期末試験7
ベルナルド視点になります。
・オルウェンキス隊:オルウェンキス班、ハルティア班、ダニール班
・ディスケンス隊:ディスケンス班、グリフ班、ルールー班
・フェルト隊:キャスパー班、フェルト班
・アズルト隊:アズルト班
「配置ィ代わるぞォ! ディスケンス隊は休息終了さっさと守備に入れ。その後フェルト隊は守備から攻撃へ。フェルト隊が配置につき次第、我が隊は壁上に退避する!」
眼前の魔物を斬り殺し、血塗れのオルウェンキスが声を張り上げる。
やっと下がれる――その安堵と、次に前線に出る者たちの生む緊張と興奮の波とが、ベルナルドの過敏になった神経にはうねりのように感じられた。
試験4日目。4組は地獄を思わせる惨状の只中にあった。
作戦計画に基づいて築かれた防衛陣地の周囲は、朝方の第一波があって以来、押し寄せる魔物に埋め尽くされている。
集団暴走を彷彿とさせずにはいられない、魔物たちの饗宴。
耳を塞ぎたくなるほどの奇怪にして不快な叫びは絶えることを知らず。そこに断末魔の悲鳴が幾重にも重なるのはまさに阿鼻叫喚の有様。
穢れた肉体が放つ粘ついた魔臭は溜まり続け、空気を煙らせるほどだった。
ベルナルドたちが立て籠もる防衛陣地は『A』の形に盛られた土壁そのものだ。
聳え立つ土塁には硬化の魔術が施され、外側には深い掘まで築かれた小さな砦。
魔物を受け止めるため開かれた南側だけ堀が途切れて橋がかけられ、外界に繋がる門が口を開けている。
橋の向こうではこの気の狂った状況を作りだした元凶が、魔物寄せの香とやらをばら撒きつつ大立ち回りを演じていた。
そして適度に間引いた魔物を次から次へと橋を通して壁の中に追い込んでくる。
狩場――と、アズルトは三角形に切り取られた壁の中を指してそう呼んでいた。
4組の生徒はこの狩場の中で夜明けから、かれこれ9時間ほども交代で死闘を演じ続けている。
死闘だ。迫りくる冷たい感覚に、ベルナルドは幾度も命の際を垣間見ていた。
個々の魔物は弱い。群れを構成するのは外縁に発生する魔物ばかりだ。
醜悪な人の姿にも似た妖魔、骸が瘴気を帯びて変異したアンデッド、魔力を得た獣である魔獣。
見るのはいずれも低位の個体だ。
常ならば魔術の試射で的にでもするような他愛のない相手。
だが数が多かった。多過ぎた。
前衛ならまだしも、後衛のベルナルドが常時複数を相手取る状況。敵味方入り混じっての乱戦となれば大規模魔法で片づけるわけにもいかない。
隊ではオルウェンキス班が最も戦力で優れるため、前衛寄りの立ち回りを心がける必要があった。
ベルナルドはその中でも己の魔力量、技量が傑出していることを自認している。
だからこそ持てる能力の多くを隊全体を援護することに振り分けていた。
やらねば死人が出ると、そう焦りを覚えるほどに魔物の勢いは激しかったのだ。
「フェルト、外は?」
盾を用いた当身で妖魔をまとめて転がし、狩場に下りてきたフェルトとの距離を詰める。
足が止まり密集したところに火球を放り込み、後続ごと焼き殺す。
「魔物が死肉を漁ってるくらいでなにもないよ」
フェルトは炎を免れた妖魔2匹の足を斬って転倒させると、止めを後回しに隣に並んだ。
「壁に近づけばチャクが石杭でひと刺し。僕らの仕事は近づく魔物がいたらそれを伝えるくらいだ」
「これからの1時間を思えばそれくらい休ませて貰わないとやってられないわ」
防御に長剣を、攻撃に刺突用の短剣を、という変則的なスタイルで3匹を沈めたユリスが戦列に加わる。
「それよりも! ベルナルドはとろくさいんだからさっさと戻りなさいよ。あんたが下がらないとココトも下がれないんだからね」
慌てて示された方を見ればココトは未だ上には戻らず、ベルナルドの退路の維持に努めている。
他方では、オルウェンキスがダニールを引きずって壁上にあがっていく真っ最中だ。
撤退の遅れを悟ったベルナルドは、無茶をして命を落とすことのないよう念を押すと、急ぎ壁際へと走る。
「アズルトォ、さっきの倍よこせぇッ!」
「ちょっとなに言ってるのよあの筋肉は! 却下、却下よ! そんな数きたら私たち死ぬ! 死んじゃうから!」
背後でキャスパーの雄叫びとユリスの悲鳴が聞こえたが、ベルナルドにできることと言えば祈ることくらいだった。
◇◇◇
「ハルティア・ベイお隣失礼してよろしいか」
防衛陣地の状況を軽く見て回った後、ベルナルドはこの計画の片棒を担いだ令嬢の元を訪ねた。
オルウェンキスに休めと命じられたのだ。
これまでは外を警戒し内に備えてと、まともな休息を取ることをせずにきたベルナルドだったが、その余裕もなくなってきていた。
こんな時だからこそ用心が必要だと思うベルナルドだが、後から自分も向かうと、協議を仄めかされては逆らえない。
そうしてやって来てみれば、ベルナルドにも増して返り血に濡れそぼった少女が、土壁の縁に身を隠し、上衣をしどけなくはだけて座り込んでいる。
