第15話 |炎纏《えんてん》
「・・・ったく!いつまで時間稼いでいればいいんだか!」
一人悪態をつきながら、暁人は素手でさばき続けていた。
ホブゴブリンの攻撃は紙一重で。かといって後ろに逃げ続けるわけでなく。正しく、合いの手を打つように、呼吸を合わせる踊りのように、蝶のようにひらひらと回り回って舞い続けるがごとく。
棍棒での突きは回って躱し、敵の二の腕に軽く拳を当てる。それ自体にほとんどの威力はない。多少の牽制にすらなってない。しかし、まさしく合いの手とでも称するのが正しいタイミングである。
腕を当てた動きのそのすぐに、反動で跳ね返った自身の腕をホブゴブリンの腹部に叩き込む。一瞬。ほんの一瞬隙ができるものの大きな隙とまでは言えない。だから、また、回る。
回って、回って、回って。相手の動きを、流して、流して、流して。その手に、腕に、身体に。順調に刻まれていく疲労、痛み、傷跡。
それらを心と身体でかみしめて。自身の弱さと理解して。それでもなお、折れずに時間を稼ぎ続ける。
横に薙ぐ棍棒の一撃を。向きをそろえて、身体を回す。真っすぐ振り下ろされた棍棒は横によけて。1発2発と打ち込んで。相手の脇をくぐって。
とかく、時間を稼ぎ続けた。勝てる勝てないではなく。それを使命と理解したから。
そうして、十数分。いや、もっとかもしれない。
素手で闘いを過ごした。その時が来るまで。
そしてようやく。その時は来た。
(あー。八束君。この『音』届いてる?)
「!?」
突然、暁人のもとに詩織の声が届く。
少し驚いて、素手で闘っていた暁人は後ろっ飛びをしてホブゴブリンから大きく間合いを取る。逆に間合いを取られたホブゴブリンとしては、警戒をし近づくことをためらっている。
(・・・その様子を見ている限り、聞こえているみたいだね。)
「・・・いや、まあ、うん。で、何?」
正直なところ、結構ビビったのは事実だが、ホブゴブリンからも目は離せないわけだから...極めて冷静になったのだが。
(あ、ごめん。先言えばよかったね。)
「うん?どした?」
向こうが何かを伝え忘れていたことがあるようで、軽く耳に手を当てながら聞く準備をして。まるで、無線で通話でもしているがごとく。
だが。
(えーっとね。そっちの声聞こえてないから。ごめんね?)
「クソが!」
いつぞやの、再現の如くである。ホブゴブリンは訳も分からず叫ばれたせいで、一瞬後ろに引く。ちなみに、これだけは向こうがわの教室にいる面々にも届いていた。
(いや、だからごめんね。聞こえてくるのだけ聞いててくれたらいいから。拗ねないでね?)
拗ねてなどいない。拗ねてなどいない、が。
心なしか。目に悲しい殺意が宿り、体勢を立て直して突っ込んできたホブゴブリンをただ躱すだけでなく。
「フンッ!」
暁人はさっきよりも数段重いブローを打ち込み。また躱し。威力を上げて殴る蹴るの暴行をホブゴブリンに加え始めた。
それでも全く効いていない...いや少し効いてるのか?程度であるホブゴブリンはすごいが、どちらにせよ。
ただの八つ当たりである。
(えーっとね。まぁ、詳しく説明をしなくちゃいけないから、こっちとスイッチで入れ替れるように、わかりやすい合図とかできない?って相沢君が言ってたよ)
正直、文句を言いたい心はあったが。スイッチをしてもいい物か、迷っていた。それは単純に、周りの強さを知らないからでもあるのだが。
そんな暁人の心中を理解していたのであろう聖の伝言にはまだ続きがあった。
(まぁ、大丈夫だと思うよ。相沢君曰く、殺傷力はお前に及ばないが時間稼ぎや肉弾戦ならなんとかできると思うぜ、だって。だから炎かなんかで合図をくれ、ってとりあえず伝言ね。)
なるほど。にしても詩織さんの音弾いいな。指揮系統これで色々できるそ。考えたな。
でも音を選べるからったって、肉声に限りなく近づけてるのかな?それとも、肉声飛ばしてんのかな、って。
「考えてる暇はないわな」
棍棒を振るった相手の腕に自身の腕をひっかけて、軽く崩しながら、自身の立ち位置を教室の側を背にするように立つ。
それを意に介する様子のないホブゴブリンは先程同様、的確に棍棒を当てるために距離を詰めてくる。
振るった棍棒を大きくバックステップをすることで躱し、後ろの教室にいる面々の方に下がってゆく。
さて、そろそろか。と軽く決意を固めた暁人は、相手が棍棒を振るうタイミングで唐突に近づき。
「フッ!」
横なぎに払われる棍棒を無理やり足場にし、少しだけ上に飛ぶ。そのまま。
「ヨッ!]
