異世界ライフ 7
逃げてます(ノ ; ゜Д゜)ノ
シュリン シュリン と金属が擦れあう音が森に響いた。
同時に獣の唸り声と男の声も聞こえる。
随分走らされているようで男の声には荒い息づかいが混ざり、かなりの疲労の度合いがうかがえた。
「ちぃっ しつっこいな、いい加減諦めやがれっ」
ドウッ という打撃音と同時に、ギャンッ ギャンと二匹の獣が同時に悲鳴をあげる。
「ベルケル、あんた坊っちゃん連れて奴等から逃げられないか?」
「はぁっ?!無理ですよ、何言ってんですか。私のこの体型見れば分かるでしょ?逃げられるもんですか!……頼むから守って下さいよぅ」
出張った腹を揺らしつつ泣きそうな声で懇願する。
「出来るもんならそうしたいが、そろそろヤバい」
シャリン ドゥッ シュリンシュリン ガッ
「あ、やべ。刃が木に食い込んだ」
そんな好機を見逃すことなくすかさずガルド達が一斉に襲いかかろうと姿勢を低くした。
「いやぁあぁあっ 何とかしてぇえぇえ」
出っぷり腹の裏返った声が森にこだました。
**************
ガルド達は思っていたより興奮していた。
あれだけあの男に痛めつけられていたら、そろそろ機を窺って離れ始めると思っていたのに。
随分執拗に追いかけている。
だがガルドの事情はどうあれ、あの黒ずくめの金髪男の限界は近いようだ。
木が林立するこの森で闘うにはあの男の武器は大きすぎるのだ。
実力の半分も出せていないのだろう。
まあ、そんなことは別にどうでも良いんだが。さて、この事態をどうするかな。
「あっ来たわ! 追いつめられてるのかしら? なんだか苦しそうよあの人…」
木の幹にしがみついて下を覗きこむと腰のベルト辺りをきゅっと捕まれる。
ガルドと奮闘中の三人、実際には金髪を短く刈りこんだ彼一人が闘っているのだが、吐く息も苦しそうでこのままではガルドの牙の餌食になるのも時間の問題かもしれない。
金髪の彼は黒い立て襟のコートを第四ボタン辺りまで開けて、運動をさせられている暑さの為かラフに着崩していた。その黒いコートの両袖口は広くなっていて片手につき三本の長剣が生えていた。彼の手は見えない。
袖口から直接出た刃は指を動かすように自在に向きや角度を変えていてその際、根元が擦れあいシャリン シャリンと音をたてていると推測する。
何匹ものガルドが飛びかかる中、その複数の刃がよく鍛えられた身体を基軸に縦横無尽に繰り出され、ガルドらを実に要領よく撃ちはらっていた。
マロウの言う通りかなりの手練れなんだろうけれども、何せガルドの数も多い。
倒す数が追い付かず、逃げられないでいるのだ。
他の二人は明らかに非戦闘員だ。武器らしい物はないらしい。
一人は身なりの良い太めの男だ。豪商なのかもしれない、走って乱れた衣服はかなり上等な物に見える。
そしてもう一人はわたしと同じくらいか少し小さいくらいの男の子だろうか。
黒コートの男の影にいて、ここからは黄色いひよこのような頭が見え隠れしているだけで、よく見えない。
ああ、危ないっ 横に!
あっ 後ろにも!!
