異世界ライフ 3
あるぅ日 森のなか ○○さんに 出会ったΣ(’-’*)〜♪
「お待ちください、アピス様」
少し後方から、いつもより若干低い、緊張感を孕んだ硬い声で制止の言葉が発せられる。
と、同時に声の主が機敏な動きで、斜め前方へと移動してきた。
其処ここに出っ張っている木の根や湿った苔などで足場の悪い地面であるはずなのに、彼はまるで床の上を歩くように実に安定した足取りで移動する。
背の高い背中がすぐ目の前で通せんぼするように左腕を上げ、わたしの視界と行く手を遮った。
何事かと、さっきまでわたしの後ろに付いて黙々と歩いていた男の静かな横顔を見やる。
右手を腰の後ろに吊るした短剣にさりげなく添えて、油断なく神経を張り巡らせる顔は前方の一点を見ているようでいて、広い範囲を捉えているようだ。
彼の動きを邪魔してはいけないと、少しじっとする。
かさっと木の葉が擦れ合うような微かな音がしたであろう場所に、まばたきする間もなく短剣を鋭く投げうつ。
「うわ!…っぶね っととちょ、やめっ うわ!」
五本目くらいの短剣だろうか、とどめとばかりに力強く腕をしならせ投げ打った短剣が、ターンと小気味の良い命中音を鳴らしてどこかの木に刺り、ようやく木の上から比較的小さい影が落ちてきた。
「やめろって言ってんだろ!!お前らいったい何なんだ?ここで何してるっ!」
降参するように手をあげて、それでも威勢よくこちらを詰問してくる彼は、10歳前後だろうか、そばかすのあるまだ遊び盛りの少年だった。
「お前こそ何者だ。街では見かけなかったが、どこの者だ?」
子供と言えど警戒は解かないようだ。引き続き右手は腰に添えてある。
「街のもんだよ……今は学校にいるから街では見ないだけだ、それより」
学校?そんなものがあるのか。
初耳だ。
「何の学校だ?こんな森の奥で何をしている?」
「何でよそ者のお前らにそんなこと教えなきゃいけないんだよ、そんなことより」
「よそ者ではない。」
一度言葉を切って、チラリと視線をこちらに寄越して了承を確認するのに、肯定の頷きを返す。
「こちらの方は領主のお嬢様だ」
「なんだ、あんたが城から来た姫様か。ふうん、だからって特別扱いはしないんだからな。それよりっ」
サウスの脇の隙間から顔を覗かせているという少し見えにくい位置のわたしを、よく見ようとしているのか、少年は前のめりの姿勢になってこちらを窺う。
「そのクルルっ!どうやったんだ。あんた何をした?」
少年はびしっと指を突きだし、怒ったように言う。
「え、このコ?」
何を気にしているのかと思えば。
今だに肩に乗って、たまにツインテールの髪にじゃれついているクルルが気になっているらしい。
ちなみに他のクルル達は既に方々に散らばっている。
「ふふ、可愛いでしょう。あなたも近くで見る?」
「は?何言ってんだあんた、クルルなんか毎日近くで見てるし。それにあんたのクルルじゃねぇし」
「確かに、わたしのクルルではないわね、野生のコだし」
「はっ?!野生だと?そんなはずないだろ、有り得ない。俺たちだって代々飼育している奴から生まれてくるクルルしか手懐けられないんだぞ、嘘つくな。そいつはうちのだろ?さっさと離すんだ、持って帰るなよ」
クルルを飼育している学校らしい。
かつてのわたしの世界の学校で、生き物係がウサギやニワトリの世話をしている感じでクルルも飼育されているのだろうか。
「お前たちのクルルだと言う確たる証拠でもあるのか?」
上から目線でふんと鼻でも鳴らしそうな威圧的な態度でサウスが言う。
「あるさっ耳を見てみろ!ちゃんと印がある」
「クルちゃん、ちょっとごめんね」
言いつつ、肩にいた茶色の体を手のひらに移し変え、耳を摘まんで色んな角度から確かめる。
「無いわね」
「無いですね」
「はぁ?無い訳ないだろ!よく見ろよ、裏だよ裏」
言いながらずかずかと寄って来る。
「ほら、ココんとこに………」
彼の時間が止まったように固まった。
先ほどまでの怒りとはまた別の理由でだろう、首筋が赤くなっている。
「マジで野生か…?」
こちらをチラリと見る黒い瞳が何故かキラキラ輝いている、気がする。
「そうだと思うわよ。人の匂いがしなかったもの」
「人の匂いって、あんたどんな鼻を…いやそれはいいや。いったいどうやったんだ?野生を手懐けるなんて」
手のひらにいたクルちゃんを再び肩に戻し自由に遊ばせる。
更にわたしに詰め寄ろうとする少年を、サウスが遠ざけるように二人の間に立った。
「お前の疑いは晴れたようだが、こちらの疑問はまだ残っているんだがな。まず名前くらい名乗ったらどうだ?」
高圧的な態度は崩さず、少年より頭二つ分は高い位置から見下ろして言う。
自分より遥かに大きな男を睨みあげ、少年は不満気に吐き捨てる。
「お前の名前も知らないけどなっ」
なるほど、言われてみればその通りだとダークブラウンの目を見開いて納得する。
「わたしはサウス・ウィデーレ。こちらにいらっしゃる、″姫様 ″の護衛だ」