「ここは戦地でしょう。座るのにもいちいち確認を取っていたら、その間に殺されてしまうわよぉ」
十分に有り得ることだった。例えば陣地の外の魔物の群れの中に、中位の個体が潜んでいたとしたら。
それが狡猾であったり、遠隔攻撃の手段を持っていたとすれば。
間抜けに突っ立っているベルナルドは格好の的である。
「失礼する」
「はい。お茶でもどうぞ」
貴族の令嬢には不似合いの無骨な杯が渡される。魔術に造詣の深いベルナルドには、これがそうして生成されたものであると分かった。
鼻を少し近づけてみれば臭いが強く、口に含めば薬湯の類であると分かる。
温いそれを二口飲んでからベルナルドは咎めるように言う。
「なぜこんな無茶をお通しになった」
ベルナルドはこの計画に納得していない。
作戦計画に手を貸すようアズルトには言ったが、こんなものを提案するほどの極まった馬鹿だとは想像していなかった。
組の戦力の底上げが目的との説明は受けている。
1時間におよぶ命がけの戦い。それは確かに同じ数の魔物を別個に倒すよりはるかに戦いという行為に慣れるだろう。
だが明らかにやり過ぎだ。
アズルトは軍道ルート、および山道ルート周辺の魔物を根こそぎかき集めてきた。
日暮れ頃には片付くと言っているが、これがあと最低1サイクル、ともすれば2サイクル続く。
近傍の試験官も何事かと集まって来ていた。
現在この砦では4人の試験官が眉間の皺を深めながら事態の推移を見守っている。
こんなものを繋いだグリフも、通したハルティアも、認めたオルウェンキスもなにを考えているのか。
自分がその場に立ち合っていれば、もう少しだけマシなものにしたはずだ。
「せめて私にひと言お話し下されば」
「すべきとはグリフ・ベイも言ってたわねぇ」
「ならば何故!」
「騎士としては三流の私、二流のオルウェンキス。私たちに判断が委ねられたのはなんでだと思う?」
アズルトに、ということだ。
グリフはハルティア立会いの下でしか計画案の開封を許されていなかった。
すべてを主導するのはハルティア。そして決定するのはオルウェンキス。
「身分、だろうか。両家とも領主として騎士を率いる立場にある」
「それは近いけどとても遠い。答えは実はとても簡単、私たちが戦場を知ってるから。……アズルト・ベイはほんとうに怖いひと。私たちに求められたのは可能かの判断ではなく、実行の判断だった」
「こうなると知っていて通したのか!」
「ちょっとだけ違うわぁ。知っていたから通したの」
ベルナルドはしばしの時、憮然とした。
片棒を担いだ――それはベルナルドにとっては子供じみた、不平からくる当て付けのような妄想だった。
しかし現実はその言葉そのもの。
「皆、決死の思いで戦っている。お膳立てされた戦場だがすぐ後ろに死を感じている。それは勘違いや幻などではなく、現実としてそこにぐほッ」
声を圧し殺し憤るベルナルドの頭が、鞘で容赦なく殴られた。
犯人はオルウェンキスだ。
「赤山羊の話はやめろ、胃の辺りがムカついて反吐が出そうだ。貴様の脂ぎった顔にぶちまけてやろうか、ベルナルド。その上でここから蹴り落とせばおれの気分も少しはマシになるかもしれん」
「いらっしゃ~い。お茶をどうぞ」
「お前の出す茶は田舎臭くて口に合わん」
「うそねぇ。ソシアラ侯との思い出があるから嫌なの。でもいいじゃない。ここは戦地なのだから」
「癇に障る女だ」
それはなんとも妙な光景であった。
オルウェンキスとハルティアが面と向かって話をする様というのは、4組にあっては珍しい。
なにかにつけて口の悪いオルウェンキスと、物事に頓着せず温和――というよりは呑気が相応しいハルティア。
水と油を思わせるふたりだ。
家格は近いがオンであるオルウェンキスが立場としては上で、事実学園ではそうとして振る舞っている。
「気に入らん」
ハルティアの隣、ベルナルドとは逆側に腰を下ろし、杯を傾けたオルウェンキスは零す。
その渋面からはそれが杯の中身についてであるのか、ハルティアに対してであるのかは読み取ることは出来ない。
「お前の班はまだやれるか?」
「ふたりとも休ませてるけど、あと1回が限界よね。ダニールはもう無理?」
「魔力欠乏の兆候が出ていた。次出せば倒れるだろう。愚物が。おれがあれだけ消耗を抑えろと言ってやったというのに」
「グリフのところも消耗が激しいわ」
「あそこはディスケンスの班が上手くやっている。支障が出るとしたらその次だろう。フェルト隊も……ディスケンスとフェルトは同郷だったか」
「うちの隣の出。魔禍で土地を追われた難民だそうよ」
「平民ふぜいがよくやる。コルレラータは良い拾い物をしたな」
ベルナルドはこの騎士としては傑出したところのないふたりのやり取りに瞠目していた。
ふたりが自分より遥かに組の現状を鮮明に把握している。
