期末試験3
アズルトの試験計画はこうだ。
まず初日は流す。
夏の予行演習として経験を積ませることが目的であり、表向き組で立てた行動計画に沿って動いてもらう。アズルトが指定したのは野営の候補地と、余所の組が送ってきた偵察の排除、それから逆に赤山羊組による他の組の偵察の3点のみだった。
2日目からマラソン大会が始まる。
通常4日の行程を1日と半ほどで踏破予定だ。ただ走るだけならもっと短くて済むのだろうが、調査があるのでその分を加味している。
荷を積む『舟』は1日目の野営時間に製作予定。
また道中は4日目に備え餌を撒くためアズルト隊は野営以外は別行動を取る。
4つある調査ポイントは各隊での消化だ。これも経験値稼ぎが目的である。Aルートは発生する魔物の脅威度が低いため、不測の事態に備えた上でなお、隊を単位として行動できるのが強みだった。
ちなみに他の組が規定の3隊であるのに対し、4組は4隊編成である。内訳は3班、3班、2班、1班の組み合わせ。
第1小隊『オルウェンキス隊』:オルウェンキス班、ハルティア班、ダニール班
第2小隊『ディスケンス隊』:ディスケンス班、グリフ班、ルールー班
第3小隊『フェルト隊』:キャスパー班、フェルト班
第4小隊『アズルト隊』:アズルト班
となっており、これはオルウェンキスらが提案している戦闘用の隊編成とはまったく別の、探索調査専用のものになる。
集合地点の手前で陣地構築をし、4日目に魔物討伐祭り。
5日目に集合地点まで移動して、森の深い側で陣地構築しつつ期日まで釣りの予定である。
試験を基準にして考えれば、最終的な評価の集計がすべての組の試験終了後であることを利用して、事件によって延長される期間も込みで討伐評価を稼ぐ、ということになるだろうか。
ゲームでは取り立てて言及されてはいなかったが、集合地点への到着が試験の終了ではない。あくまでも課題は『騎士の通常任務』である。そこをはき違えてはいけない。
であるからこそ、集合地点の砦に先に補給物資を送っておくとかいうグレーな手段も許容されるし、魔物寄せの香を用いた釣りも承認される。個人で使うには手続きが厄介な品だが、任務であれば問題ない。
試験内容および評価内訳が非公開であることから、手段は選ばなかった。と言っても下敷きになっているのは裏方騎士の作戦行動である。ニザ瘴土帯のと前置詞が付くが。
模範解答的な行動を取る気はない。バルデンリンドは剣、魔種を最大効率で駆除するだけ。そしてそれはゲームでの効率的な育成と似ている。
◇◇◇
1組:Dパターン
2組:Cパターン
3組:Bパターン
4組:Aパターン
優れた者ほど険しき道を、劣る者ほど易き道を。事前の申告はその志を示すかのように、対極の傾向を表していた。
けれどラケルの正史は別の運命を指し示す。
試験初日。開始の合図が出されて間もなく、2組がゲーム通りの動きを見せた。すなわち、調査パターンのCからDへの変更である。
これを主導したのは悪役令嬢ことリズベットだ。彼女はDからルートを変えることのなかった1組を危惧し、追随することを主張した。バルデンリンドの娘であるリズベットは、有事の際にひと組では対処が困難であることを承知していたのだろう。大衆の理解は婚約者のためと分かりやすい形で落ち着いたようであるが。
組を二分しかねない状況を動かす一石となったのは、リズベット側にアイナがついたことだろう。アイナの行動が、というよりも、アイナの行動にリズベットが反発を見せなかったことが、リズベットへの反発を緩める契機となった。
変更が確定してからの行動は迅速だった。Dパターンの行動計画が用意されていたのは間違いない。荷の交換もない辺り、パターン間で互換があるように計画したのだろう、上位組の面目躍如と言ったところか。
現在、アズルトは当初の計画にもあった偵察を敢行中である。
樹獄へ踏み込むDの調査地点だが、騎士の定期巡回コースに沿った形で配置されている。必然、道と呼ばれるものもできている。それは馬車が通れるような立派なものではないが、馬が走れるほどにはしっかりとしていた。
もっとも隠密行動中のアズルトは2組の索敵の圏外、木々の茂みに身を隠しているため、今そこを通ることはないのであるが。
偵察部隊を張りつかせるのは、先々の試験を考慮してのこと。他の組の戦力分析を正確に行うためである。
本音を言えばゲームで凡その実力を把握しているアズルトに偵察へのこだわりはそれほどない。
逆に熱心なのは防諜だ。防衛の重要性を説くために偵察を強く主張した部分もある。
偵察は表向き3組が余所へ送った偵察要員の確認と、各組本隊の人数、進軍速度、独立行動を取れる班の人員確認ということになっている。
実際には潜り込んでいる魔族の探知能力を、偵察を装うことで正面から堂々と調べてやろうというのと、起こるであろう事件の観測だ。と言ってもそこまで同行することはできないので、彼らの荷に使い魔――と便宜上呼称している謎の魔法生成物を紛れ込ませることで代用するつもりでいる。
2組を追いかけ樹獄を進むアズルトだが、珍しく完全な単独行動だ。
当初の予定ではクトも同行させるつもりでいた。けれど公爵の忠実な僕を自認するアズルトは、引くべき線はしっかりと引く。不安要素と化したクトを計画から排除することを、昨晩のうちにはもう決めていたのだ。
今朝、2組の悶着を確認したアズルトは1組の偵察を保留にしこの成り行きを見守った。そしてその後、瘴気の強い樹獄に長く留まることになるからと、クトは3組の人数確認だけ命じて4組の本隊へと追い返したのである。
揉めたが。
しかし、今のおまえにふた組分の試験官を出し抜けるのか、と迫れば流石に折れた。グリフと確認した計画ではそこまでの能力は要求されないが、アズルトの予定には必要になる。
