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セカンドライフ  作者: おとなり
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異世界ライフ 1

世界観がうまく伝えられたらいいなぁ。

「お母様! 見て! 小さいのが木を登っていったわ。凄くすばしっこいのね、あっ、あっちにも。可愛い!」

少し興奮ぎみの子供らしい高い声が深い森に響く。

女性らしい優美な装飾が施されたオフホワイトの馬車の小窓から小さな頭が乗り出して、艶やかな絹糸の漆黒の髪が風に散らされる。

この深い森に生い茂る葉を綺麗に写したような濃い緑色の瞳をキラキラさせて、次々に過ぎていく木々の景色に興味深げに見いっている。

「アピス、そんなに乗り出さないのよ。ああ、あれはクルルという動物よ。あなたは初めて見るのかしら?」

へえ、あれが、とつぶやいて小窓から首を引っ込める。

「博物学の本に載っていた挿し絵なら見たことがあるわ。でも実物はもっと可愛いのね! わたしお友達になれるかしら?」

小首をかしげてにっこり笑う。

サラサラの漆黒の髪が一房肩からこぼれ落ち、どこか儚げで愛らしい少女の、首まできっちり詰められたクリーム色のドレスの上で揺れる。

「そうね、あなたはすぐに動物と仲良くなってしまうものね。きっとクルルともお友達になれるわね。」

そう言って娘とは少し色みの違う宝石のように透明感のあるエメラルドの瞳に慈愛を浮かべて目を細める。

「うん。でも人間のお友達もたくさん欲しいわ。お母様のご領地にはわたしと同じくらいの子達はたくさんいるのかしら。わたし仲良くなれるかしら?」

そうねぇ、と人差し指を細い顎に当て、チラリと横を見る。

「とても元気な子供達がいるわ。毎日この森を飛び回っているの。それから家のお仕事のお手伝いもしているの、だからいつでも遊べる訳ではないから様子を見てお誘いする必要があるわね。」

思案げに、娘に向けてというより独り言のようにつぶやく。


あれ?と思う。

ここでは市井に降りて民と自由に交わってもいいってことかしら?

正直、ダメ元で伺ってみただけなのだが。


生まれてこの方、わたしは王都から出たことがなかった。

この国では王の子は、10歳までは王都どころか王宮からも一歩も出してはもらえない決まりがある。

きっと過去に何かしら事件があってのことなんだろうが、一歩も出さないというのはどうだろうと少し意見をしたかった。

世間知らずのおバカさんになったらどうするんだ、とか。

将来国を導いていく立場の人間は幼少からより多く見識を広める必要があるのではないか。10歳では遅すぎるのではないだろうか、とか。


まあ、そんなことを弱冠一桁の年齢のお子様が言う訳にもいかず、諾々と従っていたわけなのだが。

幸い王宮の敷地にはちょっとした森林や植物園のような庭があり、かなりの広さを誇っていたので、たまに来る貴族の子息や令嬢となかなかワンパクな遊びをすることができたので窮屈な思いはしないですんだ。


更にわたしには同じ境遇の兄弟達が5人いて、10年の間ずっと一緒に暮らしていた。

兄弟と言っても、母の違う兄弟である。

父である王マサルド・アウディーレには現在、正妃と三人の側室が存在する。

正妃であるリビーラ・アウディーレ様にはフィリウス様とフィーリア様の二人の子供がいらっしゃる。

兄のフィリウス様は全ての兄弟の中でも一番の年長で、穏やかな気性のとても頼りがいのあるみんなのお兄さんである。

妹のフィーリア様はまだ幼いながら強い指導力を発揮して、賢く子供達を仕切ってくれるいわゆる姐御である。

ちなみにどちらも流れるような銀糸の髪で、フィリウス様は母親譲りのピジョンブラッドの赤い瞳。

フィーリア様は銀色にほんのり赤を落としたような不思議な色合いの瞳の清楚な美少女である。


『森の領地』を預かる側室、エメル・ミッテルにはアピスという娘が1人。つまりわたしのことであるが、フィーリア様の一つ年下の次女の位置にいる。


『湖畔の領地』を預かる側室、サフィラ・ギルジア様にはブランという快活な一人息子がいらっしゃる。

快活というか、イタズラ好きのお茶目な弟だ。

ふわふわの乳白色の巻き毛が可愛らしい。爽やかなスカイブルーの大きな瞳が全体の白いイメージの中で鮮やかな彩りになっている。

ちなみに少し前まではどこへ行くにもわたしの後をピッタリ追いかけてきていたのだが、6歳を越えたあたりから兄であるフィリウス様ベッタリになってしまった…。正直さみしい。


