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ラケルの虚  作者: 風間 秋
第1章:異郷
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期末試験4

遅れました!

 日がどっぷりと暮れ落ち、夕食の片づけも終えようという頃、アズルトは軍道脇に設けられた4組の野営地に到着した。

 辺りの瘴気が森の中と比べると希薄なのは、軍道の地下に簡易の結界術式が組み込まれているからだ。


 林冠にそこだけぽっかりと開けた空には、満天の星が煌めいている。

 写真でしか見たことのなかった本物の夜の空を仰ぎ、幾晩も夜更かしをしたことを、ちらりと思い出す。

 師に嬲り者にされ、身動き取れぬまま荒野に放り出された夜の数々ですっかり見慣れ、今ではわざわざ見上げることも少なくなったが。


 帰還したアズルトは盛大な歓迎を受けた。

 超絶不機嫌なクト、はまあいいだろう。

 苦々しさと苛立ちに顔を歪めたオルウェンキスにベルナルド、怒髪天を突く勢いのグリフと顔を赤に青に変えるチャク、おまけに死んだ魚の眼をする試験官から入れ代わり立ち代わり絶え間なく垂れ流される苦情は、紛れもなく彼らがアズルトを心待ちにしていた証拠だ。

 それは断じて望ましい意味ではないが。

 並べ立てられた怨嗟は独断専行に対するものではなく、単独行動に対するものでもなく、ましてや到着が遅くなったことでもなかった。どれもこれもアズルトがクトを放り出して行動したことへの、監督不行き届きを非難する文言。


 唖然とするアズルトに皆は口々に言う。おいてけぼりを食らったクトが、3組の偵察を終え本隊に合流したことで悲劇は始まった、と。

 はじめグリフの前に現れたクトはそれはもう酷い状態だったらしい。漂わせる怖気の走るほどの魔力に、気づけば剣を抜き斬りかかっていたと言うのだから相当なものである。


 その頃、本隊ではキャスパー班によって3組偵察部隊の捕縛が難航していた。騎士としての単純戦力ならば遥かな優位にあるキャスパーとメナだったが、隠密技能の差で相手方に主導権を握られていたのである。

 警戒すべしとのアズルトの言をオルウェンキスたちは理解した。自分たちは他組の戦力を正確に掴めていない、そのことを思い知ったのだ。


 相手は一筋縄ではいかぬ強敵である。そう認識を改めたところにクトが乱入した。踏み荒らしたと言うべきか。

 敵味方はおろか試験官すら事態を把握できぬまま偵察部隊は拘束される。

 かくして捕縛劇は呆気なく幕を下ろし、覗き魔から解放された4組は意気揚々と――とはならなかった。確保した3組の生徒の扱いで試験官と揉めたのだ。


 各組に同行する試験官は公正を期すため、担当教官以外の学園関係者から選ばれる。それは突き詰めて言えば縁の薄い人物ということ。そして審査対象の組を資料でしか知らぬ相手ということでもあった。

 双方にとって重ねて不運だったのは、この試験官が厳格ながらもごく普通の教官、すなわち表の世を活躍の場とする青位の騎士であったことだろう。


 4組参謀陣は捕縛した生徒らをまず、試験の妨害行為扱いで試験官へ身柄を移譲することを求めたが、これは当然の如く拒否される。ではリタイア扱いでの試験からの退場でどうかと要求を切り替えたが、これも試験官は了解しなかった。

 リタイアによる減点はそれなりに大きく、これしきの些事に1班分の失点を了承するのは難しかったようだ。


 そもそも試験官は有事の際の補佐要員として同行しているのであって、試験に関与することは原則認められていない。

 その徹底ぶりは時に人命にすら勝る。なにせこの先、上位組が事件に巻き込まれたと推測できる状況でも試験は続行されるはずだし、命の危機にあろうと援助の是非は当人らに委ねられるほどだ。

