第6話 セリーナは基本、人の話しを聞かない。
話しが遅々として進まない。
なぜだ?
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「あっ。今気付いたんだけど、リコが『魔術師に心当たりがある』って言ってたのって、もしかしてユノのことだったの?」
「ああ、うん。そうだよ。ユノ君はうちのお得意さんで、よく魔石を持ち込んでくれてたからね。
しかも、聞けば、あのセシリアさんの弟君だって言うじゃないか。仲間に誘わない方がどうかしてるよ」
リコは木製のカップに注がれたお茶を啜りつつ、そう言った。
僕とセリーナは店の中で立ち話もなんだからと、リコに促され、奥の工房スペースにお邪魔させて貰っていた。
工房内は良く整理整頓されており、想像していたよりも明るいイメージだった。
町の鉄工所というよりは、アンデルセンの童話とかに出て来そうな、家具職人のおウチって感じがする。
備え付けの作業台に、人数分のお茶と焼き菓子の入ったボウルが置かれ、ご相伴に預かりつつ、僕たちはまったりしていた。
ファベルさんは留守にしているらしい。
というのも今、製作中の魔道具を仕上げるために必要な、水妖の刺舌を切らせていたとかで、自分で調達しに、アクーラから半日の距離にある、コラテラルビーチに出掛けたっきり、ここ3日ほど帰っていないとのことだった。
ファベルさん、大丈夫か? とも思ったけど、聞けばいつものことらしい。
それにしても、ここで姉さんの話題が出るとは思わなかった。
僕の姉であるセシリアは、僕が物心付く頃にはすでに、グランドール家を出奔していて、たった3年足らずで、冒険者としての名声を欲しいままにしていた。
しかも準が付くとはいえ、元貴族令嬢だったし、黙って立っていれば、という条件付きではあったものの、絵になる美人さんだった。
しかもアクーラ出身となれば、領内でのセシリア人気が高くなるのも仕方がないだろう。
もしかすると父カフドよりもセシリア姉さんの方が慕われてるんじゃないかなーと思う。
余談だが、そんな15歳年上の姉は、僕のことを溺愛していた。
いや、どっちかと言うと僕のネコミミ、シッポを偏愛していると言った方が正しい。
姉のセシリアは僕の誕生日に、こっそりと帰って来ては僕を文字通り、ネコ可愛がりして翌朝つやつやになって満足気に帰って行くのだ。
誕生日プレゼントという名目のガラクタを大量に置いて。
まー、僕なんか、逆にシッポの毛艶なんかバッサバサになるけどね。ストレスで。
とはいえ、煩悩を抑えるのに必死。とか、中身オッサンだから困るー。とか、そういう桃色ハプニングな感じじゃないのが、ちょっと侘しい。
というのも、発情期を迎えていないケットシーな僕にとって、姉の過剰なスキンシップはただただ鬱陶しいだけだったのだ。
ちなみに、父カフドと姉さんは、未だに『絶賛ケンカ祭り開催中』状態で、運悪くウチの敷地内でバッタリ遭遇したりしようものなら、血で血を洗う仁義無き親娘ケンカが勃発する。
それも『な、なにぃ!? 目で追うのがやっとだとっ!?』的なスピードバトルだ。
ケットシーな僕の動体視力でも追い切れないってどういうこと?
兵方術による身体強化は当然として、どっちも何かの加護持ちらしいから、それも仕方ないか。
父も姉さんも、あんまり詳しいことは教えてくれないので、なんて言う神のどんな加護を授かっているのかは謎だったけど。
「―――で、これからどうするの? リヴィも呼んでさっそくギルドに登録しに行く?」
セリーナが、なんかもー遠足前夜の小学生みたく、ソワソワと待ち切れない感、満載でそう言う。
つーか、リヴィって誰ですか?
「んー。そうだねぇ? ユノ君はどうしたい?」
だからリヴィって何者?
いや、ギルド登録に必要となる人数が4人必要だって言ってたから、最後の1人だってことは分かるけど、説明してくれそうにないので、自分から聞いとくか。
「とりあえず、そのリヴィって人誰ですか?」
「あ、ああ。そうだった。ユノ君とは面識なかったっけ?
