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ラケルの虚  作者: 風間 秋
第2章:魔禍
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日常の移ろい

 オルウェンキス隊の帰還によって、予科1年4組にも遅ればせながら日常が戻って来た。

 ただし、その様相は夏期休暇に入る前と比べるとだいぶ異なって見える。

 なによりも大きな変化は、試験前にバッテシュメヘ教官の班行動厳守の命令によって見ることのなくなった初期のグループの形をしばしば目にするところだろう。

 しかしその境は、排他的だった以前のそれとは違って曖昧かつ流動だ。時々で班として隊として、複雑な人の動きを取っている。4組(ルース)()という共同体に組織化されつつあることの表れと言えるのかもしれない。


 組の空気は弛緩している。

 いや、和気あいあいとしていて自然体だ、と言葉を改めるべきか。


 例えば身分を笠に着て大上段の立ち居振る舞いが目立ったオルウェンキスであるが、態度の悪さは相変わらずなものの目を見張るほど寛容になった。

 ディスケンス班の連中が彼を『若』と呼び慕っているのにも驚きだが、当人を前に飛び出す批判を容認している節があるのはもっと驚きだ。

 時に罵声の応酬に発展することもあるが、必要に応じて切り替えが出来る辺りあれはただのじゃれ合いだろう。この騒ぎにココトが乱入し、ベルナルドが仲裁に乗り出すというのもよく見る光景となった。


 危惧されていたフェルトとディスケンスの関係も今は安定している。

 ユリスのフェルト贔屓は健在だが、彼らがオルウェンキスやハルティアといったより身分の高い者たちと横並びで扱われるようになり、実質的に後ろ盾としての力を失ったのが大きい。

 周囲からの圧力がなくなれば、後は当人らの心持ち次第だった。


 自主遠征に参加していなかったエレーナ・オン・マダルハンゼ伯爵とアルジェ・ベイ・バーフォテキンの両名が、若干この空気に乗り切れていない様子ではある。

 けれどその彼女らは同じ班の所属であり、また組の半分を取り仕切っていたハルティアも同じ班であることから、じきにそれらしい立ち位置に収まるであろうとアズルトは見ている。


 4組は想定を大きく上回り良好な状態を維持していた。

 軋轢がなくなり余裕ができたのはアズルトにとって喜ぶべき話だ。だがアズルトはどうにもこの状況を好意的な目で見ることができなかった。

 事態を掌握しきれていない、その思いが胸中にあったのだ。


 なによりも解せないのは自主遠征のため学園に戻った貴族らのことだ。

 ソシアラもゲッヴェも広大な領地を有する諸侯である。ことオルウェンキスは嫡孫、来年には成人を迎えることもあり領地で学ぶべきことは多いはず。事実、試験前にはダニールとの間でそういった会話が為されていたのをアズルトは確認している。

 それが蓋を開けてみればオルウェンキスもハルティアも、そしてダニールまでもが組と行動を共にし、自領の魔祓いには参加しなかったというのだ。

 明らかに、アズルトの与り知らぬなんらかの思惑が働いている。


 首謀者はオルウェンキスかハルティアか、メナという線も捨てきれない。

 他では未だに尻尾を掴めていないサスケントの狗あたりだが、この件に関わっている可能性は限りなく低い。あれは動かないからこそ厄介なのだ。

 状況に介入すればどうしても痕跡が残る。


 アズルトとてそれは同じだ。

 遊戯会は個人の利益を追求する場という体で設立したが、存在そのものがアズルトの動いた痕跡だ。例え表向きベルナルドが仕切っていようと、舵取りをチャクに任せていようと、関与した事実は消せやしない。