 捕虜として砦まで移送し4組の加点として扱うという提案すら、試験官の譲歩が為したものと言える。

 だが、お荷物の同行を厭うハルティアがこのような案を認めるはずもない。


 双方の主張は平行線を辿るばかり。

 試験官が近くから応援を呼び4組の行軍は再開されたが、早くも計画には狂いが生じ始めていた。

 元から機嫌が底辺にあったクトの暴発は、そんな硬直した状況下で起きた。捕虜を逃がし、脱走者としてこれを追跡、嬲り者にしたのだ。


 試験官が折れないのならば、当人らにリタイアを宣言させれば良い。形を変えた拷問のようなものだった。そしてこれにハルティアが便乗したことで、ようなものではなく正真正銘の拷問が始まる。

 本職の拷問吏には到底及ばないが、クトは十分にその用を成した。訓練で覚えた手加減を駆使してハルティアの助言を形にしたのだ。大怪我は負わせず、時には治癒も施しながら、試験官に救援すら求められない状態で責め立て続けた。

 ハルティアはこの光景を背に再度交渉を持ち掛け、試験官の判断ミスを認めさせることに成功。試験の()()()審判を騎士の名に誓わせた上で、彼らをリタイア扱いで引き取ってもらったそうな。

 紛うことなき脅迫である。


 今年はアズルトら赤山羊班の暴挙で霞んでいるが、4組とは元来、こうした正道を踏み外した騎士を輩出する学級なのだ。青位の物差しで赤位や黒位を正しく量ることは出来ない。


 それはそれとして、この拷問はクトの不評に止めを刺した。直接目撃したのはアズルト班、ハルティア班、グリフ班の7人だけだが、口止めの類は行われなかったらしい。今や4組の誰もが知るところだ。

 事の半分はハルティアの責任であるにも関わらず、悪意はクトに集中し、文句は巡り巡ってアズルトにぶちまけられている。


 クトのなにが悪いと言うのかとアズルトなどは思う。

 彼女はアズルトの言いつけ通りに動いている。敵情視察はしっかりとこなしたし、敵味方に重傷者を出してもいない。魔種を発見すれば味方に任せ経験を積ませた。

 調子が優れない中で良くやってくれている。


 3組の生徒の扱いにしたって、上手くやったと褒めてやるべきとすら思う。

 都合の良い供述を引き出すため暴力的な手段を取る。それは実に状況に即した行いだ。試験官の心証を多少損ねてでも、手の内を伏せることの方が遥かに重要なのだ。

 アズルトはクト贔屓なところがあるが、それを差し引いても評価はされて然るべきだと考えている。だというのに、現実には逆の評価を下されている。とても納得のいくものではなかった。


 ただこれに関して、皆とは別で謝罪に訪れたハルティアが興味深いことを語ってくれた。彼らは怖いのだ、と。

 つまりは瘴気に怯えるクトと同じ。誰も彼も、恐怖からの逃げ場所を求めている。拒絶し、排斥することで心の平穏を保っている。アズルトを飼い主と称し責任を押し付けるのも、クトの身代わりに捌け口として扱うことを正当化するためだろう。


 騎士を志す者が惰弱だな。

 呆れが口を突いて出たアズルトに、ハルティアは武力と暴力は別物だからとおっとり微笑んでみせる。

 平民の見てきた騎士は青位であり、多くが暴力に慣れるのはまだこれから。そんな彼らであるから、人が尊厳もなくただただ蹂躙される様を前に尻込みするのは仕方のないことなのだ、と。

 終わりに、級友の敵愾心を集めていることへの感謝を述べ、ハルティアは去っていった。その行く先では、組の皆を集めたオルウェンキスが、本来の作戦とその背景を傲岸不遜に説明している。


 試験内容については()()()()()の一環として秘匿義務が課せられているため、ここで開示する分には問題は少ない。漏洩すれば騎士号を得る上で大きなペナルティが与えられる他、受け取った側にも相応のペナルティが課せられる。

 ただしカンカ・ディアが言うように、露見しなければよいという考えもあるため漏洩対策はしっかりと行う。大まかな流れの説明だけで、発案や手段が明示されないのはそのためだ。


