異世界ライフ 6
課外授業です♪〜
「足元、気をつけて」
少女にしてはよく響く低音ボイスで注意する声に促され、足を止めて段差がある事を確かめてから歩を進める。
そして声の主をちらりと見る。
先に行く彼女の顔は見えないが気遣ってもらっているのはよく分かる。
分かるのだが…
ここの皆やサウスにはどうやらわたしは物凄く鈍くさいと思われているようで、すぐに注意する声や支える手が伸びてくる。
まあ確かにみなさんに比べればわたしなんか鈍くさい方で間違いないとは認めますけれども、わたしはあくまで普通かちょっと良いくらいの運動神経をもっていると思っている。
小さな段差くらいつまずかないで歩く自信がある!
つまらない自信だが、もうちょっとくらい信頼してほしいものだと思ってしまうのである。
**************
「聞こうとする強い意志が重要なんだ、耳で聞くんじゃない、心で感じろ!」
…師匠に繰り返し言われるセリフに正直うんざりしていた。
心で感じろったってどう考えても耳から聞こえてくる気がするのだから仕方がない。
血筋的に受け継いだ遠耳の力だが、もしかして私には向いていないんじゃないだろうか。
普通に薬草を調合したり仕込んだりだけでは駄目なんだろうか…そっち方面でも私はかなり優秀なのだし、無理に向いていない能力を伸ばすことはないんじゃないか?
そう言うと師匠は必ず弱った顔をして、向いていない者に受け継がれる能力ではない、必ず分かる時が来る。励みなさい。
と、これだけだ。
じゃあいったい何をどうやったら先達のように千里を聞く能力者になれるんだと率直に聞いてみた。
先ずはもっと聞きたいと思う良い音を探してみろ、と教えられた。
なるほど、良い音なら集中することを苦に感じず、よく聞き取ろうと思えるかもしれないと納得した。
それから私は良い音探しを始めたのだ。
川のせせらぎや森の木の葉擦れの音、鳥の笛を吹くようなリズミカルな声、心地良いと思える音に集中してみた。
…心地は良いかもしれないがただそれだけだった。集中できるかと言えば逆に寝てしまいそうになった。
これでは修行にならない。
何か間違っているのだろうか?
ていうか聞きたい音ってそもそも何なんだ。
噂好きの友人なんかだと人の話を盗み聞きしたいとか思いそうだが、そんなしょうもない知人の情報なんか私は興味ない。
敢えて聞こうと思う訳がないしむしろ面倒なので聞きたくない。
アルトあたりならクルルの足音や鳴き声なら一日中聴いていそうだ。
はっきり言って全く興味はない。
ではいったい私は何が聞きたいのだ?
自分ではもうわからない、誰か知ってたら教えてくれ!!と最後は神頼みで心底願っていたその時、
ふと、何故か気になる音が耳に飛び込んできた。
あれ、何だろうこの心地良い声?不思議なメロディー?よく聞き取れない、言葉?
異国の歌を誰かが口ずさんでいるのだろうか。
綺麗、でもウキウキして楽しそうでもある。
なんて言ってるのかな?
その旋律をもっとはっきり聴きたくて、どこから聴こえてくるのか探ってみる。
知らずその欲求を満たすべく私は未だかつてなく集中した。
その音以外はすべて排除するように目をつむり神経を研ぎ澄ませ耳、いや心の感覚に集中した。
ア・ル・ヒ・モ・リ・ノ……ク・マ・サ・ン・ニ…ッ・タ……
案外近い?この森に音源がいそうだ。
あ、消えた。
また聴こえてきた!
あ、アルトの声で途切れた、何してんのよアイツ!
ああなんだ姫様が歌ってたのか。また来たんだな。
それはアピス達の二度目の訪問の時だった。
以来わたしの耳はアピスの口ずさむ歌声を探して無意識に放浪するようになった。
最初は森の中まで。
次第に街の入口付近、街の居住域、あれ?これって領主様の屋敷の中?