先に述べたように組での役割もあるから、事件が起きるまで張り付くつもりはない。それでもイベントが前倒しになるといった不測の事態は想定しておくべきだ。仮にそこで魔禍に似た現象が発生したとして、クトは冷静でいられるのか。アズルトには予定が消化できないことよりもそちらが気がかりだった。
自身の安全については危惧していない。魔禍のただ中に着の身着の儘で放り出されたことすらあるアズルトだ。瘴土帯を思えばこんなものは散歩道に近い。鬱蒼とした樹獄の地形にはそこそこ悩まされていたが、それくらいだ。
隠しボスに出張られても手に負えないか。ただこちらに関してはアズルトがその役割に徹している限り不干渉を貫くと見ている。下手にバルデンリンドを刺激して天騎士パルオゥの注意を惹くのは下策も下策なのだから。
だがそれはやや傲慢な考えだったかもしれない。
アズルトは伏兵に悪戦苦闘していた。相手は3組が2組に差し向けた偵察要員だ。小柄な少年で、本当に14歳か疑いたくなるような、子供っぽい容姿をしている。
アズルト同様に単独行動をしているところからも分かるように、実力は確かだった。確か過ぎた。この見た目で3組の3番手だということは記憶している。けれどそれは過小評価も甚だしい。低く見積もったところで、3組トップのジンバルトよりも上、位格騎士相当。つまるところ、彼は要警戒対象であった。
ただこれは予期されていたことだ。そうした対象の炙りだしもこの試験は兼ねている。だからアズルトが苦戦しているのは伏兵の出現に対してではない。もっと単純に、相手の認識阻害の効力がまるで読めないからだ。
エフェナで罠を踏んだアズルトは、認識阻害の行使者には捕捉をされないことで保身を図る方針を取っている。と言っても普段はクトが上手く情報を流してくれるので、実際に行動に移す機会は生じなかった。
この試験では不都合だから身を隠すという手は使えない。油断を誘うためにも、アズルトは適度に捕捉される必要があったのだ。見つかるように動くというのは良い。だがその上で見つけないように動けとなると、途端に容易ならざる事態と化す。
結局アズルトは能力の査定を諦め、適度に隠蔽を施した探知系の術をばら撒くことで阻害を無力化し、安全優先の立ち回りを演じた。
昼の大休止で2組は1組に追いついた。
そこで両組の間にひと騒動あったのだが、『ムグラノの水紋』の主要登場人物たちにとっては重要でも、アズルトにとっては重要ではないので、揉めはしたが同道することで話はまとまったと、結論を述べるだけにしておこう。
騒動に乗じてなにかが起きるということもなかった。
そして収穫を得られぬまま、時間だけが刻々と過ぎていく。
やがて両組が野営の準備に入った。
陽はまだ高い。それでも樹獄での最初の夜だから、ということだろう。急ぐよりも万全の態勢をとの判断らしかった。それに、昼の話し合いの決着もまだ残っているはずだ。
さてどうしたものかとアズルトは悩む。
日暮れまでには時間があるが、それまで粘ることは出来ない。夜の森を抜けるのは困難が伴う。元々こちらの動向は使い魔に観測させる予定だったのだし、そろそろ引き返すべき頃合いか。
踏ん切りがつかないのはクトを追い返した手前、ボウズというのがあまりに格好がつかないからだ。
元々収穫とは別のところでその決定を行ったはずだった。けれど3組の偵察に翻弄され、その辺りの認識にズレが生じていた。
己の非才を思い知らされた気分だったのだ。
だからアズルトはこの時、不正騎士としての実力に近い、完全な隠密状態での偵察に移行していた。
この近傍において、今のアズルトを補足できるのは隠しボスくらいなものだろう。
エフェナを捉えたリズベットすら欺く自信がアズルトにはある。通常の隠形に自身の特性を仮想敵とした対策を加えているのだ。認識阻害などの上級隠形は補助と割り切り、音や臭い、熱、魔力といった情報そのものの発生を抑える術式に注力している。加えて理式隠形と呼ばれる非魔術的な隠蔽も合わせた。オリーブドラブのマントに泥を塗り簡易迷彩にする、といった小技の数々だ。
故に、彼らはアズルトの接近に気づくことが出来なかった。
「キミは子山羊がどこにいるか掴んでいるかい?」
「しばらく前に見たキリだなァ。知ってるだろ、そっちはオレの専門じゃないの」
野営地を外れた樹獄の霧の中で、例の3組の生徒と1組付きの試験官が秘かに接触していた。
試験官はアズルトも知る『虫』だ。となれば当然、少年もということになる。その技量にも納得がいくというものだ。そしてどうやら彼は伝令役であるらしい。
「困ったな、僕も見失っちゃってね。まあいいや。手短に済ませるよ、『予定の通りに動くように』だってさ」
「まさか手も加えるなってコトかい。冗談だろう、相手は……この有様なんだぜ」
試験官は言葉を濁す。盗聴を気にしたのだろう。
飄々とした優男といった風貌ながら、なかなかどうして警戒心が強い。
「僕に言われても困るね。そういうお達しなんだよ」
「わーったよ。やる、やりますよ。やりゃいいんでしょ」
「それじゃ、後のことは任せるね」
3組に潜む虫はそう言ってひらひらと手を振り霧の中に姿を消した。その足の向く先には2組の陣営がある。
教官を装う虫は舌打ちをひとつ零すと、少年とはまた別の方向へ歩き出した。
観察を続けるべきか。その問いにアズルトはすぐさま否を出す。
そして身を潜めていた大木から背を離すと、彼らとは逆の方角に向けて静かに走り出したのだった。
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