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ラケルの虚  作者: 風間 秋
第1章:異郷
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密命

大変遅くなりました。

章を区切るに当たりオルウェンキス視点の話を挟んでいます。

 宵の口、オルウェンキスは緊張に急く気持ちを抑え、魔灯と月光に薄ぼんやりと照らされた廊下を悠然と歩む。

 上に立つ者が動揺を行動に表すべからず。

 これから会おうという祖父の教えを違えるわけにはいかなかった。


 青深3節の4日、ソシアラ領都キノルにある侯爵邸では小さな夜会が催されていた。

 キノルは交通の要衝であると共に、例年試験地から学園への帰路の途上に位置する。

 立地の都合から夏期休暇に帰郷する者も多くがこの街までは同行する。

 そのため滞在先となる侯爵邸では、学園の貴族生徒向けのパーティーが開かれるのが恒例となっていた。


 主催はラスウェン・オン・ソシアラ――オルウェンキスの父である。

 竜侯爵として名の知れる祖父ソシアラ侯爵ヴェルダーは、魔祓いが最も活発なこの夏の時期、軍を率いてアメノ大森林に籠っていて人界に顔を出すことはまずない。

 少なくともオルウェンキスが物心ついてからこの方、夏の屋敷でヴェルダーの姿を目にしたことはない。

 その祖父が侯爵邸に帰ったと家令が知らせてきたのだ。


 父ではなく自身に伝えられたことに疑問を抱きながらも、オルウェンキスは慌てて会を抜け出し祖父の執務室へとやってきていた。


「試験はよくぞ成し遂げた。ソシアラの名に恥じぬ働きだ」


 ヴェルダーは領主代行のラスウェンがまとめた政務報告に視線を落としたまま、部屋を訪れたオルウェンキスへとそう評を述べた。

 憧憬の念を抱く祖父からの称賛。それはオルウェンキスが常々望んでやまぬものだった。

 けれどこの時のオルウェンキスには、まるで(はらわた)に氷を詰め込まれたかのような心地がした。必死で隠した失敗が暴かれた童の心境とでも言うべきか。


「おれは、なにもしていません」

「オルクスならばそう言うであろうな」


 ヴェルダーの鋭い眼光がオルウェンキスを射抜く。


「未だ分かっておらんか。順位なんぞどうでもよい、あれがお前の策でないのは百も承知よ。あの状況下で組をまとめ上げていた事を儂は言うておるのだ」

「見ていらしたのですか!?」


 驚愕の声に返されたのは、聞かせるためと分かる盛大な溜め息だった。


「愚問であるなオルクス。異常を感知したと連絡があったのだ、確認に動くのは当然であろう。そこで妙な事をしている連中がおったからな、ついでに見物させてもらったまでのことよ」

「無様な姿で御座います」

「何故そう考える」


 オルウェンキスには試験での自らの動きを誇ることができなかった。

 所詮は弱者の惨めな足掻き。どうしてもそう捉えてしまう。


「おれは無力でした。終始ただ振り回されていただけ。なにかを為したわけではありません」

「斯くも(めしい)た言葉しか出てこんとは、お前の病気も治らんな。力に固執して何になる」

「学園で天位に至る(まこと)の才を目の当たりにしました。己の矮小さを思い知らされて反吐が出そうな気分です」

「奴らと我々は違う。カミレを見て学んだものと思ったが……」

「分かっています! アズルトもクレアトゥールも住む世界が違う。けれど気づいてしまったのですよ。彼らにとっておれは他の有象無象と同じ、無価値な人間なのだと」

「オルクスが同輩の評価に憂慮するとはな……今回の試験、裏で糸を引いていたのはその子山羊か?」

「はい、左様です」

「まこと(さか)しき山羊の子よ。知恵が働くに及ばず、力の権化は人を率いるのに向かぬ事までよう理解しておるわ」


 声は小さく、独白に近い響きを帯びていた。

 忌々しげな語調であるにも関わらず、その口もとは弧の形に皺を歪めている。


「キャスパーと言ったか、あの小僧は扱えていたな」

「なんとか。使い方は心得ました」

「あれの才覚もシュケーベを凌駕しておる。ともすればカミレ程に育つやもしれん。そのまま手綱を握っておけ」

「キャスパーまでもが天位の器と仰るのですか!」


 それはオルウェンキスにとって俄かには信じ難い話であった。


 天位はムグラノで数十年にひとり出るかどうかの稀有な才だ。

 この時代の同地方で活動する天位はアーベンス王国に3人、ハルアハ王国に1人、ランクート公国に1人、そして国に属さぬ1人からなる6人のみである。

 うち2人が数百年を生きる人外、1人が齢百歳を超える半妖と、カミレのような生粋の人間はわずか3人ばかり。

 それが、候補とは言え同年に3人である。


「そんなものは巡り合せよ。久しく天位の座に就いた者も居らぬ……違うな、居たが全てあの腐れ袋に消されたわ」

「……お爺様、ひとつお耳に入れておきたい件があります。試験の後、メナ・ベイ・ツィベニテアが言っておりました。アズルト・ベイ・ウォルトランは天位殺しの弟子である、と」


