異世界ライフ 4
学校に着きました〜(*^ー^)ノ♪
「…ただいま。」
きぃぃと木の扉を軋ませて、黒混じりの消し炭色の固そうな髪をツンツンと短く立てた少年が、つり目がちの黒い瞳に真剣な光を浮かべ、やけに慎重な態度で室内に入ってきた。
いつもの能天気さがまるでない。
いつもの彼なら騒々しく(主に見かけた小動物の)聞いてもいない話をしゃべり倒しながら帰ってくるというのに、この殊勝な男はいったい誰なんだろう。
「お帰り、昼の見回りご苦労さん。随分おそかったけどまた野生のクルルでも眺めて道草くってたの?」
普段から治らない友人の悪癖をあげつらいながら何かあったか聞いてみる。
「いや、まあ、そうなんだけど。悪い」
「はあ…、それだけか?じゃあ日誌には異常なしって書いとくよ」
「うん、…それと姫様がいたって書いといて」
………。
にわかに付近の席がざわめく。
「アルト!あんたまさか街道まで行ってきたの?それで散歩か何かしにきた姫様に会ったとか?」
「お前、姫様見たのかよ。どんなだった?目は緑だったか?」
「で、話しかけたのか?ああ駄目かぁ、任務中だもんな…」
「まあ、聞いてくれ」
アルトがびしっと右手をあげて騒ぎだした談話室兼食堂にいた面々を遮る。
なんだなんだと遠い席にいた者達まで集まってきた。
「まず、姫様は今この建物の外にいる」
まず、ではない。何か色々すっ飛ばして話している。
「順を追って話そうか、アルト?まず君は姫様とどこで会ったのかな」
そこで何故か嬉しげな様子で頬を赤らめて言う。
恋でもしたのか?
「姫様達は森の結界内にいたんだ。それで気づいた俺は木の上で身を潜めて姫様達の様子を窺ってた。したら何が見えたと思う?」
「何が見えたんだ?」
一応聞いてやる。
「なんと姫様の肩にクルルが居たんだ!最初は俺達の飼育しているクルルだと思ったんだ。けどな、なんと耳に印が無かったんだよ!野生だよ!」
やはりそっち関係か。
しかし興味はある。野生のクルルを肩に乗せていただと?普通なら有り得ない。どんなカラクリがあるのか。
回りの者も同じ事を思っていたようで、半信半疑の目でアルトを見る。
「で、その秘密を教えてもらうのを条件にここまで案内したと、そういう訳?」
「え、なんで分かった?ルイス。でもまぁいいだろ?姫様だし。ちょっと中を案内したって構わないよな?な?」
テーブルに両手をついて前のめりになってこちらを説得してくる。
多少能天気さが戻ってきてこいつらしくなってきたのは結構だけど、ここの場所自体勝手に案内してきたら問題なんだがな…。
それにもうひとつ気になることがある。
「姫様達って言ってたけど連れがいるんじゃないの?」
急に苦虫を噛み潰したような非常に苦々しい顔になって実に嫌そうに応える。
「いるな、すげえムカツク護衛が一人。駄目だって言ったけど姫様が大丈夫って言うから連れてきた」
姫様が大丈夫って…どんだけ短期間でなついたんだこいつ。クルル効果か?
これは危ない。先生に報告しとくか。
「まあここまで来てるならしょうがない。姫様をいつまでも外で待たせてもいけないし、連れておいでよ。皆もそれでいい?」
一応皆の了承も取っておく。
それぞれ承諾の意を表したので、アルトがすぐに呼びにいった。
「突然の訪問、申し訳ございません。領主エメル・ミッテルの娘のアピスです。どうぞよろしく」
談話室兼食堂というやや広めの室内の真ん中辺りで挨拶を述べ、華やかな笑みを浮かべて室内にいる子供達に一人一人目をとめる。
興味半分、戸惑い半分といったところか。
そして女子達の視線が先ほどからわたしの半歩後ろにいる存在に流れているのに気づく。まあ気になるわよねと微笑ましく思いつつ体を後方に傾けて続ける。
「こちらはサウスと言います。サウス」
「はい、護衛のサウスです、宜しく。とは言え私は主をお守りするのみですので、私の存在はどうぞ気になさらぬよう」
と言うと少し垂れた色っぽい目を細めて艶やかな笑みを前方に向ける。
そこここでキャアと黄色い声が上がる。
「よくいらっしゃいました、ルイスと申します。どうぞこちらにお掛けください」
年齢はアルトと同じということだが格段に落ち着いた雰囲気である。
落ち着いたスモークグレーの色の髪を少し長めに整え、霧に霞んだような癒しの緑の瞳が他者に居心地の良さを与えるようだ。
促された席に着くと湯気の立つお茶が出てきた。
サウスは座らずに後方に立つ。
「さて、生憎なんですが今先生は外出していていないんですよ。なので大したおもてなしは出来ませんが…」
「あらそうなんですの、それは更にお伺いするタイミングが悪かったようですわね、申し訳ないですわ」
代表者に会えないのは残念だが、この小さな代表さんでも今日は充分かもと思う。
「ところでわたしこちらに居を移して日が浅くて何も知らないのですが、こちらではどういった事を教えているのかしら?」
とりあえず直球で聞いてみる。
「普通ですよ。字を教えたり計算の仕方を教えたり歴史を教えたり体を鍛えたり。でも他領に比べてもなかなか高い水準だと思いますよ」
「そうなんですの、素晴らしいわ。…所で代々クルルを育てているとか?」
クルルと言う言葉に反応したのか、スカートのポケットで休んでいたらしいクルちゃんが顔を出した。
あっとアルトが嬉しそうな声をあげる。
