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4.現実は遠い

王宮の近くには王立図書館がある。

貴族階級でなければ立ち入ることはできないが、保存されている本の大半が閲覧できるのでエミリアもしばしば利用していた。

いつもであればマナーや裁縫などの書棚を見るのだが、今回はそこを通り過ぎる。

-―そう、用があるのは伝承や歴史の書棚である。


先日の会話でエミリアは自分の浅はかさと知識の無さを思い知らされた。

そのため練習のない今日は学ぼうと決めていたのだ。

エミリアの中で竜族は貴族としてより童話の竜のイメージが強い。

エミリアが知っている童話は高貴な竜の跡取りである青年が庶民である人の娘に恋に落ちた、というありきたりな物語である。

けれどこの結末は、高貴な竜と庶民の娘では釣り合わないとして引き離された悲恋だ。

この話を読んだ幼少時、あまりにも悲しすぎてびっくりした記憶がある。

「身分差の恋は娯楽として恰好の獲物よね」

なんて冷めた目でパラパラと童話の本をめくっていたがさしあたり新しいことは見当たらない。

仕方なくエミリアは歴史の方へ移った。

しかし歴史の本は古代文字で書かれているものも多く、エミリアにはちっとも理解できない。300年の間にも竜族の話はちらほら出てくるが人を喰っただの異形の姿だのいまいちあのジークとは結びつかない話ばかりで納得できないでいた。

「どうしましょう」

「なにがだよ」

思ってもいなかった返事にびくりと肩が震える。けれど声の主はすぐにわかる。

振り返れば侍従見習いをしているロシュの姿がある。

「ロシュ兄様。こんにちは」

「ああはいこんにちは。何、お前歴史に興味あったのか?」

ロシュはひょいっとエミリアの手にしていた本を奪うと目を通した。

「竜族……そうか、今エミリアがジークの相手をしているんだったな」

「それはロシュ兄様の差し金でしょう」

強く言い返せばロシュは不敵な笑みを浮かべる。

それだけで充分である。エミリアはため息をついた。

一方のロシュはぽいっと本を戻したらエミリアに笑いかける。

「折角だ、お茶でもしていかないか?今ならいい菓子があるんだ」

「ロシュ兄様、お仕事中ではなくて?」

エミリアは諫めたがロシュは気にした様子もなく、エミリアの手を取り歩き出す。

「兄様!」

「どうせ本を返したら遅い昼食時間だったんだ。エーリヒが美味そうなやつ置いていってたしいいだろ」

そして入口とは反対--王宮専用の扉へ向かう。

「二時間後には帰す」

おろおろするエミリアの侍女を図書館に残し、ロシュとエミリアは扉を潜り抜けた。


たどり着いたのは役人が使用できる応接室である。

「俺は菓子を取ってくるからお前は適当にメイドを見つけてお茶の準備でも命じてくれ」

そうして一人置いて行かれたエミリアは盛大にため息をついた。

「こういうところは大嫌いだわ」

そしてエミリアがなんとかメイドを見つけてお茶の準備ができた頃にロシュはサンドイッチと籠いっぱいの焼き菓子を抱えてきた。

「エーリヒから差し入れがよく来るんだが甘いもの苦手なんだよな。多分いじめだ」

そう言いながらロシュは首元を緩め、ぐったりとソファにもたれる。

ロシュはもう30を越えているにも関わらず年齢不詳のかっこよさがある。舞踏会に出れば女性が集まるほどだが、なぜか嫁を取らないまま今に至っている。

けれど、今後はジークが話題を攫っていくかもしれない。あの黒髪にアイスブルーの青年は目立つ上に真面目である。女性は好きだろう。

(あれ、なぜわたしはジークのことを考えているのかしら)

ふと我に返って思った。

「で、お前は竜のことが知りたかったのか?それともジークのことか?」

あまり上品とは言えない食べ方しながらロシュは尋ねてくる。

エミリアはその聞き方にはっとした。

そうだ、全てはジークのことなのだ。

「そうです。もともと竜のことも知りませんし、ジーク様がなぜ王家の下にいることになったのかも知りません。ですので、差しつかえなければ教えていただけませんか?ロシュお兄様」

