表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラケルの虚  作者: 風間 秋
第1章:異郷
31/44

期末試験5

 試験2日目の未明、クトが起きるのにつられる形でアズルトも目を覚ました。


「おはよう」

「ん。まだ寝てて大丈夫だぞ」


 見上げれば東の空にかすかだが天蓋紋の変性光が差し始めている。天頂までそれが伸びれば起きるには丁度良い時間だ。まだ早いには早いが二度寝をするほどではない。


「いや、十分に休んだ。おまえこそいいのか、夜中起きてただろう」

「すこし眠い。けど、調子は悪くない」


 言って省力版の広域探知術を起動させる。掴めと差し出された手を握り返せば、魔識覚にクトの捉えた超高密度魔力構造体の位置が共有される。


「これやられたら俺の立つ瀬ないだろ」

「起きてすぐだから、宝珠の処理ですこし奮発してる」


 朝までには切り替えるとの宣言通り、クトの様子はすっかりいつものものに戻っていた。

 術の構成は緻密で無駄がなく、魔力放散も完璧に抑え込まれている。瘴気への怯えも弱まって見えるのは、軍道に作用している結界の影響だけではないだろう。


 どちらも心因性の不調であるとは言え、無意識に刷り込まれた反射のようなものだ。心持ちだけで切り替えられるものでもないと思う。

 昨晩の問答がそこに至るなにかを気づかせたのかもしれない。

 自分で解決できたならそれで良いとアズルトは思う。元より深く立ち入ろうなどという考えは持ち合わせていないのだ。


 探知に引っ掛かった魔物を掃除して戻ると、暁光を頼りに朝食の支度が始まっていた。アズルトは魔物の肉から残留魔力を抜くのだけ手伝い、出発の準備に取り掛かる。

 魔術により身体の強化を施し、丸木舟を異世界コンクリートの軍道上に運ぶ。そしてその中に4組25人分のバックパックを――各人が携行する最低限のものを残し――敷き詰めてロープで固定する。

 食料や炊事用具は昼にも使うため、別途袋にまとめて積み込むことになる。


 これからアズルトがやろうとしているのは、軍道を水路に見立てた物資の水運だ。

 魔術により人間離れした身体能力を発揮できる騎士だが、持久力については魔力量の制約を受けるため格別に優れているというわけではなかった。術の効力が高まればそれだけ消耗も増える。最大戦力を発揮できる時間は微増に留まる、というのが騎士の間では常識だった。


 長時間の運用を想定するなら、用いる術の階梯を下げることで消耗を抑えるのが常道となる。つまり、魔力量のみならず魔術の技量にも影響を受けるわけだ。

 脱落者を出さずに試験の達成を目指すのであれば、組の下限に行軍速度を合わせなければならない。有事に備え余力を残しての行軍ともなれば、その足は更に遅くなる。


 全体の速力を底上げする方法もあるにはある。荷を能力の高い者に託し、彼らの負担を軽くすれば良いのだ。

 訓練として見れば問題のある行為に違いない。けれど生憎と今は訓練ではなかった。そして経験を重視するアズルトと言えど行軍までは意に介していない。


 そうして効率を徹底した結論がこれ。錬金術でコンクリートを泥化させ、流体操作系の術式を動力源とするという変則的航法を用いた輸送だ。

 泥舟と呼ばれる工兵の使う魔術と根っこの発想は同じである。軍道滑りという緊急時を除き禁じられている移動手段も考え方は似ている。


 なおこの航法には続きがあり、通過した路面は流体操作で再整地を施し、錬金術で再度相転移を起し硬度を戻すという行程がある。これを怠ると軍道の意図的損壊で試験にペナルティが入るどころか高額の罰金が科せられる。

 軍道滑りが緊急時の移動手段とされるのも路面の修復が為されない事例が大多数を占めるのが理由だ。


 軍道に用いられる異世界コンクリート――用途からコンクリートと呼んでいるが、実際にはセメントに近い魔術的な材料工学の産物である――は、建造物に用いられる場合と違って、状態固定の最終行程を施されていない。

 魔物の集団暴走が発生した際に防波堤として転用するためであるのだが、これにより魔術による相の可逆性を保たれたままとなっており、魔術伝導率もたいへんよろしい。なにより自然物と違い組成が均一であるため、術を省力化しやすかった。余力を流体操作に傾けられるためとても速度が出る。


 事前の能力査定からの推察になるが、巡航速度で15~20ノット、時速にしてみれば27~36キロメートルといったところだろう。

 徒歩の側に脱落者が出ること必至のペースであり、そうした者たちは途中で荷として扱うことになる。


 もっとも舟を動かす術者の負担は重い。

 船頭はココト&ベルナルド、チャク、ガガジナの3交代制だが、消耗に応じて船足は緩めるよう伝えてある。


 なにせ頼みであったベルナルドが今回は脇役だ。

 錬金術に代表される後方分野はココト、チャクの方が適性が高く、逆に戦闘系統に才を発揮するベルナルドは不得手ですらあった。ガガジナはゲームでも支援特化だったからか、こういった術系統も小器用に熟す。