「なんだよ、たかが護衛が偉そうだな。俺はアルト。気取った家名なんか無い」
何故か胸を張って応える。
「わたしはアピス・ミッテルです。はじめまして、宜しくね」
サウスの左側から顔を覗かせて挨拶をする。
それから左腕を真横に出して小さい茶色のコを手に移動させる。
「このコはクルちゃんよ宜しくね」
クルちゃんがくるりと手のひらの上で一回り回転し、おしりをついて前足を上げ小首をかしげた。
途端に少年の目が輝く。
「芸までするのか?なんだよそれ、どうやったんだよ、教えてくれよ、なぁ姫様」
なぁなぁと、わたしに纏わり付こうと手を伸ばすがサウスによって無情に遮られる。
教えても良いけど、と前置きをして、条件を付けてみる。
「あなたの学校を見てみたいわ」
えっ、とアルトが言葉に詰まる。
心の中で葛藤しているのかクルルを見、わたしを見、それを何度か繰り返す。
やはり秘密の臭いがプンプンである。
「アピス様、ここ迄来たんですからもう我々だけでも見つけられますよ。わざわざ彼に頼む必要はないかと」
「バカ言ってんじゃねぇし!俺の案内無しで辿り着けるわけねえんだよ。そういう場所なんだ」
「あら、案内して頂けるんですの?」
若干強引に割り込んで、邪気のない笑みを浮かべてアルトを見やる。
「うっまぁ姫様だしな。良いだろう…。但しお前は駄目だからな!」
びしっとサウスの顔に人差し指を向けて言い切った。
「残念ながらそれは無理だ。わたしはアピス様の護衛だからな、離れる訳にはいかない」
ムッとして今にも食って掛かろうとするアルトに安心させるように言葉をかける。
「大丈夫よ彼はね、私達にとても近い立場の人なの。何か秘密があったとしても決して彼から漏れたりはしないわ」
信じて、という気持ちを込めてアルトを見つめる。
う〜んと困ったように唸って、まぁいいか、とつぶやく。どうやら案内してくれるようだ。
「そうとなりゃ、キビキビ行くぞ!ちゃんと付いてくるんだぞ」
元気よく前を歩き出したアルトの後ろを小走りに付いていく。
サウスは元のわたしの後ろの位置に戻り、長い足でゆったり余裕な感じで歩を進めている。
アルトは黒に近いグレーの頭を時々回してこちらを確認するが、どうもわたしが付いてきているか確認していると言うより、わたしの肩や頭を自由に移動するクルルに視線がいっているようだ。
そして何故かとても嬉しそうに頬を染めている。
かなりの動物好きなんだろうか。
突然森が開けた。
長方形の土地になるように木を伐採して更地にしたのだろう。
そのように出来た運動場のような土地の二辺を囲うように、シンプルな木造一階建ての横に長い屋敷のような建物と、こちらも横に長い高床式の倉庫が建てられていた。
二頭くらいしか馬が入らなさそうな小さな厩舎が倉庫の横にくっ付いている。
屋敷のような建物の脇までくると、少し陰になっている窪んだ場所に案内された。
「ちょっとここで待っててくんないか、説明してくるから」
そういって駆けて行った。
「そう言えば、さっきはありがとう。とても鮮やかな短刀さばきだったわよ」
建物の少しだけ段差になった所に腰を掛け、隣で壁に持たれて腕を組んで立っているサウスに話しかける。
「礼には及びません、そして有難うございます。騎士としてはあんまり褒められた技能ではないんですがね…」
赤みがかったダークブラウンの瞳を細めて苦笑する。
「あら何故?とっても格好良かったわよ。それに長剣には無いメリットが短剣には沢山あるじゃない。離れた場所を狙えるとか」
「はい、だから騎士道に反するというイメージなのです。正々堂々一騎討ちが騎士の美徳と認識されております中で、どこからでも狙える飛び道具はどうも嫌厭されるのです」
「まあ、そうなんですの」
それを敢えて選び、ここまで研鑽し極めたのはなぜなんだろう。
ウィデーレ家の方針だろうか。
そう言えばウィデーレ家は合理主義者が多いと聞く。
「所で気になることがあるんですが」
「何なりと」
「投げた短剣は使い捨てなんですの?」
非常に庶民的かつ貧乏性な心配である。
ちょっと見せてもらった短剣は一本一本がなかなかの品物に見えたのである。
しかも鋭い刃が綺麗に手入れされていた。
手入れの手間も考えれば使い捨てるにはもったいない代物なのである。
「いえ、実はこれらには特殊な呪が施されてまして、戻って来るようになってるんですよ」
なんと、ここへきてこの世界に魔法のような技があることを初めて知った。
あらゆる書物を読んできたと思っていたが、まだまだ知らない世界が有るようだ。
限られた人間にしか知らされない秘技のようなものなのだろうか。
この日一番のとてつもなく大きな好奇心が思わず沸き起こり、しらず身が震えた。
サウスくんの ちょ〜っと良いトコ見てみたい〜♪みたいな内容で。
数日という短期間で、なかなか阿吽の呼吸の主従になりつつあるお二人でした
(´∇`)Y☆Y(´m`)