「その子が野生のクルルですか?アルトから聞いています。見せてもらっても?」
クルちゃん、と声を掛けると一度こちらを振り返ってからルイスの手のひらにチョロチョロっと歩いて渡った。
回りの人垣がルイスにぐぐっと近付いて縮まる。
うそ… とか、マジで野生? とか呟きが聞こえる。
「失礼ですが、この子をどこで?」
「この森で会いましたの。、沢山いるんですのね、もしかして棲息地なのかしら?」
「昔から多いようですね。しかしだからと言って捕まえるのは難しいのですが…。よければ教えて頂けませんか、どうやったのかを」
顔を上げると、全員がこちらを注視していた。
ここではそんなに重要なことなのかと逆に驚きだ。
思わず困ったような笑みになった。
「実はわたしにもよく解らないのです。昔から動物と心を繋ぐことができたものですから。敢えてする事と言ったら目を見つめて相手の了承を得ることかしら…?」
なんだそれ、と言うような説明しかできない。
しょうがない、これが事実なのだから。
でも心当たりがない訳ではない。あの五年前の思い出したくない苦しみの中で、これに関する知識が紛れていたような気がするのだ…。
理由なんかこっちが聞きたい。
どういうことなのか、神様的な人がいるなら是非教えてほしい。
この説明をどう思ったのか、曖昧な笑顔でルイスがそうですか、と応える。
アルトと他の子供達はやはり納得いかない表情をしている。
その時、カンカンカンカン…!と唐突に引き裂くようなけたたましい鐘の音が建物内に響き渡った。
全員がハッとする。
「アルトとエリックはすぐに確認に行って。ポルテとトールはいつもの作業を。後は出来そうなら捕獲へ、無理は…いやいい」
ルイス以外の全員がバタバタと迅速に室内から出ていく。
采配し終えたルイスはこちらに向き直りすいません、と謝る。
「ちょっと慌ただしいですが、すぐに済みますのでご安心下さい」
「あの鐘の音はいったい何の合図なのです?」
「不審者が侵入したようです。…ここ数年間で何度か繰り返されていて、それで毎日見回りをしている訳なのですが、今日は見落としてしまったようです」
あんな所まで入られるとは…と最後は悔しそうに独り言のようにつぶやく。
わたしはサウスと目を合わせる。
もしかして自分達に気を取られている間に侵入を許してしまったのだろうか…。
サウスはさあどうでしょう、と言うように肩をすくませる。
ルイスは報告を受ける為にずっとここに待機していなければならないとのことで、時々報告を受けている時以外は、穏やかにわたし達の話相手をしてくれていた。
なんでも、鐘の鳴る回数でどこまで侵入されたかわかる仕組みになっているらしい。
足に引っ掛かると鐘が鳴る仕組みの紐の罠でも張ってあるのだろうか。
「でもご安心を、この敷地内には不審者は絶対に入ってこれませんので」
このすごい自信はなんなのだろう。
しかし時間は無情に過ぎ、かれこれ二時間は経ったというのに、一向に良い報告が届かないようだった。
不審者の大体の人数は確認できたそうなのだが、その全員が未だに潜んでいるらしい。
このままではいつか誰かがヘマをして後をつけられ、敷地内に入られる可能性もあるとのことだ。
侵入されたらどんな不都合があるのかは解らないけれど、なにやら不穏な空気が勝ってきた
「ルイス、わたし先ほどこのクルちゃんと心を繋いだと申しあげましたでしょ?宜しければそれを使いましょうか」
余計な御世話かもしれないので控えめに助力を申し出てみる。
霧がかった薄い緑の瞳が不思議なものを見るようにわたしの顔を見、真意を問う。
「クルルは主に伝書に使うものですが、今どう使うと言うのですか?」
「侵入者を探してもらいます。そして皆に知らせて案内してもらいます。…やれる?クルちゃん」
クルちゃんの茶色の瞳がキラリと光った。
「探して導く?は…?そんなことが可能なのですか?」
おもいっきり疑いの眼で見られた。
でも出来ると思う。
て言うか、やりたい。
何故だか沸々とチャレンジ精神が沸いてきたのだ。
絶対やる。
クルちゃんにもわたしのやる気が移ったのか、肩や頭を走り回って俄然やる気だ。
「まあ、見てて。クルちゃん頼むわよ」
クルちゃんと額を合わせると外に出して見送った。
数分後、
凄い勢いでアルトが戻ってきた。
「何あれ?!何だよ!肩に、クルルが肩に乗って来て、前に走ってって、付いていったら侵入者がいたっ」
すごく興奮しているようだが、どうやらうまくいったみたいだ。
「で、ちゃんと捕まえたのか?」
「当たり前だ」
そこはアルトも冷静に答えた。
「あれ、姫様のクルルが命令したのか?あっと言う間にみんな見つかったぞ」
…あっという間?どういうことだろう。クルちゃんが命令?
「森中のクルルが探してくれてたんだ、そりゃ一瞬だよ」
アルトがわたしを見る満面の笑みがこれまでになく、それはもうキラキラ輝いている。
森中ってそんな凄かったんだ。クルちゃんあなた思ってた以上に凄いクルルだったんですね…。
そして侵入者全員捕縛の快挙をなして数時間の追いかけっこの疲れも見せずに、全員無事に戻ってきた。
その後のわたしへの信頼感は言うまでもなく上がりました。
クルちゃんがクルルのボスからスーパークルルに進化してました( ; ゜Д゜)エッ
更なる進化はあるのでしょうか。