異世界ライフ 8
めっかっちゃった(*/□\*)
突然ガルド達が不可解な行動をとって逃げ去った後、人心地ついてホッと胸をなでおろしたのも束の間、この場所の異様な空気に気がついた。
見られている。
しかもそこかしこから注がれる複数の目から一方的に注視されているという、非常に不愉快で居心地の悪い気持ち悪さを感じていた。
枝々の間、葉と葉の隙間から注がれる何とも言えない生ぬるい監視の目を想像して思わず身震いする。
他の二人は気付いていないのか?
「何だが分かりませんが助かったようですねぇ」
なんて安心しきった様子でしゃべっている。
ベルケルは商人だからまあ良いとして、ドックスレイお前は武人だろう?
こんな異様な空気だ。
例え疲れていたとしてももっと敏感であるべきではないのか?
「坊っちゃん、怪我はありませんか?」
などと実に暢気な確認をしてくる。
見ればだいたいわかるだろう。
あまつさえ小さい子供にするように俺の顔を布きれで拭いてきた。
失格だこいつ! 帰ったら絶対血へど吐くまで鍛え直させてやる。
とりあえずドックスレイの処分を脳内で決定して、辺りを探ることに集中した。
この森を含むアウディーレという王国は我が国とはあまり国交はないものの、ここにいるベルケルのような許可された商人の行き来は、ある程度許されている。
二国の間には小さい国家がいくつかはさまっており、国境を接しない地理的条件のおかげか特別仲は悪くはないが良くもないという、双方未だお互いの良い距離感を探っているというような状況だ。
だからと言う訳ではないが、この国の情報はあまり聞こえてこない。
と言うか、むしろ怪しげな噂なら昔から頻繁に囁かれていて、ほとんどおとぎ話だろ?と失笑してしまう話も多々ある。
そこそこ大国であるにも関わらず未開の地を内包し伝説や古い言い伝えや不思議の類いが未だ息づいている地なのだ。
鉄工技術など発達した我が国から見れば何とも不気味で不可思議な国である。
例えばこの森だ。
ここは巷では「魔の森」と呼ばれている。
故意にせよ偶然にしろ森の奥深く入り込んだ者は魔物の力によって森を死ぬまでさまよって二度と出て来られない…とか、まあそんなような噂話が定番化している。
単にガルドのような野生の獣に襲われて、骸になって帰ってこれなくなっただけだろう。未開の地ではよくあることだ。と高を括っていたのだが……。
とにかく今現在、そんな噂に違わず、自分にまとわりつくこの空気はとてつもなく現実味のない不気味なもので、何かが潜んでいる気配はあるがそれが何であるのか見当もつかない。
気を引き締めないととんでもない結末になることだってあり得る。
こんな所で終わる訳にはいかないのだ、絶対に!
手のひらの冷や汗を握りしめそんな決意を固めていた時、再び獣の唸り声が耳をついた。
今度の奴は今までの奴らより更にでかかった。
ドックスレイの言によればあの数多のガルドよりもっと厄介な奴らしい。
ベルケルも重い体を飛び上がらせて既に逃げの体勢はバッチリだ。
今度は一対一とあって、かなり後ろへ下がって待機する。
ドックスレイに向かって真っ直ぐ突破しようとしてくるガルドの動きは素人目にも単調だった。
どうしてもドックスレイの後ろへ向かおうとしているから動きが読めるのだ。
狙いは後ろの俺たちか。
何故だ。弱そうだからか?
それとも奴の気を引く何かを知らずに持ってしまっているのか。
一応服のポケットを探ってみるが、全て調べてみても何も入っていなかった。
色々可能性を考えるが正解は解らなかった。
ドックスレイに斬られて慎重になったのか、ガルドが少し間合いを取る。
ふと斜め上方に顔を向けたガルドが一瞬停止した。
それは小さな動きだったがそこに何かが居るということを教えるのには充分だった。
生い茂る木の葉の間を目を凝らして探した。
揺れる葉と葉の間に、自然の中にあっては異質な色が紛れこんでいるのに目が吸い寄せられる。
そのままその色のある方へ足を踏み出した。
いた。 あんな高い木の上に極めて不似合いな赤いスカートがひらめいていた。
スカートの主がこちらを、いやガルドを見据える、その緑色の瞳がやけにハッキリと俺の目に飛びこんできた。
ドクンと一度、鼓動が大きく跳ねた。
背景の緑に同化しそうな緑色の瞳が、よく切れる刀剣のようにギラリと光る。
あり得ない光をまともに見てしまった俺ははたして大丈夫なんだろうか…。
恐ろしさからか背中がぞくぞくする。
あれは少女の姿をした魔物か?
