第13話 |所詮《しょせん》
二人が廊下に出るとこちらを向いた存在は何体かいた。だが...
「・・・あれ?遠くね?」
「こっから、10メートルちょいを想像してたんだけど。」
「処理の必要ないじゃん。撤収撤収」
感知したゴブリンたちは校舎の、大体中央くらい。しかしながら暁人たちの教室は端っこも端っこであったためぶっちゃけ戦う必要は微塵もない。トイレだってすぐそこだし。
暁人が撤収を告げ、身を翻し教室に戻ろうとしたその瞬間だった。
教室の方向をめがけて全力ダッシュで向かって来ようとするゴブリンの姿を視界の端でとらえた。
「うわ!?クッソキモイフォームでこっち来た!」
「言ってる場合か!構えろ!暁人!」
小さいゴブリンは短い足をできる限り早く、といわんばかりの前傾姿勢で。割と大きい...何ゴブリンだ?ホブゴブリン?デカゴブリン?みたいなのは、その醜さと無駄な脂肪を詰め込んだ贅肉どっぷりのお腹を揺らしながらどっさどっさ走ってくる。
「クソが!俺前でいいな!」
「りょーかい。援護する。」
するりと、一歩前に右手と左手を合わせながら、前に出るは暁人。それを見て二本の槍を構えながら二歩後ろに下がる篝。
当然だが、この二人は互いの異能がどういったものかを知っている程度に過ぎない。だが、即座に前衛後衛を決め、位置取りまで済ませたその手際は相当なものといっていいだろう。
「にしてもさぁ...」
ごねながら、暁人は口にする。
「こいつら体格おかしいだろ!チビとでかぶつってなんだよ!塩梅を知ってくれ!バカかよ!」
その言葉を吐き捨てながら、右の拳を握り、左の手のひらにあて魔力を集める。
すぐ近くに一匹のゴブリンがたどり着き、殴り倒さんと振りかぶりながらとびかかる。
『灼装 灼刃!』
そのゴブリンが殴ろうとした瞬間に、前に倒れるほどの前傾姿勢とともに、左の手のひらから赤く燃え滾る日本刀を作り出し、一呼吸の間に。
パサン!
さながら居合抜きの如きモーションで、異様な音ともにゴブリンの身体を横一文字に断ち切った。
具体的に言うとはらのあたりを。
ゴブリンは空中で真っ二つにされ、横向きに回転しながら断末魔を上げもせず、緑色の血を噴出しながらごろりと地面に落ちた。
周囲では教室から小さな悲鳴がしたし、ゴブリンから聞こえる雄たけびはさらに増したようではあったが、今の暁人にはそんな音、耳には全く届いていなかった。
正確に言うなら、耳に入っていたとしても脳には全く届いていなかった。暁人の才能の一つ。極限の集中に入っていたからである。
暁人の極度の集中状態は、アスリートで言うところのゾーンとよく似ているが、本質的には別物である。アスリートのゾーンはあくまで、ゾーンに入った人間の本来出しえる実力の100%、あくまで本人が出しえるベストスコアでしかない。
だが、暁人の極限の集中はまた別物。この男の集中は潜在能力を開花させる。つまり、ゾーンが本来持つ力を100%引き出すものなら、暁人の集中は120%や、もっとその先を引き出すことができる。
当然代償はある。当たり前な話だが、それだけに脳が過剰出力で死ぬほど疲れるため短時間しか持たない。そして何より。
人の話を聞かなくなる。これが戦いにおいてどれだけ困ったことかはチームスポーツをやったことのある人ならわかるだろう。
それでもあえて、わかりやすく言うなら、司令塔や監督の言うことを聞かないで、ボールを持ったら自身の技量のみで単身突破しようとする、サッカー選手のようなものである。加えてそこに命がかかる訳だから、もっと迷惑なのだが。
だが、この二人は次元が違う。そもそも、味方にボールをつなぐ必要がないし、単純に敵を屠るだけなら技量オンリーで十二分なのだから。