そして最後に『港の領地』を預かる側室、パール・トゥッティ様。

彼女にはブルーナ、シアーナという双子の姉妹の子供がいらっしゃるのだ。

現在5歳である。


そう、5年前のその日、わたしに衝撃が走ったのだ。

ブルーナ、シアーナが生まれた数日後、初めて彼女達に面会が叶った時その小さくてよく似た面差しの二人が元気よく大きな声で泣く姿に、わたしは雷に打たれたような強い衝撃を受けたのだ。

ビリビリと全身に痺れが走り、心臓が狂ったように早鐘を打つ。

全身の震えが止まらず、傍らにいた母の腰にしがみついてようやく立っていられる状態だった。

頭の中では、たった5年しか生きていない幼い脳の容量をはるかに越えた記憶や知識が怒涛のように押し寄せてきていた。

目眩と吐き気でその時のわたしの顔色はきっと紙のように白かったことだろう。

そんなわたしにようやく気付いた母や回りの使用人達があわててわたしを部屋へ連れ帰り、そのままわたしの意識はブラックアウトした。


思えばあれは産道を通った時をはるかに越えた、拷問のような苦しさだった。

よく耐えたわたし。

あとから聞いた所によるとわたしが苦しんでいたのはほんの数瞬で、すぐに意識を手放したということなのだが。

しかし、あの時は数瞬どころか数時間あるいは永遠に耐え難い苦しみを与えられている感覚であったのだ。

きっと脳が猛烈なスピードで働いていた為にそう感じたのだと推測している。

それにしても前世の取るに足りない、平凡で緩やかな人生の記憶を思い出すだけにしては酷すぎなかったか、これ。

ほとんど賭けに近い計画がうまくいったにも関わらず、喜びよりも思い出すという行為への酷いトラウマのほうがまさっているのはいなめない。


あんな思いは二度とごめんだ。


とは言うものの、残してきた前の家族に対する後悔と慚愧の念は決して消えたりしない訳で、とりあえず小さい弟、妹の面倒を何呉となく見つつ、兄弟や遊びに来る令嬢令息の感情の機微を読み取り、何か不協和音が生じれば斥候のようにお互いの気持ちを探りだし、なんとか仲直りさせるべく外相のように奔走した。

何かせずにはおれなかったのだ。


そんなこんなで早5年の歳月が過ぎ、10歳になったわたしは慣れ親しんだ王宮を後にし母の治める『森の領地』に移り住むべく、優雅な馬車で旅路の途中なのであった。


正妃のルビーラ様にはご領地はなく、いわば国王と国全体を共同統治しているという体なので、その子であるフィリウス様とフィーリア様は外出は自由になってはいるが、他の地にある所領へ移り住むということはない。

したがって、兄弟が離れ離れで暮らすという出来事は私たちの間ではこれが初めての経験で、今回のわたしの旅立ちはわたしを含め皆、まだ心の整理がついていないようだった。


「アピス姉様いつ帰って来るの?」

「すぐ帰って来るのでしょ?」

双子がわたしの左右からまとわり付いてピッタリ離れずに尋ねてくる。

「二人共、アピスはもう行かなくてはいけないんだからいい加減離れなよ。」

わたしの方を決して見ずに少しむすっとして、不機嫌そうに白い顔を歪めて双子を引き剥がそうとするブラン。

よく見ると目が赤い。

何年か前までは率先してわたしにまとわり付いていたブランが、ずいぶんと男の子らしくなったものだ。でも意地を張っていてもやっぱり寂しさを隠しきれていない所は可愛らしい。