うわ、ヤバイ。他人の家の中の音を盗み聞くとか、なんだかヤバイ人になってる気がする…。
でも、ここまで広がったのならもうどこまでも範囲を伸ばせる気がしてきた。
なんだか各方面へ自由自在に耳を伸ばせる感覚を掴んだ気がする。
師匠の言っていた心で聞くということが、何となく分かってきた。
これから先、学校を出て本格的に仕事をこなすようになれば、心地の良い音だけ聞いて暮らすことなんて出来なくなるだろう。
むしろあんまり聞きたくない汚い謀略の類いを積極的に聞きに行かなければいけなくなるに違いない。
でも、せめてアピスの歌声をたまに聴かせて貰えたらいいと思う。
そう思っていると後ろから、まるで私の願いをきいてくれたかのように小さな歌声が聴こえてきた。
「あるぅ日、 森の中、 ふふふぅふんふん、 ラ、ラ、ラ、ラン…」
思わず頬が弛んでしまう。
何故だろう、やっぱりずっと聴いていたい。
心の中でしか呼ばない彼女の呼び名がある。
声に出しては絶対に言わないだろう。変な目で見られそうな気がするからだ。
゛私の歌姫″の口ずさむ歌は今日も楽しげであった。
**************
「アピス、今手に持ってる葉っぱは何だか解る?」
「え、これ?」
わたし達はとある薬草の群生している場所までようやく辿り着いていた。
そこで各々持ってきた竹のような物を細かく縦に割いて編んで作った入れ物に薬草を摘んでは入れ摘んでは入れて、既に結構な量になっていた。
わたしは採取しながら、自分の知っているみんなのうた的な童謡を一通り歌い終わって一段落ついた頃、女子にしてはよく響く低い声に突然質問されてしまった。
そうだこれは授業の一環だった。
自らが手に持っている物を眺めたり眇めたりいろんな角度から観察してみた。
「形は縦に長くギザギザで葉の裏には胞子が規則正しく並んでいる。色は黄色から赤で……パキアの葉っぱかしら?あら、だとしたら珍しいのではないかしら」
「正解。よくわかったね、ここらじゃあまり見られない薬草だよ」
「まあ、これが…確か乾燥させて胞子ごとすり潰して…少量を煎じて飲めばアルコールのような効果を表し神経を鈍化し麻酔の代わりに使用できる反面、過剰摂取することにより身体に過度の刺激を与え心臓を止める危険性もある、注意すべき劇薬にも分類される。これに似た植物では………というパキアですわねっ」
いけない、夢中になるとつい頭のメモリーにコピーして保存してある映像をそのまま読み上げてしまう癖が出てしまう。
「さすがだねアピス、先生の説明文そのままじゃない。じゃあついでに覚えておくと良いよ、これの上に生えている木、いや逆にこの木の下に生えているのがパキアなんだけど、この木の特徴は何だと思う?」
「え?何でしょうか…」
特に回りの木と比べてもかわりばえしない種類であるように見える。
ちょっと触ってみる。
ポロポロと木の皮が剥がれてきた、随分もろい。
叩いてみたら太さの割りに軽い音がする。
見た目に反して枯れかけているのかしら?
「わかったかい?」
振り返って彼女の顔を見れば優しげな目が嬉しそうに笑っていた。
「中が枯れている?」
「うん、スカスカなんだ。こいつに寄生されて養分をもってかれてるんだと考えられてる。こいつが蔓延ったら森があっと言う間に枯れそうなものだけど、上手いことにこいつ自身の繁殖力が強くないんだ」
「さすがですわね、マロウの知識量は先生並みね」
「薬草についてだけなら自負しているよ」
にこりと笑う藤色の瞳が好きなことをやっている人間の明るい輝きに満ちている。
ほんと好きなんだなぁ。なんだか微笑ましくてこちらの顔も弛んでしまう。
このマロウもルイス達と同じ15歳の最年長組で、この授業の指導役だ。
女子にしては低音に響く良い声をしていて、更に女子にしては既に170cmはありそうな長身で、美少女と言うよりはキリリとした美丈夫という容貌だ。
その容貌に負けず中身もなかなか頼もしい先輩で、彼女もまた年小組に人気のある人物の一人である。
斯く言うわたしもマロウには色々教えてもらうことが多い。
ルイスに次いでここでの案内や面倒をなにくれとなく見てくれている。
自分の勉強もあるだろうにとても有難い事なのである。
しかし余り甘えてばかりでもいけないと思うので、彼女の育てている薬草の水やりとか株分け作業とかの手伝いをさせてもらっている。
しかしそれも彼女の丁寧な説明付きなので、逆にこちらの勉強になっていてなんだか申し訳ない気がする。
でも遠慮する気は今の所ない。
なんだか波長が合うのだ。
今も顔を見あってうふふと微笑み合っている。
うん、和むわぁ…。
背中にタタッと軽い感触が走って、ふと後ろに振り向こうと顔を右側に向けると、クルちゃんがちょうど右肩に乗っかってこちらを見上げてきたのと目があった。
仲間と遊んでいたようだがもう良いのだろうか?
