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ラケルの虚  作者: 風間 秋
第1章:異郷
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期末試験2

 アズルトたちはバッテシュメヘとの問答の後、その命令に従い輜重隊の護衛を任せている4組の本隊と合流した。そしてそこから目的地に至るまでの間は、探知術で索敵の支援をする他は、大きく動くことをしなかった。

 しかし、なにもなかったと流すには厄介な案件をひとつ抱えることになった。

 大森林に近づくにつれてクトが調子を崩し始めたのだ。

 体調がどうこうというわけではない。しいていえば精神状態だろうか。


 クトは――怯えていた。

 アメノ樹獄から漂う瘴気をその優れた魔力感覚で捉え、内から生じる恐怖にひとり神経をすり減らしていたのだ。

 決して好むところではない身体的接触に安定を求めてくる辺り、重症である。

 らしいのは、『怯えて気が立っている』というところだろうか。お陰でクトの弱気を組の者には気取られずに済んでいる。

 ……いつも以上に避けられてもいるが。



 アメノの『外縁』と『樹獄』の境界域に建てられた砦は、監視という役割とは裏腹に、高く分厚い城壁に囲まれた堅固な城塞だった。

 図面で見るのとは受ける印象がだいぶ違う。


 大森林の外縁は瘴気を帯びた霧が薄らと立ち込めているのだが、城壁の周囲にはそれが見られなかった。ばかりか、瘴気の気配も感じない。

 砦を取り囲む形で巨大な結界が張られているのだ。

 見た目通りの物理的な防御に加え、魔術的な防御も十全に備えている。


 外縁の瘴気は指標が低く、耐性がなくとも人体の変質を招くほどのものではない。それでも不調は生じるし、不快感もある。

 対して清浄な空気が満ちるこの砦であれば兵の心身の健康を保てる。宝珠により耐性を与えられる騎士とてそれは同じだ。

 こうした魔術的防御に求めれる費用は莫大額に上るものだが、長期的に見れば兵の損失を防げるという意味で安上がりなのかもしれない。


 砦に招かれた候補生たちは、砦の責任者や試験監督のありがたいお言葉を右から左に流した後、貸与された天幕を広場に張って組毎の陣を作る。

 道中の野営は輜重隊を囲む形で分散して布陣していた上、教官から余計な行動を起こさぬようにと厳命を受けていたこともあって、彼らの陣を間近で見るのはこれが初めてのことだった。


 それぞれの陣から熱気が伝わってくる。恋や政にうつつを抜かしていようと、彼らが騎士養成学校の生徒であることに違いはないのだと、当然の事実をアズルトは今更ながらに思い知ったのだ。


 こういった暑苦しい要素は『ムグラノの水紋』ではオミットされていた。先立つべきは優美さであり、雄々しさはそこに香りを添えるものでしかない。

 それもあってアズルトは上位組に対してやや偏見を持っていた。学園での彼らの日常風景もそれを助長する一因となっている。

 彼らには、華があり過ぎた。


 各組は試験前の最終準備に忙しなく動いていた。

 道中の野営から物資の見積もりを修正して、不足分を砦の需品科に掛け合う。監視兵から大森林の瘴気予報を窺う。直近での魔種の発生状況を問う。他の組の動向を探るなんてのも中には含まれる。

 そうしてそこから自分たちに欠けていた情報を知り、改めて収集に奔走する。

 その様は1組も4組も似たようなものであった。


 ただ、違う部分もある。

 こういう時、王子や公女の肩書というのは非常に役に立つのだ。

 階級が身分に優先するという建前が学園にはあると言え、学園を出れば身分に縛られる。横暴が過ぎれば問題にもなるだろうが、ならばそうと知れぬ範囲で手を下せばよいわけで、末端の兵士が身分を意識して物事に優先順位を設けるのは当然の流れであった。


 4組にも東方騎士の元締めであるソシアラ侯爵の嫡孫オルウェンキスがいるので、似た真似が出来ぬわけではない。だが当のオルウェンキスが前準備から一転して乗り気ではなく、組の者たちは地味な聞き込みに従事していた。