「次に会うときは、ブランに背を追い越されているかもしれないわね。楽しみだわ」

少し首を傾げて彼の目線に合わせながら微笑む。すると今日は少し曇りがちのスカイブルーの瞳にキッと睨まれた。

「そんなに長いあいだ帰ってこないつもりなのか?!」


怒られた…。

たまに帰って来いということらしい。

「分かったわ、ブランがわたしの背を越えない間に必ず帰ってくるわね。」


そう返すと、少し瞳が和んだがすぐに厳しい顔に作り替えて

「絶対だぞ。……あんまり顔を見せないとフィリウス兄様もフィーリア姉様も心配するんだからなっ」

そう言うとまたふぃっと目を逸らす。


照れてる。ツンデレってやつだろうか。うちの弟やっぱり可愛い。

頭を撫でたらまた怒られるだろうか。このふわふわの巻き毛をぐりぐりしたい…

そんな衝動を押さえつつ、兄と姉にも挨拶をする。

「フィリウス兄様、フィーリア姉様、行って参ります。お二人共お体にお気をつけて下さいませ」


「ああ、アピスも体に気をつけて行っておいで」


「アピス道中気を付けるのよ。あんまりはしゃいでエメル様を困らせないようにね」

そう言うと姉は困ったような笑顔をして、わたしを引き寄せ優しく抱きしめてくれた。

この離れがたい温もりを今は享受する。

兄にも頭をポンポンと軽く叩かれる。

「僕は近々父上の視察のお供で『森の領地』へ行く予定だよ。その時また会おう」

「まあ、そうなんですの。楽しみにお待ちしておりますわ」

フィリウス兄様にはすぐ会えるんだ。

少し気が楽になって声が弾んでしまう。

「あら兄様ずるいわ、わたしも行きたい」


「駄目だよフィーリア今回は馬で方々回る予定なんだ。お前には少し厳しい。またゆっくり行く時まで待っていてくれ」


「そうなんですの、では今回は諦めますわ」

フィーリア姉様は気落ちしてしゅんと萎れる。


この国では女性もかなり自由に旅をする。

なので当然移動手段として乗馬は王族・貴族の女性にとっても必須科目なのであるが、フィーリア姉様はしっかりしているとはいえまだ11歳の少女なのだ。

体力的に厳しいのだろう。


「さあ、そろそろ出発しないと日暮れまでに予定の宿まで着けなくなるぞ。名残惜しかろうが見送ろう」

なんと父王が城の外までお見送りして下さっているのだ。

通常どんなに親しい間柄でも謁見の間で挨拶をし、そこでお別れするという流れなのだが、どうしたことでしょう。


「エメル、フィリウスの言った通り『森の領地』へは近々視察に行く。宜しく頼んだぞ」


「はい陛下、謹しんで」

返事を返す母に父王は鷹揚に頷いて、今度はわたしに顔を向ける。

「アピス、彼の地は秘密が多い。お前なら万事うまく振る舞うことができるだろうが、心して行きなさい」


「はい陛下。胆に銘じます」

秘密が多いから気を付けよとは、何ともとりとめのない忠告を頂いてしまった。


この場には声が聞こえる範囲内に私達ロイヤルファミリーしかいない。

もしかして従者や護衛には聞かれたくないトップシークレットだったのだろうか…。


とは言えどう振る舞えばいいかなんて行ってみなければ分からないし、その秘密とやらは当然父王や母は知っているのだろう。