暁人が一体目のゴブリンを切り裂き次のゴブリンに肉薄する。
左肩を前に、右の手を少し遠くへ離し構えながら舞を踊るがごとく、流れに身を任せるがごとく、身軽に第二のゴブリンの真っすぐ振り下ろしたこん棒をよけ。
サクッ。
あっさりとした音とともに、ゴブリンの胸元を貫く。想定より手ごたえ軽く、深々と貫いてしまった日本刀を捨てするりさらりと回転し距離をとる。
そうはさせまいと後続のゴブリンたちは近づく。
ゴブリンの血のせいか、暁人の日本刀の赤き光に目を取られたか。
足元への意識がすっかり抜け落ちていた。
暁人が一歩引いた空間。そこには。
ただ、影があった。
そもそも、影に意識を割くのはおかしな話だ。まして、戦いの中なのだ。ゴブリンたちも、暁人ほどではなくとも、集中はする。
だが気付くべきだった。暁人の刀が照らす光があるにもかかわらず、不自然に伸びていた影に。
暁人の後ろにいた篝の、槍は不自然に床と同化し、またそこから影が伸びていた。
その影は、暁人の後ろからゆるりと伸びていた。暁人の足元を通り、当然のように床を伝って。
そしてその影は、ゴブリンの足元に届いた。いや、ゴブリンたちは届かせてしまった。ゴブリンたちが自ら歩を進めることによって。
そして、影は。
いともたやすく現実を侵食した。
『影刃』
ゴシュッ!
「「「グギァ?!?」」」
3匹のゴブリンは明らかに間の抜けた声を発し、影から唐突現れたその黒い刃に、驚くほどあっさり貫かれ、そうして刃が影に戻ると地に落ちて。
その場に緑色の血だまりを作った。
数匹のゴブリンたちといえど、理性がゼロではなかったらしく、遠巻きにいたゴブリンたちはその様子を見て驚いた様子で、2、3歩ほど後ずさった。
だが驚いたのは、ゴブリンだけではなかった。
今度はあまりの威力に絶句する教室の一同。だがそれだけではなく。
唐突に目の前に現れた想定外に暁人は驚き、後ろっとびしたが、おかげで一つとっても大切なことに気づけた。
(あ...篝おったわ。)
何をあほなことを、と思うかもしれない。だが。
この男は完全に失念していたのである。
「・・・・・ビビった。」
「お?おーすげえだろ。俺もやるときゃやるんだぜ。もっとあがめてくれたって」
「すまん。存在忘れてた。」
「だよなクソが!」
正直、篝としても動きにくかったのだろう。それでも篝の技量であれば、ゴブリンたち程度はあっさりと倒せるといったところだろうが。
「・・・じゃあ、そのまま牽制しといて。」
「へいへい。だけどいいのか暁人。こっからアイツら攻撃できんのか?」
「余裕だわ。」
さーてそれじゃあ、どうしますかね。余裕だわとかノリで言ったけど。
(おそらく俺が知りうる中で最大射程の武器は多分だけど、スナイパーライフルか大砲か...だけど...)
大砲であれば一掃できるだろう...場合によれば、校舎ごと、まとめて。
(・・・校舎の強度とか御伽噺だし、関係ないっちゃないんだろうが...夢の盾を現実の理論武装の一撃で砕いたばかりなんだよなぁ...。どうしよう。)
そもそも、暁人が作る武装は全て理論の結晶である。銃は貫通力を高めるために弾自体を回転させるし、刀は強度を捨て、鋭くすることで命を絶つ形に進化させている。
また、武術とは威力の最効率を導くための技術であり、たくさんの合理が積み上げられた言ってしまえば科学の極限であるわけだ。具体的に言えば物理と生物あたり。
それはさておいても、暁人からすれば現実の力の方が夢の世界に力で勝ってしまっている、と考えていた。そのため。
(ふーーーむ。質量でつぶすしたらまずいかなぁ...そうだなぁ...)
