その2
目の前に聳え立つ、ごく一般的な二階建ての一軒家。私はその迫力に気圧されてしまったかの様に、門扉の対面ですっかり固まってしまっていた。
……まあ、インターホン押せずにいるだけなんだけど。
時は2月14日の昼下がり、約束の時間の10分前。これでも大分待ったつもりなのにまだ10分前だ。寒い。ポケットに突っ込んでいても手が悴みかけている。しかしだからといってちょっと早目に入れてくれと頼むのは何だか気が進まない。向こうは部屋の片付けとかしているかもしれないし。
押すべきか、押すまいか――優柔不断な私はやはりどっちつかずで、こんな調子を結局5分くらい続けている。何だかんだで5分は耐えたものの、その時間がまだ2倍も残っていると考えると、いよいよ待てる気がしなくなってきた。
もう良い。私は充分耐えた。心の中で自分にそう言い聞かせ、私はインターホンに指を伸ばす。
『あ、橙果ー』
「ふぁ!?」
まだ押してないんだけど!?
『良いよー、中入ってー』
「あ、うん……」
さっきの時間は一体何だったんだろう。びっくりしたのと呆れるのとで思考が停止しながら、私は甘菜の声に従って玄関の扉を開けた。
「お、お邪魔しまーす……」
「ちょっと、何で緊張してるの?何度も入った事あるでしょ?」
おどおどした様子の私を見て甘菜が笑う。でもだって家に上がったの小学生の時以来だよ?そりゃあこうなるのも当然じゃん。正味これってお家デートだし。
甘菜は今から出掛けるのかと思える程に可愛い格好をしていた。家から出る必要もない癖に遊びに来た方の私より断然お洒落だ。……精一杯がジーパンにパーカーの奴を比較対象にする事自体失礼かもしれない。
「おやつとか全然準備出来てないけど許してね。作った分の余りでも後で食べよ」
作った分。その言葉で少し浮かれていた私はぎくりとした。楽しむとはいっても本来の目的を忘れてはいけない。甘菜からは見えない所で拳を握る。
……でもちょっと待って。
「そもそも私、何作るか聞いてないんだけど……」
玄関から居間へと案内される途中で呟くと、甘菜は電池が切れたかの様に動作を停止した。
「……どうする?」
「決めてなかったんだ!?」
えへへ、と頭を掻く甘菜。可愛い。ってそんな事はどうでも良くて。
「余りにも無計画過ぎるでしょ!大丈夫なの!?使えそうな材料とかある!?」
「え、えーと……ちょっと確認して来マスネ……」
どうやらそこまで深刻に捉えていなかったらしく、甘菜はかなり動揺しながら一人台所に向かった。置いていかれた私は取り敢えず居間への扉を開ける。
――わあ、甘菜ん家だ。
改めてそう実感した。模様替えこそしてあるものの、家具や家電、そして小物に至るまで、全てが数年前の記憶と一致していた。窓辺に置いてあるサボテンも相変わらず丸く膨れている。
「久し振りだねー。元気にしてた?」
「あ、そのコ4代目だから橙果は初対面だよ」
「えっ」
鉢ごと手に取って眺め回し、感慨深く話し掛けた所に淡々とした横槍が飛んで来た。というか見られた。死にたい。
「……ま、まあそれは良いとして、何かあった?」
「うん。冷蔵庫に板チョコが数枚」
「ほうほう」
「……」
「……」
……え?
「それだけ?」
「うん。あとはバターとかそんな感じ」
「……」
嘘でしょ。言葉を失い脱力する。このままでは「融かして固めるだけ」という、最も屈辱的なルートに突入してしまう。高校生にもなって、しかも本命でそれだけは絶対に許されない。
何か、何かないのか――必死に考え抜いて、その先で私が辿り着いた結論は一つだけだった。
「……フォンダンショコラ」
「え?何て?」
唐突に言ったが為か、甘菜に素で聞き返される。
「フォンダンショコラだよ。あれなら多分作れる」
「へぇ、そうなんだー」
反応薄っ。
「まあ、何か良く分かんないけど、取り敢えずそれ作ろっか!」
「あ、うん……そうだね……」
勢いで乗り切ろうとしている感じは否めないが、もうこれで行くしかなさそうだ。そうと決まれば善は急げと、私と甘菜は台所へ向かって行った。
終わりませんでした。ごめんなさい。当日を過ぎてもまだ続きます。