 アズルトは魔力灯を手に輪を作る級らへ背を向け、野営の陣の外れに向かう。そこには魔術で伐り出された丸木舟が、ふたつ繋げた状態で置かれていた。

 明日からの強行軍の名を借りたマラソンを行う上で要となる道具だ。本当ならばもう少し早く合流し、クトと共これを作る予定であった。

 粘ったことで収穫は増えたが、組に還元できる内容ではなく、残るのは彼女の負担を増やしたという事実だけ。


 気まずさを胸に秘めその裏に周ると、陣の外側、丸木舟の陰に膝を抱えて座るご機嫌斜めの狐娘がいた。

 右手に握られている短剣は仕上げに使ったものだろうか。

 辺りには制御を外れた魔力が漂っており、その心境を如実に物語っている。

 とても、物騒な雰囲気だ。


 刺激しないよう、常より身体ふたつ分ほど遠い位置にそっと腰を下ろす。けれど、クトは逆にそれが気に食わなかったらしい。

 すぐさま静かな怒気が飛んできた。


「なんでそんな離れて座るんだよ」

「いや近くだと嫌がるかと思ってな」


 釈明に対するクトの返答は、静かに立ち上がるというものだった。

 そして1歩、2歩と近づき、正面にやって来た瞬間――短剣が顔の脇に突き立てられた。


「……あたし、そんなこと言ったか」


 深々と丸木舟に刺さったそれを逆手に握ったまま、覆いかぶさるようにじりじりと黄金の瞳が迫る。

 仰け反ろうとした後頭部が舟に当たった。


「怒ってるんじゃないのか」


 クトの動きがぴたりと止まる。


「わかんない」


 らしくもない、不貞腐れた子供のような語調だった。


「ずっと考えてた。戻れって言われたとき、すごく腹が立ったんだ。でもなんであたしはそう思った。おまえは別に悪くないだろ」


 言って疲れたように頽れる。


「それはやっぱり俺が悪いんじゃないか」

「なんでだよ」

「理不尽だと思ったとか」

「足手まといと判断したから置いてったんだろ。おまえがそういう奴だってことは、あたしよく知ってるぞ」


 憤懣やるかたないといった風情のクトだが、想像以上に冷静でもあった。

 しかしならばなぜという疑問も出る。


「でもおまえ反発したよな」

「だからッ、苛々するから嫌だって言ったんだよ」


 このクトの言に、アズルトはまず沈黙を以て答えとした。これが根の深い話であることを悟ったのだ。

 理屈が絡む分野なら理解のあるアズルトだが、感情となるとそうはいかない。


「悪いクト。どうやら俺には荷が重い。なにか、……そうだな。組の奴らが俺に怒りを向けてくるのは、おまえへの恐怖を紛らわせるためだってハルティアが言っていた。おまえのそれも、もしかすると別の感情から目を逸らそうとしているのかもしれない」


 他人の知恵を借りて助言を口にするのが精々だ。

 そして思考の海に沈んだクトを横目に、取り分けておいてくれたという夕飯をいただく。

 しばらくするとなにか取っ掛かりを得られたらしい。


「あたし、弱いんだな」


 クトが不機嫌に吐き捨てた。


 量が多いのは良いが、下ごしらえが不十分で魔力のえぐみが強く残る魔物肉に閉口しつつ食事を終え、軽く周囲をクリアリングし、警報系の魔術トラップをしかけ就寝の準備を整える。

 他の隊からは交代で見張りを出すことになっている。

 天幕は持ってきていない。あるのは掛布が1枚だけだ。丸木舟の防衛があるので、その中で包まって眠ることになる。


 用も足し、さて寝るかと横になったところでクトがやってきた。そしておもむろにアズルトの掛布に潜り込んでくる。

 相も変わらず機嫌はすこぶる悪い。魔力の統制が完璧でないところからもそれは明らかだ。

 それにも関わらず、これである。

 アズルトにはクトの行動が理解できなかった。しかし何故と聞くことは躊躇われる。

 なにせつい先刻、機嫌を損ねて刃を向けられたのだから。


「ん、朝までには切り替える」


 そんなアズルトの困惑を察してか、クトが小さくそう宣言した。

 答えにはなっていなかったが、仕方がないとアズルトは腹を括る。半分は謝罪、そしてもう半分は労いから、我が儘のひとつやふたつ聞いてやろうという気分になったのだ。

 かくしてアズルトは傍らにクトの熱を感じながら、暑いと冷房術式を常駐させつつ一夜を過ごしたのであった。

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