5.時には悩むこともある(7)
八坂さんのような人なら、キタミを忘れなかったかもしれない。
彼女のような人なら、ずっと忘れずにいられるのではないか。
私は、また、忘れてしまうかもしれない。
同調解除が自分でできないのは、解除した時に全てを忘れてしまうのではと恐れているからなのだ。
だから、同調はできても同調解除はできない。
私は、忘れやすい人だから。
プロテインをマイテーブルに置いて、右羽を動かし、キタミに翻訳機をつけて欲しいと合図した。
キタミは私の首に蝶ネクタイを付ける。
そうしながらキタミは喋りはじめた。
「佐保には、いろいろ恐い思いをさせてしまったと思う」
キタミの口調は重い。
表情も沈んで見え、部屋の雰囲気はとても暗かった。
何を切り出すつもりなのかと、私は少しだけ身構えてしまう。
「笑ってくれるから、大丈夫だと思ってた。でも、最近はあまり笑わない、元気もない。ここで一緒に食事してくれなくなった」
一緒に食事をしなくなったのは、違う。
キタミの家で食べ、家に帰ってからも夕食を食べると、カロリーオーバーは必須なのだ。
ペンギン姿でちょっとくらい運動しても消費エネルギー量はたかが知れている。
だから、ここで食べるのを控えるしかなかった。
前にもそう言ったと思うのだが。
「美味しそうに食べていた佐保の笑顔が見られないのは、恐い」
食事でなくとも……と思ったが。
最近は悩んでいたこともあり、はしゃぐことも減っていたかもしれない。
どちらかといえば黙々と無の境地を極める勢いだった。
食事以外では笑う空気ではなかったのだろう。
「佐保が消えてしまいそうな気がするんだ。俺のいないところで笑っているのを見ると……もう戻ってこないかもしれないと、何度も思った」
暗いよ、キタミ。
今は私も人の事は言えないが、それにしても暗い。
キタミのいないところで笑っているわけではなかったろう。
だが、キタミの前では愛想笑いもしなかったのか。
ひどいな、私。
「何度も佐保の映像を見た。でも、どうしたら前のように佐保が笑ってくれるのか、わからないんだ」
私が悩んで、考え込んでいたから、キタミのことに考えが及ばなかった。
ここで黙々と走っている私の姿をキタミは見ていたのだ。
キタミが嬉しそうに笑う顔が好きだったのに、私はそんなことも忘れてしまっていたらしい。
自分ばかりが悩んでいると思っていた。
自分に呆れる。
「私って、忘れっぽいよね」
私は自嘲気味に呟いた。




