7.あの日(5)
「鞄を離したくはなかったけど、そうすれば彼女が同調してくれるかもしれないと、鞄を置いた」
私が同調したあの日。
歩道の木に持たせかけられた鞄は、そういうことだったのか。
キタミの鞄の中にあった疑似体は、カラスさん同調してもらうために持ってきていたもの。
あの少年はキタミの疑似体を狙っていた。
鞄を持ったままキタミが移動していれば、カラスさんが疑似体に同調していたはず……。
「公園までついていって、そこで彼女に言われたんだ。自分には合わない、だから同調はできないだろうってね。それでも試してみてくれと言ったら、今頃は同調できる相手が近付いているはずだって言われて。慌てて鞄の所に走ったら、佐保がいたんだ」
「そう、だったんだ……」
「驚いたよ。目の前で同調するのを見たのは、はじめてだった。人が同調するのは例が少なくて、同調できても佐保がどういう状態でいるのかわからなかった。知っててそれでも、俺はその場で同調解除はしなかった。勝手に同調されたことや彼女に断られた腹いせもあったかもしれない。今更だけど、ごめん、佐保」
「ううん」
最初、無愛想だとは思った。
あの時、キタミは怒ってたのだ。
最初の対応は私もピリピリしてて態度が悪かっただろうから人のことは言えない。
キタミはいろいろと世話をしてくれたのだし、キタミにも事情があった。
最終的には私を解除してくれて、私はこうしているのだから、結果オーライというやつなのだろう。
「動けないだろうと思ってたのに、キョロキョロして、喋ろうとして、電車の中ではウトウト寝始めるから、おかしかったよ」
疑似体で眠るのは珍しいというから、おかしくもあるだろう。
まあ、その、あれだ。
電車の揺れというのは心地よいものなのだ。例えペンギンの姿であっても。
「佐保が歩いたり、首を傾げたり、何をする姿も、もう可愛くて……。それを見て、やっとわかったんだ。彼女の言ったことが」
彼女の言ったこと? 同調できないだろうって?
カラスさんなら同調できた気がする。
あの時、鞄のそばにいたのがカラスさんだったら。
「彼女には合わない。だから同調もできない。でも佐保には合う。同調もできる。俺には現地生物が同調するってことが全然わかってなかった。同調した佐保を見るまで」
キタミは私を見ていた。夕陽に照らされ目を細めて笑っていた。
「佐保は違ってた。渡航者が同調するのとは全く違うんだ」




