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3.少し近づき、離れる

本日も本日とて二人してダンスの練習である。

「ワン、ツー、ここで足を動かして……」

「は、え?」

「ですので、ここで……」

ジークは飲み込みが早く、単純なものならすぐに覚える。しかしそれを相手と共にできるかというと別の話である。

しかも教える側が女性側で舞踏会経験が豊富ではないエミリアである。エミリアは既にこの役目を引き受けたことに若干の後悔が芽生えていた。


ダンスの練習を初めてはや数日。今では練習のついでにジークとお茶をして帰るのが習慣となっていた。

本日も手際のよい執事とメイドによって準備の整った応接室で紅茶に口をつける。

「この紅茶はいつもと違いますね。わたしの屋敷と風味が似ています」

「それは多分……ロシュ殿からもらったものだと思います」

思わぬところで長兄の名前が出てきてエミリアは驚いた。

「ロシュ兄様……ですか。そう言えばロシュ兄様とは面識があると言っていましたね。どういった経緯からか聞いてもよろしいですか?」

「ロシュ殿はエーリヒ殿下が連れてきたんです」

ああ、とエミリアはため息をつきたい気持ちになった。

長兄のロシュは現在は侍従見習いとして王宮で働いている。それと同時にエーヒリのご友人となった人物である。というよりエーリヒの兄的存在として良くも悪くもいろんなことを教えたようである。

「それは大変ご迷惑をおかけしました」

エミリアの言葉にジークはあ、いや、と言葉を濁す。

「ロシュ殿の妹が来ると聞いていたが……正直似ていない気が……」

明らかな話題のすり替えに苦笑しつつその疑問に答える。

「ロシュ兄様と私は15も離れていますからね。遊び相手というより保護者でしょうか」

「でもロシュ殿もよくしてくれる。本当に兄をもったみたいです」

「そうですか。それは良かったです」

そう言ってふと思い至る。

(そういえばジーク殿の年齢を知らないわ)

その疑問をついつい口にした。

「あの、差しつかえなければ年齢を聞いても?」

「年齢……24です」

「え?」

そこの言葉にエミリアは驚く。

「あ、いえ、ごめんなさい。思っていたより……その…」

濁した言葉を察したのかジークは苦笑する。

「幼少のときからどうも大人びてみられるようで……。竜の血の所為かどうも年齢通りに見られないので慣れてます」

これは良くない話題だった、とエミリアは後悔した。

竜が出る話題は避けたかった。

居心地の悪くなった応接室でエミリアは静かに紅茶を飲み干した。

話題を変えようと1つ咳払いをする。

「この生活にはなれましたか?」

「まあ、多少は……少し」

あまりにも曖昧な表現にまたこれも良くない話題だったとエミリアは頭を抱えた。

その気持ちを知ってか知らずか、今度はジークが口を開いた

「先日、エミリア様が言ったこと……ここに世話になっている以上なにか貢献するべきではないか、を聞いて考えました。今のままではどっちにしろここから出られないならこういうこともするべきかと思いました。だから、その、ありがとうございます」

突然の謝辞にエミリアは思わず口に手を当てる。

「まあ……感謝されることは何もしていませんわ。でも、そのお言葉はありがたく頂きますね」

そう返せば、ジークはふわりと笑った。

その表情にどきりとする。

(これは、よくないわ)

クールな表情ばかりを見ていたがあんなふうに笑うなんて。

エミリアの感情は揺さぶられてしまった。

けれどそんな柔らかい表情を見られたのは役得だ、と考えてエミリアはぎこちなく紅茶に口を付けたのだった。


その翌日もジークの住む屋敷へダンスの練習にいくはずだった。

頓挫した理由は昨夜遅くから明け方まで続いた雨により厩舎付近がぬかるんでいることである。

最初の頃は王家の馬車を使わせてもらっていたがそれでは体面が悪いと思い、最近では屋敷の馬車に切り替えていた。王宮付近の公道は石で舗装されているのでこれは屋敷内だけの問題である。

これは思わぬ弊害がでたと思いながらもエミリアは使用人が頑張って地面を平らにしている間、ぼんやりと自室から空を見上げていた。

昨夜の雨が嘘のように綺麗な青空である。

「こんな日は鳥にでもなって空を飛んでみたいものですね」

後ろからそう声がする。

振り向けばエミリアよりうんと年上の女性がにっこりと笑っている。

「本日もかの竜族の青年のところへ行くのですね?」

「ええ、そうよマリア。少し出発が遅れるのでぼんやりしていたところよ」

マリアは昔から屋敷に仕える女性で今ではメイド頭である。

「竜族は竜となり空を飛べると言われていますがどうなのでしょうね」

マリアの言葉にエミリアは考える。

「……そう言えばそうね。考えたこともないわ」

「でも見た目は普通の方とは違うのでしょう?やはり竜族は違うのでしょうね」

普通と違う、のだろうか。

確かに見た目は少し違うがそれでも中身は普通の人と同じである。

「でもお嬢様が外に出てくれてマリアは嬉しゅうございます」

にっこりと笑みを浮かべるマリアにエミリアは何も言えなくなった。


結局エミリアがジークの屋敷にたどり着いたのは太陽が頭上を少し過ぎた頃合いだった。

「今日は練習できるかしら……」

今日は簡単なワルツをだけにしようかと考えながら屋敷に入ると例の執事はなぜか庭へと案内する。


そこでジークは一人、空を見上げていた。


エミリアもつられて見上げるがそこには青い空が広がっているだけである。

「空になにかあるのですか」

そっと問うように呟けばジークははっとした表情でエミリアを見た。

「すみません。今日は遅くなると聞いててっきりもう来ないかと」

慌ただしく言い訳をするジークにエミリアは首を横に振る。

「少々時間を甘く見積もってしまい、お断りをするタイミングを逃してしまったのです。ところで、空がどうかなさったのですか」

ジークの隣に立ち、共に空を見上げるがやはり先ほどと同じ空である。

「空が、恋しい気がするのです」

「気がする?」

「ああ。ここに来て空を飛んでないから」

行きがけのマリアとの会話が蘇る。

(竜は空を飛ぶ……のよね)

「ジーク様も飛べるのですか?」

軽率な質問だと頭のどこかで考えていたが、聞きたいことだった。

正直返事は期待していなかった。

けれど返事はすぐに返ってきた。

「ネックレスを奪われたから飛べないんだ」

素直な言葉だった。

いつもの言葉遣いではない、素の言葉。

その言葉を呟いた顔はあまりにも寂しそうで、切ない。

そんなジークの横顔にエミリアは目を奪われる。

「いや、今はそうじゃない……な。申し訳ありませんでした、ダンスの練習をしましょうか」

ジークは何事もなかったように表情を変えた。

「は……い。そうですね」

つられてエミリアも言葉を返す。


けれど、その後ずっとあの時の表情が脳裏から離れなかった。

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