問うように見れば、何やら前足をソワソワさせて、視線も安定せず何処かに気をとられている様子だ。
「どうしたの?クルちゃん。何かあったのかしら」
「アピス様、クル殿の来た方角から何やら…」
「ほんとだ、なんか来るね。全員、木の上に待避! アピスちょっとごめんね」
返事をする間もなくマロウに脇と膝裏に手を差し入れられ抱えあげられた。
地面に立っていたはずが気がつくとかなり高い木の上に上がっていた。
人一人抱えて手も使わずにどうやって登ったのだろう、訳がわからない。
基本的な身体能力が違いすぎる。
やっぱり少しは自分を信頼してくれだなんて、おこがましくて言えないかもしれない。
ちなみにサウスは大丈夫だろうかと探して見れば、高い鉄棒で懸垂や蹴上がりをするように、ひょいひょいと軽く上って来ていた。
もちろん小さい子達もすでに難なく待避している。
もう、わたしへの評価は鈍くさい子で良い気がしてきた…。
マロウはわたしを比較的しっかりした枝に座らせたら自分はその横に立ち、一定の方角に顔を向けて目を閉じて何やら集中しているようだった。
藤色の瞳が開くと首をかしげた。
「アピス、ちょっと見てくるけどここに独りで大丈夫?」
正直かなり高い場所な上に不安定な木の枝に座っているので、すごく恐い。
しかしそうも言っていられないのだ。鈍くさいなりに足を引っ張ってはいけないのである。
「全く問題ないですわ。マロウ、気をつけて行ってきて」
マロウは微笑みを浮かべると顔を寄せてきた。
「すぐ戻る。待ってて」
低音ボイスを耳元で囁かれ、背筋にビリッと電流のようなものが流れ痺れが走った。
頭の方へ強制的に熱が集まる。
不本意ながらわたしの頬っぺたはいま一目でわかるほど赤くなっているのだろう。
…マロウさん、もしかしてあなたヅカ体質ですね?
しかもかなりの天然物。
危険な世界に足を踏み入れちゃったらどうしよう…。
いや、わたしではなくマロウさんがである。
本人にその気がなくとも、先程のような言動はまだ純粋な乙女なら誤解してしまうかもしれない。
そして非常にややこしい事態に発展しないとも限らない。
これはよくよく彼女を見守って注意をはらってあげないといけないなと、密かに心に決めたのである。
マロウの将来をあれこれ心配している間に、すぐ戻るとの宣言通り本人が帰ってきた。
「どうやら商人らしい三人組がガルドに襲われてるみたい。もう四半刻もせずにこちらへ逃げて来そうだよ」
ガルド?!
わたしのすぐ下の枝で待機していたサウスの方を見る。
それは危険ですね、とだけ返ってきた。
ガルドは森に住む獣で狼が一回り大きくなったような感じの動物だ。
鋭い牙と爪を持っており大変凶暴である。
群れで行動している彼らのテリトリーにうっかり入らなければ問題はないのだが…。
「助けは必要ではないのかしら?」
「護衛かな?手練れが一人いるから何とかなると思うけど、負傷はするかもね」
ガルドの中には極まれに猛毒の爪を持っている種類がいると聞いたことがある。
そいつがいたら大変だ。
「マロウ達でもガルドを退けるのは難しい?」
「まあ、やり方はあるけど。こんな所まで入り込む商人が何者なのかわからないしねぇ…」
そうよね、怪しいわよね。でも命に関わることなら助力しないといけないし。
そうこうしている内に騒がしい音が近づいてきた。
今日のマロ先生は歌姫単独ライブを堪能しましたとさ。
その為生徒はほとんど放置で薬草がいつもより大量に採取されました♪
( ; ゜Д゜)ノ ヲイ