まだ獣の危機は去っていないというのに、前傾姿勢でこちらを覗きこむ少女の異様に光る瞳から目が離せなくなった。
ほんのり赤く艶めいた唇が動いて何か言っている。
その拍子に真っ黒な髪がさらりと白い顔にかかり柔らかそうな唇にも触れる。
少女だというのに何故だかやけになまめかしい。
肩からこぼれ落ちた一筋の歪みもない素直な髪が空中に散らばって、胸の前で揺れている。
シャラシャラと小さな鈴を連ねたような涼しげな音が聴こえてくるようだ。
…色っぽいのか爽やかなのかどっちなんだ。
と言うか、魔物と言えど女の子をこんな風に上から下へなめるように見ている俺は、まるでエロ親父ではないか。
自分で言うのは非常に不本意だが俺はまだ子供である。
女の色香に惑わされるほど歳はくっていないはずだ。
ああ、なるほど!
突然閃いた。
これが魔に魅いられるということか。
自分の意思に反して心と体が勝手に動いてしまっているのだ。
そうに違いない。
でないとあの魔物からこの俺がいつまでも目が離せないなんてこと、ある筈がないのだ。
なんだそうか、なるほどね。そんな事情なら仕方がない。
どうせならもっと監察するかと開き直った時、肩に手を置かれギクリと震えた。
「どうしたんです?坊っちゃん。終わりましたよ」
「え、早いなどうしたんだ?」
「えって、まさか坊っちゃん聞いてなかったんですか?何処からか女の子の声で、ガルドの巣穴から持っていった物を返せばおとなしく戻るって言われたので、ベルケルが拾ってきた原石を返したんですよ」
女の子の声?
全く気がつかなかった…
「ベルケルが原因だったのか。いやまあそれはいい。それより女の子というのはあれのことではないか?」
言いながら先程まで穴が開くほど見つめていた木の上を指し示す。
ドックスレイが振り仰いで目を細め再び見開くと、うわっあんな所に?!と小声で驚いた。
二人で顔を見合わせ頷きあうと、件の木の下へ足を踏み出した。
**************
「おい、そこにいるのは誰だ?」
こちらを誰何する固い声が響く。
いろんな場所に散らばって待機している仲間達から緊張感が伝わる。
同時に不穏な空気も漏れてきた。
いつものように処分する?と問われているようだ。
今日は状況が違う。手出し無用と身振りで伝える。
それから、自分とアピス達のいる枝よりもう一段上がった細い枝がゆらゆら揺れている辺りを仰いで囁くように指示を出す。
「ポルテ?いるよね。今すぐ皆を連れて帰ってくれる?それから帰ったらダウラー先生に迷い込みを見つけたと伝えて」
「いいけど、アピスはどうすんの?」
「見つかっちゃったからね、なるべく不都合のないようにするよ」
「ふぅん、よくわかんないけどいいよ。皆を連れて帰る。けど下りはあたしに降ろさせてよ、いいでしょ?マロウよりうまくやるわ」
「………………」
降ろすとはアピスを地上に降ろす作業を言っているのだろうが、私よりうまくやるとはいったいどういう意味だ。
聞き捨てならない。
渋面を作ると軽い笑い声が返ってきた。
「とても神秘的な演出をしてあげるだけよ?妖精の女王様の降臨よ」
ふふふと笑うポルテの姿は見えないが、きっと悪い顔をして笑っているに違いない。
こいつはいつでもどこでも状況も考えず一方的に遊ぼうとする癖がある。
そして話をこじらせるのだ。駄目だ、今すぐ止めないと。
「まて、よけい怪しまれるようなことは…」
制止のセリフにアピスの小さな悲鳴が重なった。
アピスの体がふわりと浮き上がる。
「大丈夫よアピス、力を抜いて?あたしの糸は絶対切れないから」
そう、ポルテの操る無数の糸は切れないし、見えない糸で支えられるという見た目の不安定さに反して、絡め取られている方は抜群の安定感を体感していることは知っている。
だが身一つでゆっくりと空中を降りていくアピスを見ると万が一を考えて、やはり落ち着かない。
「ポルテ、あんまり遊ぶな」
「な、なによ。いつも独り占めしてるくせに、偉そうに言わないでよねっ」
何がだ。
意味不明な捨て台詞を吐いて、逃げるようにポルテの気配が消えた。
下を見るとサウスがアピスを追って急いで木を伝って降りていた。
警戒心を剥き出しにして子供をかばっている金髪男を眼下にみて、思わずため息がでた。
エロガキは開き直りが早かった。(*_*)ノ