 試験の行動計画についても同じことが言えた。

 事実を知るのは組の運営に携わるベルナルド、グリフ、オルウェンキス、ハルティアの4名だけだが、裏を返せば彼らはあれにアズルトの意図を見ることができる。


 現状を作り上げた誰かさんがこれから先、4組を使ってなにかを為そうと動くのであれば、己の意図の外側に生じる変化に気づかぬはずはない。

 自身の暗躍を悟られてはならぬアズルトにとって、これは頭の痛い問題であった。メナが籠絡された件も合わせれば、取れる手はいよいよ限られてくる。

 事態を打開しようにも、実のところアズルトには頼みとなる情報源が不足していた。


 組としてまとまりつつあると先に述べたが、その輪の中に赤山羊班は含まれていない。いや、赤山羊と称されるふたりは、か。

 チャクが持つ他者への壁はこの夏でいくらか薄くなったようだ。積極的に関わっていく姿こそないものの、誰かと言葉を交わす機会は増えた。

 対するアズルトらはと言えば、交流のあったベルナルドやグリフにさえあからさまに避けられる始末だ。

 それが試験の裏を知るが故か、はたまた誰かさんの思惑に加担しているが故かは定かでないが、兎にも角にもアズルトの得られる情報はと言えば、己で見聞きしたものだけとなってしまった。


 アズルトの秘かな焦りとは裏腹に、日々は大過なく流れてゆく。

 安穏とした日常があるのはひとえにここまで落伍者を出さずに来れたからだ。4組としては異例の快挙と言えよう。

 劣等感を背負う4組はしばしば無茶をする。限界を弁えず無謀な行動に出て、事故を招く。平民には金銭的な欲もあるだろう。

 夏期の遠征はひとつの試金石だった。アズルトの求める駒足り得るかどうかという。


 彼らは変わったようだった。試験で己の至らなさを知ると共に、騎士を目指す者として幾らかの自信と覚悟を得た。

 そして、確かな経験を積んで帰ってきた。

 貴族らの動向はどうあれ、その点についてひとまずアズルトは満足を覚えていた。



 だがそんな4組(ルース)とは打って変わって、他の組を取り巻く空気はどこも胃を刺すような緊張感を孕んでいた。

 理由は簡単。彼らが4組とは逆の境遇に追い込まれているからだ。


 まず、夏期休暇の間に1組(アル)で1名、3組(ロウ)で2名の脱落者が出た。

 この時期に1組から退学者が出るのは『ムグラノの水紋』ではなかったことだ。その詳細をアズルトが知ることは叶わなかったが、いずれも魔祓い中の事故に端を発しているのは間違いないようだった。

 退学とまではいかないまでも他にも数人の重傷者が出たらしく、所属していた隊を中心に1組の空気は著しく悪化している。


 3組の方は恐怖支配とでも言うべきだろうか。

 休暇の間に内紛でもあったらしく、実力と忠誠による階層化が急激に進行した。

 自国の利益を優先してきた公国派が底辺に追いやられ、いつ脱落するとも知れぬ危機的状況だ。


 2組(ヴァーテ)はこれらに比べれば幾らかマシと言えるだろう。

 騒動の中心はアイナだ。『ムグラノの水紋』と異なる行動を選んだ影響とアズルトは分析している。

 と言うのも、作中においてアイナが4組と行動を共にするなんて展開はない。組に居場所がないアイナは、隠しボスことリューヴェイラ(リュー)と課外授業に参加し同じくあぶれた他の組の候補生と魔祓いを行ったり、第二王子ルドヴィクの隊に参加させてもらったりと、イベントの都合でひと所に留まらない動きをする。


 それが休暇に入ってすぐのルドヴィクとのイベントを消化した後は、4組に混じって迷宮攻略に明け暮れる日々。騎士としての実力は2組で他の追随を許さない域に達し、けれど魔術誓約による知識の秘匿が彼女の危うい立場をいっそう深刻なものにした。

