LIFE.5 雨の日に
キングクリムゾン! トラウマ治療のシーンは省略(土下座)!
その日は朝から雨だった。
月並みで詰まらない言葉だけど、それ以外の言葉が見当たらなかった。
今日は六月の半ば。僕があの事件に巻き込まれてから早二ヶ月が経ち、ニュースでもあの出来事が取り上げられることが殆んど無くなってきた今日この頃。
PTSDによる発作もほぼ無くなり、今では病室どころか、病院の敷地内ならどこでも歩ける位まで回復した。
もっともこの梅雨の時期、近年希に見る降水量らしく、今日も昨日も一昨日もどしゃ降りが続いているから歩き回る気にもならない。………いや、一昨日は晴れてたな。雨はその前か。
ちなみに明日も雨らしい。
松岡先生や神結さん、他にも友達や両親、煉夜達が支えてくれたお陰で僕は順調に回復していき、退院を何と一週間後に控えている。
正直、不安が無いと言えば嘘になる。
今でも悪夢は見るし、動悸も起こすが酷いものでもないし、それだけだ。取り乱すことはない。
だから問題は………うん、学校のことだ。
入学して間もなくだったからなぁ、あれが起きたのは。
学校の先生、特に担任と行っていた星宮先生が、僕の見舞いついでに教科書や課題を置いていくし、神結さんや松岡先生、両親が軽く授業じみた事をしてくれる。
煉夜達【文字付き】は、軍の中で授業を受けるらしいから、知らないところは煉夜に質問したり。
だから勉強に関してはまぁ、そこまでの心配は無い。
つまり、不安なのは人間関係。
入学してそれから二ヶ月。僕は教室どころか学校にも数えるほどしか行っていない。
中学からの友達は仲良くしてくれるし見舞いにも来てくれるが、そうでない人達と仲良くできるだろうか……………。
「はぁ………」
その事を考えると、自然とため息が出てくる。
落ち込んだ気分を張らすために外を見やるが、生憎の雨天。
雨は嫌いじゃないが、わざわざ濡れに出るほど物好きでもない。
お父さんが内緒で持ってきてくれたゲームもクリアした上にかなりやり込んだ為、今はちょっとやる気が起きないし、かといってやることと言えばアプリゲームや読書くらい。
時間を潰せなくもないが、かといってそればかりだと何となく気が滅入る。
どうしたもんかな、と考えながら窓を開ける。
風は余り吹いていないため、窓から雨が入ることもなく、心地よい雨の音が個室に響く。
「ん?」
ふと、そこで中庭の方に人影が見えた。
白い髪の、女性の人影。
「またあの人だ。何してんだろ、この雨の中」
その人は最近、良く見かける人だ。近くでは見たことが無いけどこの病院の周辺によく出没する。
そして見かける度に木に手を当てたり頭を付けたり、と思えば何かを取る動作をしていたり、不思議なことをする人だった。
「……………」
変人かな? とか思わなくも無くもないが、いつもなぜか目を奪われる。気を引かれる。
「よし、行くか」
今日は何となく、その人の事を近くで見ようかと思う。
特にやることもないし、暇だし。
そう思い至ったら僕は、傘を持って病室を後にしたのだった。
◆◆◆◆◆◆
遠目から見ても、その人は美しかった。
まるで雪のように白く、しかし光を反射して輝く白銀の髪は、一本の三つ編みとして腰まで流れ、その瞳は蒼く、蒼穹そのものを落とし込んだような輝きを放ち、薄桃色の唇は艶々と潤っている。
灰色のニットシャツから覗く腕と、黒いジーンズの上からもわかる脚はどちらもすらりと長く、少し日に焼けたような健康的な小麦色の肌がより美しさを際立たせる。
「――――――……」
そんな彼女に見惚れるなというのは土台無理な話で、僕は彼女の顔を見た瞬間、その美しさに息を飲んで立ち止まる。
穏やかさの欠片もない土砂降りの中、彼女だけはまるでその雨に祝福されているかのような穏やかな雰囲気を放ち、コンクリートの道の上、彼女だけが別の空間にいるような、そんな錯覚に捕らわれてしまう光景だった。
「えっと、何、してるんですか?」
どうして声をかけられたのか、後になってもわからない。
彼女いない歴以下略な、女性に耐性がないどころか若干の人見知りが入っているこの僕が、なぜか彼女には声をかけることができた。
ただ声をかけてみて、しまった、と気付く。
彼女はどこからどう見ても外国人だ。それなら、僕の言葉もわからないのでは無いだろうか?