ホブゴブリンの頭をつかむと顎に膝蹴りを打ち込む。性格の悪いことに、膝当てを作ってから。さらに。
その勢いにホブゴブリンがよろける前に自身はホブゴブリンの腹に蹴りをいれ、その勢いを使って後ろに飛ぶ。さながら、非情な悪魔である。
そこに加えて自身の推進力確保と合図のために炎の噴射を顔面に行う。おかげで、暁人は合図と後退を同時にこなせたがやられている側からすれば、泣きっ面に蜂、に加えてタンスに小指と頭にタライ、とでもいったところだろうか。想像したくないレベルである。
そんな想像もしたくないような状況でも、ホブゴブリンはくじけないし、へこたれない。めっちゃ痛そうだけども、戦意一つ喪失してない。超強い。
そんなホブゴブリンのところに。
「らぁ!」
「せいっ!」
留目の鋭い(爪が生えた)蹴りと、浩也の鉄(より硬い金属)の拳が襲う。
もはやリンチである。
しかしそれでも倒れない。これはレイドボスと呼ばれるレベルか、もしくは負けイベントとでもいうべきタフさ加減である。
ちなみに。二人の攻防の方法はいたってシンプル。棍棒を振るう攻撃は、浩也が前にいるときは『金剛』によって受け止め、逆に留目が前にいるときは、腕自体に攻撃を仕掛けて軌道を逸らす、といった形である。
二人で闘っている分、暁人の全速には及ばないものの、二人であるという手数の多さと、個々の異能を生かした戦い方だと言えるだろう。
「・・・堅実だな。あれはひじりんの指示?」
「そうだよ。というか、時間稼ぐだけならあれだけでいいし、無理に攻めなくていいと指示も与えてあるしね。」
「・・・まぁ、あぶねえしな。あれ。」
「そうだろうね。それにあいつの集中力...がどこまであるかわからないけど、いろんな攻撃に対し予測を立ててることはわかってるから、篝が壁に影をちらつかせて、意識逸らしたりしてるしね。」
「うっわ、エッグい。」
「それはさておき、水とかもらったり、治療してもらうと良い。擦過傷ばかりだ。」
「ん?」
二人の会話に割り込まないように気を使ってくれていたのか、聖の後ろから六花さんが。教室の中から沙紀さんがひょっこり姿を現した。
「・・・お願いしてもいい?」
「はーい。」
暁人が二人のほうを見ながら一声かけると、六花は無言ながらも力強く頷き、沙紀は間延びしたような返事で承諾の意を示してくれた。
「よかったな、暁人。随分なハーレムだぞ。」
「ハーレムを築くためにここまで命かけられねえわ。」
「・・・とりあえず暁人。コップないんだけど。どう飲む?」
「冷めた鉄は作れないしねえ...どうしよ。」
「手に受け皿作ればよくないかい?」
「さすがひじりん。それで行こう。」
「・・・少し考えればわかることだったね。ごめん。」
「いや、気にしなくてもいいと思うよい?」
そんなここが戦場とは到底思えないような雑談をしてから。水を口に含み、ゆっくりと飲み込む。
体に、五臓六腑に染みわたる、恵の水。そして、ほのかに暖かく安らぐ癒しの異能。
「・・・よし。大丈夫。まだがんばれそう。」
「唐突だね、暁人。まぁいいか。じゃあ、あいつの倒し方の話から行こうか。」
「どこ狙う?心臓?」
「狙う余裕あるのかい?」
「いや、ない。まったくといっていいほどない。」
「うん。ピンポイント心臓とか、狙うに狙えないよね。」
「じゃあ、どこ狙う?頭蓋骨かち割るのは無理だよ?」
壁にゆっくりともたれかかり、腕の微妙な傷を目に見える不思議な光で治療してもらいながら、暁人は聞き返す。絵面だけならかなりの大物状態である。
「首をスパッと。」
「切り落として?」
ひじりんの言葉に左山さんが言葉を続ける。表情はおいしいとこどりしてやったりって感じだ。
だけどさ...
