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ラケルの虚  作者: 風間 秋
第1章:異郷
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期末試験8

 白鬼エフェナに釘を刺されるという重大事件こそあったものの、試験について言えばおおむね順調に進んだ。


 4日目は仕掛けを利用してのレベリング。

 準備運動の感覚で組んだ計画だったのだが、組の半数が途中で潰れた。

 宝珠に魔力を喰わせるという大目標は達しているので計画に支障はない。


 引率側は事故への配慮が少々手間というくらい。

 魔物自体は大したものではなく、模擬戦で制限している魔術を解禁した程度でも戦力は過剰だった。

 クトも自身にデバフを入れたままこなしていたので、温く感じていたに違いない。

 それはキャスパー班にも言える。

 基本的に前衛の方が立ち回りで有利なところがある上に、抜きん出て能力が高い。

 キャスパー班の次に安定していたのが、ベルナルドたちではなくディスケンス班であるのも好例だ。


 準備運動が終わったら手早く片付けを済ませて集合地点に向かった。

 集合地点では到達日時の記録を行った他、樹獄で起きている問題を知らされる。

 ひとり東の状況を尋ねていたキャスパーを除いて、4組の面々は色めき立ったが、計画に変更を要するほどの大事ではない。

 むしろ香よりも魔物の誘導効率が高くて羨ましい状況ですらある。


 事前に送っておいた物資を需品科で受け取りそれをチャクに預けると、偵察の名目でクトと共に樹獄で夜を明かした。

 本当のところは樹獄の瘴気にクトを慣れさせるためだ。

 取り戻した冷静さに少しだけ乱れが生じていたので、これは正解だったと言えよう。

 夏に迷宮に潜る際も慣らしは必要になるだろう。

 先々を考えれば、どこかで魔禍にもぶつけておきたい。


 5日目は魔力の大量摂取で身体に異常が出ていないか確認するところから始まった。

 魔力感覚に変調を訴える者は多かったが、どれも魔術機関の出力向上に伴い掌握しきれなくなった魔力が原因だった。

 それから隊の編成を弄った。

 ハルティア班をディスケンス隊に移動し、穴をフェルト班で埋める。キャスパー班はアズルト隊に編入。

 戦力が突出しているキャスパー班を引率側に移した形だ。


 監視砦を出て東――樹獄側に少し進んでから、3日目にやったように陣地を構築。そこを狩場に定めて釣りを始めた。

 ここからがレベル上げである。

 上位組が相手にした魔物を倒し続ける作業だ。あちらは退路上の障害だけを排除する形だったが、こちらは安全を確保した上で積極的に刈り取っていく。


 基本的に4日目と同じだが、魔物は香を使って逐一補充に動く形式。

 オンラインゲームでのパーティー狩りの要領に近い。敵の発生しない地点を狩場に定めて、近隣の出現地点から引っ張ってくるのだ。

 香を拡散させずに保持したまま適量流すことで、疑似的にヘイトの概念を演出している。これで魔物を陣地まで誘導し、キャスパー班に渡して狩場で叩く。

 クトは索敵と必要に応じて各隊の援護を担当。チャクはその補佐だ。こちらは時折、クトの監督の下でソロをやらせたりもした。


 樹獄に入ると、外縁ではあまり見かけないオーク、オーガ、トロル――とゲームでは呼称されていた――などの妖魔が出てくる。

 変わり種だとハルピュイア等々飛行型の魔物もあるが、これらは管理が面倒なのでその場で処理してしまう。

 アンデッドも死体型のものだけでなく、グールのような変質して種と化したものが混じってくる。

 魔獣は個体差が大きくゲームの知識が参考にもならないので危なそうなら釣りの段階で処理し、そうでなくともキャスパー班で潰すよう指示を出していた。


 そうして延々と狩り続け、日没を前にやはり大半が潰れ、そのまま樹獄で野営。