と、そこで彼女が僕の方に顔を向ける。僕の存在に気付いていなかったのか、彼女は少し驚いたような顔をした後、少し顔を背けてポツリと言った。
「雨の音を聴いていたの」
よかった、言葉は通じるみたいだ。やけに流暢だし。
「雨の音?」
「ええ、音」
「どうして?」
「コンクリートに当たる音は、初めてだから」
「傘は差さないんですか?」
「ええ。雨に濡れるのは心地よいもの」
不思議な人だった。
コンクリートを知らないかのような物言いで、自分から雨に濡れにいく。
その姿はまるで、物語に登場する妖精のようだった。
「好きなんですね、雨」
「君は、雨が嫌い?」
「雨は好きですけど、濡れるのはあんまり好きじゃないですね」
「ふぅん、そっか」
そこで会話が途切れる。
当然だ。互いに知った相手じゃ無いんだから。
「……………」
「……………」
互いに、無言で佇む。
少し、もどかしい空間だった。別に僕自身、沈黙が苦手と言うわけでは無いが、かといって知らない人と二人きりで沈黙していられるほど落ち着いた性格でもない。
「あ、あの!」
耐えきれず、声をかける。
「いつも、ここでなにしてりゅんっ!? ……ですか?」
噛んだ。恥ずい。死にたい。
なんだよりゅんって。頑張れよDT。
「……ふふっ」
あ、笑った。いや、笑われたのか?
どちらにせよ、こんな美人に自分の情けないところを笑われると、羞恥も通常の数倍である。つまり僕の精神力はゼロです。助けて。
「いつもはそうね………色んな物を見てるわ」
「色んなもの?」
「雲とか空とか、植生とか」
「楽しいんですか? そんなもの見て」
「ええ、楽しいわ。故郷と全然違うんだもの」
そう言って笑う彼女は無邪気な子供のようで、けれども落ち着いていて、どこかミステリアスな雰囲気を持っていた。
「でも、そんなに濡れてて寒くないですか?」
「大丈夫よ、夏だもの……ひっくち」
「……………」
「……………」
暫しの沈黙。
なに今の。可愛い。あざと可愛い。
「とりあえず、建物の中に入りましょ?」
「……………そうね」
どこかバツの悪そうにしている彼女にそう提案し、傘を差し出す。
その傘の中に素直に入ってきた彼女が隣に並んだ時、僕はあることに気付く。
――――彼女の方がデカイ!?