「もっと無理だと思うんだけど。」
「だよね。観察て思ったけど、手段あるの?聖君。」
「・・・水圧カッターは無理だよ?」
三人は口々に言う。
「まぁ、それは暁人に集中してやってもらわなきゃいけないから後々ね。それはさておき、他の質問はある?」
かるーく返すひじりん。何させられるんだろう。というか。
「一つ確認なんだけどさ。」
「はいはい?」
「さっき、腹のところで真っ二つにしといて今更だって言うのはわかるんだけどさ。」
「ふむ?」
暁人は一息置いて、ホブゴブリンを指さしながら少し音量を上げて聞く。
「あれの首飛ばして大丈夫!?変な液体でない?触れただだけで痣になるような粘液でない!?変な巨人も出てこない!?」
「ないない。それにお前は姫でもなければ物の怪でもないし。どちらかといえば武士じゃん。」
「たーしか、いや武士は自動小銃を使いませんー。」
「スペンサー銃くらいは使ってなかったか?」
「一応明治入る前の大政奉還前後はあったかな?」
「聖君。暁人君。」
「・・・いまは、どうでもいいと思うよ?」
男どもの暴走をあっさりと止める女子勢。
「確かにそれもそうだね。」
「じゃあ、具体策の方に行こうか。」
「さーんせーい」
やっぱり緩い。そんな感想を飲み込む面々。といっても、聖と暁人以外の面々だが。
「・・・緊迫感とか必要ないの?暁人。」
「まぁ、確かに。桃園さんの言いたいこともわかるんだけど...大丈夫だよ。」
暁人は区切り、ニッコリと笑みを作って言った。
「どうせ、あっちに行けば、集中力は跳ね上がるから。」
この瞬間に少しだけ、ほんの少しだけ緊迫した空気感に変わったことに少し六花は恐怖したが、そこにいるのはいつもと変わらないように努めてくれている暁人だと気づき、少しだけ安心していた。
逆に聖としては暁人の性格をなんとなく理解している。みんなの前では道化だが、影では死ぬほど真面目なこと。どんな試合でも、全力を尽くして手を抜こうとはしないこと。だからこそ、今この場でふざけていて流れ弾に、なんてことは起こりえるとは考えていたがそれでも。
この場においては、次の集中のために今は休ませていたかった。
「よーく聞いてね?暁人。」
「うん。何すればいいの?」
「端的に言うと。もっと速くなって、首を切り落としてもらうんだけど。」
「さっきより?」
「当然。」
「方法考えてあるんだよね?ひじりん。」
「もちろんだって。さて、と。」
そして作戦は伝えられる。
そこに残ってのは暁人のため息と、他の面々の唖然とした表情だった。
浩也と留目は苦戦し始めていた。この二人の素の運動神経は悪くはない。加えて能力の習熟度は、メンバーの中では高い方だろう。
だが、それは。無限に持久戦を続けられるという話とはまったくもって違う。確かに、能力の維持だけならこの程度の時間稼ぎは問題なかろうと。
それを戦いの中で行うことの難しさは、桁違いである。
例えば、相手に対して物理攻撃が聞かないとわかったらあなたならどうするだろうか。少なくとも、よほどの怪力でもない限りは物理以外の手段を取ろうとするだろう。少なくとも、自信が疲れる要因となる攻撃は避けないだろうか。
つまり。ホブゴブリンは学習し。ただ殴るだけでなく、掴みを覚えた。
これは浩也にとって厄介極まることであった。なんていったって、近づくに近づけなくなる。当然のように、パワー勝負じゃこのクソゴブリンには勝てない。頑張って、踏ん張って、身体を固めて、漸く踏みとどまることができるレベルなのだ。
そして留目に対抗するように一撃一撃が重く振られるようになっていく。
敵の一撃を逸らせない。受けれない。
腕をつかまれれば遠くへ投げられるか、たたきつけられる。腕に蹴りを入れても、軌道が逸らせないっこともあれば、足を勢いで持っていかれもする。より緊迫していく戦いに二人は疲労を隠せなくなっていった。
「はぁ...はぁ...」
「脚...やばいな。」
「俺もだけど...まだ持つ?」
「大丈夫...とはいいがたい。」
どうにかして、もう少し、もう少しだけ、と考えながら戦い続けていく心境は死ぬほどきつい。
先ほどまで、サラリサラリとよけたり受け流していた暁人の怪物性がこの二人にもとてつもなく理解できて来た頃、ようやく二人に救いの如き「音」が耳に届く。
(二人とも、聞こえる!?下がっていいって!)
