」
「・・・まだ試練が?」
「いやいや、暁人君。そんなことじゃない」
優しげな眼に戻ったジジイが、否定をする。
「?」
キョトンとする暁人、そんな様子の暁人に対して、こう告げた。
「あれは本当に君の問いじゃないのかい?」
「俺の問いではないな。そもそも、ダチがいなきゃこの問いすら浮かばねえんだ。だから、『俺』じゃねえ。『俺達』だ。」
「・・・なるほど。なら、重ねてもう一つ。君自身の問いは?あるかい?」
「・・・、そうだな。一つ。」
ゆっくりと目をつむり、味気ない日常を思い出す。そして目を開き、
「・・・非日常は楽しめるか?」
・・・味気なくて、他愛なくて、つまらなくて、あきらめかけて、今までの自分に絶望した自分だったから。
苦しかった。高校と違い周りの頭が悪いことが。
つらかった。全力を注げるものが、なくなってしまったことが。
悔しかった。努力を怠った牙が、刺さらなくなってしまったことが。
だから。今度こそ。
間違えない。あきらめない。全力で。
その祈りを、その決意を、心に秘め、それが眼光に現れ出ていたのを。
男は、老人は。夢の神は。見逃さなかった。
「・・・あぁ。君はきっと、もう一度。全力で挑めるだろうさ。」
そして、
「ようこそ。君の全力をもう一度ぶつけられる場へ」
自信に満ちた表情で、堂々と。か細い腕を。衰えた腕を。差し出して。
「君にこの世界のことと、灼装の使い方をおしえよう。」
夢の神は、笑顔そう述べた。