僕の慎重は165cm。高校一年にしては平均的か、それよりやや下と言った所だろう。だから決して、そこらの女性より小さいということはなかったハズだ。
しかしこの目線の位置からして、彼女はきっと170前後。それも厚底ブーツやハイヒールなど無い状態でだ。
むう、なんか悔しい。
そんな悶々とした考えを抱きながら一階の待合室に到着した僕は、そこのナースさんからタオルを借り受け、彼女に渡すのだった。
◆◆◆◆◆◆
そこから話したのは、本当に他愛の無い話だった。
どんな天気が好きなのかとか、どの季節の、どういうところが好きなのか。
初めて会ってまだ数分のハズなのに、妙にウマの合った僕らはそんな雑談に花を咲かせる。
いつの間にか、僕の中には目の前の美人に対する気後れも殆んど消えていた。
「あら、もうこんな時間?」
ふと、彼女が腕時計を確認して呟く。僕も壁にかけられた時計を確認してみると、時計の短針は3を指しており、長針もてっぺんを過ぎていた。
驚いた。彼女を見つけたのが12時ごろだから、もう既に三時間は話しっぱなしと言うことになる。
我ながら、良くもまぁ会話が続いた物だ。
「ごめんなさい、もう行かなくちゃ」
「え、あ……」
彼女が立ち上がると、なんとも情けない声が漏れてしまう。
僕の声に立ち止まった彼女は僕の方を振り返って微笑む。
「あなたとのお喋り、楽しかったわ。こんなに話したの、いつぶりかしら」
「あ………」
その顔を見たら、なぜか声が出なくなってしまった。
その時の彼女の笑顔はどこか、さっきまで見せていた物とは違う気がしたから。
特別人の心の機微に聡い訳ではないけれど、何となく、悲しそうだな、と感じてしまう。
僕がそれに目を奪われ声が出せないでいると、彼女はすぐに踵を返して背を向ける。
「それじゃあ、さようなら」
そう言って、歩き出す。
恐らく、このままでは振り返ることもなく、そしてこれから先、二度と会うことは無くなるだろう。
「あ、あの!」
だから気がつけば僕は、無意識に彼女を引き留めていた。
何も考えずに呼び止めた物だから、彼女がそれで立ち止まったとき咄嗟に言葉が出なかった。
「えっと、あの」
「うん」
しどろもどろになる僕の事を、彼女は静かに見つめる。その目に含まれる感情は、僕ごときでは推し測ることもできず、思わず怯んでしまう。
けど、意を決して口を開く。
「………あなたの、名前を教えて貰えませんか?」
「名前………」
はい、と彼女の呟きに答える。
ウマが合って楽しくお喋りしてて、それでも僕らは互いの名を知らずにいた。
名前を聞いたことに下心が無いと言えば嘘になる。というか、こんな美人と知り合いになれてお喋りもできたのだから、下心を抱くなというのは同性愛者以外には無理だろう。偏見だけども。
だから、彼女の名前を僕は尋ねた。
すると彼女は少し、ほんの少しだけ、嬉しそうな顔をした気がした。
けれどもそれは一瞬で、すぐにそれは隠れてしまう。
「僕は、竹井大介って言います」
名前を聞くときは、まず自分から名乗る。
よく色んな物語でそんな言葉を目にするから、最初に僕は自分の名を告げる。
「タケイ、ダイスケ………」
一文字一文字をゆっくりと咀嚼するように、彼女は僕の名前を反芻する。
そして数瞬の間が空き、彼女は顔をあげて僕を見返す。
「私は……エスティア。……エスティア・シヴィアス」
「エスティアさん、か」
途中、少し不思議な間が開いたが、その後彼女は自分の名前を僕に伝えた。
その名前が意味するものはわからないが何となく、その響きは彼女にピッタリだなと自然にそう思えた。
名前まで聞けたのだ。だから、次の質問は案外スラリと出てきた。
「また、会えますか?」
もう一度、いや、これからも彼女に会いたい。
そんな下心丸出しな願いからの言葉だった。
でも、そこに偽りはなくて、心の底から、例え知り合い以上に発展しなかったとしても、そう願わずにはいられなかった。
「…………いいの?」
だから、小さく呟かれた彼女の言葉には苦笑せざるを得なかった。
「むしろ、それは僕の言葉なんですけどね………」
「……なら、また来るわ。明日も、明後日も。あなたが迷惑で無いのなら」
そう言う彼女の表情はとても笑顔で、嬉しそうで、ついついこちらも笑顔になってしまうものだった。
「迷惑だなんて、そんなこと。僕は明日もこの時間にいます。なんなら、病室に来てくれても良いんですよ」
「ええ、行くわ。必ず。だからまた明日ね、ダイスケ。バイバイ」
「あ、傘をどうぞ。貸しますよ」
「いいの? ありがとう。ふふっ」
笑顔のまま、彼女は手を振る。
先程の、どこか寂しそうな雰囲気はそこにはなくて、とても嬉しそうに、彼女は歩いていく。
それを見るのがなんだか嬉しくて、つい、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
これが、僕と彼女の初めての出会いだった。
なんやかんや言いつつ主人公特有のイケメソ行動をとっちゃう大ちゃん。さすが主人公やでぇ……………。