その音が、二人に撤退を命じる。まさしく、福音とでもいうべき音である。
そして、二人が感謝とともに、後ろの大きく下がった瞬間。
誰かの声が聞こえた。
『灼装 炎夜叉』
そして二人の間を、凄まじい速度で、何かが突っ込んでいった。
・・・それは、暁人であった。
その恰好は、腕には包帯がまかれているように見える。加えて上半身は、裸。多少であるが筋肉の乗った体に、下半身には日本の和服のような服を着ていた。
そして何より、全身が。衣服も含めた全身が赤い光を纏っている。
その姿の暁人はもはや、誰かすらわからないほどの速度を叩き出し。一瞬で、ホブゴブリンの真正面に立つ。
突然といっても過言ではない現れ方をした暁人に対し、ホブゴブリンは驚くよりも、逃げるよりも。ほぼ反射のごとき速度で棍棒を横なぎに振るう。
その速度は、今までよりも数段速い。まさしく、獣の本能だった。
だが。
「・・・俺の勝ちだ。」
相手の振るった棍棒の下を潜り抜けて、壁に飛ぶ。暁人から見た右側の壁へ、そしてそのまま三角飛びをしながら空中で半回転。そして。
いつの間にやら握られていた日本刀は、赤き光とともに。ホブゴブリンの首を刎ね飛ばした。
「・・・炎天三角斬り...なんて名前は決まり手にはちとダサいか。」
そうつぶやき、炎夜叉を解きながら背中からゆっくりと倒れこんだ。
「・・・なにあれ。早すぎるだろ。」
「ギリッギリ。目で追えたぐらいだよ。」
浩也と留目は、篝のいるところまで戻りながらそう声をかけ、他の4人の方へ歩を進める。
「え?マジで?あれ見えてんの?」
「留目やべえな。俺全く見えねえもん。」
篝と浩也が純粋に尊敬する中、留目は少し照れくさそうにこう続ける。
「えーっと。鷹だから、うん。めっちゃ眼がいいんだよ。」
軽くネタばらしをすると二人は納得した様子でうなずいた。
「なるほどなー...そんで?どんな動き方をあいつはしてたんだ?」
「えーっと、それでもくっきり見えたわけじゃなくて、光の動き方みたいな感じなんだけど。」
「いや、それだけでもすげえわ。」
質問の回答を聞いて納得しながらも驚く篝。
「まぁ...それで暁人の動きなんだけど...棍棒をくぐって避けて、壁に向かって跳んで、壁蹴っ飛ばして相手の後ろに回り込んで」
「すまん。ちょっと何言ってるかわからないんだけど。」
「えーっと、えーっとね?」
「お、おう。」
正直な話、理解が追い付かなくて待ったをかける浩也。説明に苦労をする留目。なんとなくでやばさを理解した篝。
「・・・とりあえず要約すると。クソヤバイ。でいいかな。」
「うん...でもほら、異次元的な動きの参考にはなったよね。」
「あー...って俺ら理解できてないからなぁ...今度解説お願いするわ。実演込みで。」
「うん。頑張る。それで...」
そこで切り、今更のように暁人の方を指さす。
「誰か回収行かないの?」
「「「あ」」」
この集団。男4人と女3人。素で暁人のことを忘れていたようである。気づいていたやつらはいたようだが。
「・・・ちょっと...暁人ひろってくるね?」
「よろしくね。桃園さん。」
「あ、あたしも手伝うよ、りっちゃん。」
「あ、ありがと。沙紀ちゃん。」
そんななか天使の如き二人にあっさりとよろしくという聖。おそらく敵はもういないのだと判断しているのだろう。
実際、敵の気配は一切しないが。
そしてまたお話はすすんでゆく。
遅くなってすみませんんんん(平謝り)
続きは急ぐから。僕頑張るから!
いつも見てくださっている方、誠にありがとうございます!