子供が襲われているとあってわたしは気が気ではなかった。
いや大人なら良いって訳ではないのだが、子供なら尚更心臓が痛いのである。
もしわたしに力があれば、なりふり構わずすぐにでも駆けつけてしまったにちがいない。
今でももし地上にいたとしたら、自分の力量もわきまえずガルドの前に飛び出すという愚行に走っていた気がする…。
よく考えなくても馬鹿な行動だ。足手まといにも程がある。
木の上で少しは冷静でいられて良かったと心底思う。
しかしそれでもハラハラするのは止まらないのだ。
ガルドが飛びかかるたびに前のめりになって、後ろに引っ張られていた。
「しょうがない、このままじゃアピスの身が危ない。少し手助けしてくるよ」
なんだか諦めたようにマロウが言った。
わたしの身が危ないとはよく分からない理由だが、とにかく助けに入ってくれるらしい。
「サウスさん、アピスを押さえてて下さい」
サウスに頼み事をすると、トンと軽く後ろに蹴ってそのまま真下に落下していった。
「承知」
既に地上に着地したマロウに返事を返すと、マロウと入れ替わるようにわたしの座っている枝にサウスが上がって来た。
そしてベルトの後ろを捕まれる…。
ここから飛び降りるほど無謀ではないんですが…。
まあ、いいか。何だが捕まれていた方が安心感があるのは確かだ。
**************
まずは風上に移動した。
そして風の道を読む。
ふところから小袋を取り出した。
その小さい布袋の中の薬草の粉末をひとつまみ取り、腕を横にのばして風の道に乗せるよう慎重に振り撒く。
行く先はガルドの群れだ。
この粉末はダウラー先生直伝のガルド避けで、奴らの嫌いな臭いを絶妙にブレンドしてある代物である。
いったいどれほどの実験を重ねてこの調合の混率を見つけ出したのか、これが物凄くよく効くのだ。
わたしもいつかこんな素晴らしい調合を見つけ出したいものである。
その成果を見守っていると、金髪男の刃が木に引っ掛かったらしい。片手だけで応戦しようとしている。
一斉に襲いかかろうとしているガルドの数からして、あれでは二人の人間を守りきれるものではないな、と思う。
間に合うかな?
ちなみにこの事態を見てアピスはまた前のめりになっているんじゃないだろうかと心配になる。サウスはちゃんと押さえているだろうか?
その時、デップリした男の裏返った声が森にこだましたのだった。
**************
今にも飛びかかろうと、ガルドの脚がバネの力をたくわえるように下に沈み、一気に伸びあがろうとしたその瞬間、キャウンと小型犬のような高い悲鳴をあげて後ろに跳び上がった。
ガルド達はそのままパニックしている人のように首を振り、見えない何かを探して落ち着かない様子でウロウロしだした。
そして何かに耐えきれなくなったのか、高い悲鳴をあげながら来た道を退散していった。
「なにがおこった…?」
金髪男が突然の成り行きに呆然として呟く。
「いや〜 何だが分かりませんが助かったようですねぇ、ふぅやれやれ」
突然の危機からの脱出に気が抜けた商人はデップリした体が支えきれなくなったようでその場でドスンと尻餅をついた。
「坊っちゃん、怪我はありませんか?」
とりあえず助かったことには間違いないようなので気を取り直してもう一人の同行者の無事を確認する。
「ああ、何ともない」
そっけなく返すと、琥珀色の瞳を訝しげに細めて、回りの木々の景色へ向ける。
「それにしても随分走らされてしまったようだな、ここはいったいどの辺りなんだ…」
言いながら黒いコートのポケットから布を取り出し、ヒヨコ色の黄色い髪を掻き分けておでこの汗を拭ってやる。
「幸い太陽の位置は見えていますからなんとか戻れるでしょう。それより目的のものが見つかってませんよ…彼には我慢してもらって痛みに耐えてもらうしかないでしょうかねぇ」はあ、こんなトコまで苦労して探しに来たのに手ぶらですよ…
と疲れた様子で商人が呟く。
「仕方ない、これ以上は無理だ、戻ろう。で、どっちに行けば良い?」
「はいはい、ちょっとお待ち下さいよ。磁石を出しますからね、と………っ!!」
急に石のようにカチンと商人の体が固まった。
金髪男の方に目を向けた瞬間、嫌な物が視界に入ってきたのだ。
ついさっきまで自らが襲われていたガルドよりも二回りほども大きいだろう、一匹のガルドが鼻の上にシワを寄せ牙を向いて唸っていた。
男が再び黒いコートの袖口から大きな指のように動く刃を出して構えをとる。
「後ろに下がってて下さい。こいつはさっきまでの奴らより数倍危険だ」
注目すべきはその体の大きさよりも、戦闘体勢で剥き出しにされている鋭い爪のその色にある。