 夕刻、アズルトは晩飯の確保をチャクに頼み東の監視塔へと足を運んだ。

 砦とは渡し通路でのみ繋がるこの塔は、樹獄側に50m以上飛び出す形で建てられている。観測施設としての側面が強く、瘴気を防ぐ結界の類が設置されていない。また塔の頂上部は大樹からなる大森林の梢よりなお高く、薄らと霧の漂う樹獄をその奥深くまで見通すことができる。

 だからこそ生徒が夕食で掃けるこの時刻、日没までのわずかな合間を狙ってやってきたわけなのだが、どうやら似たことを考える者は他にもいたらしい。


 物見にいた先客は、平民主人公ことアイナ・エメットだった。桃銀の髪を夕陽で赤に染め、望遠鏡をDルートの方角へと一心に向けている。端正な顔が厳しく歪められているのは、数日後に起きるであろう『事件』に思いを馳せているからに違いない。

 ストーリーで必ず発生するイベントだがその正確な原因は不明。不安になるのも分かる話だ。ここでゲーム通りに歴史が動くかどうかで、彼女の今後は大きく変わって来るであろうからなおさらだ。


 プレイヤーであるシャルロットの行動はともかく、ルドヴィク殿下とギスラン殿下のこれからの行動はこの試験に端を発する。

 夏期休暇に入ってから、ルドヴィク殿下がギスラン殿下に2組でのアイナの後ろ盾になってくれと頼むイベントがあった、はずだ。そこでギスラン殿下が承諾する理由のいくらかにこの試験は関わっていた。政治的な動機が本筋だったからルドヴィク殿下の意思だけが重要なのかもしれないが、だからと言って優先度を落とせるものではない。


 だがまあなんとも間が悪い。

 アイナのこの姿は他の生徒には秘すべき類のものだ。彼女自身それを分かっているからこそ、組での立場が悪くなるのを押して今を選んだ。


『アイナ、だっけ。どうするんだ』

『引き返すわけにもいかないだろう。後ろ暗い事情があるのはお互い様だ。気づかせて、出来ることならお引き取り願う』


 先客の正体に気づいたクトに事実をぼかして説明する。

 プレイヤーなんて存在が紛れていることは墓まで持って行くつもりでいる。そして知らない前提で動くならば、アズルトは間違いなく強行するだろう。

 クトの前で安易に選択を曲げることは避けたかった。意地のようなものだ。律儀な彼女であるからこそ、通せる筋は通したい。


 隠形術のレベルを落とし、足音まで踏み鳴らしてから屋上に姿を晒す。

 アイナが望遠鏡を取り落としかけ慌てていたが、無視して監視の兵士に挨拶を済ませた。そして兵たちから距離を取り観測の準備を始めたところで、望まぬお呼びがかかってしまった。


「すみません」

「単独行動はお勧めしないぞ、有名人」

「やっぱり気づいてた。御ふたりのお名前を教えていただけませんか?」

「察しの悪い奴だな」


「見逃してくれるっての分かってるよ。でもだからこそお近づきになれたらなって」

「残念。そいつは嘘だ」

「ん、おまえ逃げたいって臭いしてる。あと、悠長に話してると日が暮れるぞ」

「そういうわけだ。まあ後学のために覚えておくと良い。試験前のこの時間、おまえのすべての行いは2組の意思に基づくものとして受け取られる。恋慕する相手の明日を憂う間抜けは見逃してやる。ただし邪魔をする愚図は()()の敵だ」


 しっしと手を払うと、顔を青くしたアイナは「時間を取らせてごめんなさい」と小走りで去っていった。

 その気配が階下にしっかりと消えたことを確かめ、眼前の景色に意識を集中する。


 森は見た感じ平穏そのものだった。見張りの兵士の所感も同様の結論を示している。バルデンリンド領西方のニザ瘴土帯ほどの禍々しさも感じられない。瘴気の指標もあちらの浅層に比べて2つか3つは低いだろう。