そこまで言えばロシュはにっこりと笑った。

「合格。流石俺の妹だ。俺の意図をよくぞ汲み取ったな」

ロシュはエミリアの瞳を見つめて、言う。

「彼は心と体の翼を折られたんだ」

そしてロシュは語り始めた。


これは裕福ではないが幸せだった家族の話。

見た目は高貴そうだが家族は小さな家に暮らしていた。

そこの一人息子は愛情いっぱいに育ったという。

けれど幸せはそう長く続かなかった。


両親が事故で死去した。

彼に残されたのはちっぽけな家と母から残されたネックレス。

けれどその家も幼い少年には守れず、結局は孤児院へ行くことになった。

そうして16歳で孤児院を出た後、彼が行きついたのはそこの領主の屋敷。精鍛な顔をして珍しいアイスブルーの瞳に興味を覚えた領主が彼を引き取ったのだ。

しかし彼はただの使用人ではなかった。

男色家である領主の玩具であった。

母から残されたネックレスすら奪われた彼は地獄を見た。

エミリアの想像を絶する地獄を。

彼が解放されたのは領主が違法にあまたの少年を攫って監禁していたことが発覚したときである。

普通であればジークも保護対象であるがそのとき既にジークは姿をくらましていた。形見のネックレスと共に。


「まあこれは王家の密偵に調べさせた話らしいけどな」

ロシュはあっけからんにそう言うがエミリアには受け入れがたいことだった。

ジークの背負った過去が壮絶すぎて。きっとエミリアなんかが同情してはいけないほどに。

「未だにやつはこのときの話をしない。まあ語りたいとも思えないがな」

「ですがこれで終わりじゃないのでしょう?」

エミリアの言葉にロシュは苦笑する。

「そうだな。このあとは本人に聞いた話だが、しばらく東の方の街で暮らしていたみたいだ。そのとき大規模な洪水があってな。そのときジークはやってしまったんだ」

「やってしまった?」

エミリアは思わず聞き返す。

「おぼれた人を竜の姿で助けたんだ」

ああ、やりそうなことだ。

エミリアはため息のようにゆっくり息を吐いた。

「ジーク様は見捨てることなんてできないでしょうね」

「あいつは元がお人よしだからな。結局それがきっかけで王家に見つかり、今に至るそうだ」

そこでふと疑問が浮かぶ。

「もしかしてネックレスは……」

「また王に没収されているみたいだ。噂によるとネックレスがなければ飛べないらしい」


――ネックレスが無いので-―


あの日の言葉が蘇る。

あまりにもジークが可哀想だと思った。

「ジーク様はこれからどうするのでしょう」

「そりゃ舞踏会にでて貴族になるんじゃないか?それ以外に今は道が無いしな」

このあっさりした言動がロシュの長所であり短所である。

エミリアはもやもやとした感情を抱えて俯く。

そんなエミリアを見てロシュはため息をつく。

「自分より不幸な人間だと思って感情を動かし過ぎるなよ。特にお前は」

「……それは、人の不幸で喜ぶなということですか?わたしはそんなに性格わ」

「違う。お前は“自分は不幸じゃない”と思い込むだろ」

呼吸が止まるようだった。

それほど、その言葉はきつかった。

「わたしは」

「お前もここらの令嬢の中では不幸だよ。それを乗り越えて外を見てほしいから今回はお前をジークの相手役に推した。けれどお前におきたことは不幸だった。その過去は受け止めろ。軽んじるな」

ロシュは立ち上がるとエミリアの頭を撫でる。

「ロシュ兄様」

「ああ、せっかくだからネクタイ締めてくれよ」

最後の言葉にエミリアはがっくりした。ロシュはいつでもロシュである。

「わかりました」

エミリアも立ち上がり、ネクタイを結ぶ。

手早く済ませればロシュは満足げに頷く。

「お前は過去をどんどん上書きしていけ。そのためならこのロシュ兄様が手伝ってやる」

ロシュはエミリアを優しく抱きしめると仕事に戻っていった。

1人残されたエミリアは俯く。

「まだ過去に囚われているのかしら」

まだ上書きは難しいかもしれない、と小さく呟いた。

またしばらくは更新できないと思われますがなんとかして終わらせます。

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