 嫌悪を吐き捨てるヴェルダーに釣られるように、オルウェンキスの胸の内にも憎悪の炎がちらつく。

 天位殺しこと袋八弦パルオゥは、7年前にソシアラ領でその弟子と死闘を繰り広げ街ふたつを火の海に沈めた、憎きソシアラの敵であった。

 オルウェンキスもその戦火で母を失っている。


「その話、他に誰が知っている」

「ハルティア・ベイ・ゲッヴェだけです」

「賢明だな」

「見立ては確かということですか」


 自然とオルウェンキスの声は固くなった。


「違和感に合点がいったわ。奴さんの術師としての多芸ぶりにはほとほと呆れる。オルクスよ、奴は学園でどの程度魔術を使う?」

「いえ、見える形では殆ど。目の当たりにしたのは先の試験が初めてです」

「で、あろうな。呼び付けた本題を話すとしよう。心して聞け、数年の内にアメノを揺るがす厄災が起きる。妖精族(耳なが)の爺様が直に周期が来ると嬉しくもない予見を口にしおった」

「奈落の門が開く時、森が湧き立ち瘴気の波と共に魔物がムグラノを呑み込む、でしたか」

「それよ。で、片や黒山羊が外法騎士を学園に送り込んだ、と。この時期に偶然と思うか?」


 外法騎士――教会法に反する形で作られた不正騎士の中でも、とりわけ禁忌を冒して生み出されるような危険度の高い騎士がそう呼称される。

 天位殺しの弟子である不正騎士には相応しい呼び名であった。


「奴は北寮第2魔術遊戯会なる結社を立ち上げています」


 会員はいずれも学年で屈指の魔術の使い手。

 だがそれはいつからの話であろうか。逆なのだと、オルウェンキスは祖父と交わす会話に確信を深めていく。

 ココトもチャクも、元々は少し魔術に長けるばかりの生徒だった。

 それが一変したのはアズルトの結社に属したからである。

 チャクが頭角を現しガガジナに次ぐ組の6番手を軽く奪い取ると、間もなくしてココトが7番手に着いた。

 今や遊戯会に魔術で対抗できるのは3番手を堅守するキャスパーだけ。


 そしてこの度の試験。戦場を想定されたそれで、彼らの実用性は示された。

 アズルトにとってこの試験は、遊戯会の運用試験だったのではないか。オルウェンキスにはそんな気さえするのだった。


「思い当たる節でもあったか。なんにせよ、目的を持って送り込まれている事は確かであろう。故に、儂も遠慮はせん。オルウェンキス・オン・ソシアラ、貴様に特命を下す。手段は問わん、組を掌握しろ」

「天位殺しの弟子は放置するのですか!?」

「母の仇が気にかかるか?」

「あれは事故と己に言い聞かせました。ですが、事故であれば見過ごして良いとはならぬのではありませんか」

「言いおるわ。あの天魔もどきに二度とソシアラの地を焼かせはせぬ。が、そこにお前の出る幕はない。門が開けば候補生であろうと前線に駆り出される。猶予がどれだけかも不明ときておる。必要な時に組を動かせるよう戦力を整えておけ。それがソシアラのため、今のお前が為すべき事よ」


 ソシアラのため。

 そのひと言に、思わず熱くなっていたオルウェンキスの頭がすっと冷える。


「御意に」


 言葉は自然と出てきた。


 オルウェンキス・オン・ソシアラは貴族であり、そして騎士であった。

 ソシアラの地に生きる民を護る盾であり、行く手を阻むものを切り払う剣。そう自らを規定していた。

 いつかバッテシュメヘの語った言葉は、その示す範囲は違えども、オルウェンキスが幼少の頃より持ち合わせていた信念だった。


2章は物語を大きく先に進めたいと思っています。

少しでも先に興味を持っていただけましたら、ブックマーク・評価等をよろしくお願いします。

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