その事実が受け入れがたいものであったのだ。
確かに、ベルナルドは隊全体の援護を行っているため戦闘での負担は大きい。
だがそれは理由にはならない。
彼らは彼らの能力の範囲でやり繰りをしている。
そこにそれほどの差はないとベルナルドは考えていた。
ならばアズルトが判断を委ねた理由、戦場を知っているか否かが関わっているのか。
それは考えれば考えるほど確からしく思えてくる。
だが同時に、本当にそれだけなのかという疑念が、ベルナルドの胸中には湧き出してくる。
「無様だ」
杯を空にしたオルウェンキスが吐き捨てた。
「出ていたのはたったの3時間だぞ。おれはあんな奴らと同列に扱われているのか、糞が。せめて屑は屑らしくおれの駒であればよいものを」
「上手くやってる子もいる」
「ひと握りだ。次で班の半数は潰れる、残るのは才能で立っているような奴ばかり」
「オン。家を継ぐなら物事はもっと長い目で見ないとダメよぉ」
「爺やのようなことを言う」
「私はもう大人なの」
そう口にするハルティアは16歳、オルウェンキスの2つ上だ。
言葉通り泰然としていて思慮深い女性である。と、試験前であればベルナルドも頷いていたことであろう。
それが躊躇われるのは、怜悧な知性の向く先に不信を抱いたからだ。
彼女の眼には自分たちは一個の人間として映っているのだろうか。
学園で彼女が見せているおっとりとした気性も、人当たりの良さも、今となってはすべてが作りものめいて見える。
そうしてハルティアへの認識を新たにしているとオルウェンキスから声がかかった。
「ベルナルド。次からココトと場所を代われ」
――戦力外通告。
自然と声が固くなる。
「まだやれます」
「チッ。そんなことも分からんから貴様は愚図だの鈍間だのと言われるのだ。ココトにやらせろ。いつもビクビクとしていて腹の立つチビだが、お前の補佐に徹していて余力がある。役割も理解している」
ベルナルドにも矜持がある。
年長者として、魔道の先達として、同窓の者たちにまごついている様を見せるわけにはいかない。
ましてその陰に隠れるなど。
アズルトらとの間にある途方もない隔たりを知ったからこそ、ベルナルドは今の立場に固執していた。
だが反駁を口にすることは許されなかった。
ベルナルドの不服を見て取ったオルウェンキスが、手にした杯を力任せに地面へと投げつけたのだ。
鋭い音と共に杯は呆気なく砕け、辺りに破片を散らす。
「どいつもこいつも、あの腐れ山羊に触発されて熱くなりやがって。抑えろと言ってもまるで聞きやしない。そんなに力を誇示してみせたいのか。おれへの当て付けか。なにが才能だ。貴様らごとき無能が認められてこのおれが認められぬなどあってなるものか」
「はぁ、また病気が始まっちゃったわ。ベルちゃん、困った子だけど見捨てないであげてね。建国前から続く家なんて、もうほんとうに少ないのよ」
「貴様はおれの婆やか。それから、余計なことは言うな」
「オルクスのところは家臣に恵まれてるわね」
「ガキの頃の名で呼ぶなと言っているだろう。手を組んだからと言って貴様と和解する気はない」
「あらあら、つれないわぁ」
毒づくオルウェンキスにもハルティアは柔らかく微笑むだけだった。。
両者は性格も主義も思想もまるで違っている。だが、見ているものは似通っているのではないか。ベルナルドはふとそんなことを思った。
◇◇◇
日暮れ前にはアズルトの予告通り魔物の波は終息した。
土木魔術により地中に埋め死体を始末する。
宝珠による浄化を受けた骸は魔種として再発生し辛い。それでも瘴気を断つ形で処理するのは騎士にとっては基本とされていた。
疫病を防ぐためにも必須の作業だ。
もっとも、大部分はアズルト隊が戦闘と並行して行っていたこともあり、砦を解体するついでに土砂を被せる程度のものであった。
それでも軍道脇にできあがった塚を見るに、問題を残したとしてペナルティが入ってもおかしくはなかった。
そうして大急ぎで後始末を終えた4組は、日が暮れるのも構わずに集合地点への行軍を開始する。
移動は舟に人と荷をすべて積み込んで行われた。操船はアズルトとクレアトゥールの2人がかり。船足は尋常ならざる速さで、2時間と経たず目的地の砦に辿り着いた。
そこでベルナルドたちは知らされる。東に起きた異変を、そして1、2組が置かれている状況を。
だが彼らは知らない。4組に用意された明日からの計画が、両組の置かれている今にも増して過酷なものであることを。
誰も彼もが今日の経験に衝撃を受けていた。
そしてそれ以上のものなどないと無意識に思い込み、忘却していた。
4組の試験は明日からが本番なのである。
明日から本番とか書いてありますがざっくりやって次回で試験は終了です。
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