 婚約者のいる男に色目を使う泥棒猫の悪評は、気づいた時にはもう、所属する組を売って力を得た裏切り者という軽蔑によって塗り替えられていたのである。


 それは彼らの自己防衛本能と言うべきものだったのだろう。己らより劣るはずのただの平民の娘が、貴族である自分たちより遥かに先を歩いている。

 彼らはその自尊心からアイナを認めるわけにはいかなかった。故に自らの抱く妬心から目を背けるため彼女を悪と断じ、徹底的にこき下ろしたのだ。


 もっとも話がそこで終れば、事はアイナの窮状というだけで片が付いた。

 歴史はゲームで示された物語をなぞるように、更なる混迷へと彼女らを誘う。


 ギスランがアイナの行いを肯定し理解者を演じたことで、2組はそれを支持する者とそうでない者のふたつに割れた。

 それらは今やギスラン派とリズベット派と称され、派閥の対立の様相を呈していた。



 プレイヤーに焦点を絞ると、アイナについては前述の通り。学年イチのお騒がせ人物として4組にあってなおその名を聞かぬ日はない。

 敵の多いアイナであるがイベントの進行に必要なフラグの回収はすんでいるらしくルドヴィク、ギスラン両名との仲はとてもよろしい。


 付け加えるなら4組の面々は彼女に対して好意的だ。4組の牙城である北寮でしばしばその姿を見かけるほどに馴染んでいる。

 それはゲームにおける親友リューの立ち位置がそっくりそのまま4組に入れ替わったかのようでもあった。


 アイナからアズルトへの接触はない。

 触らぬ神に――ではないが、4組に得た自身の居場所を不意にする真似は避けたいのだろう。視線だけは勘定が別なのか、遠慮なく注がれていたが。

 これに関係してグリフがリズベットにこき使われていたようだが、アズルトにとってはまさしく他人事であった。


 シャルロットはおおむねゲームに沿った動きを見せている。

 ソシアラ侯爵領の領都キノルでの夜会に参加した後、そのままランクート公国へと帰国。青深の4節の半ばに学園へと戻ると、残り時間を攻略対象たちとの交流に使ったと見られる。

 ただ、脱落者が出たことを知ってからは情緒不安定な様子だ。


 もっとも彼女の身になってみればそれも仕方のないことだと思えた。

 4組に仕掛けた謀の類はなにひとつとして上手く運ばず、頼みの綱であるはずのゲーム(物語)は試験を皮切りに大きく乱れた。

 そうして起きた予定外の事故である。

 幸い死者こそ出なかったものの、重傷者の中から騎士の道を断念する者が現れた。

 原因は実地試験の結果に端を発する貴族らの焦りにあるのだろう。そしてその大本を辿るならば、シャルロットの4組への過度の干渉が見えてくる。

 自らの軽挙で道標を失った彼女の悔恨は如何ばかりのものか。


 とは言えアズルトも呑気に傍観者を気取ってはいられない。薬が効きすぎて彼女が物語から脱落した場合、歴史が整合性を保つためどんな動きを見せるのかまるで読めない。

 アズルトが望むのは表向き定められた歴史をなぞりつつ、その中身をバルデンリンド公の意向に沿ったものにそっくり入れ替えることである。

 そのためにも、彼女に潰れてもらっては困るのだった。


 サーナニヤについては語ることがない。

 リズベットの侍女である彼女は、当然のことながら夏期休暇も悪役令嬢の傍付きとして行動していたらしく、攻略対象との接点はありながらもイベントは投げ捨てている。



 ◇◇◇



 不穏な空気を漂わせながらも赤結は2節に移り、アメノ外縁で上位組による合同遠征が行われた。

 夏期休暇に遠征を経験していない貴族に配慮しての、言ってしまえば遠足のようなものだ。潜る迷宮は夏の間に浄化を終えており、驚異らしい脅威はない。


 けれど定められた歴史は異なる未来を人々の前に指し示す。


 凶報はソシアラの竜騎の形を取り学園の中庭に舞い降りた。

 アメノ外縁にある迷宮で大規模な事故が起きたのだ。そして遠征中であった上位組がそれに巻き込まれ、安否不明の状態へと陥った。

 極秘であるはずのその情報は瞬く間に上から下へと駆け巡り、学園は騒然とした空気に包まれたのである。

夏季休暇明けの話は今回でひとまず区切り。次話からは本格的に秋に入ります。

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