 明くる最終日。朝食の時間にバッテシュメヘ教官がやってきて、喜べと試験の延長が告げられた。

 オルウェンキスがその煽りに便乗したことで、4組は意外な士気の高さで6日目のレベリングに突入した。

 どこか壊れたハイテンションで7日目を続投。

 8日目。教官から夜には合流地点に戻るよう連絡を受けたため、昼まで狩りをして撤収した。

 そして夜遅くに2組が到着したのだが、1組の到着は遅れ、翌日9日目の昼までずれ込むこととなった。



 ◇◇◇



 こうして迎えた9日目の晩。夕食を前に試験結果が発表された。

 今年の前期末遠征実技試験の第1位は我らが4組。同試験で歴代3位のスコアらしい。当たり前のことだが4組としては過去最高である。

 そしてなんと2位に2組、3位が3組で、最下位は1組であった。


 砦の中庭は騒然となった。

 まず首位を問題児の集まりとされる4組が持って行った。おまけに点数は非公開ときている。

 次いで同じような行動を取っていた2組と1組との間にある大きな開き。

 そして極めつけは遅参した2組に3組が敗北を喫したことだろう。

 喧々囂々の有様だ。

 もっとも快挙を成し遂げたはずの4組には感動の『か』の字もない。「そう言えばこれ試験だったな」とは誰の言か。


 学園は前期末試験の後そのまま夏期休暇に突入するので、夕食はそのまま宴の席に変わる。

 ゲームでは影も形もなかった4組が主役だ。

 オルウェンキスが代表として他の組からの挨拶を受ける。叙爵しているマダルハンゼ伯も立ち会う。その背後にひっそりと控えるハルティア、とはよく見る図式である。


 肝心の4組のテンションは凄まじく低い。

 今日に入って連日の異様な興奮状態が切れて、それからずっとこんな調子なのである。燃え尽き症候群というやつだ。いや、単に心身の極度の疲労が原因かもしれない。

 それでも途中から気持ちを切り替えることには成功したらしく、ゆっくりと盛り上がりを見せ始めた。


 アズルトは食べる物を掴むだけ掴んで早々に集団を離れた。

 いない方が皆は羽を伸ばし易かろうという配慮と、オルウェンキスらに標的にされぬようにとの保身である。


 4組が表舞台に立つ。それはゲームにはなかった歪みだ。プレイヤーの介入が疑われるのは避けようのない流れである。

 表向き4組は公国派への対抗で団結させている。

 公国派によるクトへの干渉は組の中に入らぬ緊張を生み続けてきた。寮会からの立ち入りを禁ずる命令、キャスパーやメナらへの勧誘も印象を損ねている。

 目立って動いた公国プレイヤーが残した悪影響と、そう判断できるだけの用意はしてある。

 口裏を合わせる必要もない。自発的に言いたくなる環境が整っているのだ。少し認識の方向性さえ合わせてやれば、あとは勝手に仲間内で反発意識が醸成されていく。


 それでもアズルトは疑われるだろう。

 だが疑い止まりだ。

 アズルトが明確にゲーム知識を用いて起こした行動は、エフェナに軽率と叱咤された今回の件だけ。他はすべてこの世界で得られる情報から組み立てられる判断だ。

 次いで危うい入学初日のクトへの対応にしても、闘気を看破できていれば事故は想像できる。止めに入る決定打となったのがその知識なわけであるが、基本的に平和主義者であるアズルトの決断としては順当である。


 つまり証拠がない。

 そもゲーム中にアズルトなる人物は登場せず、存在が正常か否かの証明は彼らには不可能であろう。

 アズルトはそれを逆手に取り、存在していたかもしれない人物になる方向で舵取りを始めている。

 すなわち、狂犬には飼い主がいた。そしてその死が、狂犬を狂犬へと変貌させた。そういう筋書きだ。


 クトを対戦相手に選べるようになるのは本科に上がってから。それまではこの設定で通せるし、歴史はプレイヤーの行動で多少は歪むもの。嬉しくないことに師匠絡みの死亡フラグまで備わっている。リアリティは完璧だ。