暴いて報告しろということでもあるまい。

それを目にした時、どう振る舞うかをよく考えろということか。


国の大事に関わることかもしれないというのに、「面白い」と思ってしまう。

わたしの振る舞い方で何がどう変わるか、あるいは何も変わらないのか。

今は想像もできないが、今までの王宮内の世界とはまるで違う世界なのだろう。


心して掛かろうと決意も新たに拳を握りしめる。



馬車で丸3日かかる道中も、昨日でほぼ終盤に差し掛かっていた。

余裕をみて領地のすぐ手前の宿に夕暮れ前に入り、翌日早朝に宿を出て午前中には屋敷に到着する予定にしていた。


そして早朝宿を出発し馬車に揺られ続けること数時間、深い森がようやく途切れ広い青空が姿を表した。

そこからは割りとすぐに小さな町が見えてきた。

一応有る、という感じの素朴な木造の門を通り抜け、町に入ると人々がおや、という感じで馬車を見る。

小さい子供達がきゃあきゃあ騒ぎながら馬車の後を追いかけてきていた。


「お母様、この辺りは商店街なの? 色んなお店があるのね。 降りて見たいわ」

「そうよ、商店や宿などはこの辺りに集中しているの。 ふふ、美味しいパン屋さんもあるわよ。 今日は行けないかもしれないけれど後日よく回ってみるといいわ」


「素敵!いいの?! 一人で見て回っても?」


ああそうそう、と気がついたようにエメラルドの瞳が見開く。

「あなたに専属の護衛が付くわよ。常に控えているからそのつもりでね。 屋敷に着いたら紹介するわね」


初耳である。

常に付くとは、いったいどこまで付くというのだろうか。

まさか日常生活の全ての時間ずっと一緒にいるということではなかろうか。

…女の人だといいけど。


賑やかな街を通りすぎ、遠くの方に果樹園を見ながら進むと、一階建ての素朴な木造の住居が並ぶ住宅街に差し掛かる。

更に行ったそのどん詰まり、目的地である本日から我が家となるお屋敷に到着した。

黒い鉄制の蔓草をモチーフにした大きな門が、馭者の合図で両開きに開かれた。

二人の門番ににこやかに敬礼されつつ見送られたので、こちらも少し顔を出して笑顔で手をふってみる。

ベージュを基調にした瀟酒なお屋敷が、手入れの行き届いた美しい庭のある広い敷地の奥に建っていた。

屋敷の中央にある5段ほど高くなっている入口の階段下に馬車が横付けにされる。

外から扉が開かれたのでまず母が降り、それからわたしが降りようとすると、男の人にひょいと脇を持って下ろされた。

子供じゃないんだからと少し不満を込めて見上げると、少したれ目の若い騎士様に、何か?というように首を傾げて微笑まれた。

そのまま手をとられ階段を上がる。

すでに全開にされた大きめの扉をくぐると、使用人達が左右両側に真っ直ぐに整列していた。

「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様」

何の合図も無しに全員声を揃えて挨拶をし、更に揃って頭を下げるのに少し圧倒される。

それに対してお母様は、お出迎えご苦労様。

何か変わったことはなかったかしら?

