10.ぺんぎん・らいふ終了(3)
「北見」
「同調を解除すれば、佐保は俺を忘れる。忘れてしまう佐保を見る未来はいらない。少しでも長く佐保といられるなら、それでいい」
「米田さんが忘れるとは限らない。ごくたまに、俺達の事を覚えていられる人間がいる。米田さんがそうかもしれないじゃないか」
「佐保は、忘れる」
「北見」
「佐保は、去年、同じクラスだった。同じクラスだった頃は挨拶もしたし、言葉を交わしたこともある。春休みが終わって三年に上がった時、俺のことを覚えているクラスメイトは一人もいなかったよ。……佐保も」
彼等はわざと注目を浴びないようにしているのかと思ったが。
そういう存在、らしい。
去年、キタミと同じクラスだった。
そう言われても、私に覚えはなかった。
去年のクラスメイトを忘れている?
そんなのはあり得ないだろう。
まだ一カ月半しか経っていないのだ。
言葉を交わすほどの男子がいたのなら、覚えてないはずがない。
私なら学校へ行くテンションが違うと思う。
こんなイケメンなのだから勘違いの一つや二つは……。
そう考えて、ふと彼と一緒に授業を受けた時の光景を思い出した。
あの時、確かに不思議に思った。
周りにいたクラスメイトの姿に何かおかしいと感じた。
だから、黄色いポンチョのように、関心をもたれないための対策をしているのだと思った。
だが、そうではなかった。
彼等はそういう存在だったのだ。
昨日見た彼のクラスメイト達の姿は、去年の私の姿だったのか。
挨拶は返す。
彼が声をかければ返事も返ってくる。
クラスメイトとしてそこにいることは知っている。
なのに、彼の名を呼ぶこともなく、親しく話しかけることもない。
いてもいなくても気付かない。
そして翌年にはクラスメイトであったことすら忘れる。
今の私のように。
「前に忘れたからといって、今回も忘れるとは限らない。もし、米田さんがお前の事を覚えていたら……彼女はお前が死んだと知った時、どう思うだろうな?」
「……」
彼が、死ぬ?
死亡処分とは、そういうことか。
「佐保、俺は別に死亡処分を受けても痛い思いをするわけじゃない。ただ、消えるだけだ。心配しなくていい」
消える?
消える?
「北見、彼女が覚えているかもしれないという可能性を捨てるのか? 彼女でなくても、お前を忘れない人が何処かにいるかもしれないんだぞ?」
キタミは私の身体を懐から持ち上げた。
そして屋上の床にそっと降ろす。
私をじっと見下ろす目は遠く、高く、見えない。
立っている彼等は私の目線では遠すぎた。
「……佐保……」
絞り出すようなキタミの声。
しかし、その先の言葉はなかった。
目を閉じると彼は私に背を向けて歩き出した。
遠ざかる背中を私は見ているだけだった。
ぐにゃりと視界が歪む。
回る風景と上がっていく視界に、キタミが同調の解除を選んだことを、知った。