 特別なにか行動を起こす必要もない。

 これまで通り、アズルトはただクトと共に行動していればよい。それだけで目的は達せられるのだから。

 プレイヤーである彼女らと交流を持つ気はなかった。

 露見のリスクを高めるだけの行いにどんな益があろうか。


 そんなわけで、アズルトは疎らな立哨がいるばかりの城壁に上がっていた。

 下から聞こえてくる4組の騒ぎにも、そろそろ頭に馬鹿が付きそうな塩梅だ。

 隅の方ではチャクを輪の中心にキャスパー、ガガジナにディスケンスという変わった取り合わせが熱論を交わしている。


「なにをやりたかったのか知らないけど、成果は得られたのか」

「そうだな――」


 クトに問われ、改めて試験の成果を思い返す。

 経験値、もとい宝珠の蓄積魔力量は、予科1年生が通常丸1年かけて溜める量を試験期間内で稼いだ。

 クトの宝珠の魔力回収機構を停止させることに成功していたのも大きい。アズルトの宝珠には元からその機能がないため、ふたりで倒した魔物の経験値はすべて組の者らに流すことができた。


 戦闘技術については微増といったところ。劇的な向上こそ見られないものの、確実にステップアップはしている。

 本番で相手にさせたのは、自己判断ではまだ戦うことのないレベルの魔物だ。

 樹獄は準騎士、つまり本科1年が組で踏み込むエリアである。騎士で小隊、青騎士込みで班が基準と言われている。

 これは有事に際して損害を抑えつつ撤退できるラインで、有事に対処するにはそれ以上の戦力が求められる。


 4組の面々に強要したのは有事さながらの戦いだった。

 もちろんいきなりそんな状況に追い込んだわけではない。質・数の段階を踏んで、慣らしながらやっていた。

 初日は日暮れまでに悉く潰れる醜態を晒したが、日毎に改善されていった。技術も経験もまだまだではあるが、度胸はついたと言える。

 元々バッテシュメヘ教官の指導は苛烈で、胆力はあったのだ。おかげで未熟ではあっても軟弱ではなく、逃げ出さない彼らはとても鍛え易かった。

 魔物よりも教官やクトの方が、彼らにとってはよほど恐ろしい相手であるらしいのは、果たして笑うべきところなのだろうか。


 育成という観点からすると収穫はそんなものだろう。

 それとは別に人物評価も改めねばならないが。


 例えばオルウェンキス、ハルティア、ディスケンス、フェルトには戦場での指揮官の適性が認められた。

 逆にベルナルドとグリフの頭脳は当面事務方での出番に留まるだろう。

 ゲーム組は個人戦力として想定よりも上。キャスパーとメナは元より、ディスケンス班のニーとジェイクのふたりが安定していた。騎士の家系というのは伊達ではない。

 そして遊戯会の面々ではチャクとココトが、ゲームのサブキャラを追い抜く勢いの活躍ぶりだった。

 他にはダダ、ユリス、ルールー辺りの立ち回りが上手い。

 難点は総合力に優れた者がいないことだろうか。前面に立って指揮できる者の有無は、上位組との大きな差である。

 来たる合同演習では力によって捻じ伏せる予定だが、それだけでは芸がない。


 兎にも角にも、上位組と同様の死地に追い込んだことで、夏期休暇の遠征は同程度の質にはなるだろう。

 これによりアズルトが手を出さずとも他の組への優位性は維持できるというわけだ。

 アズルトの任務の凡そは達成されたと言ってもいい。

 当面は、と注釈が入るだろうが。

 なにせ4組はひと握りを除き宝珠の適応係数が低い。そのためどうしても蓄積魔力に対する魔術機関の出力が低くなってしまう。

 成長率が悪いのだ。

 またどこかでテコ入れするか、彼らの価値観そのものを作り変える必要がある。


 とは言え、しばらくは自己の鍛錬に集中できる。

 素晴らしい成果だった。


「――上々」


 短く、アズルトは結論だけを述べた。

 対するクトの返事もたったのひと言。


「そうか」

「だから休みはおまえの方に専念できるぞ」

「ん、そうか」


 相変わらずの無愛想な表情だが、マントの下で揺れる尻尾がその上機嫌を物語っている。

 かくしてアズルトらイファリス予科1年の前期末試験は幕を閉じた。

 日が明ければもう、夏期休暇の始まりである。

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