 手早く食事を片付けたアズルトは軽く各人の操船を確かめると、オルウェンキスに先に作戦行動に入る旨を告げる。

 そして大きなバックパックを背負い、天蓋紋も消えぬうちからクトと共に野営地を発った。


 これからアズルトには間引きの下準備が待っている。軍道近傍の魔種を狩場まで釣り出す大規模な仕掛けを設置する作業だ。

 調査ポイントを巡りながらマラソンをする4組の本隊とは夜まで完全な別行動である。



 試験2日目は黙々と魔物寄せの香の詰まった瓶を、事前に見繕っていた地点に配置して周るだけで終わった。

 遭遇する魔種はお話にならない。経験値としては微妙な上にどうせ後でまとめて狩るので、通り道にいるものだけ鎧袖一触で散らし基本的には無視だ。

 途中、隊のノルマとなっている調査ポイントで、標的(ターゲット)に刻まれた魔紋を宝珠に転写した。

 そして夜になると本隊と合流し状況を確認、翌朝には再び本隊を離れる。



 アズルトは『ムグラノの水紋』の通りに歴史が動くのであれば、事件が起きるのは試験3日目となる今日だと考えている。そのため、これまで省力化を兼ねて受動探知に限定し半休眠状態に置いていた使い魔を動かすことを決めた。

 もちろん対策は講じた上で、だ。


 アズルトには切り札がある。

 ただひとつ師から学んだと言える第12階梯の魔術は、術者の魔力の位相そのものを変質させる、天位すら欺く究極の魔力隠蔽魔術だ。

 なにせ異なる位相に置かれた魔力は、この世界(ラケル)の魔力による観測では魔力として認知できない。例え隠しボスであろうとも、理に縛られる存在である限り絶対だ。


 アズルトは常時この魔術により魔力の大部分を隠匿している。

 だが人の身であるアズルトには、すべての魔力をこの術で変異させるわけにはいかなかった。

 すべからく人は魔力を持つべき生き物である。であればこそ魔力を持たぬ人がいればそれだけで跡を残す。

 どれほど高度な魔力隠蔽を用いることができようとも、それだけでは隠しボスの眼から逃れることは出来ないのである。


 けれど魔法そのものに等しい使い魔であれば話は別だ。

 存在情報の大部分を占める魔力を隠蔽できるため、上手く隠形系統の術式を重ねれば目視以外の発見をほぼほぼ防げる。

 連絡役を派遣していたところから見て、隠しボスは偽装を優先し3組に同行している。ブラフの可能性までは否定できないが、仮に使い魔が露見しても魔力を感知できない以上、アズルトまでは辿れない。


 これらの事情を加味し、能動的に動かしても問題は生じないと考えたのである。


 そして事件は起きた。

 昼の大休止を間近に、1、2組が休息地の選定に入っていた時のこと。突如として辺り一帯の瘴気が乱れ、暴れ狂う魔物が樹獄の木々の合間から溢れだした。

 両組は混乱しつつも戦闘態勢を整え、道中にあった洞窟へ向けての撤退戦を開始したのである。


 使い魔を放っていたアズルトは事件発生一部始終を確認することに成功した。

 だがそれによって得られた情報はこの件の解決に繋がるどころか、より深い混迷へと導くものでしかなかった。


 事件を引き起こした物品はアズルトの見知った道具だ。レベリングのお供、魔物寄せの笛である。

 影響はその比ではないが、用途を考えればこれが本来の効力なのではないかと推察される。

 そして犯人もまたアズルトの知る人物だった。

 『ムグラノの水紋』で仲間にできる盗賊系の男キャラクターで、1組に所属する公国出身の貴族。家柄は確かで、大公家に代々仕える隠密の家系である。


 精神干渉系の洗脳魔術によって駒にされたとするのが素直な解答だろう。あの試験官は状態異常の付与に長けた魔族だったと記憶している。

 だがどうにもそれを立証できる材料がない。

 試験官と実行犯の接触はあった。けれど用いられた魔術は密会のための隠形系魔術のみ。

 そして困ったことに、件の笛の所有者は公女主人公シャルロットであるようなのだ。


 洞窟まで避難した両組は、入り口に土塁を築き持久戦の構えを見せていた。

 積極的に打って出る動きはない。事態の把握ができていないため、魔物を過剰に刺激すべきではないとの判断したようだ。

 このまま2日ほど様子を伺って、魔物の狂乱が鎮まるならば先へ進み、そうでなければ引き返して別ルートを進むことで話はまとまっていた。

 洞窟の位置と事件発生のタイミングに前後するところはあったが、おおむねゲームの流れに沿っている。


 そうやって両組の動きを、樹上に退避させた使い魔を介しひっそりと観察していた時のことである。


「面白いモノを作るのね」


 前触れなく少女の声が聞こえた。


少しでも先に興味を持っていただけましたら、ブックマーク・評価等をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