1.ぺんぎん・らいふ開始(2)
さてと、さっきの彼の言葉ではペンギンがどうとか言っていた。
ペンギン……。
言われてみれば、彼の手の上でぷらぷら揺れ動いているのはペンギンの手というか羽に見えなくもない。
白い毛に覆われたずんぐりとした下腹、その下に垂れている黄色い足は水掻き付きだ。
でも、黒色の部分はない。
全身が白っぽいペンギンもいるんだろうか。
子供のペンギンなら全身が灰色だったような気がする。
いや、疑問はそこではない。
今、ペンギンになっているということが大問題なのではなかろうか。
私は手を動かし彼の手を触ってみた。
動いたのは、私の右の腕というか右羽だった。
叩いてみる。
ベシベシッ。
鈍いが、自分が叩いた感触がある。
見えている視界を考えても、この身体の顔にある目から見ている景色と考えて間違いなさそうだ。
私は、今、白いペンギン。
呆然。
ぼーぜん。
「できれば、動くのも止めて欲しい」
再び彼の冷たい言葉が降ってきた。
私を抱えている人物は、乙女に気配りのない奴のようだった。
いきなりペンギンになるという人生大ショックな事態に見舞われているのだ。
ショックなのだ。
もう少し労わってくれてもよくないか?
無理か。
無理だな。
「ゥアッ」
私は「わかった」と返事をしたつもりだったが、やっぱり言葉にはならなかった。
喋れない場合は手話!
と思ったのだが。
私に手話の知識があるわけでなし、この手には指がなかった。
残念だ。
しかし、この状況。
全く理解しがたい状況ではあるが、見知らぬ人物に黙って運ばれるのを容認するというのは、いかがなものだろうか。
彼は同じ学校の生徒なのだろうが、悪人でないとは言い切れない。
今は何か別物になっていると推測される状態とはいえ、私は立派に女子高生であるのだから、やはりそれ相応の危機意識は持っておくべきだろう。
バシバシッと羽で下ろせと訴えてみた。
その他に訴える方法が思いつかなかったので。
しかし。
「動くな」
彼から返された言葉は、命令になった。
もう彼の言葉にお願いしますという姿勢は欠片もない。
もはや逃げるには時を逸していたらしい。
「頼むから、大人しくぬいぐるみのフリをしててくれ。本物のペンギンとして動物園に入れられたくはないだろ?」
頼むといいながら、脅しも入っている。
だが、動物園に?
それは嫌だ。
本物のペンギンになりたいわけではない。
ブンブンと頭を振った。
「だから、動くなって……」
しかたがない。
私は動きを止めた。
ゆっさゆっさと彼の歩くのに合わせて身体が揺れる。
更にガタンゴトンと電車の揺れが眠りを誘う。
私は疲れていたらしい。
ショボショボと瞼が重い。
ペンギンにも瞼があったのかと思いながら、私は瞼を閉じた。