じゃ、顔合わせが先だな。となると、ギルド登録は明日にしようか。僕も店番があって動けないし」
「それなら、一旦解散して装備整えてからギルド前広場に集合しましょう」
言いながらセリーナが焼き菓子を一つ摘んで口へと放り込む。
どっちにしろ、明日かぁ。楽しみだな。リヴィってどんな人なんだろ。
それに装備とか、どうしよっかなー。
姉さんがプレゼントしてくれた短杖があるにはるけど、やたらと華美華美で、どこの魔法少女って感じだしなー。
色で言うと、ピンクと白と金で構成されてて、先端には白金で作られたハート型のアーチがあって、しかも、その真ん中には琥珀色のティアドロップ型にカッティングされた、僕の握り拳ぐらいはありそうな魔晶石が嵌め込まれているのだ。
この魔晶石だけで、とんでもない値段がするんだろうな。
しかも、その短杖に合わせて作られた装備がまた、何のコスプレ? って頭を抱えたくなるような仕上がりなのだ。
白のウィザードハットは、グッ被ると耳がひょこんと外に出るようになってて、やっぱり真っ白なローブは丈がやたらと短く、その当時穿いてた、シッポを通す用の穴が空いた、かぼちゃパンツが丸見えという、ガッカリ仕様だった。
姉は、
「くーっ。かぼちゃパンツが超カワイイ。ちょっと露出多いけど、幼児性を生かすには、かぼちゃパンツは必須! も少し大きくなったら、半ズボンという手もあるか」
とか、不穏なことを口走っていた。
僕が4歳の誕生日を迎えた日の出来事だった。
あー、どこにでもいるのなー。頭に腐の付く大人女子。
つーか、これ売ったら戦術学院の入学費とかエンブレイへの渡航費とかもろもろ、賄えるんじゃね?
つーか、姉さんに資金援助してもらえばいいんじゃね?
いやいや、ダメだ。それは最終手段にしよう。姉さんに頼っちゃったら、なんか負けたような気がする。
姉さんにっていうよりは、なんか違う、もっと大きな、概念的な何かに。
ここで頼ったら一生姉さんに勝てないような気もするしなー。
それに、お金借りたことに引け目を感じて、大人しく姉さんの玩具にされるのも癪だし、僕にだって意地がある!
それに父カフドの面目もあるしなー。
父親の自分より姉さんを頼ったのがバレたら、さすがの父も傷付きそうだ。
それに何より、リコもセリーナもいい人そうだし。
ギルドに登録して冒険って面白そうだし。
お金の問題が解決したって、冒険者やっちゃいけないってルールもないしな。
とか思ってたら、いきなり僕の首根っこが「むんず」と掴まれた。
「じゃ、わたしはユノ連れて一旦、装備整えに戻るから。その間にリコはリヴィを連れて来ておいてね?」
えーっと? いつからそんな話しに?
今日はリコ、店番があるから、明日にするってことになってなかった?
それとも僕が聞いてなかっただけで、知らない間に今日に変更になったとか?
「いやいや、ちょっと待てセリーナ。ギルド登録は明日にするって話しだろ?!」
木製のカップを手にしたままで、リコが立ち上がると、慌てたように声を上げる。
やっぱりそういう話になってたんじゃないか!
そういやセリーナって、さっきから上の空だったし、まさか、人の話を聞かない、思い込みの激しいタイプ?
「―――って、聞いてないし!」
リコの制止も聞かず、セリーナは僕を小荷物のように肩へと担ぐと、工房から外へと続くドアを開け、外へと飛び出して行った。
1人取り残されたリコは「わひー」というユノの悲鳴が遠ざかって行くのを聞いた。
「ユノ君、ゴメン僕は無力だ。
―――にしてもセリーナのヤツ、何か会話が噛み合わないと思ったら・・・・。相変わらず人の話聞いてないのなー。店番どうしよう?」
どこかしら、諦めたように、そう独りごちるリコだった。