 用意した探知術式を幾つか解放し遠方まで観測範囲を広げてみるが、瘴気溜りや波の予兆、群れの発生といった事故に繋がる事象は認められなかった。

 クトの感覚に頼ってみても結果は同じだ。


 はてさて、ここからどのようにしてゲームのイベントは起きるのか。起こすのか。下手人はともかくとして、手の内くらいは掴んでおきたいとアズルトは考える。

 偵察の必要性を再確認したアズルトは、監視兵に丁寧に感謝を述べ塔を後にした。



 ◇◇◇



 そして夜。割り当てられた天幕で、アズルトはクトの看病というか機嫌取りをしつつ、地図を間にグリフの語る他班の調査報告へ耳を傾けている。


 結界に入り多少は持ち直していたクトだったが、塔で樹獄を探らせたことで再び調子を損ねていた。

 不貞腐れる狐娘をあやす様はどう贔屓目に見たところで、内情を加味しようと不干渉であっても無関心とは違う。クトもあの夜の件からこちら少しその辺りを分かり始めたらしく、これまでと別方向に遠慮がなくなった。今も気分が悪いなんとかしろと主張するので、仕方なく尻尾を撫でてやっている。


 なお遺憾ながらあれからクトに慎みは芽生えていない。


「――以上がうちの組の収穫だ」


 報告はそう締めくくられた。

 なんとも適当な雰囲気で行われているが、これでも実質的に4組の作戦会議である。

 現地で収集した最新の情報に合わせ調整を行うのが目的だ。材料は先にも述べた瘴気の濃度や分布、魔種の活動情報、それから近々の掃討記録など。


 余談だが、裏ではオルウェンキスが表向きの作戦会議を行っている。

 他の組向けの偽装工作であると同時に、それ自体が演習である。これはオルウェンキスも承知しており、別個に計画を立案させることについては珍しく評価する旨の言葉を貰っていた。


 あちらでもグリフが述べた内容そのままの報告が上がり議論が始まる頃か。

 報告については特に語るべきところがない。

 試験に備え間引きを緩めているのも含め、すべては想定の範囲内だった。その結果すらもすべて、アズルトの予想していた通りである。

 面白みはない。だがそれで良かった。


 必要なのはその行程だ。自分たちで最新の情報と手持ちの情報とのすり合わせを行う。事前に情報を集めるのは大切だが、肝心なのは現場で使えるかどうかだ。それを経験することにこそ意味がある。

 アズルトは徹頭徹尾、この試験を経験値稼ぎの機会としか見ていないのであった。


 グリフが傍らの木杯に手を伸ばす。視線がアズルトの方はと問うていた。


「樹獄の状態は見てきた。平穏そのもの。なにも問題はない」

「……喜ぶべきところか悲しむべきところか」


 杯を置いたグリフが、眼鏡を押さえ溜め息を吐くとともに頭を振っている。

 喜ぶ以外のなにがあるのかとアズルトが内心首を捻っていると、硬い確認の声が向けられた。


「予定通り計画の第1案で作戦を実行に移す。それで良いな?」


 気負っているらしい。

 アズルトからすれば十二分に安全は確保しているのだが、悲しいかな、実力不足のグリフには、ベルナルドらが見ているアズルトすら見えていない。

 赤山羊班の最高戦力は、突出してクトにあると考えているのだ。


「そう難しい顔をするな。俺たちはちょっと盛大な狩りに来ただけだ」

「ん、リド。ちょっとなのか? 盛大なのか?」

「ちょっとだけ盛大なんだ」

「おまえの言うことは時々よく分からないな」

「オレにはあんたらが何故そんな呑気でいられるのかが分からねえよ!」

「とりあえず座れ。山羊に頭を食い千切られたいのか?」


 膝立ちになって吠えるグリフへ冷淡に告げる。

 組の参謀役がこれではいけない。山羊と言ったのは、子山羊としてなんでもいいから腹を括れとそんな意味を含んでのことだ。


「それから大声はナシだ。なんのために額を突き合わせて話をしていると思ってる。遮音があるからって気を抜くなよ。違うな。気は抜け、張るべきところを間違えるな、か。分かったらほら進行。予定通りなら俺たちは明日は別行動なんだぞ」


 どれが効いたのかは不明だが、静かに腰を下ろすと眼鏡の位置を正す。


「作戦を確認する」


 そうして冷静さを取り戻したグリフは頭の中に作戦の全体図を隈なく描けていることを口述によって証明し、会議はお開きと相成った。


 しかし明くる試験開始当日。

 2組が突如として予定を変更しDパターンでの試験遂行を宣言したことで、グリフの語ったこの作戦計画は修正を余儀なくされることになる。

 だがそれはこの晩、アズルトがわずかに手を加え書き直しただけの、彼にしてみれば予定された計画に過ぎないのであった。

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