と労いの言葉と留守の間の確認をする。

「奥様、道中お疲れ様でございました。お留守の間はみな恙無く。変事もございませんでしたのでどうかご安心を」

と、正面へ進み出たのは白髪混じりのグレーの髪で背筋をピンと伸ばし、シワ一つないびしっとした黒服に身を包んだ初老の男性だった。

「そう、ありがとう。留守中ご苦労様だったわねバトラー。詳細はそうね、昼食の後にするとして…」

くるりと全体を見回すように顔を巡らす。

「ふふ、みんなが気になっていることを済ましてしまいましょうか」

そう言ってたれ目の騎士様からわたしを引き取ると、わたしを前に押し出した。

「この子がアピスよ。これから宜しくね」

わたしはドレスを少しつまみ上げ、腰を落として礼をした。

できるだけ全員と目を合わせるようにゆっくり顔を巡らせ、笑みを向ける。

「アピスです。みなさんこれからお世話になります。どうぞ宜しく」

まわりでほぅっと息をはく音が聞こえてきた。

第一印象は上々かしら。

そう、貴族や王族の生活なんて回りのお世話をする人の手を借りずに済むことなどほとんど無いのだ。

とすると侍女や護衛、使用人に至るまで良い人間関係を築き、持続させることは非常に重要だ。

お互い気持ち良く生活、仕事をしたいもんね。


挨拶をするともう1人、中年くらいのふっくらとした女性が正面に出てきた。

「アピス様、なんてご立派な淑女になられて…侍女頭のメイアでございます。アピス様がお生まれになって一年ほどお側におりました」

ヘーゼル色の瞳を潤ませてわたしを見つめる。

生まれた時に側にいたというならこの人も王宮にいたのだろうか。

そう思っていたらどうやら違ったらしい。

「アピスはここで生まれたのよ。あの時はちょっとした問題が持ち上がっていてね、王都へ移動する前に動けなくなってしまったの」

母はその時を思い出しているのか頬に手を当て苦笑する。

「そうそう、あなたを取り上げたのはこのメイアだったのよ」


その言葉にあっと思い至る。

あの優しく持ち上げて身体を撫でて清めてくれた大きな手は彼女だったのか。

あの安心感は忘れがたい記憶だ。

「そうだったんですの、有り難う」

その節は、と心のなかで付け加え、彼女の手を取り感謝の念を込めてみつめる。

「まあそんな、いえいえこちらこそ光栄なことだったんでございます、アピス様本当に」

メイアは少し焦った様子で言い募る。

「申し遅れました、わたくしは執事のバトラーと申します。困ったことがあれば遠慮なくお申し付け下さい」

先ほどのグレーの髪のぱりっとした初老の男性が礼をとる。

「はじめましてバトラーさん。初めての土地なので何かと頼ることになるかと思います。宜しく頼みますね」

そう言ってバトラーに手を差し出す。

「どうぞバトラーとお呼びください。アピス様」

「はい、わかりましたわバトラー」

握手を交わしにこりと笑いあう。

個人的な印象だがなかなか淡白な性格の人物のようだ。

それから部屋つきの侍女や料理長などを紹介され、それぞれの仕事にみんな戻っていった。


がそこに一人、先ほどのたれ目の騎士様が残っていた。

騎士と言っても今は甲冑を着ている訳ではない。

王都でも見かけた、詰め襟部分にシルバーの装飾をあしらったコバルトブルーの上下に剣を腰に差す、騎士の制服姿なのである。

砂漠の砂の色の髪をあっちこっちに跳ねさせた短髪が少し伸びた感じの無造作ヘアであるが、全体的には上品にまとまっている。

赤みを帯びたダークブラウンの瞳は油断がならない光を帯びている気がするが、穏やかなたれ目効果で優男のイメージになっている。


はてこの騎士様は何者なんでしょうか?

そんな疑問を顔に表して母をみあげると、

「アピス、先ほどあなたの護衛のお話をしたでしょう?」

「はい」

まさか?

「彼はサウス・ウィデーレというの。」

「はい」

ウィデーレと言うと有力貴族の家名ですね。知ってます。まさかですよね?

「今日からあなたの護衛を勤めてもらうわ」

「少しお待ちください、お母様。ウィデーレの方にわたしのような子供の護衛とは…」

いや、誰のであろうと護衛という仕事自体、有力貴族の家に名を連ねる者のやる仕事ではない。

なにか事情があるのか。

なんらかの問題でしばらく身を隠す為に護衛に身をやつすとか…?

「あら彼は気に入らない?」

「いえあの、気に入るとか気に入らないとかの問題じゃなくって」

思わず素が出てしまったがそこはスルーしてくれたようだ。

「分かっているわよあなたの言いたいことは。でもねこれはもう決められたことなの」

この母が「決められた」と言うのだからおそらく決めたのは陛下その人だろう。

陛下が彼をわたしに張り付くよう仕向けたのだとしたら、それはわたしが見聞きしたことを彼に共有させよと、そういうことで良いでしょうか?

問題は、

「お母様はそれを納得していらっしゃるのですか?」

母は笑みを深める。

「勿論よ」

なら問題ない。

「わかりましたわ」

あらためてサウス・ウィデーレに向き直る。

「ウィデーレ様、あらためて自己紹介しますわ。アピスです。これからどうぞ宜しくお願い致します」ドレスの端をつまみ上げ礼を取る。

「こちらこそ宜しくお願い致しますアピス様。私のことはどうかサウスとお呼びください」

「はい、サウス様」

「いえ、サウスと呼び捨てにして下さい。今は我が家名はご放念いただきますよう」

理知的な光をダークブラウンの瞳に秘めて甘く微笑む。


父王様、自分で言うのもなんですが、これから年頃になる娘の側にこんな男を置いて心配ではないのでしょうか?

はっきり言って彼はモテるだろう。家名を別にしてもだ。

前世で約40年の経験を持つわたしでもちょっとクラっときましたよ。



という訳で、次の日から早速サウスをお供に街に出かけることにしたのである。

ここにもシスコンぽいのが居ました(*´∇`)ゞ

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