他の個体には見られない真っ赤な血の色。
猛毒を持っている証の赤である。
少しでもかすめたら命が危うい。
これは今までの血を流さない打撃だけの攻撃では凌げないかもしれない。
チキッというかすかな音をたてて、両手の複数の得物に本日初めて、鋭い刃を宿す。
鋭い切っ先がギラリと光った。
**************
「お帰りなさい、マロウ。お疲れさまでした」
「ただいま。アピスも無事で良かった」
一段下から嬉しげに返されるが、わたしは特に危ない目にはあっていない。むしろ危険な場所に行ったのはマロウの方なんだけどなあ。
まあそれは置いといて、
「で、いったい何をしたんですの?」
すごく気になる事を聞いてみた。突然ガルド達が戦意喪失して戻っていったのだ、気にならない訳がない。
「簡単なことだよ。ガルドの嫌がる臭いの粉を撒いてやっただけ」
ほら、これだよ。と小袋を渡してくれた。
ひらいて良いかと目で問えば、にっこり笑って頷いてくれた。
「そんなに変な臭いはしないわね。臭い以外は無害なの?」
「うん、効果は臭いだけ。でも奴らにとっては強烈な臭いらしいよ。ひとつまみであの数を追い返せるんだからね」
ちょっと誇らしげに説明してくれた。
「まあ、ひとつまみで?凄いのね!」
まだ気になることはある。人目につかないくらい遠くから、ひとつまみの粉末をどうやって撒いたんだ…。
たぶん聞いても理解できないだろうからとりあえずマロウ達には可能なんだな、ということだけ心に留めておくことにした。
その時、再び獣の唸り声が聞こえてきた。
まだいたのかと驚いて見れば、確かに一匹残っていた。
しかしさっきまでの数いたガルドとは一目見て違うとわかる。
猛毒もちだ。
黒いコートの男は既に戦闘体勢に入っていた。
今度は一対一であるとはいえ、緊張感が格段にあがっている。
たぶん猛毒持ちの獣の危険性を知っているのだろう。
同行者をなるべく離れさせ、自分は獣に集中していた。
ところが獣の視線は黒コートの男を通りすぎ、後ろの同行者に向かっているようだった。
獣が素早く飛びかかった。
だがやはり黒コートの男の横を通り過ぎようとして、それを阻止されていた。
獣の方に鋭い刃の傷がつく。
それでも男の向こうにいる同行者をターゲットにしているようで、刃の盾を突破しようとしていた。
なんだろう、あのガルドのこだわりは。
単にテリトリーを侵してきた敵を追い払っているだけではないのだろうか。
獣の様子をもっと見ようと片手を木の幹に絡めて更にギリギリまで前にのめり込む。
男との間合いを取っていた獣がくるりとこちらを見た。
ガルドの薄青の虹彩を間近に覗きこんでいる錯覚に陥る。
わたしとガルドの視線の攻防は実際にはほんの数秒だったかもしれない。
だが随分長い間にらみ合っている感覚をおぼえた。
そしてわたしとガルドの垣根が無くなったその瞬間、理解した。
「巣穴から持っていった物を返しなさいっ!!」
自分の口から思いがけず大きな声が出て、我が事ながら驚いた。
しかし更に続けた。
「そこの商人、早くその子に返しなさい!返せばおとなしく戻るわ」
わたしの声は森にこだまし、当の商人は何処からか聞こえてきた声に驚きキョロキョロしていた。
「おい、ベルケル。あんたあそこでなんか盗ってきたのか?」
黒コートの男がいち早く立ち直り商人の男に詰問した。
「えぇっ?!盗ってませんよぅ、落ちてた石を拾っただけで…」
はっと気がついた商人は肩から斜めにかけた鞄をゴソゴソかき回し中身を探し始めた。
「こ、これですか?!この原石ですよね??分かりました、ほら、お返ししますよ!」
ヒョイと弧を描いて投げられた原石がガルドの前に転がった。
ガルドはそれを口にくわえると、ちらりとわたしの方を見て、もと来た方向へ戻っていった。
良かった、一件落着ね。
と思っていたら、サウスに体を後ろへ引かれた。
随分ギリギリのバランスで座っていたようだ。
「アピス様、声をお出しになるなど不用意なことをしてしまいましたね」
「ご免なさい…なんとか誤魔化せないかしら?」
自分も同意見なので素直に謝るが、ついでに無理目のお願いもしてみる。
「う〜ん、森の妖精のふりをするとか?」
「あら、ちょっと良い考えね。どういう感じで演技しようかしら?威厳のある感じとか?」
なんだか文化祭の演劇のノリでウキウキしてきたその時、
「おい、そこにいるのは誰だ?」
わたし達の居る木の真下に、こちらを見上げる金髪を刈り込んだ男とヒヨコ色の黄色い頭の少年の姿があった…。
あらいやだ、バレてるじゃない。
シザーハ○ズ君が頑張るお話しでした。
(o≧▽゜)o