「少し時間稼いでてくんない?」
「任せろグッナイ」
「いやなんでだよ、まだ寝ねえよ。」
篝に文句を言いながらもゆっくりと眼をつむり、右拳と左拳をしっかり握り左右両方に腕を開いた形で魔力を練り始める。
(ここから、あいつらをぶち抜くためには銃がいる。だが、火縄銃だとリロードが大変だ。なら。)
『灼装 双自動小銃』
両手に真っ赤な光を輝かせながら自動小銃が具現する。
当然のように作り出し、敵に照準を合わせふと思い返す。
(あれ?俺これ自然に作ったけど反動どないしよ)
この男はアホであった。
だがしかし。天才であった。
二丁の小銃を、不格好ではあるが、肘は伸ばしきらずに前に出し銃が邪魔にならないよう少しだけ銃の向きを内側に倒して照準を合わせる。
この際、膝も曲げ身体を上手にクッションのように使うことで力を逃がす構えに入り、そして。
『灼装 疑似馬脚』
腰から、流動性の物質が。身体を支えんと。より強く、速くあらんと。一つの指向性を持って編み込まれるように。赤熱した鉄が馬の後脚部をかたどった。
ぱっと見ケンタウロスだが、ぶっちゃけ後ろ赤く発光してるし、不格好且つ気持ち悪い。だが。
二本より、四本のほうが身体は安定する。
「さぁ、行くぜ」
その目は、赤き光を灯し。その闘志は静かに燃えていた。
キエエエエエエエエエエエエエエエエ!
その迫力に押されたゴブリンたちは奇声を上げて、突撃してくる。瞬間、その数を把握する。都合
16匹。決して少なくない量だった。もしかしたら伏兵として隠れていたものや、増援としてきたゴブリンたちもいるのかもしれない。だが、この戦場、つまりこの廊下の広さでは数による圧殺は不可能。
だからこそ、暁人の思考は大いに正しかった。いや、気にしてたところは正しくないが。実際問題暁人は廊下の心配をしていただけだったのだから。だが、片っ端から倒すという策のほうが理にかなっていたこと。そして、二丁小銃を生み出したこと。
ガガガガガガガガガガガガ。
ドドドドドドドドドドドド。
的確にして異常とすら言えそうなほどの神エイム。敵の中小のかかわらず、正確に手足を打ち抜いていく。
対するゴブリンは総崩れであった。その原因は撃たれた味方が一撃で頭を抜かれたわけではなかったため、下手に生きた状態で足元に転がっていたためである。
どうやら、ゴブリンたちにも情の考えがあったらしく踏まないよう移動しようと飛ぶわ跳ねるわ躱そうと少しそれるわ。
暁人にとってそんな風に動く敵はクモの糸に引っかかった獲物同然であった。というか、ぶっちゃけ正確に撃ち抜くだけの対象だった。
そうして、そこに。死にかけと失血で死んだゴブリンたちの惨状が出来上がった。
「・・・ふぅ。」
「・・・うっわ。エグいな。」
「こんなもんだろ。戦場ってのは。」
戦場を知らない暁人はこのように軽く言う。まぁそれでも衛生が気になるレベルでグロいが。
「・・・さて、と。どうするかな。」
「どうするったって。あの中間管理職倒さなくちゃだろ。どうする?暁人。同タイミングでいくか?」
「いや。そうだな。猛り狂ってるから突っ込んできそうだし。足止めしといて。俺が葬る。」
「はいはい。任せたけど...殺せたら俺がやるよ?」
「俺が巻き込まれるからやめて。こっちまで来たら任せるけど。」
「あいよい。」
かるーく地面に灼装で作った軽い棒でピっと線を引く。本当に適当に。
そして、ホブゴブリンに向けて指を一本指し。
クイックイッ。
簡単に挑発をかけた。それだけでも十二分だったものを。
満面の笑みで親指で首のあたりをクイッと。
言葉で表すなら。
「かかって来いよクソ雑魚。さっさと地獄に叩き落としてやるからよぉ。」
と、言ったところである。もはやどっちが悪だかわからない。
当然の如くブチぎれるホブゴブリン。そして。
中ボスクラスと思われるホブゴブリンとの戦いが始まった。
よし今回は比較的早い。違うそうじゃない。今回も見てくれた方ありがとうございまする




